やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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ある意味、八幡と似ているところがあるめぐり先輩を書いてみました。


間違ってはいないけど、ちょっと違う

月曜日の昼下がり。

夏休みに入り大学もない私は、ベットでゴロゴロ転がりながら秒速のページを捲る。

一コマ一コマ目で追いながら、このお話を私に薦めてくれた彼のことを想う。

 

「比企谷くん。気付かなかったけど、ずっと私のこと好きだったのかなあ……」

 

こんな風に考える私のことを、こいつなに自惚れてんの? と思う人もいるかも知れない。

でもそう思える根拠が彼とのこれまでを見直すと、いくつもあったことに気付いたのだ。

 

比企谷くんと初めて会った文化祭のとき、他の文実の子たちが彼に仕事を頼むと

彼は心底嫌そうな顔をしてぶつくさ文句を言っていた。

でも私がお願いすると、ほんのちょっぴり顔をこわばらせてはいたものの

ぎこちない笑顔で快く引き受けてくれたと思う。

学年が違い接点も薄かった私と彼を繋ぐのが文実での作業だったから

彼はきっと嬉しかったのかも知れない。

もっと仕事を回してあげれば良かったかな……、なんて今更ながら考えてしまう。

 

他にも有志申し込みでたまたま来ていた葉山くんを混じえ三人で申請に対応したとき。

申請ラッシュが終わり一息つこうと思った私がお茶を淹れたのだけど、

比企谷くんの湯呑にはまだ少しお茶が残っていたので葉山くんにだけお茶を出した。

すると比企谷くんは葉山くんを恨めしげな目で見つめていたから

きっと拗ねていたのだと思う。

 

そして文化祭だけでなく体育祭やバレンタインデーのときも含めて考えれば

もしかして……と思えることが沢山あったように感じる。

私にその手の経験が全くなく気付くのが少し遅かったけど。

そうして私は目を瞑りその事に気付く切っ掛けとなった、今朝の出来事を思い出す。

 

 

× × ×

 

 

いつもと同じ時間にセットした目覚ましの音で目を覚ます。

休日とはいえ城廻家の朝は早い。

何故なら城廻家では休日でもいつも通りの時間に起きて

家族みんなで食卓を共にするよう決まっているからだ。

朝だけではなく夜も、両親の仕事の都合さえつけば家族揃って食卓につくようにしている。

友人知人にはめんどくさそうと言われることが多いが

私自身はそんな我が家のしきたりを結構好ましいと感じている。

 

家族揃って食事を取りながらその日にあった出来事を話し、それぞれの立場で意見を述べる。

そんな風に育った私はそれだからなのか、女子特有のグループを作りそのグループのみで

行動するということが、とても苦手だった。

他のグループの子でも気の合う子はいるし、同じグループでも気が合わない子もいる。

それで他のグループの子と仲良く話すと、向こうに入れはいいじゃん、と言われたことが

度々あったと思う。

それが嫌で、一人でもできる趣味に耽ることが多い子になった。

そして似たような子たちと仲良くなり、それなりに快適な学校生活を送れていたと思う。

だから文化祭のとき、私と同じ感じで単独行動を好んでいそうな比企谷くんに

他の子たちより声を掛けていた気がする。

 

そんな事をつらつら思い出しながら、とてとてと階段を下りて洗面所へと向かう。

すると洗面所では、お父さんが電気カミソリで髭を剃っていた。

おはようの挨拶を交わし場所を空けようとお父さんに、

自分は休みだからゆっくりでいいよっと言って洗濯機に寄りかかる。

 

にっこりと微笑みそれでも早く髭剃りを終わらそうとするお父さんの背中を見ながら

昨夜のお母さんとの会話を思い出し、それで思ったことを聞いてみる。

 

「お父さん」

 

「なんだい、めぐり」

 

「お父さんてさ、怒鳴ったこととかあるの?」

 

温和で寡黙なお父さん。私の記憶にある限り声を荒らげたことなど一度もなかったように思う。

そんなお父さんが怒鳴り散らしたというのだから、余程腹に据えかねたことがあったのかなと

気になったからだ。

 

「ん~、一回だけ、そういやあったな」

 

「いつ?」

 

「高校生の頃だな。というかどうしたんだ、めぐり。そんな事聞くなんて」

 

「ん~。私、お父さんに叱られたことはあったけど、怒鳴られたことって一回もないからさ。

お父さんも怒鳴ったりするのかなって思って」

 

「そりゃお父さんも人間だから、怒って怒鳴ることもあるさ」

 

お父さんは苦笑混じりにいうと、暖かい微笑みを鏡越しに向けてくる。

それに微笑みを返しながら、もう少し踏み込んで聞いてみる。

 

「どうして怒ったの?」

 

「どうしてって……。うーん。そんときな、お父さんの好きな人が大変な目にあってたんだ」

 

