やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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ゲームも飽きたしなんか面白いSSないかなーとランキングを見たら
なんでかわかりませんが自分の書いてるのがランクインしてたので、
急に湧き上がったやる気で一気に書き上げました。現金ですいません。


今さら 今なら 今しか 

俺が口にした「ありがとうございます」の言葉に、先輩からも嬉しそうな綻んだ笑顔で

「こちらこそ、ありがとう」と返事を返される。

そして顔を見合わせ微笑みあった後、続く言葉を見失い、二人共黙り込んでしまう。

 

互いに認め合い称え合う。映画やアニメ、漫画や小説なんかでよくあるシーンだ。

スポーツ漫画やバトル漫画の定番といってもいいかも知れない。

そしてそれらを見たり読んだりしているときには「うむ、いいね!」と思えるが

これが現実の、自分が当事者だとかなり勝手が違う。

なんというかすごく気恥ずかしくなりもじもじしてしまうし、唐突に死にたくなってくる。

先輩も同じ気持ちなのだろうか。

俺の隣で不安なときの癖らしく、両の手を胸の前でこねこねしていた。

 

そんな風にしばらくの間、二人してもじもじこねこねしていると

先輩が照れくさそうに手をすりすりしながら口を開いた。

 

「こう今みたいなのって、なんか、あれだよね」

 

あれとは、つい今しがた俺が想像していたようなものだろう。と思いつつも

なにかね? と視線で問いかける。

 

「なんかさ、水戸黄門みたいだよね」

 

……水戸黄門? なに言ってるの、この人……

そんな俺の訝しげな表情を見た先輩は、なんで分からないの? みたいな顔をする。

 

「ほら、あるじゃない! 水戸黄門じゃなくても時代劇とかでさ。

えっと、悪代官が『お主も悪よのう……』っていうと

越後屋が『お代官さまにはかないませぬ……』って答えるシーンが!

そんな感じしない? 今の私たちのやり取りって」

 

芸の細かい先輩は悪代官と越後屋のセリフの部分を、

ほんわかしつつも悪そうな顔と悪そうな声で言ってくれる。

無駄に芸達者だな、この人。と思いつつも、まあ確かにあの二人は

互いに認め合い称え合っているといえるかもしれん。

下のものの良いところをきちんと認める上司の才覚と自分などまだまだですという謙虚さ。

そしてなにより、強い絆で結ばれた仲間意識を感じることができなくもない。

そうやって考えてみればそうかもしれないと思えるが、数あるシュチュエーションの中から

それをチョイスする先輩のセンスがやばい。もっとマシな例えがあるでしょうに……

 

「ま、まあ、そういう見方もあるかもしれないですね」

 

答えると、先輩は可笑しそうにくすくすと笑う。

そのほんわかした笑顔を見ながら、それにしても、と考えてしまう。

話題が全然尽きなくて会話もとても楽しい。

それは嬉しいことなのだが、それで文化祭の事を口にする切っ掛けが見つからない。

せっかくの良い雰囲気を自分のいらん一言で台無しにしてしまうんじゃないかと思うと

どうしても躊躇してしまう。

感謝や謝罪の言葉を口にする。それはきっと正しい事だと思う。

けれど結局のところ、自分の中にある罪悪感をすっきりしたいだけなんじゃ? と

考えずにはいられない。

 

そこでふと、由比ヶ浜のことを思い出す。由比ヶ浜もこんな気持ちだったんだろうか。

相手を知れば知るほど、時間が経てば経つほど、感謝も謝罪もどんどん言いづらくなっていく。

自分が同じ立場に立ってみて初めてそのことに気づく。というか実感する。

そして当時の俺は自分が傷つくのを恐れるあまり、彼女のそんな気持ちに対して

頑なな態度を取っていたのだ。そのことを、今さらながら悔いてしまう。

 

だがそれに気づけた今なら、由比ヶ浜が俺に対してそうしてくれたように

俺も前へ次へ進むためにきちんとしなくては。

そう思い今しかないと覚悟を決めると、息を深く吸い込んでゆっくりと吐く。

どう切り出すか迷ったが思ったままを口にすることにした。

 

「……あの、めぐり先輩。去年の、その、文化祭のことなんですけど」

 

