やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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文字数を減らしテンポよく進む感じにしていこうと思います。



挨拶は抜きだ!

夏休み二日目、木曜日の昼前。

今日はめぐり先輩が車で迎えに来てくれるというので出掛ける準備をしていると

先輩からメールが届く。

 

『今日はワイルドでいくよ!』

 

ナニコレ……

送られてきたメールの文面に戸惑いながら、ワイルドな先輩を想像してみる。

先輩、スーツ姿でサングラスとか掛けてくるんだろうか。

ふむ、意外に似合うかも知れんな。ちょっと見てみたい気もする。

そういやたまにだが、夜中なのにサングラスを掛けてる奴を見るけど

あれカッコイイと思ってんのか? アホにしか見えんが。

などと考えていると、カッコイイというワードが頭に引っかかった。

そして先輩がワイルド化する原因と思われる事が昨夜あった事に気付く。

 

昨日の晩、行き先と待ち合わせの時間を決めた後、よもやま話しに花を咲かせていると

先輩が、あ、と声をあげた。

 

『ねーね、比企谷くん。私たちもカッコイイセリフとか言ってみようよ』

 

そんな先輩の提案から始まったカッコイイセリフの言い合いっこ。

互いにアニメや漫画のセリフを披露して夜の夜中に二人で大いに盛りあがったのだが

あれは深夜のテンションだから出来たこと。

まさか先輩、日が昇っても続けるつもりなのか……

そう思って慄いていると来客を知らせるチャイムの音が聞こえた。

玄関にてってと走っていき扉を開けると、先輩が両手を腰に当て不敵な笑みを浮かべ立っていた。

 

「比企谷くん!」

 

「は、はい?」

 

「挨拶は抜きだ! さっさと行くよ! こんにちはっ」

 

「こ、こんにちはです。めぐり先輩」

 

「比企谷くん、かっこよく!」

 

「あっ。お、おう。急ごう、風が止む前に……」

 

へどもしつつ答えると、かっこよかったか不安になり先輩をちろっと窺ってみる。

先輩は腰に当てた手を解いて腕組みし満足げにうむっと頷いていた。

なんだこれ……、と思う反面、先輩こじらせて帰ってこれなくなったか……と

痛ましい気持ちになってしまう。

 

風の噂で聞いた話なのだが、厨二病は遅くに羅患すると治らない可能性があるらしい。

そういう場合業界では、覚醒と呼ぶらしいが。

もしや先輩、下手したら材木座みたいになってしまうのだろうか……

そんな不吉な未来が頭をよぎったのでなんとか現実に帰ってきてもらおうと思い

胸が痛むが先輩を窘めることにした。

このままほっといて爆裂魔法なんぞ唱え出したらあれだしね。

 

「めぐり先輩」

 

「なんだね、比企谷くん」

 

先輩は腕を組んだままこちらに背中を見せると、上半身だけくるりとこっちへ向けて答える。

なんでいちいちポーズを取るんだ、この人。このままじゃその内、眼帯とか装着しそう。

それとね、昔の自分を見てるみたいで辛くなるからやめて欲しいです。

 

「先輩はいつも通りの方がいいですよ。なんか今の先輩、ちょっと痛い子っぽいですし」

 

「うぐう~」

 

俺の言葉に、先輩は悔しげな表情を浮かべわなわなと震えだす。

可愛いのでそのつるっとしたオデコをぺちんっと叩きそのまま撫でてみると

先輩はかーっと耳まで朱に染めて拗ねたような声を出す。

 

「カッコいいかなって思ったんだけどな~」

 

「カッコイイというより、可哀想な子でしたね。

でも可愛いかったですよ。百点です」

 

微笑み混じりで答えると、先輩は表情を緩めにぱっと笑顔を見せてくれた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

先輩が近所に住むおじいちゃんから借りたという車に乗り込む。

シートベルトを締め見送りに出てきた小町に手を振ると

車は今日の目的地である上野動物園へと走り出す。

住宅地をゆっくりと走る車の中、俺はきょろきょろと車内を見て回る。

 

しかしこの車……ぼろいなあ……

 

エアコンの効きが悪いので窓を開けようとするとなかなか開かない。

開いたら開いたで、開けすぎたので少し閉めようとしても今度は全く閉まらない。

車に詳しくない俺には車種すらわからんが、窓を手動で開け閉めするところをみると

かなりの年代物のようだ。

なのでいつから乗っているのか尋ねると、先輩が生まれる前から愛用しているとのこと。

それでなのかカーステレオが動かない。

俺は何かのフラグがたった気がした。とてもよくないフラグが。

まあ気のせいだろうと思い直し、外の景色に目をやる。

 

国道を走り道が空いてきたので先輩はスピードを上げる。

季節は夏。天気は晴れ。最高の気分だ。微かに香る潮風が気持ちいい。

そうだ帰ったら、日記を書こう。今日のことを忘れないように。

そして今度は俺から先輩を、ディスティニーランドにでも誘ってみようか。

まだすべては始まったばかり、時間はたくさんある。

流れる景色を眺めながらそんな物思いの耽っていると、俺はあることに気付く。

 

この車、なんかふらふらしてねえか?

 

不安を感じ先輩の方へ視線を向ける。すると先輩は緊張した様子でハンドルを握っていた。

車は鉄の塊、動く凶器。ふざけて運転するなどもってのほか。

でもですね。そんな瞬きもせず真剣そのもので運転されると、

なんかすごく恐怖が沸いてくるんですけど……

 

「あのう、めぐり先輩」

 

「ごめん、比企谷くん。静かにして」

 

「あっ、はい。すいません……」

 

邪魔しちゃいかんな、と思い口を閉じる。

信号で車が止まると、先輩が口を開く。その声は少し、震えていた。

 

「免許取ってから車運転するの、今日が初めてなんだよね」

 

おいいいいいいい。

だから昨夜、俺言ったじゃん。車じゃなく電車の方が良くないですかって。

 

「私、お姉さんだからね! ちょっとはお姉さんっぽいとこ、比企谷くんに見せないと!」

 

先輩のやる気に満ちた言葉に思わず同意してしまった自分を殴りたくなってくる。

後悔先に立たず。もっと電車で行こうと言えば良かったと思ったが、後の祭り。

デートが上手くいくか悩んでいたのも今は昔。

これじゃあ、今日生きて家に帰れるか? という不安で胸が一杯になってしまう。

 

しかもこの車、カーナビも壊れていて「二百メートル先の信号を・・・ブチッ」と

いいところで何故か音声が飛ぶ。

液晶タッチパネルの反応も悪く「戻る」を押しても無反応。

で、もう一回「戻る」を押すと二個戻るといった感じ。

 

さらに最悪なのはこのカーナビ。合流がありますコールとかしつこいのだが

コースを外れたとき沈黙しやがる。一番言ってほしいことを言ってくれない。

「こいつ何も言わないからまちがってるんじゃないですかね?」

そんな会話を何回したかわからん。

それでも予定より大分遅れたが、目的地の上野動物園に到着した。

 

 

 




それでは次回で。

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