やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

65 / 93
三章もそろそろ終わります。
プロットを見ると大体これで物語の三分の一程度を消化した感じです。
ねえこれほんとに終わるの? って感じですが、いまのペースなら年末くらいには
終わるような気がしなくもないです。(゜д゜υ)

と、それと。この章は上手くかはあれですが八幡以外の視点で書く事ができました。
なので番外編は無しになります。たぶん。
で、代わりといってはなんですが、ここまでの時系列表みたいなのを
載せてみようかなと思っています。



届かなかったとしても

目が覚める。

頭をガシガシ掻きながらベットから起き上ると、んっと伸びをする。

そしてふっと短くため息をつく。

どうやら一色による夜這いイベントは起こらなかったようだ。

まあ起きても困るんだけどそこはね。

やはり年頃の男子としてはほんの少し、期待してしまうのも致し方ないような気がする。

 

ベットに横になりウトウトしていると、遠慮がちなノックの音が耳に届く。

起き上がり扉を開けるとそこには、枕をギュッと抱きしめて俯いている一色の姿が。

「眠れないのか?」と問いかけると、一色はこくりと頷く。

そして気恥ずかしげにモジモジしながら、「一緒に……いいですか?」と呟き、そして……

 

なんて妄想をしていたからか、なかなか寝付けずにいたのだ。ふふ、俺もまだまだ若い。

そんなアホなことを考えつつ寝ぼけ眼で時計を見ると、針は十時を指している。

ちょっと寝すぎたかなと思いながら、部屋を出て洗面所へ向かう。

身だしなみを整えリビングに入ると誰もおらず、夏の暖かな陽光が室内を明るく照らしていた。

小町たちはまだ寝ているようだ。

 

まあ今日外へ出かけるのは、涼しくなる夕方からの予定。

二人とももう少し寝かしておいてもいいだろう。

小町もそうだが一色も、普段頑張っているのだから

こんな時くらいゆっくり寝かせてあげるべきだと思う。

なので普段頑張っていない俺が、取り敢えず飯の用意だけでもしておくか。

そう思い、俺はキッチンへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

「知らない天井だ……」

 

ぼんやりとした頭でそんなことを思っていると、自分の頭が誰かに

緩く抱きしめられていることに気づく。

視線をそっと上に向けると、小町ちゃんのあどけない寝顔が見える。

 

記憶を整理する。

ああそうか、夕べ……。思い出すとまた目尻に涙があふれそうになる。

自分の間の悪さに。先輩の笑顔に。小町ちゃんの優しさに。

 

こぼれそうになるため息を飲み込むと、枕元に置いておいたスマホに手を伸ばす。

時刻は十時十五分。朝というよりもう昼に近い。

そろそろ起きなきゃと思うが、体が妙にだるく感じる。

それに自分を優しく包んでくれる小町ちゃんの体温はとても心地よく、

離れがたいものがある。

 

もう少しこのままでいよう。そう思い、小町ちゃんの胸元に顔を寄せる。

むにっとしたその感触を頬で味わいながら、私は考えてしまう。

一体どこでなにを、私は間違ってしまったのかと。

目を瞑り先輩と初めて会った時から今までのことを、順に思い出していく。

 

出会った頃は、どうでもよい人

出会ってすぐは、どうしようもない人

仲良くなってからは、どうにかしたい人

好きになってからは、どうにもならない人

 

我慢したはずのため息がこぼれる。やっぱりあの時からだと今更ながら気づいたから。

先輩と初めて、二人で出かけたあの冬の日。

あの時わたしは葉山先輩をダシにして、先輩を連れ出した。

もうあの時点で、わたしは自分の気持ちに気がついていたのに。

 

断られたら嫌だなという気持ちもあったと思う。

依頼という形なら先輩は断らないという、そんな思惑もあったと思う。

でもそうしたせいで、どんどん自分の気持ちを先輩に伝えることが難しくなってしまった。

 