俺の言葉に、先輩が戸惑ったような表情でこちらを見てくる。

その表情を見て口篭ってしまいそうになるが、言い出した以上、途中で止める訳にはいかない。

 

「なにを今さらと思うかもしれませんが、あの時は本当にすいませんでした。

その、先輩の立場も考えずに、場を乱すようなことばかり言ってしまって……」

 

なんとか言い切って、頭を下げる。もちろん謝罪なので下げたというのもあるが

先輩の顔をまともに見られなかったという気持ちも大分ある。

 

暫しの沈黙。胃が痛くなるような、そんな時間が過ぎていく。

やっぱり言うべきじゃなかったか……。そう思っていると

下を向いている俺の顔を覗き込むように先輩が顔を寄せてくる。

 

「私の方こそごめんなさい。私がもっとちゃんとしていれば

比企谷くんや雪ノ下さんに、迷惑かけずに済んだのに」

 

耳元で囁かれた先輩の言葉に思わず顔を上げる。そして先輩の顔をまじまじと見てしまう。

その表情はとても辛そうで痛々しい。

自分はやはり余計な事を口にしてしまったのだと思い、ひどく後悔してしまう。

 

「や、えっと、先輩は別に悪くないですよ。

その、俺が許せなかったのは他のサボってた連中だけで」

 

先輩はしゅんとした様子で俯いていたが、俺の言葉に顔を上げると

じっとこちらを見つめてくる。

今のじゃ全然言葉が足りてないと気づき、慌てて続きを口にする。

 

「単純に純粋に俺は誰かに押し付けて楽してる連中が許せなかったんです。

真面目にやってる奴があおりを受けるのは納得がいかない。

真剣に取り組んでいる奴が泥を被るのは看過できない。それだけです」

 

「その……、もっと上手いやり方があったとは思うんですけど……」

 

俺の言葉に頷く先輩の顔を見て、少しだけ言葉を付け加える。

すると、それまで黙って聞いていた先輩が首を傾げて口を開く。

 

「比企谷くん。私ね、体育祭のとき、比企谷くんってすごく頭が回る子なんだなって思ったの」

 

えっ、マジで? そこに気づくとは、やるなめぐりん!

でも面と向かっていわれると照れるなー ガハハハ! と思ったのも束の間。

先輩は言いづらそうに言葉を付け足す。

 

「ちょっと、その、意地が悪いかなって思ったりもしたんだけど……」

 

八幡大ショック。ま、まあ、仕方がない。

俺のやり方は誰が見たっていい気分にはならんだろうし。でも、ちょっと泣きそう。

そんな、ベキッと折れている俺を見て先輩が慌てたように話を続ける。

 

「や、ご、ごめんね、褒めてるんだよ? え、えーっと、だからね、逆に不思議に思ったの。

そこまで頭が回るなら、先のこともある程度予想が付くと思うのね。

なのになんでわざわざ文実のみんなを敵に回すようなことを言ったのかなって。

あの状況なら私や相模さんを責任者として責めれば充分なわけじゃない?」

 

まあ確かに先輩の言う通りだと思う。まともな奴ならわざわざあんな事はしない。

言おうか言わまいか少し迷ったが、先輩は俺の話をきちんと聞いてくれているのだ。

ならば俺もちゃんと自分の考えを先輩に伝えるべきだと思い、声を押し出す。

 

「わかりやすい敵を一人作って、みんなして叩くって行為が俺は嫌いなんです。

確かに文実をさぼる切っ掛けを作ったのは相模でしたけど、そこでさぼるかは別問題なわけで。

それでもさぼらずに頑張っていた人もいたわけじゃないですか」

 

「何かを悪役にして壊しても、大体より悪くしかならないと思うんです。

状況の改善は重要だし大切だと思います。だからこそ「どう壊すのか」って考えた結果

嫌われても問題ない俺があーすればいいかなって思って、それでそうしたというか」

 

「ちょっとごめん、比企谷くん。なんで比企谷くんが嫌われても問題ないと思うの?」

 

「や、俺、友達とかいないんで、嫌われても問題ないかなって」

 

「それって……」

 

