日曜日の夜遅く、自分の部屋で昔好きだった人と電話で話す。
昔って部分が無ければ嬉しい限りなんだけど、まあ仕方がないね。
そうして話を進める内に互いに思うことがありそれで黙ってしまい
しばしの間、静かな時間が流れる。
喉の渇きを覚え、テーブルの上のコップに手を伸ばそうとしたとき
葉山先輩の声が受話器越しに耳へと届く。
『いろはは、その……比企谷のことが好きなのか?』
『もうHくん呼ばわりはやめたんですか? 葉山先輩』
『いろはが続けて欲しいなら、そうするけど』
『いえ、結構です。私も変に誤魔化して失礼ですよね、相談に乗ってくれているのに』
『まあ、うん。気持ちはわかるし、構わないよ。
それで改めて聞くけど、いろはは比企谷とどうなりたいんだ?』
問われて悩み、取り敢えず現状を言ってみる。
『う~ん。そうですねえ……。
今のところですけど、私ってただの後輩扱いなんですよね』
『うん』
『私も自分の気持ちが、いまいち良くわかっていませんし』
『でも離れたくないし、他の女の子と仲良くして欲しくないんだろ?』
『そうなんですよねえ……』
『ちょっと聞いてもいいかな?』
少し間があって、葉山先輩が尋ねてきた。
『なんでしょうか?』
聞きたいことがあると言ったのは葉山先輩なのに、それからまた暫く沈黙が流れる。
なんだろうと思っていると、葉山先輩が困ったような声を出す。
『その言いにくいんだが……。俺のことをそうだったときは、どうだったんだ?』
ああ、なるほど。これは確かに言いにくいですね。
思いつつ問いかけに答えようと、当時のことを思い出しながら口を開く。
『傍に近づきたいとは思っていましたよ。仲良くしたいなって。
でもそうですね。他の子にちやほやされる葉山先輩を見ても、
特に嫌だなとかは思わなかった気がします
むしろ、そんなモテモテの葉山先輩と付き合ったら……』
そこまで口にして、言い淀む。
さすがに自慢できて嬉しいとはいえないよね。うーん、我ながら……。
『いろはの話を聞いてて思うんだが、それってもう答えがでてるんじゃないかな?』
『そうなんですかね……』
『ああ、多分。それでじゃあどうするか? って話になるんだが』
『そうですね、二人の間に割って入って……。ん~、ちょっと難しいかなあ』
『そんなに仲が良いのか? えっと城廻さんと比企谷』
ああ、やっぱりバレてる。でもすごいですね、ほわっととか優しそうでわかるなんて。
私もそういう特徴を身につけたほうがいいのかな~ あざとい扱いばかりだし。
『先週、図書館で二人を見たんですけど、比企谷先輩すごくデレデレしてて
なんというか、もうアレでしたね』
『そんなにか』
『そんなにです』
答えつつ、ちょっとしたアイデアが思い浮かんだので口にしてみる。
『あっ、そうだ。これなんかどうですかね? 比企谷先輩をどこかに閉じ込めるとか』
『えっと、いろは。それはまあ犯罪になるから止めた方がいいと思うぞ』
やっぱり、だめかー。まあそうだよね、と思いつつ、反論してみる。
『そこに愛があってもですか?』
『あー、うん。愛があっても、ちょっとな。
もっと穏便な方法でどうにかしたほうがいいと思うな、俺は』
『うふふ。嫌ですね、葉山せんぱいっ。冗談半分に決まってるじゃないですか~』
『それって半分は本気ってことだよな……。
なあ、いろは。素直に気持ちを伝えるというのじゃ、ダメなのか?』
ほーん。素直に気持ちを伝えたら、振ったあなたがそれいいますか。
『葉山先輩は私が比企谷先輩に素直に気持ちを伝えたら、上手くいくと思いますか?』
『………』
う~ん、黙らないで欲しいですねえ。まったく変なとこで正直ですね、葉山先輩。
『まあ、自分でもわかってるんですよね。そういう対象に全くとは言いませんけど
あんまり見られていなそうだなって』
『そうなのか?』
『ですねえ~。それでなんですけど、葉山先輩は私を振ったじゃないですか?』
『まあ、うん。その悪いことしたなとは……』
いや、謝らないでよ。余計惨めだから。
『それってなんか理由があったんでしょうか?
