やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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次のお話で三章が終わります。
四章入ってもしばらくはR15のお話になると思います。


相互不可侵条約

うん、違う。

私がここにいるのは比企谷くんと一色さんがここに来るだろうから待ち伏せしてたとか

そんなことでは全然ない。

私は本が好き。だから本屋さんに来るのも居るのも当たり前。

まあ確かに私は二人が来る四時間前からここにいるけどそれは欲しい本を探していたら

いつの間にやら時間が経っていただけの話。

まして偶然たまたま比企谷くんと一色さんの姿を見かけたけどとても仲良さそうでそれで

声を掛けづらいだけで、二人が二人きりのときどんな風なのか気になって本棚の陰から

二人の姿を覗き見しているわけでは決してない。

Q.E.D──証明終了。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

「先輩に私に合った本、教えて欲しいです」

 

一色の言葉に、俺は腕を組んでうむむっと唸ってしまう。

一色とはそれなりの付き合いはあるのだがそれなりの付き合いだからこそ

彼女についての俺の知識もそれなりでしかないからだ。

その上俺には小町以外の誰かになにかを薦めるという経験が殆どない。

 

取り敢えずぱぱっと思い浮かぶ一色の好きそうな本は、『お金の稼ぎ方。副業FX』や

『給料を十倍に増やす方法』の他に『史上最楽、朝バナナダイエット』などだ。

そしてその手の本で一色の本棚は埋まっているに違いないという確信を俺は抱いている。

なので多分、それらとは違うジャンルの紹介を一色は俺に求めているのだろう。

ならばまずそのジャンルを絞るべきだと考え、聞いてみることにした。

 

「なんだその、恋愛ものとかがいいのか?」

 

どうせ女子って色恋物ならなんでもいいでしょ? ほら一時期流行った携帯小説。

あれなんか九割近くそれだったって聞くし。あとあれか、海老とアボガド。

そんな独断と偏見に満ちた俺の問いかけに、一色は真面目な面持ちで口を開く。

 

「そうですね、はい。恋愛もの、いいと思います」

 

よし、ジャンル確定。

あとは適当に書名をあげていき、それを聞いた一色の反応を見て決めればいいだろう。

表紙買いと同じくらいタイトル買いもある。そう俺の経験が教えてくれたからだ。

とそこへ、一色からの追加注文が届く。

 

「あっ、でもですね、せんぱい。あんまり現実感がないのは困ります」

 

一色の言葉に、異世界転生や転移ものを禁止されたな〇う作家のような衝撃が俺を襲う。

えっ、マジで? 現実感ないとダメ?

つーか俺が読んでるの大体その手の現実離れしたものばかりなんだけど……

 

「例えばですけど恋愛に女友達が協力してくれるとか、あとは恋のライバルが

なんやかんやで友達になるとかはダメですね。ありえなすぎて」

 

あーそういう……

 

「でもよ、一色。女子ってよく恋愛相談つーか、恋バナ? してるだろ。

それでじゃあ協力するよ! みたいな話になることはねーのか?」

 

尋ねると、一色は呆れたように鼻でふっと笑う。

 

「いいですか、先輩。女の子っていうのは表面上空気読んで仲良くしているだけで、

裏では足を引っ張りあってるんですよ?」

 

それはお前だけだろう……と思ったが、話はまだ続くようなので黙って耳を傾ける。

 

「なので女の子が恋バナで好きな男の子の名前をいうのは、私は〇〇くんが好き、だから

手をださないでね? って意味と、そっちも言えば手を出さないでおいてあげるよっていう

相互不可侵条約みたいなものなんです」

 

「…………」

 

闇が深すぎるな、女子社会。

まあ女の敵を絵に書いたような一色の言葉だから話半分に聞いといたほうがいいかも

知れないが、そんな彼女の言葉だからこそ信憑性は高いと思う。

 

「その上で、私が共感できそうな女の子がでてくるお話が読みたいです」

 

一色はいうと、にこっと微笑む。

 

