やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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前回の分と合わせてほんとは一話としてだす予定だったのですか
ちょっと内容が合わなかったので二つに分けました。
今回は珍しくいちゃいちゃ回だったりします。
上手くいちゃつけてるかはあれですが。


月蛍抄 前語り   

           「比企谷くん、蛍だ!」

 

喜色に満ちた先輩の声につられて俺もそれへと視線を向ける。

ゆらゆらと頼りなく飛んでいたそれは近くの茂みに止まると、淡く明滅しだす。

 

「蛍なんて、えらい久しぶりに見ましたよ」

 

「うんうん、私も~ ほんと久しぶりに見たかも。

そういえばすぐそこにね、水が流れているから、それを目当てで来たのかな」

 

「川とかがあるんですか?」

 

「ん~、川っていうより沢っていうのかな? ちょろちょろとした感じの。

向こう側から流れてきててね、そこの崖から下に落ちていくんだけど」

 

先輩は言うと、水の流れを示すように指を動かす。

だが薄い月明かりしかないため、その流れを視認することは出来ない。

先輩もそれに気づくと、困ったような声を出す。

 

「ん~、暗いからよくわかんないよね。どうする、比企谷くん? 近くまでいって見てみる?」

 

言われて、どんなもんだろうと興味がわいたので頷こうとすると

どこからともなくもう一匹、蛍が現れる。

そして先に来ていた蛍のほうへと飛んでいくと、すぐ傍の草の葉に止まり

こちらも淡く明滅しだす。

薄闇の中、交互に明滅を繰り返す蛍の光を見ながら声を出す。

 

「……いや、邪魔するのもあれなんで、そっとしておいてあげましょう」

 

「うん、そうだね。そうかも」

 

俺の言葉に、先輩はにっこり微笑んで答えると、すっと俺の手を離す。

そして行儀よく両の手を揃えて姿勢を正すと二匹の蛍を首を傾げて眺めだし

その明かりを楽しむように目を薄く細める。

先輩のぬくもりがなくなったことを残念に思いつつも少しほっとしていると

蛍に目をやったまま先輩が話しかけてきた。

 

「蛍ってなんで光るんだろうね?」

 

先輩の問いかけに、無駄な雑学でなら誰にも負けない自信がある俺は

昔読んだ図鑑で得た知識を披露することにした。

 

「蛍はあれでコミュニケーションを取っているらしいですよ。

自分はここにいるよって相手に伝えたり、危険を知らせたり、あとは……」

 

「そこの二匹も見ているとわかると思うんですが、光り方が違うじゃないですか。

雄と雌で出す光の色や形が違うらしいんで、多分あれは求愛してるんだと思います」

 

説明し終えると、先輩がほわーっと感心したような声を出す。

それから俺をまじまじと見てくる。

 

「……え、なんですか」

 

あんまり見られるので聞いてみると、先輩はにぱっと微笑んで口を開く。

 

「比企谷くんって、やっぱり物知りだね! 

それで邪魔しちゃ悪いと思って、そっとしてあげようっていったのかな?」

 

人が口にする「物知り」という言葉は大概「知ったかすんな、ボケ!」という意味だが

先輩のような人が口にすると素直に受け取れる。

だが素直に受け取ると人に褒められた事が少ない殆どない俺はどういう反応をしていいのか

わからず困ってしまう。そうして困ると大体挙動が不審になる。

 

「い、いや、も、物知りとかじゃないでしゅよ。じょ、常識っていうか、その……」

 

「え~じゃあ、知らなかった私は常識外れってことかな~ 比企谷くん?」

 

俺の言葉に、先輩はぷくっと頬を膨らませていうとジト目で睨んできた。

まあ口元はにんまりと微笑んでいるので冗談なのはわかるのだが。

それでも慌てて言い訳すると先輩はくすくすと可笑しそうに笑う。

その稚い姿を見ると、胸の奥にある今はまだ名前のない気持ちに名前を付けたくなってしまう。

そうして名づけてしまえば今までそうだったように、自分が傷ついてしまうだろうと思い

頭を振ってその想いを紛らわせる。

 

