やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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マルをあげたい気分

夏休みの初日、その夜。勉強会を終え家に帰ると、夕飯を済ませ部屋に戻る。

そして先週、親父が買ってきたゲームをすることにした。

 

レッド・デッド・リデンプション

 

二十世紀初頭、西部開拓時代の名残が色濃く残る近代アメリカを舞台にした

オープンワールドのアクションアドベンチャーゲームだ。

z指定のゲームだが、後少しで俺もエイティーンなのでぎりぎりセーフだろう。

 

主人公は孤児で施設育ちでもある元義賊の男。現在はギャングの世界から身を引いて

牧場を営んでいたが、ある時に政府によって妻子を人質に取られ、かつての仲間達を

始末していく事となる。

いいね。孤高の男という面で、俺と相通じるところがある。

まあ俺の場合、孤高じゃなく孤立なんだけど……。

 

ちょっと気持ちが落ちかけたが、なんとか気を取り直しコントローラーを握る。

そして三時間ばかり広大なアメリカ西部をうろちょろしていると

めぐり先輩から電話が掛かってきた。

 

『こんばんは、比企谷くん。今平気かな?』

 

「こんばんはです、めぐり先輩。平気ですよ、ゲームしてるだけなんで」

 

言うと、どんなゲームをしてるのか尋ねてきたので説明することにした。

 

「ガン・シューティングゲームなんですけど、突然熊とか狼が襲ってきたり

目の前で人がさらわれたりで結構ハラハラします。

それでですね。これはオンラインもあって他のプレイヤーと対決してもOKなんですけど、

一緒に組んで盗賊退治もできるんですよね」

 

『へえ~、なんか西部劇っぽいね!』

 

「ですです。まあ初めてINしたとき、いきなり五回くらい殺されましたけど。

なにせ相手はでっかい馬で風のようにタッタか走りまわってるのに

俺がのっているのはパカパカ歩くロバ。

勝てるわけねえ! って感じじゃないですか?」

 

『それは確かに勝てなさそうだねえ』

 

「そうなんですよ。でもその後ロバを捨てて徒歩で崖の裏から忍び寄って、無防備な背中に

銃弾を叩き込んでやりました。そして馬ゲット! まあそんなゲームですね 」

 

『おもしろそうだね!』

 

「面白いですよ。それでですね、その対戦相手外人さんだったんですけど

すげえカッコイイこと言い出すんですよ」

 

『なんて言ったの?』

 

「えっとですね。『キミはとてもラッキーだよ』『とてもいい練習をしているよ今』

『だがお前の幸運な時間はたった今終わった』『もう一度我々は戦うべきだ』

『キミの本当の力を知るだろう』とか言い出しまして」

 

『カッコイイ!』

 

「カッコイイですよね。でも俺、上手く言い返せなくって。

まさかゲームで英語の必要性を感じるとは思わなかったです」

 

『比企谷くん。英語苦手なの?』

 

「テストではそこそこの点数、取れてるんですけどね。

生きた英語っていうんですかね。『お前の幸運な時間は終わった』なんていわれたとき

『私の幸運な時間はまだ続くようだ。君の不幸な時間が続く限りね』と言い返せるような

レベルではないですねえ。

仕方なく、なけなしの英単語から『hello』ていってたんですけど」

 

『比企谷くん、『hello』じゃダメだよー!』

 

先輩は言うと、ケラケラと笑い出す。受けて良かった、と思いつつ返事を返す。

 

「そうですね、ダメだったみたいです。次は『Goutte Morning』って言ってみます。

そうだ、めぐり先輩。良かったら今度ウチに来たときやってみませんか?」

 

『また遊び行っていいの?』

 

「もちろんですよ。いつでもウエルカムです」

 

『嬉しいな、えへへ。ありがとね、比企谷くん』

 

「いえいえ。ところで先輩、今日はなに用で?」

 

『えっ、えーっとね。その……、比企谷くんをデートにお誘いしようかなって』

 

おおう、デートか……。なんか毎回、先輩のほうから誘ってもらってるなあ。

俺からも誘わないとと思うんだが、失敗ばっかりしてたからどう誘えばいいのか

わからないんだよな。

 

「その、すいません、めぐり先輩。毎回先輩から声掛けてもらってばかりで。

次は俺から誘ってもいいですか?」

 

『やっ、全然いいよ。気にしないで。ただその、比企谷くんから誘ってもらえたら嬉しいかも』

 

「じゃあ次は、俺から誘いますね」

 

『うん! 楽しみにしてるね』

 

その嬉しげな声に、俺も頬を緩めてはいと返事をした。

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

そんなこんなで話し合うこと十数分。

行き先は『生の熊や狼をみたいかも』という先輩の希望によって動物園に決まったのだが

それでいつ行くか? という話で、事態は思いもよらない展開をみせる。

それまで楽しげに話をしていた先輩が急に不機嫌になったのだ。

その切っ掛けは、たぶんこれ。

 

