やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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ここら辺から、多分いろはすさんの出番が多くなる予定です。
まあ予定は未定とも言いますので、どうなるかはアレですが。



自分のことは難しい

『珍しいな、いろはが電話を掛けてくるなんて』

 

『夜分にすいません、葉山先輩。こんばんはです』

 

『ああ、こんばんは。今日はどうしたんだい?』

 

『あっ、えーっとですね。その…………』

 

用があって電話を掛けたのは私の方なのに、言葉が出てこず口篭ってしまう。

うむ~。勢いで電話しちゃったけど、どう切り出せば良いのやら……

そんな黙ってしまった私を気遣ってくれたのか、葉山先輩の方から話を振ってくれた。

 

『そういえばこの前、戸部と千葉に遊びに行ってきたんだけどさ』

 

おっ、気が利きますね、葉山先輩。

どっかの誰かさんと違って女の子の扱いがお上手です。

 

などと上から目線で感心しつつ、暫くの間、私と葉山先輩はたわいもない会話をする。

十五分程そうしていると会話と会話の間のちょっとした隙間を埋めるように

葉山先輩が本当の用件を尋ねてきた。

 

『ところで、いろは』

 

『なんですか?』

 

なんだか分かっていてもそう返すのが、ある意味礼儀というもの。

 

『いつもはメールで済ますいろはが、わざわざ電話を掛けてくるほどの話ってなんだろう?』

 

察しが良くて助かります。おかげで話を切り出しやすくなりましたよ。

 

『実はですね。ちょっと恋愛相談に乗っていただきたいなって』

 

私の言葉に、葉山先輩は戸惑ったような声を出す。

 

『恋愛相談? えっと、俺に?』

 

『はい、葉山先輩に』

 

暫し沈黙。

まあ自分が振った女の子から恋愛相談をされるとか

モテモテの葉山先輩でもさすがに初めてだろうな。

 

『……分かった。とりあえず話だけでも聞かせてくれ』

 

どうして俺に? などと言わず聞いてくれるなんて、あなた、いい人ですね。

そしてそんないい人だから、悪い私に利用されるハメになるんですよ?

 

一生懸命悪い子になる。

そんなどうにもしょうがない、でもなんだかワクワクする気持ちで

私は昔好きだった人に今好きな人のことを話し始める。

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

『目付きと姿勢が凄く悪い、常に近寄ってくるなオーラを出しているコミュ障か……』

 

 

『他には、妹と猫が好きで好きで堪らないみたいです』

 

 

『妹と猫が好きと……。妹はともかく猫は可愛いから仕方がないな』

 

『そ、そうですね』

 

葉山先輩、猫好きなのかな? ちょっと意外。なんとなく犬派だと思ってたけど。

あれね、猟犬みたいなでかいやつ。

公園とかで「ハハッ いくぞー!」なんて言って、犬とボール遊びとかしたら似合いそう。

 

『いろは。先に聞いておきたい事がいくつかあるんだが、いいかな?』

 

『なんでしょう?』

 

『その目付きが悪い彼。うーん、まあ仮にHくんとしておこうか』

 

『仮という割には、なんだか具体的ですね』

 

『まあ、うん。で、いろはは、そのHくんとどうなりたいんだ?』

 

『どうなりたい、ですか?』

 

『ああ、そうだな。

例えばの話、付き合いたいとか、それともただ自分の気持ちを知って欲しいとか』

 

そういえば、不思議とそのことについて考えたこと無かったな。

 

『そうですね。別に付き合いたいとかはないと思います。

気持ちはまあ知って欲しい気がしますけど、別に知られなくてもいいかなとも』

 

『うん、それで?』

 

『それで……。う、う~ん。どうしたいんでしょうね、私』

 

『そういう場合は、じゃあどうなりたくないかで考えればいいと思うよ』

 

ああ、なるほど。それなら簡単だ。

 

『彼の傍から離れたくないです。それと……他の女の子と仲良くして欲しくないです』

 

『でもあと半年で彼は離れていくし、今は今で他の女の子と仲良くしてるんだね?』

 

まったくもってその通りだけど、もう少し言い方ってもんがあるんじゃないですかね?

