やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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毎度のことですが展開はあまりというか全然進んでいません。
なるべくじっくりと好きになっていく過程を書きたいので、
今後もこんな感じかなと思います。

終わるのか、これ……とちょっと不安に。


人に道を聞かれるような人

今日という日が終わるまで残り僅かな夜遅く、月明かりに照らされた高台にあるお御宮にて

本殿の軒下の縁側のようになっている場所にめぐり先輩と二人並んで腰を降ろす。

床下が高いため、俺でも足の裏がぎりぎり付く程度。

なので小柄な先輩は足が地面につかず、前に後ろに両足をぷらぷらさせている。

そんな仕草をする先輩を見て、なんか小さい子みたいだな、この人、と思いつつ、

俺は先輩が語る「秒速五センチメートル 漫画版」の感想に耳を傾ける。

 

「最後のあれってさ。花苗ちゃん、貴樹くんと再会できたのかな?」

 

尋ねられ、ざっと記憶をさらってみた。

確か貴樹が東京で付き合ってた水野理紗と別れ、会社を辞め再就職先を探している頃。

花苗は種子島で看護師をしており、元気に暮らしていたがうまく恋愛はできずに

独身のまま過ごしていた。そしてある日、サーフィン仲間の亮に告白される。

 

だが貴樹の事を上手く思い出に出来ないままの花苗は、

どうしても忘れられない人がいると亮に告げる。

そしてその気持ちを抱えたままでも構わないから付き合って欲しいという亮に、

花苗の気持ちは揺れる。

 

この話を読んだとき俺の気持ちも揺れたものだ。

当時はまだ目指していたリア充って、こんなふうに諦めが悪くないとなれないのかと。

むしろこれを読んだからこそ、俺には無理だと判断しぼっちの道へ進んだともいえる。

 

そして姉から「一度、会いにいってみればいいと思うよ」とアドバイスを受けた花苗は

気持ちを整理するために、貴樹の住む東京へと向かう。

島から殆ど出たことのない花苗は東京の喧騒に驚きつつも、貴樹の勤める会社に電話を掛ける。

しかし貴樹は仕事を辞めていたため会えず、なんとか自宅の電話番号を手に入れたとき

花苗は心の整理ができたと感じる。

 

この世界には漫画や小説によくあるような運命や偶然の出会いなどなく、

それで今は会えなくても、そしてこの先もう会えなくても、

それでももし自分が望めば少なくとも連絡することはできる。

そう思って踏ん切りがついた花苗は亮に電話をする。

 

「その気になったらどこにだって行けるし、どんなに遠い存在も

本当に求めれば繋がれるんだってわかったの。だから、もう大丈夫」

 

言われた亮はこう思う。昔好きだった男のことを今でも忘れられなくても

上手く思い出にはできたようだ。これなら俺と付き合ってくれるだろうと。

まあ告白の返事はNoだったんですけどね。亮くん残念。

 

そうして種子島へ戻る前、休憩がてらに立ち寄った公園でたまたま現れたのが・・・

おそらく貴樹。で、物語は終わる。思い出しつつ、少し考えてから口を開く。

 

「んー、どうなんでしょうねえ。それっぽい描写で描かれていましたけど。

でも、俺思うんですけど、あの二人が再会してそれでじゃあ付き合おうかって感じには

ならないと思うんですよね。なんて言えばいいのかな……」

 

「気持ちの落としどころを探して、それでちゃんと終わらせにいったから、かな?」

 

「そうですね。それです。十年越しに想いが叶って、というのも良いとは思うんですけど、

想いが届かなくても、叶わなくても、本人がこれで良かった。そう思えればそれで充分。

そういう話なのかなって思って読んでました」

 

「そっか~」

 

先輩は言うと、月に目をやりなにやら考え込んでいる。

そこで先輩はどうなって欲しかったか尋ねてみた。

 

「私はね。再会して、出来れば付き合って、それで結婚までして欲しかったな~」

 

結婚。それは平塚先生を苦しめる呪いの言葉。

そんなものが無ければあれほどまでに先生も苦悩せずに済むのに……と思って

胸が痛むのを感じながら口を開く。

 

「結婚ですか」

 

「うん。だってさ、あのお話って誰一人として初恋の人と結ばれなかったでしょ?」

 

「確かにそうですね。遠くへ離れたり、自分が向いている相手への気持ちが一杯で

自分に向けられている誰かの気持ちに答えられなかったりでしたしね」

 

「届かなくて、叶わなくて、それでその想いが無意味とか無駄になったとは思わないけどさ

それでもやっぱり最後には、何らかの形で報われて欲しかったなって思うんだよね」

 