「大変な目?」

 

「ああ。ちょっとその子が責任ある立場にいてな。お父さんはその手伝いをしてたんだが

どうにも上手くいかなかったんだ。やってる事のな」

 

「うん」

 

「その子自体はすごく頑張っているのに、他のみんなは自分勝手なことばかり言ってたんだ。

それで上手くいかなかったら、その子が責められる。

そんな理不尽さがお父さん、どうしても我慢できなくてな」

 

「それで怒鳴ったの?」

 

お父さんは頷き、話の続きを口にする。

 

「お父さんが怒鳴って、それでやってる事が台無しになっても、まず責められるのは

お父さんになるからな。その子が辛い目にあうくらいなら、それでも構わない。

そう思ったんだよな、当時」

 

その時のことを思い出したのか、お父さんは薄くため息を吐く。

鏡越しにそれを見ていた私と目が合うと、お父さんは困ったような微笑みを浮かべた。

 

「まあ上手い具合にその後はトントン拍子にことが運んだから、良かったけど」

 

「その子はそれに気付いてくれたの?」

 

「んー、どうだろうな」

 

「言わなかったの? こういう気持ちで、そうしたんだって」

 

「ああ、言わなかったな」

 

「どうして?」

 

「うーん……。結局、お父さんが一番許せなかったのは、自分勝手な輩じゃなく

そういう輩から好きな子を守ることすら出来ない自分だったんだよな。

それで全てを台無しにするようなことをした訳だし、言えないよな、そんなことは」

 

「そうなの?」

 

「まあ、あれだ。男のやせ我慢ってやつだ」

 

「そかぁ……。男の子ってそういうもんなんだね」

 

「ああ、そういうもんだ」

 

「それでその後、その子とはどうなったの?」

 

「まあ色々あったけど、今も当時と変わらない笑顔を見せてくれる。

そんな関係になってるな」

 

「それは良かったね、お父さん」

 

「ああ、まったく。本当に良かった」

 

 

× × ×

 

 

両親の頃と似たような状態だった私たちの文化祭。

少し違うところをいえば、文実の委員長が相模さんで私じゃない点。

ただ比企谷くんと相模さんの関係を見ると

比企谷くんが相模さんに好意を抱いてるとはとても思えない。

相模さんのほうは言うに及ばずだしね。安心安心。

 

そうすると比企谷くんはもしかして私のことを……なんて思うのは

ちょっと少女漫画脳過ぎるかも知れないけど、そうじゃないとは断言できないと思う。

あー、でも、雪ノ下さんのためかも知れない……

はるさんの妹だけあって、あの子綺麗だしなぁ……

 

ため息をこぼし、ベットから立ち上がる。

姿見の前にたち、自分の姿をじっくり見てみる。

 

うん。そんなに悪くないと思う。

ちょっと胸元に寂しさを覚えるけど、希少価値? というか、これはこれでステータス。

 

などと考え満足した私はまたベットに横になる。ベットの横にあったぬいぐるみを引き寄せ

きつく抱きしめながら、比企谷くんと両想いだったらどうするか考える。

 

「うん、あれだね。告白されたらOKすると思うね。いや、しないかな? どうしよう……」

 

「それにもし万が一、付き合うことになったらだよ。

まあ近い将来結婚とかするから、そうすると私、比企谷めぐりになるのかなあ~」

 

「でも私、一人娘だから、比企谷くんにお婿さんに来てもらった方がいいのかな?」

 

「そうすると、城廻八幡かぁ……。うん、こっちのほうが呼びやすくていいかも」

 

「じゃあお婿さんに来てもらうとして、問題はあれだなぁ。

私が来年の春から二年間も留学しちゃうことだよねえ……」

 

「う~ん、でもなぁ。比企谷くん働きたくないっていってるし、彼を養うとなると

得意な語学をもっと勉強して、良いお仕事に就かないといけないからなぁ……」

 

そんな事をうだうだ考えながら時計を見ると、午後の三時になっていた。

 

「今頃、比企谷くんと一色さん、二人で勉強してるんだよなあ……」

 

そう思うと胸がもやもやしてくる。

一色さん可愛いしなぁ……それにいい子だし。

やっぱり比企谷くんも、あんな子に迫られたらその気になちゃったりするのかな……

 

う、うーん。なにやら居ても立ってもいられない気持ちになってきましたね、これは。

取り敢えず何かしなくちゃとは思うのだけど何をしたら良いのかわからなくて困る。

うんうん唸っていると、ベットの脇に置かれた「秒速」の単行本が目に映る。

そうだ。感想をメールで送ってそこからこう、うん。

彼ともっと話がしたい、そう思った私は携帯へと手を伸ばした。

 

 




八幡の未来が八幡の知らないとこで決まっていく。そんなお話でした。

それでは次回で。

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