やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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理由

ひいろを見送って駅から出ると、駅前は帰宅する人や買い物客、部活帰りの学生などが

多くいて騒がしい。そんな中、俺たち四人は人ごみを抜けて広場に出る。

 

めぐり先輩は友美と手をつなぎ、俺は留美と肩を並べて歩道をゆっくりと歩く。

歩きながら先輩にひいろのことを楽しげに話す友美。

その三歩後ろで、俺は留美に忌々しげに罵られていた。

 

「ひいくんてね。とってもやさしいの!」

 

「八幡てさ、とってもやらしいよね」

 

「ひいくんはね。友美にいろんなこと、お話してくれるの!」

 

「八幡はさ、女の子にいろんなこと、してそうだよね」

 

「ひいくんにね。今度、動物園に連れてってもらえるんだ!」

 

「八幡。今度はいつ、女の子を家に連れ込むの?」

 

おかしいぞ。似たような言い回しなのに内容が余りにも違いすぎる。

友美の言葉に笑顔を浮かべ楽しそうに相槌を打つめぐり先輩。

その三歩後ろで留美の言葉に冷や汗を浮かべ戸惑いながら言い訳する俺。

どうなってんのこれ!

 

言いたいことを言うだけ言った姉妹二人。

友美はふんふんっと上機嫌に鼻歌を歌い出し、留美はふんっとご機嫌斜めな様子で顔を背ける。

なんとか留美に機嫌を直してもらおうと、恐る恐る話しかける。

 

「留美も中学生になったんだよな? 中学はその、どんな感じだ?」

 

すると留美は足をぴたっと止め俺をちろっと見る。俺も留美に合わせて足を止める。

 

「……少しだけど、話せる子ができた」

 

「よかったじゃねーか。友達、できたのか?」

 

「友達……なのかな。よくわかんないや。ほんとにちょっと、話すくらいだし」

 

「会話なんかちょっとでいいんだよ。むしろ少ないほうがいいくらいだ」

 

「そうなの?」

 

「うむ。多くていいのは、そうだな……。

ラーメンのチャーシューの枚数と、毎月もらうこずかいの金額くらいだ」

 

いうと、留美はしばしきょとんとしていたが、少ししてふっと呆れ笑いを漏らした。

 

「……なにそれ、……ばっかみたい」

 

小さな笑顔でそういうと歩き出したので、俺も留美の歩調に合わせて歩を進める。

いつぞやか似たようなやり取りを留美としたなと思っていると

留美が何か考えるよう髪を弄る。

 

「友達とさ知り合いって、どうやって区別するんだろうね?」

 

留美の言葉に俺は口篭ってしまう。

ほんと、どこで、なにで、その二つは区別されるのだろう。

そう思っていると、前を歩くめぐり先輩がくるりとこちらに振り向く。

そして留美の言葉に何も答えを返せない俺の代わりに、優しい声で答えてくれた。

 

「留美ちゃん。私が前にね読んだ本に書いてあったんだけど。

えっとね、理由がないと会わないのが知り合いで、理由がなくても会えるのが友達なんだって」

 

「だから留美ちゃんとその子が、今は理由がないと話ができなかったとしてもね、これから

理由がなくても話ができるようになっていければ、その時には友達って呼べるんじゃないかな」

 

先輩の言葉に、俺と留美がほーと感心混じりの声を出すと、先輩は恥ずかしくなったのか

照れたような笑みを浮かべ頬を掻く。

そこへ友美が自分の相手をしてとばかりに先輩の袖を引いたので、先輩は俺たちに柔らかく

微笑むと友美の話に耳を傾ける。

そんな二人の仲良さげな後ろ姿を眺めつつ、留美と二人、とぼとぼ歩いていると

今度は留美の方から話しかけてきた。

 

「その子とはね、同じ高校を目指してるのがわかって、それで話すようになったんだけど」

 

「もう高校のこと考えてるのか。留美はまだ一年生だろ? ちょっと早くないか」

 

「でも進学校だから、早いうちに対策しないと入れなさそうだし……」

 

「どこ目指してんだ?」

 

「……総武高校」

 

「うちの学校か。まあここいらじゃ一番偏差値高いからな。で、入れそうなのか?」

 

俺の問いかけに、留美は困ったような表情を浮かべ俯いてしまう。

そして、ぽしょっと小さな声で呟く。

 

「他の教科は大丈夫なんだけど、数学が、ちょっと苦手で」

 

数学か……。ほんと文科省のお偉いさん、数学廃止に動いてくれないかしら。

泣いてる子もいるんですよ! と匿名で手紙でも送るべきか? と考えていると

留美は内緒話するように、さらに小さく呟く。

 

「八幡はさ、数学、得意?」

 

ふむ。得意か苦手かで聞かれれば苦手と答えざる得ないが、得意か? と聞かれれば

一色(姉)の力で、これから俺は急成長を遂げるのでそれを考慮して答えねばなるまい。

 

「まあ、得意だぞ」

 

キリッとした表情でそう答えた俺に留美は尊敬したようなきらきらした瞳を向けてくる。

ちょ、まって、そんな目で俺を見ないで。良心の呵責で俺、死にそう。

 

そんな苦悩に満ちた俺の内心を知らない留美は、恥ずかしげにもじもじしながら

とんでもないお願いをしてきた。

 

「なら八幡。その、時間がある時でいいんだけど。私に数学を教えてくれないかな?」

 

「お、おう。で、でもなあ……、俺もそう、そうだ、受験? だしさ、ね?」

 

なんとか言葉巧みにこの場を切り抜けようと、得意の言い訳スキルを発動する。

だが悲しげな顔になった留美を見ると、俺のお兄ちゃんスキルがオートで発動してしまう。

 

「ま、まあ、あれだ。俺に任せとけ」

 

とんと自分の胸を叩き、表面だけ自信ありげにいうと

留美はぱあっと花咲くように笑顔になる。

そして礼儀正しく「お願いします」というと、ぺこりと頭を下げる。

 

や、やべえ……、まじやべえ……。

ちょっと本気で一色から数学を教わらないと、これ、まじでやばくね?