こう好みじゃないとか、なんていうかもっとムチムチな豊満ボディーが好きとか』
『い、いや。そういう訳じゃないんだが……』
『じゃあ、なんでですか?』
『言わないとダメかな?』
『私も、まあ勝手にですけど。
恥を忍んで自分を振った葉山先輩にこうやって打ち明けている訳ですし。
出来れば葉山先輩にも、本当の所を教えて欲しいなって思いますね』
またもや沈黙。まあかなりの無茶ぶりだから答えてもらえなくても仕方ないね、と思っていたら
意外や意外、葉山先輩は真面目に答えてくれた。
『……ずっと、小さい頃から好きな人がいるんだ』
小さい頃から。というと、あの人かな?
『雪ノ下先輩ですか?』
『の姉の方だな……』
『あー、はるさん先輩のことですかあ~』
へー、意外。でもないか。すごい美人さんだしね。
『好きというか、憧れて。それで追いつきたくて頑張ってるんだけどな。
そうやって頑張っても、『なんでもそつなくこなすなんて、つまんない』とか言われるし。
じゃあ、どうしろっていうんだよって、そう思わないか?』
『そ、そうですね……』
なんだろう。葉山先輩吹っ切れたら愚痴っぽくなってる……
てか、私に言われてもなあ……。まあ聞いたの私か。でも困りましたね、これは……
そしてそれから三十分ほど。
私は葉山先輩がいかにはるさん先輩のことを好きで、今まで振り向いてもらうために
どれだけ頑張ったかという話を聞かされることとなった。
× × ×
『――――――という訳なんだよ。酷いと思わないか?』
自分の悩みを相談しに電話をかけたら、何故だか相手の悩みを聞く羽目に。
まあでもちょっと嬉しい。
完璧超人だと思ってた葉山先輩も、私と大して変わらないってことがわかったから。
もっと早くこんな風に話していれば良かったな、そう思えた。
『葉山先輩ははるさん先輩からみて、弟のような感じなのかなって思いますね』
話を聞いてて思ったことを言ってみる。すると苦悩に満ちた声が返ってきた。
『やっぱり、そうなのかな。自分でもわかってはいるんだけど、それでも俺は……』
あらあら、うふふ。弱ってらっしゃる。
優しい子ならここで慰めるんだろけど、残念私は優しくないのです。
『私も弟がいるからわかるんですけど、弟はどんなに良くても恋愛対象にはならないですねえ』
『うっ』
トドメだっ、とばかりに投げた私の言葉に
葉山先輩は呻き声をあげるとそのまま黙り込んでしまう。
落ち込んだ様子の葉山先輩にほんの少しだけ胸が痛むのを感じながら
謎の勝利感に私は満たされる。こ、これは、ハマるかも知れない。
そんな邪な楽しみに耽る私の耳に、葉山先輩の恨みのこもった声が聞こえてきた。
『いろは、そういうけどな。いろはだって比企谷から妹扱いされてると思うぞ』
『葉山先輩、それはチャンスですよ!』
『えっ? い、いや、チャンスじゃないだろう……』
『葉山先輩。ここは千葉ですよ?』
『あ、ああ……、まあ千葉だけど』
戸惑ったような葉山先輩の声。あらあら、葉山先輩ご存知ないのかな?
いいでしょう。いろは先生が教えてあげようじゃありませんか~
『いいですか、葉山先輩。
千葉での妹というのは、恋人はもちろん幼馴染さえ打ち倒す
最強のポジションなわけですよ。それでですね』
『いろは、ちょっと待ってくれ。弟はどうなんだ?』
話の途中で葉山先輩ががぶり寄ってきた。困りますね、人の話は最後までちゃんと聞かないと。
『弟は多分、恵まれたポジションではないと思いますよ。
最近見たとある番組では、生き別れてた弟が兄と再会してすぐに
ハンマーで叩き潰されていましたし』
『そ、そうなのか。いろははなかなかすごい番組見てるんだな』
『日曜夕方五時からやってるので、葉山先輩も良かったら是非』
『えっと、ちなみにどんな話なんだ?』
『そうですね、最新話でいえばですけど。
言葉のキャッチボールが成立しない主人公とダメな方向に振り切れちゃったその仲間が
邪魔するやつは全員ぶっ殺す団になって宇宙や地球で頑張るって感じですかね』
『………』
聞いといて無言て、とっても失礼な人ですね。まあいいでしょう、私は寛大なので。
思いつつ、自分の知らない先輩のことを尋ねようと口を開く。
『葉山先輩は比企谷先輩といつくらいから、話すようになったんですか?』
『そうだな。比企谷とは二年からクラスは一緒だったんだが、ちゃんと話すようになったのは……』
葉山先輩が話す、私の知らない先輩情報に耳を傾けていると、気になる単語が出てきたので
聞いてみることにした。
『葉山先輩。話の途中ですいません。あの“合宿”ってなんですか?』
それでは次回で。