やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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今季アニメは見るものが多い。そんな理由で投稿が遅れがちになっております。




月明かりの下

月を背に暗い夜道を自転車で走る。途中コンビニを見つけたので、めぐり先輩とこれから

話をするのにあった方が良いかと思い、飲み物と軽くつまめるお菓子を買うことにした。

 

店内に入ると、ウォークインやお菓子が並んだ棚を物色するが、先輩の好みがわからず

何を持っていけば喜んでもらえるのかと迷ってしまう。

そこで、由比ヶ浜や一色が旅先のお土産やイベントのときなどに見せてくれた気配りを

真似て、味に偏りがでないように注意しつつ商品を買い物かごに入れていく。

飲み物は図書館の休憩所で先輩が飲んでいた紅茶があったのでそれにすることにした。

 

会計を済ませ店の外にでると、また自転車に跨って夜道を走ることしばし、

めぐり先輩との待ち合わせ場所である御宮の入口へと到着した。

隣接している公園に自転車を止めると、籠から取り出した買い物袋を片手に

公園と駐車場の間にある御宮へと続く急な階段を眺めてみる。

 

暗いな……。おい、真っ暗じゃねーか。

段下は街灯があるおかげで明るいが、上の方は闇に包まれている。

月明かりも、階段を両脇から覆い被さるように迫る樹木の葉によって遮られ

足元を照らしてはくれない。

 

こんな真っ暗なところを登るのか……。 

そう考えると少し不安な気持ちになるが、まさか上で待っている先輩に

下まで迎えに来て欲しいとメールをするのも気が引ける。

だって男の子だし、怖がりだと思われるのはちょっと恥ずかしい。

仕方がない、そう覚悟を決め石段を登りはじめる。

 

× × ×

 

建物の高さなら五階建て分くらいはありそうな長い石段を、手すりに掴まりながら

慎重によちよちと登っていく。足を運びながら俺は考えてしまう。

 

それにしてもこんなところにめぐり先輩はよく来てるのか……

そしてこう思う。これは先輩を叱らなくてはならないな、と。

年頃の女の子。しかもとても可愛らしい人なのだ。

普段の状況であっても、世の野獣どもが虎視眈々と先輩を狙っているかもしれない。

ましてや、夜の夜中に近所とはいえこんな人気がない場所に一人で来るとは……。

先輩の身になにかあってからでは遅いので胸は痛むがここは一つ

ビシッと先輩を注意しなければなるまい。

 

叱られること怒られることになら、俺は既に世界で通用するレベルに到達している。

逆説的に、叱ること怒ることも日本代表レベルくらいには達してると考えられる。

ならばこそ、今まで散々味わった、もとい味合わされた実体験からベストな叱り方を

チョイスすることなどお手の物である。

 

ふむ。年上の女性を叱るとなると……。ここはやはり、定番のあれだな。

深い思案の末、見つけ出した答えに俺は満足の吐息を漏らしてしまう。

これだ! と思う叱り方をチェイスすることが出来たのだ。

むしろ、それしか無いまである。

 

よーし、まってろよ、めぐりん! 今からお尻を撫で……違った、ペンペンしてやるぜ!

そんなワクワクする気持ちのせいか足取りも軽くなり石段をずんどこと登っていく。

すると段上の方は剪定でもしたのか、ここまではトンネルのように階段を包んでいた

樹木の枝葉も取り払われ、月明かりが行先を薄く照らしていた。

 

ほっとして、でも慎重にまた登っていくと、小さな、とても小さな歌声が聞こえる。

いつだったか、どこだったかで耳にしたような、そんな曲。

 

先輩が歌っているんだろうか?

むしろ違ったら誰が? と怖いことを考えてちょっとビビる。

足を止め、記憶を探るように少し目を瞑る。暫し黙考し、そして思い出す。

「恋のダウンタウン」 イギリスの女性歌手ペトゥラ・クラークの代表曲だ。

 

あれは確か俺と小町がまだ小さかった頃。

当時母親は専業主婦をしていて、俺たちの傍にいつも一緒に居てくれた。

そして音楽が好きな母親は料理や掃除など家事をする際、オールディーズの曲をかけては

曲に合わせて楽しげにそれらをこなしていたのだ。

 

そんな楽しげな母親の姿を見るのが俺も小町も大好きで、大好きだったからこそ

俺たち兄妹の今後のため母親が働きに出たことに、寂しい気持ちになってしまう。

 

それで拗ねた小町が家出をしてしまい俺が迎えにいったとき、帰りたくないとグズる小町に

普段からそう思っているが、両親その人には恥ずかしくて絶対言えないことを口にする。

 

「大好きで大切な人の為。

その為にしなくてはいけない事をして、そのせいでその人と一緒にいる時間が短くなってしまう。

そうやってそれでも俺たちの為に頑張ってくれている両親を、俺たちが悲しませたら駄目だぞ」

 