う、う~ん、難しいなあ。情報は増えたが、問題も増えた。

共感というからには自分とどこか似た感じの女の子が主人公かヒロインでなければならぬ。

一色はそう言いたいのだろう。

そうすると見た目も美少女であるべきだと、彼女は暗に告げていることになる。

少し考え、まあその点は平気かと思い至る。

殆どのラノベ、一般誌も含めて、主人公やそのヒロインの造形は整っていることが多い。

そうじゃないのは俺が知る限り、賭博黙示録カ〇ジのヒロインくらいだ。

とそこで、一色が俺の服の裾をくいくいと引いていることに気づく。

 

「せんぱい。これなんかわたしに合ってると思いません?」

 

問われた俺は、一色がその手に持っている本の表紙に視線を走らせる。

 

「一色。帝王じゃないやつが帝王学を読んでもあんまり意味がないと思うぞ。

それ、ハゲがヘアスタイルの本を熟読しているのと同じだし」

 

俺の言葉に一色は「なんですかそれ~」といってけたけた笑っていたが

急に顔を引きつらせる。

そして目線で俺に、後ろを向くよう訴えてきた。

なんだ? と思い首だけ後ろに向けてみると、俺の背後にいたのは

毛根の根性が足りなかった中年のおじさん。凄い顔で俺を睨んでくる。

 

慌てて二人でそそくさとその場を離れ安全を確保すると、俺は思案をまとめようと

顎に手をやり考える姿勢を取る。

そしてこれまでの一色との会話で知り得た、彼女のことをひとつひとつ思い浮かべる。

 

「あんまり長い文章は読めません。そういう身体なんですっ!」

体をきゅっと抱きしめ訴えるように叫んだ姿。

そして「大好きですよ! すごーく好きです! 愛してるといっても過言ではありません。

なんですかくれるんですか、いつでもどこでもいくらでもウエルカムですよ!」と

瞳を輝かせながら俺ににじり寄ってきたそんな姿が思い出される。

 

その二点を含めこれまでの情報を整理すると、俺の読んだラノベの中に一冊だけ

一色の要望に合うタイトルがあったことに気づく。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

         「クズと金貨のクオリディア」

 

書いた本よりプログの方が面白いという稀有な才能を持つ作家と、

そんな彼を監視することに情熱を燃やす作家が共同執筆した作品だ。

 

簡単にあらすじを紹介すれば、こんな感じになるだろうか。

「世の中、金じゃない」がモットーの清貧かつ無欲な美少女と、「女は顔じゃない」を

座右の銘とする心優しい爽やかな少年の、読む人の心を温かくする純愛物語。

 

俺も読んだときには、そんな二人が織り成す愛と常識に満ちた会話やその初々しいやり取りに

頬が緩むのを抑えきれなかったくらいだ。

単行本一冊の短編だし読書に慣れていない一色が読むのにちょうど良い長さともいえる。

 

「一色。お前の要望に合ったオススメの本が一冊あるんだが、もし読むなら貸すぞ?」

 

いうと、一色は考えるよう頬に手を添える。

そして申し訳なさそうに上目遣いで俺を見る。

 

「お気持ちはありがたいんですけど、今日の思い出に買っていきたいなって思います」

 

今日の思い出か。なんか大げさな気もするが本人がそういうならと考え、

その本を扱うレーベルの本棚へと一色を連れて行く。

運良く一冊だけ棚差しで見つかりそれを引き抜くと、ふと思いついたことがあり

そのままレジへと向かう。

会計を済ませビニール袋に包まれたそれを一色に手渡すと、一色はきょとんとした顔で

俺を見ていた。

 

「やっ、なんだその。いつも世話になってるからな、お礼だ」

 

しどもどしながらいうと、照れくさくなり頭をガシガシ掻いてしまう。

そんな俺の姿をぽかーんと口を開け眺めていた一色が、

にこやかに微笑みなにかを言いかけたとき――

 

「会長ー! 一色会長ー!」

 

と一色を呼ぶ声が店内に響く。

声がする方へ視線を向けると、総武高校生徒会の副会長である本牧と

その背中に慌てて隠れようとするめぐり先輩の姿が見えた。

 

 

 




それでは次回で

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