「それで、結婚ですか?」

 

俺の言葉にうんうんと頷いている先輩の姿を見て気になったことを聞いてみる。

 

「めぐり先輩。あの、なんていうかですね。

女の子的には結婚って、結構ゴールっぽい感じだったりするんですかね?」

 

言うと、先輩は腕を組んでうーんと唸りながら、うむむっと難しい顔をする。

俺は先輩の邪魔にならないように口を閉ざして静かに答えを待ちつつ

もし結婚が女性にとってゴールとするならば、平塚先生はゴールがないのに

走り出してしまったのか……と思い胸がさらに痛くなっていた。

 

「ん~、ゴールというか多分そこからがスタートなのかなって思うんだけど

でも、ひとつの区切りではあるよね。

こうなんか、これまでは一人で。ここからは二人で、みたいな」

 

先輩は言うと、照れたように頬を掻く。

俺にとっては新たなニート先としての結婚も、先輩にとっては違った意味を持つのだろう。

そんな事を思っていると、先輩は恥ずかしげにぽしょっと呟く。

 

「や、それにさ。好きな人との結婚って、小さい頃からの夢なんだよね」

 

あら可愛い。

もしかして先輩って小中学校の文集とかで将来の夢はお嫁さんとか書いちゃうタイプ?

そして照れくさそうにもじもじしている先輩を見ているとちょっとからかいたくなり

茶化すような声をだしてしまう。

 

「でも、好きな人との結婚が夢って、先輩、案外乙女ですね」

 

言うと、先輩はぷくっと頬を膨らませジト目で睨んできた。

 

「案外って失礼だなー! 私は乙女だよ? 超乙女」

 

なんだよ、超乙女って。なに、髪が逆だって金髪になるの?

そして思わず、「クリリンのことか─────っ!!!!! 」と叫ぶ先輩を想像してしまい

口元に浮かんでしまった苦笑を隠すため顔を背ける。

 

だが先輩は俺が笑ってるのを目ざとく見つけると「も~、ばかにしてー!」と言いつつ

俺の背中を両の手でポカポカと叩いてきた。

一生懸命叩いてるようだが全然痛くない上、なにやらほんわかした気持ちになってしまう。

なにこれ可愛い。今度小町にもやってもらおう。

や、でもですね先輩。手じゃなくて足でですね……

言いかけたそんな言葉を飲み込んで、代わりの言葉を口にする。

 

「先輩って意外に、わんぱくなんですね」

 

すいません、すいませんと謝りつつも、負け惜しみがてらに投げた俺の言葉に

先輩はけらけらと笑い出す。そしてなかなかアグレッシブなことを口にする。

 

「そうだよ~。こう見えて私、結構わんぱくなんだから。

あんまり失礼なこというと、比企谷くんのことぶっ飛ばしちゃうかも知れないよ!」

 

言って、にこぱっとした笑顔を見せる。

 

是非! の言葉を慌てて飲み込む。危ねえ……誘導尋問うめーなこの人。と思いつつも

「意外」と口にできるほど、俺は先輩のことを知らないんだと気づく。

まあだからといって先輩にあれこれ尋ねれるようなコミュ力は、俺にはないんだけど。

そんな事を思っていると、先輩がちまっと袖を引いてくる。

 

「ねえねえ、そういえばさ。貸した本読んでどうだった?」

 

先輩は言うと、おずおずとした様子で俺をじっと見つめてくる。

気になるのかね、娘さん。心の中でツッコミを入れつつも先輩の気持ちはよくわかる。

俺も先輩に秒速を薦めたときには俺と同じようにとはいかずとも、

それなりに楽しんでもらえればいいけど、と不安があったし。

それですごく楽しめたと伝えたくて、先輩へ送る感想メールを

えらい長文で書いてしまったくらいだ。

 

文章だとちょっと長すぎるかな、と遠慮してしまうが、こうやって顔を見合わせてならば

自分もそうしてもらえて嬉しかったから、少しくらい長くなってもいいのかも知れない。

そんな風に思いながら、俺は先輩に自分の感じたことを出来るだけ丁寧に話し始めるのだった。

 

× × ×

 

日も変わり少し時間が過ぎた頃。

感想を話し終えた俺とそれに耳を澄まして聞いてくれていた先輩はお茶で喉を潤す。

そして今度は、面白いとそれぞれが思った漫画の話に花を咲かせる。

 

「んぐるわ会報? んぐるわってどういう字書くの?」

 

「ひらがなですね。会報は生徒会の会に報告の報です。

んぐるわの意味は、俺もちょっとわからないんですけど」

 