「一生懸命、誰かと何かと繋がりたいと思うのはそれがなんであれ素敵なことだと思うんです。

だからなるべくそっとしておいてあげたいなって」

 

言うと、先輩は呆けた表情でぱちくり瞬きをしながらこっちを見ていた。

カッコつけすぎたかしら……そう思って不安になっていると、

先輩は身を乗り出して興味深げに尋ねてきた。

 

「比企谷くんにも、そういう人いるのかな? 例えばの話、一色さんとか」

 

「なんでそこで一色がでてくるんですか……。本当にあいつとはそういう関係じゃないですよ」

 

「じゃあ、雪ノ下さんや由比ヶ浜さんは? どっちもすごく綺麗で可愛いじゃない?」

 

「あの二人とも、そういう関係にはならないですよ。

なりようがないというか。その、と、友達ですし」

 

誰かのことを自分の友達だと口にするのは、慣れていないのもあるがどうにも気恥ずかしい。

そして先輩にこれ以上追求されないよう、攻撃こそ最大の防御なのだよ! とばかりに

こちらから攻めるスタイルでいくことにした。

 

「めぐり先輩こそ、そういう相手はいるんですか? 

まあ先輩の場合、先輩とそうなりたいっていう輩のほうが多そうですけど」

 

茶化すようにいうと、先輩は照れたように両手で頬を挟み俯く。

 

「そ、そんなにモテないよ、私」

 

などと、ごにょごにょ呟く先輩の姿は、俺のなかにいる野獣を目覚めさせてしまう。

 

「そんなにってことは、それなりにはモテてるってことですよね?

まあめぐり先輩とっても綺麗ですし、周りの男どもがほっとかないでしょうしね!

告白とかも一杯されたんじゃないですか? どうですか? されましたよね?」

 

さらに茶化すようにいうと、先輩は恥ずかしくなったのか「ううっ」と唸ると

顔を両手で覆って隠してしまう。

そして嫌々するように首を小さく振るので、俺は自分のこなした仕事の出来栄えに

満足の吐息を漏らしてしまう。

 

くう~、堪りませんな~! これだよこれ 恥じらいっていうの? こういうの大事!

 

そんな最低なことをして最高な気分でいると、先輩が指と指の隙間から

こちらを睨んでいることに気づき慌てて目を逸らす。

どうやら俺は先輩のなかの野獣を目覚めさせてしまったらしい。

怖い、怖すぎる。死ぬ死んでしまう。

でもですね。先に言ってきたのは先輩だと思うんですよ、俺

 

「比企谷くんは、やっぱり意地悪だ」

 

先輩は拗ねたように言うと、ぷくっと頬を膨らませる。

すいませんと微笑み混じりで謝ると、先輩も仕方ないな~といってニコニコと笑ってくれる。

ふんわりした空気が漂い、その効果範囲内にいた俺は危うく天に召されそうになってしまう。

 

「めぐり先輩。ほんとすいません。その、楽しくって、つい」

 

「比企谷くんも楽し?」

 

比企谷くんも、か。じゃあ先輩も楽しいと思ってくれてるんだろうか。

もしそうなら、俺は嬉しい。

 

「はい。今日は誘ってもらえて本当に良かったです」

 

「なら、良かった」

 

先輩は言うと、むふーっと得意げに胸を張る。

そんな先輩の姿を見ながら、ほんと来てよかった。そう思っていると

先輩は何かを思い出したように「あっ」と声をあげ、ぱしっと手を叩く。

 

「そうだ、比企谷くん! お腹すいてない?」

 

「そうですね、少し。めぐり先輩、お腹すいてるんですか?」

 

「うん、ちょこっと。でね、えーっと、お夜食というかお弁当? つくってきたんだけど、

良かったら、どうかな?」

 

お弁当だと……。

これが一色なら見返りになにを要求されるかわかったもんじゃないから警戒心が沸き起こるが

めぐり先輩なら安心して感謝する気持ちになれる。

 

「えっと、その、いただきたいです」

 

答えると、先輩は嬉しそうに頷いて脇にあった風呂敷包みを膝に乗せ包みを解いていく。

 

「比企谷くん。ほうじ茶もあるから良かったら飲んでね。その、あったかいやつなんだけど」

 

