やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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昨日のは「月蛍抄」にタイトル変更しました。
評価コメントを書いてくれた方が、めぐりん話で胸が踊ってくれたらしいので
もっと踊っていただこうと書いてみました。
今回も踊っていただければ良いのですが。




月蛍抄 後語り  

「比企谷くん。トマト食べないの? 好きなんでしょ?」

 

「めぐり先輩。俺は大好きなものは最後に食べる主義なんです」

 

「ショートケーキの苺を最後に食べる感じ?」

 

「そうですそうです。ショートケーキを食べるときも、苺は最後に食べてますし」

 

「でも日曜日にさ、一色さんが作ってきてくれたショートケーキの苺、最初に食べてたよね?」

 

「そ、そうでしたっけ?」

 

「うん」

 

「…………」

 

× × ×

 

そんな会話を二人で交わす初夏の夜。

曖昧な表現で、でも胸の奥にじんわりと届く言葉で、互いの気持ちを伝えあった俺と先輩は

楽しい夜食のときを過ごしていた。

先輩は料理は苦手と言っていたが、お弁当箱に詰められた唐揚げや卵焼き

ミニハンバーグやお握りはどれもこれも大変美味しい。

俺はその事をきちんと伝えたいと思い声を出す

 

「先輩。料理は苦手って言ってましたけど、そんなこと全然ないですよ。

マジで全部美味しいです」

 

言うと、先輩は照れくさそうに手をパタパタしだし、こそっとこちらを見て口を開く。

 

「そ、そうかな」

 

「そうですよ。ほんと美味しいです」

 

「ありがと、えへへ」

 

恥ずかしげに頬を掻く先輩を見て、もっと恥ずかしがらせたくなった俺は

さらに褒めることにした。

 

「いやほんと美味しいですって。先輩、これならすぐにでもお嫁にいけますよ!」

 

言うと、先輩は俺の手に自分の手をそっと添え、とても小さな声でぽしょっと呟く。

 

「誰の?」

 

誰のでしょうね。うん、はい。

恥ずかしがらせようとした俺のほうが、なぜか恥ずかしくなるという結果になってしまった。

だが、へどもどしてる俺を見て先輩が楽しげに笑ってくれるのを見ると

まあいいか、と思えてしまう。

その後も食は進み、あれほどあったお弁当箱の中身も空になりかけた頃、先輩が声を出す。

 

「比企谷くん。あとはもう、トマトしかないよ」

 

「そのようですね……」

 

なんとかここまで躱してきたが、それしかないとさすがに躱しようがない。

諦めてプチトマトをひとつ箸で掴み目線の高さまでもってくる。

じっとトマトを見つめる俺を、同じようにじっと見つめる先輩の目が怖い。

 

食べますよ。食べればいいんでしょ……

覚悟を決め口に放り込みそのまま飲み込もうとすると、先輩から待ったがかかる。

 

「比企谷くん。よく噛まないとダメだよ!」

 

勘弁してよ、めぐりん……

口にトマトを含んでいるため頷きで返事を返すと、仕方なくトマトに歯を立てる。

独特の青臭さが嫌なんだよなぁ……と思いつつ咀嚼していると

それがまったくないことに気づく。

あれ、なんだこのトマト、ちょっと甘いくらいだぞ。

 

「おいしい?」

 

先輩に尋ねられ頷くと、先輩はにこぱーと笑顔になる。

 

「それね、うちで作ったトマトなんだ!」

 

「先輩の家って農家なんですか?」

 

トマトを飲み込んでから聞いてみる。

 

「ううん、違うよ。家庭菜園っていうのかな? 

私がね、種から植えて毎日お水あげて育てたんだよ!」

 

「おー、まさに手作りですね」

 

「うん!」

 

ちょっと得意げな先輩の姿に微笑ましさを感じつつ、疑問に思った事を尋ねてみた。

 

「でも先輩ってトマト苦手なんですよね? なのに作るんですか?」

 

「お父さんとね、お母さんがね、トマト大好きなんだ。

でもね、お仕事忙しくて菜園の作業ができないから私が代わりにやってるの」

 

「偉いじゃないですか、親思いですね」

 

「やっ、そんな……」

 

照れくさそうにもじもじしている先輩を見て、さっきはしくじったが今度は上手くいったと

ほくそ笑んでいると先輩がちまっと俺の袖を引いてきた。

 

「その、今度……、紹介するね」

 

「はい、是非。…………えっ!?」

 

おいおいマジかよ、親に紹介とかこれってもうめぐりんルート一直線じゃねーか!

