やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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なんとか交互に視点を移して書いてみました。
ううーん。こうすれば番外編いらなくなるかなあ。


私の不安

しかしこの人、やっぱりかなりダメだよね。

そんな呆れた気持ちで目の前に座る先輩の顔をじとーっとした目で眺める。

先輩はさっきまでの不調面づらは何処へやら。

戸塚先輩と小町ちゃんに挟まれ至福の笑顔を浮かべている。

あまりの豹変ぶりに「せんぱい、幸せそうですね~」って嫌味を言ったら

「おう、翼が揃ったからなっ!」って返ってきたし。

なんだよ、翼って……

 

それにしてもこの人、どうやって攻略すればいいんだろう。

難易度が高いというより落としどころが謎過ぎる。

でも城廻先輩にはデレデレしてたし、あーいうほわっとした感じの人ならいいのかな?

 

そんな答えがでない悩みにう~んと頭を捻っていると、雪ノ下先輩の声が聞こえた。

 

「でも比企谷くんを鴨川、というか別の場所に連れて行って平気なのかしら」

 

「どういう意味だ、雪ノ下」

 

「ほら、環境への配慮っていうの。これ以上被害を広げないようにしないと、ね?」

 

雪ノ下先輩は言うと、にっこり花咲くように微笑む。

 

「いい笑顔で俺を汚染物質扱いするのはヤメろ」

 

「あーでも小町も、兄と父が入ったあとのお風呂はお湯交換しますねー!」

 

「うんうん。わかるよー、小町ちゃん。

わたしもね、お父さん入った後、お湯交換するし!」

 

言ってる内容はかなり酷いのに、そう感じさせない二人の声。

まあ気持ちはわかる。わたしもそうしてるし。

でも男の子たち、顔が若干引きつってますねえ。

 

「つーかさ、あーし思うんだけど。ヒキオの言うことなんか聞かなくって良くない? 

つべこべゆうなら縛ってトランクにぶち込んでおけば良いんだし」

 

「優美子マジ冴えてるわー! それありじゃね?」

 

「ふっ、だしょ?」

 

三浦先輩の犯罪ぎりぎりというより、犯罪そのものの意見。

それに同意する戸部先輩もどうなんでしょうね。

でもそんくらいじゃないと先輩を家から連れ出せないんだよなあ。

こういうのを参考にしなくては、と思い、頭の中でメモっていると

先輩が照れくさそうに鼻をこする。

 

「おう、戸塚と一緒なら別に構わん」

 

「ちょっと八幡。そんなこと言われたら、僕、困るよ……」

 

戸塚先輩がもじもじしながらいうと、先輩は薄く頬を染めていた。

その後二人でちらちら視線を交わし合い、目が合うと慌てたように顔を逸らすを繰り返す。

 

なんだろう、この二人……

先輩、ただでさえ重度のシスコンでアレなのに、もしかしてそっちまで完備なの?

ストライクゾーンが広いのは結構だけど、社会的には完全にアウトなんですが……

 

そしてそんな二人の姿に、海老名先輩が嬉しそうにうんうんと頷きながら

「今なら描ける!」と呟いていた。

なにを描くの……? と慄きながら私は考えてしまう。

 

う、う~ん……

先輩を連れ出すことしか考えてなかったから安易に皆でとかいちゃったけど

こんなにも濃い人たちだったとは。

この人達と一週間、寝食を共にしながら先輩に振り向いてもらえるよう頑張るのか。

ちょっとどころか、かなり難しいような気がしてきましたね、これは。

 

 

 

× × ×

 

 

 

俺の袖をちまっと摘み恥ずかしげに俯く戸塚の姿に胸がときめく。

いやいかん。俺にはもうめぐり先輩という決まった人が。

だが待てよ。めぐり先輩は女子、戸塚は男子。カテゴリが違うからOKかもしれん。

 

というか、戸塚って本当に男子なの?

そういや戸塚の性別をきちんと確認した事ないな。まあある方がまずい気もするが。

これまで何度も確認する機会はあったがその度に見逃しているし、万が一もありうる。

そんな微かな希望に賭けた俺は一色の方へ向き直る。

そして自らに課した使命を果たすため、参加すると伝えることにした。

 

「よしわかった。行こうじゃないか、鴨川に」

 

俺の言葉に、一色はほっとしたような息を吐く。

隣に座る戸塚は嬉しそうに微笑んでくれ、その笑顔を見て俺は思う。

付いててもいいや、と。

まあ最近、別にどっちでも構わないんじゃないかなって思ってたしね!

 

そうして、行き先について葉山が説明をしそれが終わると解散と相成る。

やっと開放された、はよ帰ろうと鞄に手を伸ばす俺の耳に葉山の声が聞こえた。

 

「良かったな、いろは」

 

「はい。葉山先輩が助言してくれたおかげです。ありがとうございます」

 

小さく囁きを交わす葉山と一色。二人の姿を見ながら俺は考えてしまう。

告白して上手くいかなかったら、振った方も振られた方も気まずくなって離れていく。

今まで自分がそうだったしそれで他のやつらもそうなのだろうと勝手に思っていた。

そしてそうならないよう、あの冬の日、由比ヶ浜の願いを受け入れる形で

俺たち三人はそれぞれの想いに蓋をしたのだ。

それは俺の、おそらく雪ノ下の由比ヶ浜の、希ったものでは無いと知りつつも。

そうして得た、微睡みにも似た停滞と安寧の日々。

それでもずっとこれで良かったのだろうかと、心のどこかでわだかまりを感じていた。

 

そんな俺から見て、この二人は以前より距離が縮んだような気がする。

まあ一色の諦めの悪さ、もとい一途さに葉山も心が動いたのかも知れんが。

このまま上手くいってくれるならな、と思う。

 

