やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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今まで大体ですが三話ずつ交互に、めぐり先輩と一色の話を書いていますが
ここから今回の分合わせて六話くらいめぐり先輩のターンになります。
当分いろはすさんの霊圧は消えちゃいます。二章終盤にまた出てきますので
気長にお待ちいただけると幸いです。





夜更しの理由

『過去を変えたいと思う気持ちが後悔。未来を変えようとする気持ちが反省』

 

ふと、その一文に目を留めた。勉強会を終え、家に帰った俺がベットに腰をおろし

めぐり先輩へ送るメールの文面に思い悩んでいた最中のことだ。

書いては消し消しては書いてを繰り返す俺の目に、先輩が貸してくれた本が映る。

そっと手を伸ばしパラパラとページを捲っていると、その一文が記されていた。

 

今の俺の気持ちは、一体どっちだろう?

 

本を閉じて、そのままベットに倒れ込む。静かな室内にスプリングが軋む音が微かに響く。

仰向けに寝ていると照明が眩しくて、窓のほうへと顔を向けた。外は既に暗い。

 

ため息に似た吐息が漏れる。伝えたい事。伝えなければならない事はわかっている。

それなのに何故文章が纏まらないのか。たぶん俺は、メールでなんか伝えたくないのだ。

先輩の顔を見て、口にしなければならないと思うから。

 

目を閉じてそんな思案に耽っていると携帯が鳴った。テーブルに置きっぱなしの携帯を取り

画面を見るとメールが一通。差出人は一色のようだ。

 

メールを確認すると『いま家に着きました!』と書いてある。

こういう場合、なんて返せばいいんだろう。

メールに慣れていないのもあるが返事に困る。

『よくやった!』とか『無事か?』と書くべきかしら? と考えたが

それはアニメだと死亡フラグだなと思い、『お疲れ』と書いて送る。

 

これなら大丈夫。そんな一仕事終えた気分でベットに戻る。

ごろりと横になり窓の外を眺めながら、一色を駅まで送った帰り道。

彼女が口にした言葉を思い出す。

 

 

× × ×

 

 

勉強会を終えた俺たちは校舎を出る。

すっかり日は暮れており、部活をしていた連中も切り上げてしまっているようで

中庭のあたりはとても静かだった。

その中庭を歩きつつ、隣を歩く一色に声をかける。

 

「一色。もう大分遅いから、駅まで送るぞ」

 

「あ、はい。ありがとうございます。その、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

言うと、一色はぺこりと頭を下げる。そして顔をあげるとにぱっと笑う。

その笑顔に頷きを返し、からから回る自転車を押しながら二人で駅まで向かう。

街灯がぽつぽつと頼りなく照らす暗い夜道を歩いていると

一色が口に手をやり、ふあ~っと大きな欠伸をする。

 

「眠そうだな」

 

言うと、一色は欠伸を見られて恥ずかしかったのか、照れたようにこそっと顔を逸らす。

 

「や、えっとですね。最近、遅くまで勉強頑張ってるんで、ちょっと寝不足なんですよね」

 

「勉強も大事だが、体も大事だからな。ちゃんと寝ないと駄目だぞ」

 

「そうなんですけどね。元々文系得意じゃないのもあって、

あれやらなきゃこれもやらなきゃと思うと、なかなか寝付けなくって」

 

似たような事を今年の冬、受験を控えた小町が言ってたな、と思い出す。

あの時小町に掛けたような、なにか気の利いた言葉でも、と思案していると

一色が疲れたような吐息を吐く。

 

「それと、なんですけど。間に合わなかったらどうしようとか考えちゃうんですよね」

 

「間に合わないって、まだ二年の夏だろう? 充分、受験には間があると思うが」

 

俺の言葉に、一色は半歩前に出ると、少し前に屈んで俺の顔を覗き込む。

 

「先輩。そっちじゃないですよ?」

 

そっちじゃないなら、どっちだよ? と視線で問いかけるが、

一色は答える気が無いのか全然違うことを口にする。

 

「でもですね。今日は満足してるんで、きちんと寝れそうです」

 

まあ寝れるならいいけどね。と思いつつも、変な言い回しだなと感じた。

そんな俺の訝しげな表情を見て、一色は可笑しそうに微笑むと口を開く。

 

「えっとですね。うちのおばあちゃんが教えてくれたんですけど……

先輩は、夜更かしする理由ってご存知ですか?」

 

ふむ。夜更しの理由か。

あれでしょ? 見てなかった前シーズンのアニメの録画を見てみたら

意外に面白くって、次の日学校があるのに全話見ちゃうとか、違う?