いや他のルートがそもそもないんだけど。

でもなぁ、先輩と結婚となると先輩に苦労を掛けたくないから

俺、頑張って滅茶苦茶働きそうなんだよな。

これが一色なら滅茶苦茶働かされるまである。

先輩と結婚とか出来れば嬉しい限りだが、生き様を捨てるというのもなぁ。

そうすると迷惑かけても心が痛まない相手と結婚して養って貰うしかないのか。

そう考えると…………材木座か

 

まさかの材木座ルート解放に俺が慄いていると、

「比企谷くん。トマトもうひとつあるよ」と先輩が告げてくる。

 

頷いて、これならいくらでも食えるなと思いつつトマトを箸でつまんだとき、

ふと名案が思い浮かぶ。

笑顔の先輩は可愛い。照れてる先輩もすごく可愛い。

そしてきっと困ってる先輩の顔もとっても可愛いだろう。

その顔を見てみたい! そう思った俺は先輩を困らせることにした。

 

「先輩。こんなに美味しいトマトを食べないなんてもったいないですよ?」

 

言うと、先輩はうっと呻いて困った表情を顔に浮かべる。やっぱかわええ……

なのでもっと困らせることにした。

 

「そもそもですよ。食べ物を粗末にしちゃダメじゃないですか。

先輩のような人がそんなことするなんて、俺、少しショックです」

 

正論は人を責めるためにある。そんな俺の言葉に先輩はさらに困った顔になったので

その表情を見て俺は胸が膨らむほどの満足感を覚える。

それでも一応「まあ、先輩の分は俺が食べるから大丈夫です」と言おうとすると

先輩はこちらへ身を乗り出しおずおずとした様子で声を出す。

 

「じゃあ、食べる……」

 

先輩は言うと、薄く目を瞑り口を小さく開ける。

 

えっ、俺が食べさせるの、これ?

まさかの逆あーん状態。先輩を困らせようとしたら、なぜか俺が困ったことに。

少し戸惑いを覚えたが、目の前で無防備に目を瞑りその柔らかそうな唇を晒している先輩に

別のことをしてしまいそうになったので、その口元にゆっくりと丁寧に箸を運ぶ。

トマトを口に含む際、先輩の唇は妙に艶かしく、それを見た俺は慌てて目を逸らす。

 

「比企谷くん。ちゃんと食べたよ」

 

「え、えらいですよ……」

 

耳に届いた先輩の声にへどもどしつつ返事を返すと、疲れた感じの吐息を吐いてしまう。

今のはちょっとやばかったな。理性も自制も先輩を前にしたらどっかにいっちまいそうだ。

 

食後のお茶で喉を潤しそんな事を考えていると

ここへ来てから随分時間が経っていることに気づく。

自分は良いが先輩は、と思い、一声かけることにした。

 

「先輩。もう大分遅い時間ですけど、そろそろ帰らなくても平気なんですか?」

 

言うと、先輩はこてっと俺の肩に、そのつるりとした可愛いオデコをくっつけてきた。

えっ、なに、なんで! と慌ててしまうが、下手に動くと先輩がつるっと滑って

床にごちんと頭をぶつけてしまうかもしれない。

そんな先輩も見てみたいと思いつつも、それもどうかと思い直して動けずにいると

先輩は俺の肩をオデコでぐりぐりしながらぽしょっと呟く。

 

「まだ帰りたくない」

 

こんなことを言われて、それでも帰ろうなどといえる輩がこの世にいるのだろうか?

もちろん言えない俺は狼狽えつつも声を出す。

 

「や、その、先輩が平気ならいいんですけど……」

 

俺の言葉に、先輩は顔を上げすぐ間近でほわっとした笑顔を見せてくれる。

 

「比企谷くん、今夜は寝かさないよ!」

 

なかなかワイルドなことを先輩は言うと、くすっと悪戯めいた微笑を浮かべた。

 

 




それでは次回で。

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