『えっとですね、めぐり先輩。金曜日は勉強会の後、一色と本を買いに行くので

ちょっと空いてないんですよね』

 

『へー、そうなんだ。デートするんだ。一色さんと』

 

『へっ? い、いや、デートじゃないですよ?』

 

『ふ――ん』

 

『あのう、めぐり先輩?』

 

『なにかしら?』

 

んー、ご機嫌斜めですね。言葉に刺が含まれて、というか棘だらけなような。ど、どうしよう。

どうにかせねばと考え、どこに地雷が埋まっているのかわからないまま、おそるおそる声を出す。

 

「他の曜日なら、空いてるんですけど……」

 

『私は金曜日がいいな~』

 

「そ、そうなんですか? じゃあ、一色に曜日を変えてもらうよう言ってみます」

 

『んっ。えっと、それだとその、一色さんといつ行くの?』

 

「そうですね……。勉強会の日、そのまま千葉にでも行こうかなって思うんで

来週の月曜あたりですかね。一色の都合を聞いてみないとなんですけど」

 

『ふ~ん。いいねー。楽しみだねー』

 

うっわ、すごい棒読み。地雷か? 地雷を踏んだのか?

 

「い、いや。別に楽しみとかでは。

一色が教えてくれた話が載ってる単行本を買いに行くだけですし」

 

『本を買いにいくだけならさ、タイトルか作者さんの名前を聞けば一人でもいけると思うけどね。

なんでわざわざ二人でいくのかなーって』

 

「それがですね。タイトルも作者もわからないらしいんですよ。

それでも絵を見ればわかるっていうんで、じゃあ付き合ってもらおうかなって。

それに少女漫画なんで、棚を見て回るのも店員さんに尋ねるのも、

俺だけだとちょっと厳しいかなって思いまして」

 

『そうなんだ』

 

「はい……」

 

『まあ、比企谷くん。一色さんと仲良しだもんね。

一緒に勉強したり、買い物行ったり、そういえば昔、デートもしたって聞いたし』

 

「い、いや、あれは、そういうのじゃないですよ?」

 

『…………』

 

返事がない。屍でしょうか。

ここで下手に言葉を重ねても、さらに状況が悪化する未来しか見えない。

だからといって黙っている訳にもいかんしな。

そう思って困っていると、先輩の呟き声が聞こえた。

 

『一色さんばっかり、ず……よ……』

 

「あの、めぐり先輩? すいません、よく聞こえなかったんですけど……」

 

『…………』

 

沈黙。うむう、聞き直しも不味かったのか。

難聴系キャラじゃないところを見せたかったのだが。

さらに聞き直していいのか迷っていると、先輩の拗ねたような声が耳に届く。

 

『一色さんばっかり、ずるいって言ったの』

 

これってもしかして……。そう気付くと、とても嬉しい気持ちになる。

先輩に限ってまさかとは思うけど、もしや、と考え聞いてみることにした。

 

「えっと、そのう……。もしかしてですけど、焼きもち、焼いてくれてます?」

 

『…………』

 

またもや沈黙。これもう答え出ちゃってますよね? やべえ、超嬉しい。

ほんわかお姉さんの先輩でも焼きもちを焼くんだな~。意外というかなんというか。

おっと、喜んでる場合じゃねーな。先輩、拗ねてるし。

まあ逆の立場で先輩が他の男と二人で会ってたら、俺は拗ねるどころか

泣いてしまうかもしれん。

それでなんとか機嫌を直してもらおうと頭を捻るが上手い言葉が見つからず困ってしまう。

なので余計な言い訳はせず、自分の気持ちを素直に口にすることにした。

 

「めぐり先輩。俺……、先輩に会いたいです」

 

少し間があって、先輩が薄く吐息を漏らした。

 

『今から?』

 

時計に目をやる。時刻は夜の十時を指していた。

俺は男だから構わないが先輩は女の子、こんな時間に外へ連れ出すのも気が引ける。

 

「今日はもう遅いから止めておきましょう。でも出来るだけ早く会いたいんで

明日なんかどうですかね? その、無理にとは言えないんですけど」

 

『そこは今から会いたいって、言って欲しいなあ』

 

それまでの拗ねたような声と違う、先輩の弾んだ声が耳をくすぐる。

 

「でももう、今日は遅いですし」

 

『そうだけどさ』

 

「明日の楽しみにしましょう」

 

『うん。わかった』

 

「ではめぐり先輩。明日、会ってもらえますか?」

 

『私に、その……、会いたい?』

 

「会いたいです」

 

『し、しかたないなあ~。

ま、まあ彼女だし? 彼氏のお願いなら聞いてあげるのも、その……うん』

 

ちょっと偉そうだが、そこがまた可愛いのでマルをあげたい気分。

 

「有難うございます。先輩の顔、早く見たいです」

 

言うと、先輩は小さな声で『わたしも……』と答えてくれた。

 

 




それでは次回で。

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