 

などと思っていたが、俺は今をときめく高校生なのだ。少年の心を忘れないのは

素敵なことだが、年頃の男子が徹夜で「SHIROBAKO」を見ていたとは言いづらい。

絵麻ちゃんのエンゼル体操が可愛くってな、つい。と考えていると、

一色は俺が答えを探せなかったと思ったらしい。話の続きを口にする。

 

「あのですね。夜更かしする理由は人それぞれ色々あると思いますけど

その一つに、今日に満足していないからだって言ってました」

 

一色の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。まさに昨日の夜の自分がそうだったからだ。

そしてその横顔に視線を向けると、一色は街灯の明かりで大きく伸びた自分の影を見ながら

ゆっくりと言葉を続ける。

 

「充実した日は、ぐっすり眠れるじゃないですか。

夜更かししちゃう時ってきっと、満たされていない分を取り返そうとしているんだと思います」

 

「そうですね……例えばですけど。好きな人に気持ちを伝えられなかった時とか

ありがとうやごめんなさいを、きちんと相手に言えなかった時とか」

 

すとんと胸に落ちてくる、一色の口にした言葉。

そして、夕日に赤く照らされたその姿は、なんだかとても大人びて見えた。

 

「……そうかも、知れんな」

 

答えた俺の声に、一色は顔をあげると、こちらにこそっと視線を向ける。

 

「私、今日は今日に満足出来てるんです。だからゆっくりと寝れそうです」

 

一色はぽしょっと呟くように言うと、照れたように微笑んだ。

 

 

× × ×

 

 

その時見た一色の笑顔を思い出しながら、俺も今日に満足したいと思ったのだろう。

それまでは、うじうじぐだぐたしながら書いていたメールを一気に書き上げる。

だが、感想やらなんやらで五百文字を超える長文を書いてしまう。

いくらなんでもさすがにちょっと長すぎたので要点だけ纏めることにする。

 

『お借りした本拝読させて頂きました。とても面白かったです。

読んだことのない作家さんでしたが、他の作品も読んでみたいと思えました』

 

言いたいことを纏めてみたら、たったこれだけになってしまった。

五百文字とは一体なんだったのか……

 

まあいい、とりあえず送ろう。これはいってみれば牽制のジャブのようなもの。

ここから上手く話題を広げて、先輩に渾身のストレートを叩き込む。

いや、叩き込んじゃ駄目だな。先輩と直接会う約束を取り付けなきゃ。

でも俺、今までまともに女子を誘えたことないんだよなぁ……と過去の痛々しい記憶が蘇る。

 

そうして爆弾処理の隊員が赤と青のコードを悩みながら切断するような気持ちで、

送信のボタンをポチっと押す。ふぅ、これでよし……。

 

携帯をテーブルに戻し、どっこいっしょといって立ち上がる。

緊張したらトイレに行きたくなってしまった。ちょっくら行って来ようかね。

と思っていると、携帯が鳴った。

 

ちらっと画面を見ると、どうやら電話のようだ。

携帯を手に取ると、なんと先輩からの電話。ど、どうしよう……

なんであの人、メールに電話で返事を返そうとするのかね。

正月に年賀状を出したら、早過ぎる暑中見舞いが来た気分。

だがここで知らんぷりをするのは余りにも失礼。

ある意味こっちから話しかけたようなものだし。

 

そして以前、親父に聞いた話を思い出す。

親父が大学生の頃。当時の親父が好きだった女の子に携帯の番号を教えて欲しいと

頼んだら、「いいよー!」とにこやかに微笑んで教えてくれたらしい。

 

しかしいつ掛けても、「プー、プー」と通話中。不思議に思って友人に相談したところ、

それは着信拒否された状態だということ。

 

「電話してね♪ で着信拒否って酷いよな……」

 

そう言った親父の悲しげな顔を、俺は今でも忘れられない……

 

先輩に親父と同じ気持ちを味あわせる訳にはいかん! と思い

俺は少しだけ緊張しながら電話に出るのだった。

 

 




次回タイトルは「三人の子供」です。

それでは次回で。

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