他にもある。

わたしは雪ノ下先輩と結衣先輩に遠慮していた。

遠慮というかどうしたってこの二人には敵わないという引け目。

そして自分によくしてくれるそんな二人の想い人に心を寄せることに。

まあそれでも我慢できず、先輩にあれこれちょっかいだしていたけど。

でもそれはいつまでも答えを出さずにいる、あの二人も悪い。

そう思ってそれは私もだよねと気づき、仄暗い笑みが口元に浮かぶ。

 

まあいいや、わたしはモテる。

今年に入ってすでに十人近い男子から愛の告白をされるほどの美少女なのだ。

先輩よりもカッコ良い男の子もいた。おしゃれな男の子もいた。お金持ちの男の子もいた。

「あの時はごめんなさい。今になってやっと、自分の気持ちに気づいたの……」

なんて言えば、すぐさま彼氏の一人や二人できるだろう。

そうだよ、なにも先輩なんかにこだわる必要はないんだ。

そう思うと、少し気が楽になる。

 

そういえばどんな男の子たちだったけ?

う~んと頭を捻って記憶を探るがまったく顔が思い出せない。

そして何故だか先輩の顔ばかりが浮かんでくる。それでなんか、無性に腹が立つ。

 

あの人。人がこんなにつらい思いをしてるのに、他の女の子といちゃこらしやがって……

はっ。いけないいけない、黒いろはす化まっしぐらだった。心穏やかにいかないと。

そこでわたしは小町ちゃんの胸を頬でむにむにすることで、心の平穏を保つ。

うむ、これは良いものだとその感触を楽しみながら、わたしのほうが二割ほど大きいなと

女としてのプライドも満足させる。

 

そしてもう一度、天井を見上げてみる。

うん。どうもわたしは、自分が思ってたより器用ではないみたいだ。

もっと簡単に気持ちの切り替えができると思っていたしそうしてきたつもりだけど

今回は全然、そんな風にできない。まあ、仕方がない。

先輩の言葉じゃないけど、出来ないことを無理にする必要はないと思う。

 

でも、できない事とやらない事は全然違う。

今までわたしは無理だって諦めて、やろうともしなかった。

もうすでに遅いかも知れない。そうでなくても上手くいくとは限らない。

だからって諦めてやらなくていい理由にはならないと思う。

顔を上げ、前を向き、手を伸ばす。それでたとえ、届かなかったとしても。

 

とはいうものの、今更なにができるだろう……

先輩は決まった人ができたなら、きっと一途だろうし。

生半可なことじゃ、こちらに振り向いてくれないと思う。

どうしようかなあと悩み、どうするべきか考える。そうして思いつく。

 

そうだ、あの日をもう一度やり直そう。

 

心を決めたわたしは自分を包んでくれる小町ちゃんの手を丁寧に解く。

そしてゆっくりと身体を起こし、んっと伸びをする。

すーすーと寝息をたてる小町ちゃんを見て起こすか迷ったけど

もう少し寝かしとこうと思い立ち上がる。

 

部屋を出ようと扉のノブを掴んだとき、思いついたことがあり

部屋に戻ると鞄からメモ帳とペンを取り出す。

一枚破ってさらさらとペンを走らせ丁寧に折りたたんだそれを、つい先ほどまで

わたしを優しく包んでいてくれたその手に握らせる。

そうしてわたしは、部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

朝の光は眩しい。その眩しさに顔を顰め瞼を開く。

寝ぼけた目で時計を見ると、もう十一時を指していた。

小町にしては珍しく、随分と寝入ってしまった。

慌てて身体を起こすと、自分の掌になにか握っていることに気づく。

 

丁寧に折りたたまれたその紙片を開き、中を読んでみる。

書かれた言葉に頬が緩むのを感じながら、身支度を整え部屋から出る。

するとリビングの方から、お兄ちゃんといろは先輩の楽しげな声が聞こえた。

 

 

 

 




ようやく、いろはすさんをめぐりんと同じ土俵(精神的に)立たせることができました。
まさかたったそれだけに、三十万文字近く使うことになるとは……。

それでは次回で。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。