千葉に着いた俺たちは駅のホームに降り立つと、その足で映画館へと向かう。
その矢先、何故だか駅の改札で待機していた葉山と合流。
「どういうことなの……?」と一色に問うと、「呼びました」と軽く返される。
呼びましたって、出前かよ。なに? 最近葉山って出張サービスしてんの?
あっ、そういやこいつ俺と戸塚が上映館調べてるとき、どっかに電話してたな。
あのときのアレは葉山を誘っていたのか。恐ろしい、なんという抜け目のなさ。
俺と戸塚の突発デートイベントを我が物のように利用して葉山との距離をつめようとするとは!
こいつ時代が時代なら軍師とかになってそう。目的のためなら手段を選ばない系の。
つーか、ちょっと待てよ。なんで人数増やすのん? 俺は減らしたいんだよ!
お前ら女子だってよく、体重減らしたい減らしたいって言ってるだろ? それと一緒だよ!
と言いかけたが、葉山の困った顔を見てやめる事にした。
急に呼び出された挙句、嫌な顔をされたらさすがに可哀想な気がするし。
そういや俺も昔、小学生の頃、クラスメイトの高久くんに遊びに来ない?と誘われたことがある。
誰かにお呼ばれするなど滅多にというか全くなかった俺は嬉しくなり、喜び勇んで向かったのだが、先に来ていた加藤と山田に「なんであいつ呼ぶんだよ」「俺あいつ嫌いなんだよな」と
内緒話(でもばっちり聞こえる)され、ひどく居た堪れない気持ちになったことがあった。
誰かにされて嫌なことは親父にして、すっきりさっぱりするのが俺の流儀。
とはいえ、するべきでない事も世の中にはあると思う。
俺も丸くなったもんだ、としみじみしてしまう。
とんがりコーンのように尖りまくっていた過去の自分に懐かしさすら感じる。
ちなみにアニメなら無人島漂流を体験することで人柄は丸くなる。ナディアでおぼえた。
にしてもこの俺が葉山に優しくする日が来ようとは。
これはあれだな、先日めぐり先輩を抱っこしたおかげかもしれない。
できればまた抱っこしたい。いや抱っこするべきだ。
『為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり』
って上杉鷹山も言ってたしな! まあ多分、鷹山はそういう意味で言った訳ではないと思うが。
とはいえ一体どうすれば……
一色との会話を途中で放棄し、俺は知恵を絞る。
湧きあがれ! 俺のコスモ!! と龍峰ばりに気合を込めると三秒で名案が浮かんだ。
そうだ!「なんか俺めぐりさん抱っこすると優しくなれるんです」とかなんとか言えば
抱っこさせてもらえるかもしれない。いや、させてくれるに違いない!
鷹山、俺頑張るよ! と会ったことも見たこともない鷹山に誓いを立てていると
不安げにこちらを見ていた一色と目が合う。
まあ卒業まであと半年足らず。
その間に葉山との関係を少しでも深めておきたいと急いてしまう気持ち分からんでもない。
しゃーない。ここはいっちょ協力してやるか。
「わかった、わかったよ。ただちょっと提案があるんだが、聞いてくれるか?」
「はぁ…、まあ聞いてあげてもいいですよ」
どうでも良さげな一色の反応。そして、上からすぎるその態度。
人がわざわざ協力してやろうというのに、なんという恩知らず&礼儀知らず。
まあいい。こいつはこう見えてなかなか察しがいい。
俺の提案を聞けばその意図に気付き、不遜な態度も少しは改めるだろう。
こほんとひとつ咳払いし、勿体ぶった様子で俺が言う。
「えっとな、男女四人で映画とかなんかダブルデートみたいで恥ずかしいだろ?
そこでだ。ここで二手に別れる、てのはどうだろう?」
そうすれば自然、俺と戸塚コンビ、葉山と一色コンビになるのは必定といっても過言でない。
後は葉山と一色に遠い場所にある映画館、できれば県外、可能なら国外に行くよう勧めれば良い。
そのまま二人して二度と帰ってこなければなお良し。
考えをまとめた俺は、お前だって葉山と二人きりがいいだろ?と目線で一色に訴える。
目と目で通じ合う、そういう仲にこいつとはなりたくないが上手く通じたようだ。
一色はにっこりと微笑んだ。
「えっと、先輩。女子ってわたしだけなんですけど?」
かー! なんという察しの悪さ。こいつ全然分かってねえよ。戸塚は女神枠だろうが!
つーか俺のメッセージ、ちゃんと受信しろよ! お前のアンテナ、ソフ〇バンクかよ!
と、一色の持つアンテナの受信能力のあまりの低さに呆れるやら軽蔑やらしていると、
そんな俺を見て戸塚が優しく窘めてきた。
「八幡。そんなこと言っちゃダメ! みんなでいこ?」
い、いや、俺は一色のためにね……とごにょごにょ言い訳していると、
戸塚の言葉に力を得たのか一色がここぞとばかりに俺を責めてきた。
「そうですよ、先輩。仲間はずれとかそういうの良くないと思います!」
一色、お前そう言うけどさ、俺が今体験してるこの状況もある意味仲間外れなんだぞ。
それにどちらかと言うとね、お前のパーティーから俺と戸塚を外して欲しいんだけど……。
思いながらも口には出せず返事に困っていると、葉山も会話に入ってきた。
「比企谷。まあ、滅多にないことだしみんなでいこう。
と、そうだ、戸部もいいかな? もともと遊ぶ約束しててさ、もうすぐ来ると思うんだけど」
葉山の言葉に、すかさず一色が応える。
「いえ、戸部先輩は結構です。急いでこの場から離れましょう。さあ、早く!」
言うが早いか、一色はすたこらさっさと歩き出す。
さすが一色。仲間はずれは良くないと口にした二言目には矛盾を見せる鮮やかな手並み。
これには葉山も戸塚も苦笑い。
結局、葉山と戸塚に宥められ一色も渋々了承。
そして、遅れてやって来た戸部も混じえ、俺たちは映画館へと足を運ぶのだった。