やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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またもや予告詐欺に、予告やめようかしら……

いや違うんですよ、毎回感想をくれるあの人がなんか良いアドバイスをくれるので
それを取り入れたくて書いてるとどんどん文字数が増えていって……
もうあなたが書いたほうがいいんじゃねえの? と思うレベル。

今回はちょっと専門用語?っぽいのが出るので前書き、後書きに
その意味を書いておきます。

都々逸。江戸末期に初代の都々逸坊扇歌(1804年-1852年)によって大成された、
口語による定型詩。七・七・七・五の音数律に従う

松の葉。江戸時代中期の歌謡集

山家鳥虫歌。江戸時代中期の民謡集

ちなみに今回のタイトル名は、げっけいしょうと読みます。
月と蛍にまつわるお話、という意味です。


月蛍抄 

耳の届いた言葉に、どう答えればいいのか迷ってしまう。迷うというより困ってしまう。

自分の気持ちは良くわかる。でも先輩の気持ちはわからない。

もしかしてそうなのかな? と思うことが無いわけではないが、

いつだって俺は勘違いをして想い違いをしてきたのだ。

そんな俺に今回はそうじゃないという自信などもてるはずもない。

 

ただそれでも、気持ちは伝えたいと思う。

自分のこの気持ちが勘違いでも想い違いでないことは十分に理解しているから。

そのせいで、先ほど約束した「次」が無くなってしまうのだとしても。

 

でも、どう伝えれば良いんだろう……

今までの自分がそうしてきたように直截的な言葉を先輩に対して口にするのは

なんとなくだが違うような気がする。

 

困り果て先輩のほうへこそっと視線を向けてみる

先輩は俯いて両の手をこねこねしながら俺の返事を待っている様子。

その姿にさらに悩んで、答えを探しに周囲へと目を配る。

もちろん都合よく答えが見つかるはずもなく、ため息に似た吐息を薄く吐いてしまう。

そんな俺の目に、蛍の淡い光が映る。ああ、これなら、そう思って先輩に声をかける。

 

「めぐり先輩。あの、私たちって聞かれてもですね、

俺にはまだ先輩のことは良くわからないので、自分のことだけでいいですか?」

 

尋ねると、先輩は顔を上げこちらに向き直る。

だが、その視線はおどおどきょどきょどと揺れていて、目を合わせてはもらえない。

まあ目が合ったらそれはそれで気まずいので、そっちのほうが助かるといえば助かるけど。

そして自分と同じように緊張している様子の先輩を見て、少しほっとしてしまう。

 

「う、うん。どちらかというとね、

その、比企谷くんのことを聞きたいから、良かったら聞かせて欲しいな」

 

先輩がそわそわしながら口にした言葉に頷きを返し、不安そうな先輩を安心させたいとおもい

出来るだけ優しい声を出すよう努める。

 

「えっとですね、自分の言葉で上手く言えるか自信がないんで、昔の歌集からなんですけど」

 

呼吸を整えどうしても上擦ってしまう声をなんとか落ち着かせる。

そしてゆっくりと丁寧に気持ちを込めて、言葉をひとつひとつ口にする。

 

「声にあらわれ鳴く虫よりも 言わで蛍の身を焦がす……ま、まぁ、そんな感じです」

 

やっぱり上擦ってしまった声でそれでもなんとか言い切ると、ほっと安堵めいた吐息を吐く。

昔読んだ本に載っていた古歌だから、さすがの先輩にも意味はわかるまい。

意味を尋ねられたら、家に帰ったら調べてみて下さいとか言えば良い。

今この場だけ上手くやり過ごせれば上々だろう。などと考え心の中でニヤリとしていると

俺の声にじっと耳を澄ませていた先輩が口を開く。

 

「比企谷くん。それって都々逸だよね?」

 

げっ、先輩知ってるんだ。

そういやこの人もえらく読書家だったっけ。大失敗! ど、どうしよう……

 

「でもさ、比企谷くん。それって確かこうじゃなかったっけ?」

 

先輩はいうと、言葉を探すように目を瞑り、形のいい桜色の唇をそっと動かす。

 

「恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす……だったような」

 

よくご存知で。感心しつつも即バレした気恥ずかしさで胸が一杯になってしまう。

それでもなんとか声を押し出す。

 

「それは、山家鳥虫歌のほうですね。俺のは松の葉に載っているそれの元歌のやつですよ」

 

「松の葉……。それってもしかして松葉と掛けて、寸志の意味も込めてるの?」

 

な、なんでこの人そこまでわかるというか気づくんだよ。女の勘? こえーよ

 

「まあ、その、はい……。

えっと、でも、少ないとか広がりがないって意味じゃないですよ?

なんていうか、今の俺にできる精一杯のことというか……」

 

しどもどしつつ答えると、そんな俺を見て先輩はふわっと微笑む。

ほのかに上気した頬と綻ぶような笑みを湛えた口元が目に映り、

照れくさくなって思わず顔を背けてしまう。

 

うう、緊張で心臓がバクバクいってるぅ、八幡もうオウチ帰りたいよお……

心の中でそんな泣き言をブツクサ言っていると、先輩がそっと手を伸ばしてきた。

そしてまたもや俺の手を両の手でぎゅっと握り締める。

おいおい、だからそこにはスイッチがあってだね……

 

「んー、やっ、なんかね。思っていたよりもず~っと、素敵なお返事をいただけちゃったから

上手くかえせないなーって。う、う~ん、困ったなぁ、どうしよう……」

 

「やっ、そんな、大したことは言ってないですよ」

 

むしろバレないように古い和歌を使ったまである。バレたけど……

 