だがそうなると、三浦がなぁ……

誰かを選ぶというのは誰かを選ばないことだから仕方ないとはいえ

やっぱり少し可哀想なような気もする。

でもこればっかりはどうしようもないことだしなあ。

 

そんな思いに耽っていると、由比ヶ浜が確認するよう一色に声を掛ける。

 

「ねえ、いろはちゃん。参加メンバーはこれで全員?」

 

「えっとですね。こちらには居ませんが他にお目付け役兼講師として

平塚先生とはるさん先輩も来てくれるそうです」

 

「姉さんが来るの……」

 

雪ノ下が顔を顰めるが、一色は由比ヶ浜に視線を向けていたため

気付かなかったようだ。そのまま話を続ける。

 

「ですです。教えられる人が少ないので頼んでみました。

平塚先生には伝えてなかったんですけどね。いつの間にか知ってました。

それでなにか間違いがあったら不味いから同行するって。

そんな事が起きないように邪魔してやるって言ってましたよ」

 

おいおい参加理由が最低過ぎるだろう、あの人。

そういう暇があるなら婚活パーティーとか行ったほうがいいんじゃねーか?

思いつつ、今回の参加メンバーに目をやる。

 

えーっと。俺、一色、雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚に小町。葉山に三浦に戸部と海老名さん。

そんで平塚先生と陽乃さんの十二人か。結構な大所帯だな。

 

しかし一週間も自宅を離れ遠くへ行くとなると、めぐり先輩に合宿のことを

伝えておいたほうがいいだろうな。帰ったらメールでも送るか。

思案しながら皆と別れると、俺は小町と二人、家路に着いた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

日が変わって次の日。夏休み初日だというのに私はてってと学校へ赴き、勉強に励む。

今日は午前中、先輩は予備校の夏期講習を受けていたので午後からの勉強会。

 

これまで同様、二人で問題集をこなしつつ、互いにわからないところを教えて教わっていると

先輩が感心したような声で私を褒めてくれた。

 

「一色は本当に数学が得意なんだな」

 

うひひ。いい気分。

 

「得意というより計算通りにいくのが楽しいですね。

それで頑張ってたら成績も上がったって感じです!」

 

「好きこそものの上手なれってやつか」

 

「ですです。だからですかね、計算通りいかないとちょっとムカってします」

 

あなたのことですよ? せんぱい。

心の中で思っていると、先輩は視線を自分の手元の問題集に落とし声を出す。

 

「んー、昨日の感じだと、葉山と上手くやれてるように見えたけどな」

 

あちゃ~。そういやそういう設定で先輩にあれこれ頼みごとしてたんだった。

そろそろきちんと話しておいたほうがいいのかなあ。

でもそうすると、なんでそうしたのかも話さなきゃならないし。

まだ心の準備がなぁ……

 

そう思い些か困っていると、先輩が心配そうな顔でこちらを見ていた。

それで先輩の不安を解きほぐすよう、言葉を選んで口にする。

 

「ま、まあ、葉山先輩とはそれなりに上手くやってますよ」

 

「そうか。なら良かった」

 

ほっとしたように先輩は言うと視線を机に戻し問題集を解き始める。

その横顔をちらちら伺いながら、本当はもう自分の想いをきちんと伝えたほうが

いいんじゃないかな、と思ってしまう。

 

付き合って欲しいとかではなく、ずっと傍に居て欲しいと。

 

でもそれ、同じ事だよねえ。他の女の子と仲良くして欲しくないし……

それにしても自分が誰かにこんなに執着するなんて思ってもいなかったな。

今まで自分で言うのもアレだけど、求められる方だったし。

そんな事を考えてぼーっとしていると、先輩が話しかけてきた。

 

「一色。ちょっといいか?」

 

「はい、なんですか?」

 

「こうやって一緒に勉強していて思うんだがな。

一色はやっぱり理系に進んだほうがいいと思うぞ。これだけ向いてるんだし」

 

「う~ん。それだと関係が切れちゃいそうで怖いんですよね、わたし」

 

今だってこんなにも危ういのに、離れたらそれで終わりになりそうで怖い。

 

「そのなんだ。無理して同じ大学に入らなくても

連絡をまめに取り合うとかすればいいんじゃねーか?」

 

用事がある時しか私に連絡くれないあなたがそれをいいますか?

こっちに用事があって連絡しても、電池切れてたーとか言って、次の日に返事を返すあなたが。

まったくもう、と思いつつ、自分の気持ちに目を向ける。

そして想ったことを声にする。

 

「多分ですけど……。

物理的に距離がひらくことよりも、それで相手との心の距離がひらくのが怖いんです。

それと……。自分の気持ちがずっと変わらずにそのままで在り続けれるのか、

不安っていうんですかね。ちょっとわからなくって」

 

言いつつ、沈んだ気持ちのままに俯いてしまう。少し間があって、先輩の声が耳に届く。

 

「同じ場所に居られなくなったくらいで無くなる気持ちなら、そもそも本物じゃねーだろ」

 

「そう、なんですかね。今はまだそうなっていないからどうなるかわからないんですけど……

それで踏み出したくても、今の関係が壊れそうでなかなかできないんですよね」

 

「関係が壊れるか……」

 

「はい。私、それがすごく怖いんです」

 

言って、先輩の方へ顔を向ける。

先輩は困ったような、それでいて憂いを含んだ眼差しで私を見ていた。

真剣に私を気遣ってくれているその様子に嬉しい気持ちになりながらも

自分が怖いと、悲しいと感じた、昔読んだお話を口にする。

 

「先輩。甘い麦茶のお話、ご存知ですか?」

 

 




それでは次回で。

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