やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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世界はロマンを求めている

めぐり先輩の問いかけに、俺は暫しの間、呆気に取られていたが

我に返るとその顔をちろっと伺ってみる。

すると先輩は口を堅く引き結び、真剣な表情でこちらを見ていたので

気まずくなった俺は視線を自分の足元に落としてしまう。

 

俺が返す言葉を言いあぐねていると、先輩は小さく「えいっ」と言って

優しく触れていたその手の形を変え、頬を軽くつねってきた。

それでようやく声がでた。

 

「……えっとその、どうなんでしょうね」

 

「どうなの?」

 

「そうですね……。そんときになってみないとなんとも……」

 

「じゃあ、そのときになったと思って、答えて」

 

ええ……。なんだろう、この人。意外に引き下がらない人だ。

いや、意外でもないか。めぐり先輩って初めて会った文化祭から今までずっと、

独特のテンションとペースの持ち主だったし。

てことは今回もこれまで同様、きちんと答えなきゃならんのか。

つーかどう答えても、微妙な雰囲気になる未来しか見えんのだが……

なので話題を逸らす意図も含めて、感じた事を口にしてみる。

 

「なんていうか意外ですね。めぐり先輩がそういう事、口にするって」

 

どうにかこうにか冷静を装ってそう言ったが、先輩に首を傾げられてしまった。

 

「そうかな?」

 

ああ、いかんな。また他人に勝手なイメージを押し付けてる。

先輩だって年頃の女の子。その手の事に興味のひとつやふたつ、あってもおかしくは無い。

むしろ無かったらおかしいと思う。

先輩にそういうのは無いと考えるのは、アイドルはトイレに行かないと思うのと同じレベル。

 

そんな事を思いつつ、上手い返しをうんうん唸って考えていると

先輩が興味深そうに目を細め、まじまじと俺の顔を覗き込んできた。

 

「この前さ、比企谷くん、私にキスしようとしたじゃない?」

 

「は、はい」

 

「それでね。比企谷くんはそういう事、私としたいのかなって、その、思って」

 

こ、答えにくいなあ……。

まあ返事はイエスかハイのどちらかなのだが、それだと身体が目当てみたいで気が引ける。

なんと答えれば良いか迷っていると、先輩がそっと手をのばし俺の頬を両手で挟んできた。

そして、まっすぐに俺を見据える。

 

「したいの?」

 

どうしようこの人。なんか陽乃さん並にやりにくい。

そういやめぐり先輩、陽乃さんにえらく心酔してたっけ。

先輩にはあんな風にならないで欲しいのだが……。

 

まあ仕方がない、俺も男だ。先輩の質問にきちんと答えようじゃないか。

とはいえ、あまり軽いノリで言えることではない。

俺は普段より誠意を込めて伝えようと、ひとつ咳払いをしてから言った。

 

「したいというか、見たいんです」

 

沈黙が降りる。めぐり先輩はぽかーんと口を開け、何度か瞬きをした。

 

「えっ?」

 

ちょっと言葉が足りなかったか。そう思い、考えをまとめながら口を開く。

 

「めぐり先輩。少し長くなりますけど、いいですか?」

 

言うと、めぐり先輩は神妙な表情でこくりと頷く。

それに頷きを返し、自分の思っている事を声にする。

 

「えっと、俺の勝手なイメージなんですけど、先輩ってすごく清楚だなって思うんですよ。

えっ、そんな事ない? うーんでも、制服の時もそうでしたし私服もそうですけど、

先輩ってむやみに肌を見せるような格好しないじゃないですか?

