やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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今回、地域によって呼び方が異なる単語がひとつでてくるので書いておきます。
二燭光。にしょっこ(う)と呼び、蛍光灯の小さなオレンジ色の電球のことをいいます。
わたしが住んでるのは北陸で、豆球(まめきゅう)と呼ぶのですが、
それは方言だと言われ、関東に住む友人に教えてもらいました。



手当て

足元を見ながら、とぼとぼと歩く。

前を歩く先輩は時折振り返り、心配そうな表情で私を見てくる。

その度に私は顔を上げ、無理をして笑顔を作る。

その笑顔を見て先輩は、余計と心配そうな顔をする。

なにか言いたげなその口元には、ついさっき城廻先輩のことを話していたときの

微笑みは無くなっていた。

今この場にいない城廻先輩はこの人を笑顔にし

すぐ傍にいる私はこの人を困らせている。

そう思うと胸が苦しくなる。

気まずさに耐えられず、感情が声に出ないよう気をつけながら

先輩に話しかけてみる。

 

「すいません、先輩。ちょっと今日、体調がよくなかったんですよね」

 

「だいじょぶか?」

 

「もう平気ですよ。寝不足とかもあるかもです」

 

「そうか、言ってたもんな。夜遅くまで勉強頑張ってるって」

 

先輩は納得してくれたみたいだ。ほっとした表情を浮かべてくれた。

 

「それと先輩。今日はご迷惑じゃなかったですか?」

 

いうと、先輩はぽかーんとした顔でこちらを見てくる。

 

「へっ、なにが?」

 

そんな何言ってんだ、こいつ、みたいな顔しないでよ……

結構頑張って話してるんだから。

 

「えっとですね。急に泊まりに来ちゃったことです」

 

「ああ、それか。いや、別にかまわん。むしろ助かったぞ」

 

助かった? なにが?

 

「なにか助けになったんですか? わたし」

 

「えっとな、小町が最近、悩んでるぽかったんだよ。

それとなく尋ねても教えてくれなくってな。少し困ってたんだ。

でも今日、お前といて元気になったみたいだし、ほんと助かったわ」

 

ちょ、ちょ、ちょっと待ってえ。その悩みの種、わたしだよね?

どうしよう。凄く居た堪れない気持ちになちゃう。

ほんともうわたし、なにやってんだろ……

そう思うと、「はは……」と自嘲的な笑いが口からこぼれてしまう。

 

するとそれを聞きつけた先輩が、ぎょとした表情でこちらを見てくる。

 

「一色。どうしたんだお前? 急に笑い出して。中学時代、俺もそうだったんだけどな

はたから見るとそれすごく不気味だから、ほんとうにやめといたほうがいいと思うぞ」

 

この人はまったく、人の気も知らないで……。と恨みがましく思いつつ、ふと

先輩の中学時代ってどんなんだったのか気になり尋ねてみる。

 

「先輩って中学の時、どんな感じだったんですか?」

 

「あんま言いたくねーなあ……」

 

先輩は難しそうな顔をする。

まあ言いたくない過去のひとつやふたつ、誰にだってあるしね。

現在進行形で私がまさにそう。

 

「すいません。へんなこと聞いて」

 

謝ると、先輩はじろっと薄目で睨んできた。

 

「おい、一色。俺の中学時代をへんなこと扱いするんじゃねーよ」

 

「そういう意味じゃないですよ!」

 

「ほんとかよ」

 

先輩はいうと、にっと笑う。

その笑顔に、元気のない私を元気づけようとしてくれてるんだと気づき

冷えていた胸が暖かくなる。

 

「それにお前、俺の中学時代なんて、聞く価値ないぞ。

自分の好きなモノを誰に話すことも、誰かの好きなモノを教えてもらうこともできない

そんな時間だったからな。まあ中学に限らず、俺はずっとそうだけど」

 

ああ。だから先輩、わたしに秒速の話をしてるとき、あんなに楽しそうだったんだ……

 

「城廻先輩とはそういうお話、たくさんしてましたもんね」

 

「まあその、お前のおかげだ。ありがとな、一色」

 

暖かくなっていた胸がすっと冷える。

先輩がわたしに、ありがとうといってくれているのに。

でもその言葉は刃物になって、私の心を千切るように切り刻む。

 

「いえ……」

 

なんとか声を絞り出し、ぎこちない笑顔を浮かべる。

それが私にできる、精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャっと小さく、玄関が開く音が聞こえた。どうやらふたりが帰ってきたみたい。

時計に目をやると、夜中の三時を指している。一時間近く、どこに行ってたんだろう?

 

とんとんと階段を上る足音が聞こえ、小さな話し声が耳に届く。

おやすみ、というお兄ちゃんの声がして、隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。

そして部屋の扉が薄く開けられる。

 

音を立てないよう忍び足で部屋に入ってきたいろは先輩が、ふっと短くため息をつく。

そして小町が寝ているベットの横に敷かれた、自分の布団に潜り込む。

いろは先輩、お兄ちゃんとたくさんお話しできたかな?

思いながらウトウトしていると、小さな嗚咽の声が聞こえた。

 

そっと視線を向けてみる。

すると、二燭光の淡い明かりの下、頭まですっぽり布団に包まったいろは先輩が

幼子のように身を縮め泣いているのがわかる。

 

なにか声を掛けなきゃと思うけど、なんて声をかければ良いかわからず困ってしまう。

うーんと考えるがなにも浮かばず、仕方なく記憶を探る。

そして小町が辛い時、お兄ちゃんが小町にしてくれたことを思い出しすることにした。

 

ベットから起き上がり、いろは先輩の横に座る。

そして手を伸ばしタオルケットに包まれたその頭を優しくゆっくりと撫でる。

手が触れた時、いろは先輩は驚いたようにぴくっと身体を揺らしたがそのまま撫でていると

その息遣いが落ち着いたものになっていく。

 

小町は何も聞かず、いろは先輩も何も言わない。

なにがあったかはわからないけど、いろは先輩が聞いてと言ってくるまでは

聞かないほうがよいよね。

そう思い、ただ黙って撫でていると、すーすーと規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

 

 




小町マジ天使。そんなお話でした。

それでは次回で。

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