先輩は言うと、魔法瓶から焙じ茶を器に注ぎてきぱきとお弁当を広げていく。

竹で作った二段重ねのお弁当箱には、おにぎりや唐揚げに卵焼き、ミニハンバーグなどが

所狭しと詰められている。そしてもちろん小さいながらもプチトマトが二つ。

 

二つあるということは、俺も食べなければならないんだろうか……

そう思って嬉しい半面ちょっとげんなりしていると、先輩がふんふんと鼻歌交じりに口を開く。

 

「比企谷くん。私、トマト苦手だから、ふたつとも食べてね!」

 

ちょっと待ってくださいよ、苦手ならなぜ入れた! と思ったが、とても口には出せない。

俺は紳士なのだ。なので紳士らしい受け答えをすることにした。

 

「めぐり先輩、任せてください。俺、トマト大好きですから!

むしろあれですよ。二個じゃ足りないくらいです」

 

どうしても引きつってしまう顔をなんとか笑顔にしてそう言うと、先輩はにぱっと笑う。

 

「そっか~、比企谷くん、トマト大好きなんだね。じゃあ次は、もっと入れてくるね!」

 

しくった! 墓穴掘った……。と思いつつも、気になる言葉が出たので尋ねてみる。

 

「あの、先輩。次もあるんですか?」

 

恐る恐る尋ねると、先輩はきょとんとした顔で尋ね返してきた。

 

「ないの?」

 

「えっ……、どうなんでしょう……」

 

なんと答えれば良いのかわからず曖昧な答えを返すと、

先輩はしょんぼりした様子で俯いてしまう。

そんな先輩を見て、なにか言わなければと思いつつも何も浮かばず口篭る。

 

「ないんだ……」

 

何も言わない俺を見て先輩はぽしょっと呟くと、さらに下を向いてしまった。

その姿を見て慌てて口を開く。

 

「い、いや、次ももちろんありますよ。次どころかその次もあるかもですし!」

 

言うと、先輩はちろっと横目でこちらを見てくる。

 

「その次と次は?」

 

「えっ、えーっと……、はい、あります」

 

へどもどしつつ答えると、先輩は楽しげにくすくすと笑う。

ダメだ……この人に勝てる気がしない。まあ勝ちたいわけでもないんだけど。

 

「じゃあ、比企谷くん。食べよ」

 

言って、先輩はおにぎりを手渡してくれる。受け取ったそれを眺めつつ

それにしても、と考えてしまう。

 

これってなんか、桜花抄のあのシーンみたいだな・・・。そう思っていると

先輩がじっと俺の横顔を見ていること気づく。

 

「……あの、なんでしょう」

 

「んっ、なんかさ、桜花抄みたいだよね。二人でこうしていると」

 

「そ、そうですね。まあ、駅じゃないですけど」

 

「冬でもないしね」

 

「雪も降ってないですし」

 

「でも、月が綺麗だよ?」

 

言われて夜空を見上げる。月はここに来た時と同じ、綺麗な満月。

 

「……そうですね。それとストーブの明かりは無いですけど、

代わりに蛍が淡く照らしてくれてますし」

 

「でも、あの二人のようにお付き合いはしてないよね」

 

「やっ、先輩。あの二人も付き合ってはいなかったですよ」

 

「あっ、そっか~ なんか早く結婚すればいいのに~って思うくらい仲良かったから

勘違いしてたよ、えへへ」

 

照れくさそうにはにかみ笑いを浮かべる先輩を見て、俺の頬もつい緩んでしまう。

 

「まあ、両想いでしたしね。あの二人」

 

俺の言葉に、先輩は微笑んで頷くと首を傾げてこちらを見てくる。

そしてなにか思いつめたような、そんな表情を浮かべると、ぽしょっと呟く。

 

「じゃあ、えっとね、比企谷くん」

 

名前を呼ばれたので姿勢を正し先輩の方へ向き直る。

先輩の喉がこくりと鳴り、言葉の続きが耳に届く。

 

「その……、私たちは?」

 

 




次回タイトルは「月蛍抄」です。

それでは次回で。

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