先輩から出されたお題である生徒会を題材にした漫画。

それで俺が面白かったと感じた「んぐるわ会報」の名前を出すと、

先輩は前のめりになってあれこれ質問してきた。

 

「どんなお話なの?」

 

「えーとですね。共学高校の生徒会の日常を描いてる作品なんです。

それでそこの生徒会長がクールを装いつつわざと他人を困らせて楽しむタイプで、

それに振り回される生徒会役員たちが大変な目に遭う話ですね」

 

「第一話なんですけど、目安箱が設置されてるんですよね。生徒会に要望を出す用に。

それである日投書がくるんです。夏は暑くて堪らない。体育の後ならなおさらだ。

女子はスカートで涼しくていいけど男子はズボンで暑いんですと。

そこでここはひとつ、ハーフパンツの着用を許可して欲しいって」

 

「それを読んだ他の役員は『気持ちはわかるけど校内では制服着用が校則で決まっているから

我慢してもらうしかないわねえ』みたいなことをいうんですよ。

けど会長は、『なら男子も制服であるスカートを履けばいいのよ』とか言い出すんです。

『だっていちいち規定を変えるよりも、今あるもので補ったほうが早いじゃない』という理由で。

それで役員の中で一人だけ男子の松戸って奴にちょっと履いてみろってスカートを履かせて

似合ってるからそのまま校内を一周してこいって命じる、そんな感じの話しなんですけど」

 

「ひ、酷いね。えっ、でも、ちょっと待って比企谷くん。松戸くんは嫌がらなかったの?」

 

「すげえ嫌がったというか困ってましたけど、会長めちゃくちゃ口が達者なんですよ。

それで上手いこと言い含められちゃうみたいな。あと、松戸は会長のことが好きなんで

好きな子の頼みはそもそも断れないみたいな感じですね」

 

顔をほころばせて、俺の話にうんうんと頷いていた先輩は何か思いついたように

「あっ」というと、悪戯めいた微笑みを浮かべた。

 

「じゃあさ、比企谷くんも私がお願いしたら、スカート履いてくれる?」

 

ちょっと待ちなよ、お嬢さん。俺が履いても誰も喜ばないでしょう……

 

「い、いや、履きませんよ。俺、そもそも生徒会役員じゃないですし」

 

「でも一杯、生徒会の仕事手伝ってくれたじゃない。

今だって、一色さんのお手伝いしてくれてるんでしょ? だからさ、ね」

 

「あの、めぐり先輩。全然だからになってないんですけど。

ていうか、遠慮しないで、みたいな感じにもっていくのやめてくれませんかね……」

 

俺の苦情もどこ吹く風で先輩はけらけらと笑っている。

そんな楽しげな先輩の姿を見ると、スカート履いてもいいかも、と思えるから不思議。

 

「そういえばさ、比企谷くん。一色さん、生徒会頑張ってるみたいだね」

 

笑いを収めお茶をすすっていた先輩が嬉しそうに口にする。

 

「そうですね。最近は奉仕部にこないで自分らだけで頑張ってるっぽいですよ。

まあいままで充分頼られてたんで、そろそろ独り立ちしてもいい頃合ですしね」

 

「そうだねえ。ほら、一色さんてさ、会長になった経緯が経緯じゃない。

だからね、モチベーションがもつかなってちょっと心配だったんだよね」

 

「確かにそうですよね。嫌がらせで勝手に推薦されて、俺の口車にまんまと乗せられて

ほとんど押し付けられたようなものですし」

 

俺の言葉に、先輩はちょっと首を傾げて口車の内容について尋ねてきた。

奉仕部の二人を生徒会長にさせないため。その部分を上手く省いて説明すると

先輩は顎に指を添え少し考えるような素振りをしてから口を開く。

 

「それで悪いと思って、お手伝いしてあげてるの?」

 

「まあ、そういう気持ちも少しですけどありますね。

ただ思っていたよりも、一色は会長職とかその手のものに向いてるっぽいですけど」

 

言って、そこでふと、先輩が生徒会長になろうと思ったのはなんでだろうと思い

尋ねてみることにした。

 

「そういや先輩。先輩ってなんで生徒会長になろうと思ったんですか?」

 

尋ねた俺の言葉に、先輩は驚いたような表情をすると下を向いてしまう。

そして俯いたままこちらにこそっと視線を向けると、ぽしょっと呟く。

 

「笑わない?」

 

もちろん笑ったりなんかしない。

先輩が生徒会長になろうと思った理由を俺は知らないけれど、その理由はどうあれ

責任を背負い込むという行為は賞賛されてしかるべきものだと思うから。

なのでなるべく真面目な声をだす。

 

