やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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今回繋ぎなので短いです。


雲を語りて、空を眺めり。彼を思いて、夜は更けりる

先輩と二人、学校から駅への道をてこてこと歩く。

季節は夏。晴れて高く見える空には、色んな形をした雲が浮かんでいた。

口をぽかんと開きそれらを眺めていると、昔ママが読んでくれた童話を思い出す。

 

それは、人を怖がる少女のお話。

でも少女は最初から人を怖がっていたわけではなく、むしろみんなの中心にいるような

そんな明るい子だった。

しかしある時、自分が居ないところでみんなが自分のことを悪く言っているのを知ってしまう。

そのことで少女はみんなが怖くなり家を飛び出すと、人気のない場所へと逃げ出してしまう。

山の中、打ち捨てられた廃屋に辿り着き、身を潜めた少女はほっとする。

ここならば、誰にも悪く言われないだろうと思ったから。

そうして少女は、空腹を抱え夜の闇に怯え寒さに震えながら眠る。

 

朝、少女は目覚めると、自分の身体に擦り切れた毛布が掛けられていることに驚く。

そして美味しそうな食べ物の香りに気づく。

匂いに誘われ廃屋から外へ出ると、焚き火をする青年の姿が見えた。

 

青年は少女に気づくと、おはようという。そして、ご飯をお食べといってくる。

少女は青年を怖がるも空腹に耐えかね、恐る恐る青年の隣に座る。

青年は火に架けられた鍋からスープを掬うと、少女に手渡してくる。

少女はそれを受け取ると美味しそうに食べだす。

そして空腹を満たした少女は満足げな吐息を漏らす。

それを見やって、青年はにっこりと微笑む。

そうして、青年は何も聞かず少女も何も言わない時間が過ぎる。

ただ黙って、二人で空を見上げるだけの時間。

 

しばらくして少女は青年に話かける。お兄さんはこんなところでなにしてるの? と。

青年はいう、お別れしにきたんだと。お別れ? と少女は首を傾げる。

人を怖がっていた自分とお別れに、と青年は答える。

それを聞いて少女は自分がここへ逃げてきた経緯を話す。

話し終えた少女は青年に尋ねる。もう怖くないの? と。

少女の声に応え、青年は語りだす。

 

今でも僕は、人が怖いよ。人はね、本当に色んな人がいるからね。

笑顔で目の前に現れても、心は何を考えてるかわからない。

優しい声をかけてきても、本心の人もいれば嘘の人もいる。

その表情が偽物の人もいれば、本物の人もいる。

僕はね、その嘘を見抜けなかったんだ。

それで人に騙され、酷い目にあった。そんな僕を見て、みんなは笑った。

それが嫌で、僕もここへ逃げてきたことがあったんだ。

 

それは悲しいね。と少女が言うと、青年は笑って首を振る。

 

でもね、僕は魔法の言葉を見つけることができたんだ。

たった一言で相手の気持ちがわかる、魔法の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

「おい、一色。聞いてんのかよ?」

 

「へっ? あ、すいません、せんぱい。ちょっと、ぼーっとしてて」

 

先輩の声で我に返る。思いの外、物思いに耽ってたみたい。

 

「なにお前、そんなに腹減ってたのか? 

なら千葉までいかねーで、近所のラーメン屋にするか?」

 

「ラーメンは確定なんですね」

 

「いや……。ラーメン食べたいっていったの、お前だよね?」

 

「そうでしたっけ?」

 

先輩の声に応えながら、童話の続きを思い出す。

 

「あ、あのう、せんぱい」

 

「あん?」

 

たった一言、何でもない質問だけど。きっと自分との時間を大切にしてくれる人なら。

 

「今日も、綺麗な空ですね」

 

こんなくだらない一言も、聞き流さずちゃんと返事をくれる。

 

「おいおい、一色。お前、なに言い出してんだ?」

 

先輩は呆れたようにいう。

うぐ……。やっぱり、こんなもんだよね。

 

「そんなお前らしくないこと言ってよ」

 

わたしはただの後輩だし、仕方ないよね。

落ちた気持ちのまま、わたしは下を向いてしまう。

 

「あれ見てみろよ。すげえ変な形の雲が飛んでるんだぜ」

 

いわれて、顔を上げる。

先輩の指差すほうを見ると、ひょうたんのような雲が見えた。

その雲は妙な感じにひしゃげてて、それがなんだか可愛らしい。

口元が嬉しさで緩むのを感じながら、別の雲を指差す。

 

「せんぱい。あっちの雲、猫が二本足で立ってるぽくないですか?」

 

一緒に雲の話をしながら。

 

「うーん。猫ってか、ネズミじゃね? 千葉だけに」

 

空を眺めながら、二人で笑えた夏の日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、めぐり先輩。明日、お昼頃に」

 

「うん、わかった。まってるね、比企谷くん」

 

「はい。では、めぐり先輩。おやすみなさい」

 

「おやすみ~」

 

電話が切れる。静かになった携帯を握りしめ、ベッドの上にごろんと転がる。

比企谷くんと二人でいく、初めての旅行。

行き先は私が行ってみたいとずっと思っていた、奥大井湖上駅。

その近くにある温泉宿の予約が取れた事を伝えると、

彼はすごく楽しみですと言ってくれた。

 

ベッドから起き上がりカレンダーの前まで行くと、その日に〇を付ける。

それを見てによによとによりながら、違う場所にもう一つ、〇を付ける。

八月八日、比企谷くんの誕生日。

その夜の夏祭りに、二人で出かける約束もすることが出来たから。

それが嬉しい半面、受験生の比企谷くんを遊びに誘うことに躊躇いがある。

でも、彼と必然的に会える場所を持たない私はどうしても気が急いてしまう。

 

それで比企谷くんに「夏祭りまで会えないの?」と拗ねたように甘えると、

彼は優しい声で応えてくれた。

明日、我が家の家庭菜園の草むしりに来てくれるとのこと。

どうやらこの前のデートの時、わたしが何の気なしに口にした「夏は草むしりが大変なの」という

言葉を覚えていてくれたらしい。

それが嬉しくて何度も嬉しいと口にする私に、比企谷くんは照れくさそうに

「俺も会いたいですし」と、さらに嬉しくなる言葉を受話器越しに届けてくれた。

 

わたしのかわいい恋人。

その彼に会うのにどんな服を着ればいいか迷いながら、わたしの夜は更けていく。

 

 

 


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