俺らくらいの年齢にありがちな、変な着崩し方もしませんし。

まあ今日は膝小僧、ちょこっと見えてますけど。

あっ、ちょっとお! しゃがんで隠さないでくださいよお。

えっ、足が太いから恥ずかしい? 全然太くなんかないですよ! こう、程良い感じです。

まあ何が云いたいかといいますと、そういうとこが初心というか清楚だなって思うんです。

それでそういう先輩がですね。その手の事をしているとき、どんな感じかなって。

なので性的な欲求というより知的好奇心というんですかね? そこが知りたい、みたいな。

わかります? えっ、わからないですか……。

うーん。そうだ! さっき先輩が教えてくれた奥大井湖上駅でしたっけ?

そこへ先輩が行きたいと思ったのは、景色がとても綺麗だからですよね?

それと一緒かも知れません。綺麗なものを見てみたい、的な。

えっ、綺麗じゃない? そんな事ないですよ!

めぐり先輩、色白でほっそりしていますし、身体のラインが綺麗だなって。

ちょ、めぐり先輩。そんな身を守るようなポーズで、後ずさりしないでくださいよ!

すいません、俺が悪かったです。先輩が嫌なら、もう見ませんから。

あっ、嫌ではないです? じゃあ今まで通り、じっくり見ますね!

えっ、やっぱり見ちゃダメって……。

んー、それじゃあ、先輩って神様信じてます? ふむ、いるかもって思ってますか。

俺はですね。今まであんまり信じてなかったんですよね、その手のものって。

でもですね。先輩を見ていると、いるのかも知れないなって、そう思うんですよ。

こんな可愛くて綺麗な女の子がこの世にいるとか、そうじゃなかったらありえねーだろうって。

ここ三次元だよ? 二次元じゃないんだよって。

そうですね、二次元にはいますよ。今期アニメの甲鉄城のカバネリってアニメのヒロイン

無名ちゃんって子が可愛いです。

まあお話自体は一話がピークで段々つまらなくなってしまったんですが……

なので最近は、無名ちゃんを愛でる時間になってますね。

それで要するに、めぐり先輩は次元を超えた可愛さだって云いたいわけです。

いや、大げさって……。本当にそう思ってますよ? すごく可愛いなって。可愛すぎて

「めぐり先輩! 地球を、地球をどうするつもりですか!?」って叫びたくなるレベルですし」

 

そんなやり取りを交わしていると、太陽が中天に差し掛かり日差しも大分きつくなってきた。

 

「めぐり先輩。ちょっと暑いんで、日陰に入りませんか?」

 

「あっ、うん。そうだね」

 

ほんのり呆れた感じを匂わすめぐり先輩と二人、少し歩いて木陰にあるベンチに腰を下ろすと、

俺は先輩の薄く化粧されたその横顔に眺めながら声を出す。

 

「さっきは冗談ぽく言いましたけど、めぐり先輩、綺麗ですよ」

 

「へっ? ええっと……」

 

思わず漏れた俺の言葉に、めぐり先輩は驚いたように目を丸くする。

いやでも本当にそうなのだ。

ほぼ素っぴんでこの整いぷりは、千年さんとか千葉のキセキといってもおかしくない。

昨今、化粧の技術は飛躍的に向上し、もはや美とはお絵かきスキルと化してしまっている。

そんな中で俺はこう言いたいわけだ。

 

「美とは生まれ持ってきた神の作りしものであり、化粧などという近代的な手法によって

生み出されるものとは全く異なる」っと。

 

そこで思い出すのがメタルギアソリッド4というゲーム。

そのゲームでは未来的な兵器が多数投入されている。

しかし結局最後は素手でのタイマンで決着をつけるというロマンあふれる展開だった。

世界はロマンを求めているのかもしれない。ちがう?

 

「本当にそう思ってますよ。それで先輩に触れたいと思ってます」

 

俺としては珍しく素直な気持ちを口にしてみる。

まあ素直すぎて、セクハラ呼ばわりされてもおかしくない発言な気もするが。

それで引かれてないか不安に思いその表情を窺うと、先輩が俺の胸にそっと手を当ててきた。

離れることも出来ずに、俺はその場で固まってしまった。

 

 

 


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