「そんな事ないよ! すごく嬉しいもん!」

 

先輩は弾んだ声で言うと、体をふりふり足をパタパタとしだすので

そんな嬉しそうな先輩を見ているだけで、俺まで嬉しくなってしまう。

自分の気持ちを伝えて嫌がられなかったということよりも、ずっと。

 

「その、喜んでもらえてよかったです」

 

言うと、先輩は俺の耳元に顔を寄せ内緒話みたいに小さな声で囁く。

 

「そういう意味で受け取って、良いんだよね?」

 

先輩の声が耳をくすぐる。こそばゆさと甘い香りのせいで固まってしまったが

すぐ傍にあるそのほんわかした笑顔は俺の答えを待っている。

 

「……それ以外で、受け取って欲しくないです」

 

まともに視線を合わせられず、明滅を繰り返す蛍を見やる。

ただ、先輩の嬉しそうな声は耳に届いた。

 

「ありがとう、比企谷くん」

 

 

× × ×

 

 

「じゃ、じゃあ、比企谷くん。食べよっか」

 

先輩のその一声で、中断していたお夜食タイムを再開することにした。

でもね、めぐりん。八幡、胸もお腹も一杯一杯なんですよ……

 

改めて受け取ったお握りを片手にそんな事を思っていたが、鼻腔をくすぐる食べ物の匂いは

俺の胃袋を刺激して不躾な音を出させてしまう。

うう、恥ずかしい。これじゃまるで腹ペコキャラじゃないか……

 

「比企谷くん。お腹減ってたの?」

 

先輩がくすくすと笑いながら口にした言葉に頷きを返しつつ

わざわざ用意してもらった夜食にお礼の言葉でもと思い口を開く。

 

「めぐり先輩。すごく美味しそうです」

 

言うと、ぺちんっとオデコを叩かれた。

なんでだよ! と思いつつ、叩かれた箇所に手を伸ばそうとすると

先輩は叩いたその手でそのまま撫でてくれていた。

 

「美味しそうじゃなく、美味しいんです」

 

「は、はい すいません」

 

オデコを撫でるその手は柔らかく優しいのに、目付きと口調はちょっと、かなり怖かった。

そんな慄いている俺を見て先輩は楽しそうに笑い、その笑顔を見て俺も微笑んでしまう。

 

そうして、食事をとり会話を交わし時たま二人で月を見上げていると

先輩がちまっと俺の袖をひいてきた。

 

「比企谷くん。私も比企谷くんに、お返しの言葉を言いたいな」

 

呟やかれた先輩の言葉に、胸が締め付けられるほどの嬉しさを感じながら

「俺も聞きたいです」と返事を返す。

 

先輩は、うんっと頷いて少し考える素振りをすると、なにか思いついたのだろうか

にぱっと微笑んで口を開く。

 

「そうだなぁ……じゃあ私は、漱石さんで!」

 

先輩は言うと、顔を上げて月を見やる。

 

「比企谷くん。月がとっても綺麗ですね!」

 

「めぐり先輩。滅茶苦茶ベタすぎなんですけど……」

 

しらっとした目で先輩を見て言うと、またもやペちんっとオデコを叩かれた。

 

「やりなおし」

 

「は、はい……」

 

先輩の言葉に、俺も月を見やる。

そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「俺も、そう思っていたところですよ」

 

 




松葉。文字通り松の木の葉のことですが、その針のように細い葉は他の木の葉と違って
全く広がりを待ちません。朴や柏の葉は、柏餅などのように物を包むことができます。
しかし松葉では何も包めない。

ここから、松葉で包むほどのわずかな物ですという意味を込めて、
昔の人は松葉のしを書きました。
今でものし紙にまつばが印刷されているものがありますが、あれがそうです。
またのし袋やお菓子の箱に掛けるのし紙などに「松葉(まつのは)」と書いて
寸志の意を表します。

粗末な物だから粗品と書き、わずかな物だから寸志あるいは松葉と書くわけではなく
自慢するほどの物でもないし、山のようにたくさんあるというわけでもない。
それでも今の自分の精一杯の気持ちです、という謙遜の心を表します。

わざわざ有名な山家鳥虫歌の方の歌ではなく、松の葉の方を歌ったのは
松の葉(歌集)と松葉(寸志)を掛けて八幡が答えたからです。
めぐりんが八幡の意図に気付いたのは理由があるのですが、まあそこら辺は後々。

それと八幡が口にした古歌とめぐり先輩が口にした古歌は少しだけ書かれ方が違いますが
同じものと思っていただいて良いかと思います。

声にあらわれ鳴く虫よりも 言わで蛍の身を焦がす・

恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす

これらはこんな意味になります。

自分は口下手なので、好きだ、愛してる、とは口に出せません。
ただそういう事を口に出せる蝉のように鳴くものよりも
鳴かない蛍のようですが、あなたのことを想っていますよ

最後の「月が綺麗ですね」は、有名な話ですが念のため。
小説家夏目漱石が英語教師をしていた時、彼の生徒が“I love you”の一文を
「我君を愛す」と訳しました。
それを聞き、漱石は「日本人はそんなことを言わない。
『月が綺麗ですね』とでもしておきなさい」と生徒に指摘したんだとか。

この意訳、当時の奥ゆかしい日本の価値観を伺わせます。
要するに、我々日本人は『愛す』なんてはっきり言わないものだ。
そんなストレートな言葉は恥ずかしい、ということなんだと思います。

八幡もそうですがめぐり先輩もそういうタイプかなと思い、こういう形にしました。

それでは次回で。

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