俺の言葉に、ポロポロと涙をこぼして「ごめんなさい」と謝る小町。

そんな小町を慰めながら二人で家へと帰ったことを思い出す。

なぜかその後、家出してない俺まで小町と一緒に両親に謝ることになったのだが。

まあお兄ちゃんだしな。妹に付き合って一緒に謝るくらいのことはしてやるべきだろう。

 

そんな事を思い出しながら、その綺麗な歌声に耳を澄ませつつ登っていくと

御宮の境内へと到着した。

 

 

 

× × ×

 

 

 

到着した境内をぐるりと見渡す。ちょっとした高台の上なので大した広さはない。

車を三十台くらい置いておける駐車場程度の広さだろう。

深い樹木に周りを囲われているが落ち葉ひとつゴミひとつなく綺麗に清掃され

きちんと管理されている様子。

 

そして、その中央に位置する本堂は大きな建物ではないがしっかりとした立派な造りで、

月の光に照らされたそれは、なかなか尊厳な雰囲気を醸し出している。

 

いい感じだな、ここ。繁華街から離れた住宅地のそのまた高台に位置している。

ここならば昼間であっても街の喧騒はそれほど届かないだろう。

今のような深夜ならなおさらである。神社仏閣が鎮座する場所として最適かもしれない。

 

そんな静謐な空気の中。と言いたいところだが、石段を登っていたときよりも傍に来たせいか

めぐり先輩の歌声が先ほどよりもはっきりと聞こえる。

 

……なんか、ノリノリで歌ってるな、あの人。

声は綺麗だし、歌い方も上手。なにより英語の発音のその流暢さに驚かされるが

もう少し場の雰囲気に合ったものを歌って欲しいとおもう。

 

なんで御宮で英語の歌をうたってるんだよ。そこは日本の歌をうたおうよ。

思いつつ、少し考えてしまう。

でも、夜の御宮に合う曲ってなんだろう。お経か? 怖えーな、それは……

そんな思案に耽りながら、邪魔をするのも悪いので歌い終わるまで待つかと思い

先輩の歌声に静かに耳を傾けていると、ちょうどサビの部分に差しかったようだ。

先輩がさらにノリノリになったのでもっとよく聞こえるようそちらへと足を踏み出す。

すると石畳から砂利が敷き詰められた場所へと入ってしまい、不躾な音を立ててしまった。

その音で先輩の歌声もピタリと止まってしまう。しまった……と思ったが、後の祭り。

「夜間ライブ、めぐりん in 御宮」を邪魔をしたようで申し訳ない気持ちになってしまう。

 

謝りに来たのにさらに謝ることを増やしてしまった……

そんな居た堪れなさで立ち竦む俺に、ほんわかした声がかかる。

 

「比企谷くん?」

 

本堂の右側。たぶん庭になっているのだろう。左側よりひらけた感じになっている。

その薄闇の中に小柄な人影が立っていた。

 

「そうです。すいませんお待たせしちゃって」

 

「や、そんなことないよ! 思ってたよりずっと早いよ」

 

先輩はほわっとした声で言うと、建物の影で他より暗くなっている場所から俺のいる場所へと、

ててっと小走りで寄ってくる。

ちょうどそこへ強い風が吹く。それで空に浮かぶ雲が流れたのか

その雲が隠していた月の光が境内を明るく照らす。

 

月明かりの下。先輩の姿を見た俺は思わず息を呑み込む。

図書館や家へ来たときに見た先輩の私服姿は、品が良くお淑やかで可愛らしかった。

ただ今日は時間も時間だし俺がそうなように先輩もラフな格好だろうと思っていたのだが

その予想は嬉しい方向に覆される。

 

めぐり先輩の肌白く小柄な肢体を包むそれは、薄橙色の品の良い古典柄が入った旅館浴衣と

呼ばれるもので、さらにそれの上には薄手で濃緑色のこちらは柄無しの羽織を掛けていた。

髪もいつもはお下げ髪に前髪をピンで止めてつるりとした可愛いらしいオデコを出しているが

今はお下げ髪をしておらず、前髪はそのまま右側に流すような感じにしている。

そして普段も化粧が薄い、というより化粧っけがあまり無い人ではあるものの、

今は完全に素っぴんなのだろう。いつもよりずっと幼い感じがした。

 

そんな、あでやかなのにあどけないと言いたくなるような艶やかな装いで

たおやかに佇んでいる先輩の姿に、俺は目が離せなくなってしまう。

吐息が漏れる。美しい女性の浴衣姿を見慣れているとは言わないが、

これまでだってそれなりには見てきたはず。なのに、どうしてこんなにも……

 

そうして、胸が締め付けられるようなもどかしい気持ちで何も言えずにいる俺に

先輩はその薄紅色の唇を開いて語りかけてくるのだった。

 

 

 

 




次回タイトルは「大人になって気付いたこと」です。

それでは次回で。

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