唖然とした様子で先輩は言うと、頬に手を添えて難しい顔をする。

そして、「他にも聞いていいかな?」と言ってきたので頷くと

先輩は俺を不思議そうに見つめながら口を開く。

 

「えっと、比企谷くんはさ、文化祭が上手くいってもいかなくても、とくに責任をね

追求される立場じゃないわけじゃない? なのにどうしてそこまでできるの?」

 

「追求されるからやる。されないからやらない。というのは少し違うんじゃないかなって

俺が思っているだけですよ。関わったからにはきちんとやるべきだと思いますし」

 

「じゃあ、私や相模さんにね。いまひどい状況だからどうにかして欲しいって

直接かまあ間接的にでもさ、口にしなかったのはどうしてなの?」

 

「先輩はともかく文化祭の時の相模は俺の話なんか聞く耳もたないじゃないですか。

あいつに俺、嫌われてますしね。体育祭のあとなら、多少は違うかもしれませんけど」

 

「まあ、うん。そうだね。そうかも」

 

「先輩は先輩で受験で大変な時期に毎日ちゃんと来てくれてたじゃないですか。

それで周りの人間に細やかな気配りをしてくれているのに、俺の不満とかそういうの

先輩に対して口にするのって、なんだか筋違いのような気もしますし。

まあ、ならあんなこと言うなって話なんですけど……」

 

「そうだったんだ……」

 

先輩は言うと、俯いて黙り込む。

思ってることを口にはしたものの少し言い方が悪かったかな、と不安に思っていると

先輩が伏せ目がちに俺をちらっと見る。

 

「あの、あのね。その、比企谷くんと相模さんて、あんまり仲良くないじゃない?」

 

「あんまりじゃなくて、すごく仲良くないですよ」

 

「あ、うん。そ、そうだね。えっと、それでね。傍から見てても相模さんから比企谷くんへの

嫌ってる感じっていうのかな そういうの凄くよくわかるんだよね」

 

うむ。俺もよくわかる。嫌い合うという面だけでいえば、俺と相模は気が合うとも言える。

たが相模は「上手い嫌い方」を知らないのだろう。

俺のやることなすこと全てに過剰に反応し、わかりやすい態度を取ってしまう。

そんな風に俺がいるだけで相模にダメージを与えることが出来るのが愉快痛快すぎる。

そして相模が嫌がることをあえてやる自分のことを、俺は大好きだったりする

 

「でもね、比企谷くんから相模さんへのそういうの、感じないんだけど

比企谷くんは相模さんのこと、どう思っているの?」

 

「もちろんちゃんと嫌いですよ。あいつのこと。凄く嫌いといっても良いです。

むしろ大っ嫌いです。ただ、まあ、そんなに悪い奴だとは思いませんけどね」

 

「そうなの?」

 

「はい。相模はなんていうか、悪いというより弱いんだなって思うんです。

弱さゆえの攻撃性と群れ習性っていうんですかね。

あいつの性格とか人間性とかはゴミクズだと思いますけど、文実を間違った方向に

もっていってしまったことに関しては、まあ、仕方ないかなって思ってます」

 

言ったものの、先輩にはうまく伝わらなかったらしい。

先輩はぽけっとした顔で俺を見ているので言葉を付け足す、

 

「や、えっとですね。俺も一杯間違いとかするんで、むしろ間違ってばかりというか。

だからそんな俺が他人の間違いをあーだこーだ言うのは可笑しんじゃないかって思うんです」

 

「……あの、そんな風に考えてそう思える比企谷くんが、なんでスローガン決めのときや

相模さんを迎えにいったときに、あんなやり方をしたのかな?」

 

問われて口篭ってしまう。理由も事情もあるにはあるのだが、

言い訳がましいうえに他人のせいにしてるっぽくて口にするのが憚られる。

そう思って迷っていると、先輩がおずおずとした様子で口を開く。

 

「聞いといてあれだけど、口にしたくないなら無理にしないでも……」

 

先輩は言うと、気遣かわしげな視線を向けてくる。

その先輩の言葉に、この人になら隠し事はせずに事情をきちんと聞いてもらいたいと思い

奉仕部に相模が訪れて依頼を受けたこと。それで雪ノ下が体調を崩しても頑張ったこと。

それを見かねた由比ヶ浜から雪ノ下を助けて欲しいとお願いされたこと。

そんなどうにもならないことをどうにかしたいと思いながらも

ずっとぼっちで誰かに相談することや頼ることが出来ない自分には

あれ以外のやり方が見つけられなかったことを告げる。

 