「笑わないですよ。その、言いにくいことならあれなんですけど」

 

「や、そういうわけではないんだけどね。

その、いままで誰にも聞かれたことがなかったから、ちょっと驚いちゃって」

 

そういうもんなのかと思いつつ、「良かったら教えてください」とお願いしてみる。

すると先輩は照れくさそうに髪をいじりつつ、「じゃあ聞いてもらおうかな」というと

お茶を一口飲み、喉を潤してから口を開く。

 

「えとね、私、そうは見えないかもだけど、すごく人見知りして引っ込み思案なのね」

 

なにいってんだ、この人。

あんた文化祭のオープニングセレモニーのとき、体育館に集まった全校生徒の前で

「お前ら、文化してるかー!?」とかノリノリで叫んでたじゃん。

人前にめちゃ出てる引っ込み思案とかいないから。そもそも引っ込んでないし。

むしろその二つは俺のための言葉ね。わかる?

 

そんな気持ちがついうっかり顔に出てしまったようだ。

俺の訝しげな表情を見て、まったく全然信じてもらえてないことに気がついた先輩は

焦った口ぶりとともに、ぶんぶんと手を振りながら一生懸命自分がいかに人見知りで

引っ込み思案なのかを説明しだす。

もちろん、そんな事をする引っ込み思案がいないのは確定的に明らか。

 

「えっと、じゃあ仮に、先輩が人見知りで引っ込み思案だとしましょう」

 

「仮じゃないもん。ほんとだもん」

 

言って、拗ねたようにぷいっと顔を背ける先輩。

その姿はとても愛らしく、胸が詰まるようなそんな気持ちになってしまう。

こりゃあかん。下手したら惚れてしまうかも知れん。などと思いつつ口を開く。

 

「……その、人見知りで引っ込み思案な先輩が、なんで生徒会長みたいな

人前にでる仕事をしようと思ったんですか?」

 

言うと、先輩は「信じてないくせに」みたいな感じのジト目で俺をちろっと見てきたので

「信じてるわよ!」みたいな目で見つめ返す。

そんな俺を見て先輩は呆れたようにくすっと笑った。

 

「昔ね、おばあちゃんに、道を尋ねられるような人になりなさいって言われたことがあるの」

 

「道ですか?」

 

先輩は頷くと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「えっとね、道を聞かれるということは、服装や髪型がきちんとしていて、表情が穏やかで

姿勢が良くて、優しそうで、どこか頼れる雰囲気を持っているからって」

 

「それで、この人なら自分の話をちゃんと聞いてくれて、きちんと答えてくれそうだ。

そう思われるような人になりなさいって言われたの」

 

頼れる雰囲気はちょっと先輩にはないけれど、他は概ね持ち合わせていると思う。

 

「でもね。どうやったらそんな人になれるかわからなかったから

それじゃあとりあえず、自分の苦手な部分を克服しようとおもってね

それで人前にでることが多い、生徒会長に立候補したの」

 

なんか凄いなこの人。頭いいのか馬鹿なのかよくわからん。

強いて言うなら、レベル1でラストダンジョンに飛び込むタイプ。といってもいいかもしれない。

やっぱり馬鹿かも。それでも、こうなりたいと思って努力して、そうなった先輩は立派だと思う。

 

「先輩は、なれてると思いますよ。道を聞かれるような人に」

 

「そ、そうかな? なんか生徒会運営とか全然ダメダメだったような気がするんだけど……」

 

「ダメなんかじゃないです。とても立派でしたよ。

仮に、ほかの誰もがそう思わなくても俺だけはそう思ってますから」

 

言うと、先輩は驚いたように目を丸くして俺をじっと見てくるので、慌てて言葉を付け足す。

 

「や、えっと、その……。俺なんかにそう言われても、あれでしょうけど……」

 

言って、こそっと目を逸らす。

先輩が俺の話をきちんと聞いてくれるから変に勘違いしていたが

先輩と俺とじゃ、立ってる場所がまったく違うのだ。

なのになにを偉そうに、俺だけはとか……

俯いたままそんなことを考えて、ちょっとへこんでいる俺の耳に

先輩の温かな声が聞こえた。

 

「比企谷くん。比企谷くんは、なんかなんかじゃないよ」

 

先輩が言ってくれたその言葉に、俺は顔を上げることもできぬまま、

「ありがとうございます」と答えるのが精一杯だった。

 

 




作中の「んぐるわ会報」の第一話は試し読みできますので良かったら是非。

URL貼っていいのかな? 

http://sokuyomi.jp/product/nguruwakai_001/CO/1

次回タイトルは、「今さら、今なら、今しか」です。

それでは次回で

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