そんな、ちょっとした不機嫌さは受話器越しでも相手に伝わるらしい。

それを察した葉山先輩は困ったように苦笑する。

 

『酷い言い方をしている自覚はあるけどな。

その上でいろはがどうしたいのか、良かったら聞かせてもらえないか?』

 

『話を聞いてもらってるのは私なのに、その、すいません』

 

『いや、気にしなくていいよ。

まあ少し違うけど、なんとなく似たような経験が俺にもあるからね』

 

ほう、葉山先輩も今の私と似たような経験が……。ちょっと気になりますね、それ。

まあでも今は私の話。

 

『えっと、勉強を頑張ってその人と同じ大学に行けるようにしようと思ってるんで

そっちは平気なんです。まあ受かるかはあれですけど』

 

『うん』

 

『ただその、すごく良い感じなんですよね。Hさんとその人』

 

『良い感じって、具体的にはどんな風に?』

 

『んと、趣味が合うというんですかね。

二人とも本好きで、今日も読んだ本の話で盛り上がってましたし……』

 

『今日、会ってたのかい? えっと、三人で?』

 

『はい。Hさんの家にお邪魔して、三人で映画をみました』

 

私の言葉に、葉山先輩は『へえー』と驚いたような声を出す。

そして小さく『比企谷の家か……、行ってみたいかも知れないな』と呟く。

もうさ、Hさんとか言わないでもいいんじゃないかな? これ。

 

『そのお姉さんは、いろはもよく知ってる人なのかな?』

 

『そうですね。色々とお世話になった人です』

 

『どんな人なんだい?』

 

『なんというかほわっとした感じの優しい人ですね』

 

『ああ……。あの人か』

 

えっ、なに? バレバレ?

まあ私の交友関係なんてそんなに広い訳でもないしね。

葉山先輩くらい察しが良ければすぐに気付くか。

 

『それでいろはは、ふたりの邪魔をしたいのかい?』

 

問われて、口篭る。ほんとどうしたいんだろう、私。

別に先輩と付き合いたい訳ではない。でも他の子と仲良くされたくない。

それでも城廻先輩なら、先輩と他の誰よりも上手くいくだろうな、とは思う。

その他の誰かに自分が含まれているのだとしても。

 

そんな考えに囚われて黙ってしまった私を心配してくれたのか

葉山先輩は申し訳なさそうな声を出す。

 

『すまない。邪魔をするって言い方は、ちょっと悪かったな。

そうだな……。じゃあ、自分を選んで欲しいって感じかな?』

 

『選んでもらえれば嬉しいですし、付き合って欲しいなんて言われたら舞い上がると思います。

でも、なんででしょうね。私よりその人の方が、Hさんには合ってるように思うんです』

 

『自分に自信がないって意味かな? そのお姉さんには敵わないとか』

 

『う~ん、どうなんでしょうねえ。確かにその人綺麗だし可愛らしいですけど

私だって負けてないと思うんです。なんかこう自惚れっぽいですけど』

 

『いや、いろはは実際可愛いと思うけどな』

 

あら、葉山先輩。もしかして私のこと口説いてます? でも残念。もう遅いですよ。

 

『自惚れでもっと言えばですけど、私結構、自分に自信はあるんです。

でもですね、それでもその人のほうが、Hさんには合ってるなって思うんですよね』

 

『羨ましいよ』

 

『えっ? 何がですか?』

 

羨ましがられる要素なんてあったかな? ないような……

 

『自分の気持ちより相手のことを思えるくらい、いろははその彼のことが好きなんだな』

 

『そ、そうなんですかね?』

 

『あぁ、本当に羨ましい』

 

『えっと、なんかその、自分のことなんですけど、よくわからないんですよね』

 

『自分の事なのにかい?』

 

『そうですね……。自分のことは難しいです。ましてや他人(ひと)のことなんか……』

 

呟いた私の言葉に葉山先輩は薄く溜息を吐くことで、その答えを返してきた。

 

 




それでは次回で

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