「その、雪ノ下がやっていたことを無駄にしたくなかったって気持ちがあったと思います。

まあ、あいつもあいつで、陽乃さんに対抗心を抱いて無茶したりとかありましたけどね。

でも、それでも俺は、同じ奉仕部の仲間として、雪ノ下がやってきたことが台無しになるのを

黙って見過ごすわけにはいかなかったというか……」

 

言えば言うほど、誰かに何かに責任を押し付けている。

そんな気持ちになってしまいどうしても言い淀んでしまう。

すると、俺の言葉を黙って聞いてくれていた先輩がゆっくりと口を開く。

 

「比企谷くん。覚えてるかな? 

比企谷くんの家で秒速をみた帰り道で期待の話をしたこと」

 

話が急に飛んだことに驚きながらも、ざっと記憶をさらってみる。

そういやあったな、と思い出し口を開く。

 

「はい。覚えてますよ」

 

「あのね。私、比企谷くんに、期待というか理想の押し付けっていうのをしてたんだと思うの」

 

先輩が口にした予想外の言葉。

その意図が掴めなかった俺は、先輩の表情を窺いながら聞き返してみる。

 

「理想、ですか?」

 

「うん。えっと、文実のみんながさぼりだしてさ、それでも来てくれる人たちがその分

大変になったじゃない? それで、それが嫌なら理由をつけて来なければいいと思うのね。

委員長がそういったじゃん とか言ってさ。そうしてる人の方が多かったわけだし」

 

「それは、まあ、そうですね」

 

「なのに比企谷くん。毎回休まず参加して、なんか色々と悪態はつきながらも

雑務として全役職に携わってくれてたじゃない」

 

「……俺、そんなに悪態ついてましたっけ?」

 

「う、うん。結構……」

 

おふう~ 俺、最低だな! ほんと申し訳ない。

 

「す、すいません」

 

「や、まあ、それはね。仕方ないよね。うん、気持ちはわかるし!」

 

なんか謝ってる俺より申し訳なさそうな先輩の姿を見ると、居た堪れない気持ちになってしまう。

おウチに帰りたい……

 

「えっと、まあそれで、真面目な子なんだなって思って嬉しくってね。

信頼して期待しちゃったんだよね。その、勝手にね」

 

あぁ、その気持ちは本当によくわかる。

俺も雪ノ下に、そして由比ヶ浜にも、似たような理想を押し付けていたから。

 

「だからっていうのもあれなんだけど、そうあってほしくなかったよって

比企谷くんの気持ちも考えずに口にして、本当にごめんなさい」

 

「や、待ってください、めぐり先輩。俺、嬉しかったんです」

 

「えっ!?」

 

俺の言葉に、先輩は口をぽかーんと開けて目を丸くすると俺をまじまじと見つめてくる。

それで俺は、自分の言い方が不味かったことに気づく。

 

「えっと、責められて嬉しかったとかじゃないですよ? 

俺のダメだったところをきちんと批判してくれて、それでも頑張ったところを

ちゃんと認めてくれたことが嬉しかったってことですよ」

 

「あっ、そっか。うん、そうだよね。ちょっと、その、驚いちゃった」

 

先輩は言うと、気恥ずかしげに頬を掻く。

 

まさかこの人、俺が責められて喜ぶタイプだとでも思っているのだろうか。

まったく失礼だな! そんな訳……ないよな? ないの? いや、あれ?

 

そんな感じでちょっと自分を見失いかけていると、先輩がさらに謝ってくる。

それで暫くの間、お互いに自分の方が悪いんですと言い合う形になってしまう。

途中、そんなやり取りがなんだか可笑しくなってしまい、くすくすと笑い合う。

 

そうして俺は、「じゃあ、お互い様で」と言ってくれた先輩の柔らかな声に頷くと

差し出してくれたその手をそっと握り締めるのだった。

 

 

 

 




次回タイトルは「俺スイッチ」です。

それでは次回で。

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