 

そんな動揺に満ちた心の内が顔に出ないよう表情を取り繕いつつ

互いに連絡先を知らない留美と携帯の番号とアドレスを交換する。

そうこうしているうちに留美の家に到着し、姉妹二人とさよならの挨拶を交わすことに。

 

「送ってくれて有難うございます、城廻さん。あと、八幡も有難う」

 

「おくってくれてありがとー、めぐりお姉ちゃん。おまけで、はちまんもありがと」

 

笑みを浮かべ二人の頭をいい子いい子とばかりに撫でてお別れする先輩の後ろで

俺もうむっと頷く。

ちょっと俺の扱いが悪い気もするが、俺も大人な男だ。

こましゃくれで小生意気な二人にも優しく声をかける。

 

「友美。ひいろとこれからも仲良くするんだぞ。ただな、小学生らしい付き合いで、だぞ」

 

だからお前ら、キスとかしてんじゃねーぞ。の意味を含ませながら言うと、友美は

「わかった。はちまん!」と元気に返事をかえしてくる。うむ、素直でよろしい。

そして視線を横へ留美に移すと、照れくささで頭をがしがし掻く。

 

「留美、そのなんだ。勉強のこと以外でも困ったことがあったら連絡しろよ。

助けになれるかわからんが、話を聞くくらいなら俺でもできるからな」

 

いうと、留美は道路に視線を落とし、こくりと、小さく頷いた。

 

「困ったことだけじゃなく嬉しいことがあったら、その、連絡する」

 

留美は呟くとふいっと顔を逸らすので、その整った横顔に「おう、いつでもしてこい」と

微笑み混じりで返事をかえす。

 

そうして、気恥ずかしげに小さく手を振る留美と元気一杯に両手をぶんぶん振る友美に

見送られながら、俺たちは先輩の家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めぐり先輩の家は、鶴見姉妹の家から歩いて五分ほどの距離にある。

子供二人の歩調に合わせゆっくりと歩いていたそれまでと違い、普段通りに足を運べば

もうすぐそこに、先輩の家が見えてくる。

今日、考えてみれば、さよならの言葉を口にしてばかりな気がする。

一色。ひいろ。留美に友美。そして最後に、めぐり先輩。

 

最後に何か気の利いた言葉でもと思い、口を開きかけるが、先輩の顔を見ると

頭に浮かぶ言葉が上手く掴めずにどんどんすり抜けてしまう。

結局、何も言えず押し黙ってしまった。

 

そんな俺を、先輩は困ったような顔で見ていたが、なにか思いついたように

「あっ」と小さく呟く。

そして「比企谷くん。ちょっと待っててもらっていいかな?」と尋ねてきた。

頷くと、先輩はとてて走り出し家の扉を開けると中に入ってしまった。

 

なんだろう? とそわそわしながら待つこと五分。俺が少し焦れだした頃。

扉が開き、先輩は肩でふうふう息をしながら俺の前へと戻ってきた。

 

「比企谷くん、遅くなってごめんね。これ、よかったら」

 

いうと、一冊の本を差し出してくる。

 

本を受け取るが、どうしていいのかわからず戸惑った顔で先輩を見つめてしまう。

すると先輩は、困ったようにおさげ髪を弄り始める。

 

「さっき話した友達と知り合いのお話が載ってる本なんだけどね、良い話だから

比企谷くんもどうかなって、その、思って……」

 

いうと、ふうっと吐息を漏らし、俺をじっと見つめてくる。

借りたものを返す。そんな先輩と会える“理由”ができたことに嬉しく思いながら

お礼の言葉を口にすると、先輩は嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「おやすみなさい」と告げ、先輩と同じ街灯の下から歩き出し、次の街灯の下に着いた俺の背中に

先輩の柔らかな声がかかる。

その声に振り返ると先輩は街灯の灯りにぼんやりと照らされ、驚く程儚げに見えた。

 

「比企谷くん。さっきの言葉にはね、続きがあるの。

えっと、理由を作って会いたくなる、なんだけど……」

 

「私たち、そんなふうになれるといいね」

 

先輩はいうと「おやすみなさい」と口早に付け足し、家の中へ走り去ってしまった。

 

意味が分からず戸惑いながらも、先輩とまた会えることを楽しみにしながら

俺は家へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

家に着いた俺はベットに横になり、先輩が貸してくれた小説に目を通す。

百頁ほどの短編集なので、あっという間に最後の話まで読み進める。

これまでの話になかったから、この話に先輩が口にした言葉があるのだろう。

 

とそこへ、メールが届く。見てみると留美からのようだ。

なにかしら? と見てみると、タイトルに『嬉しいことあったよ』と書いてあり、

どれどれと中身をみると『ありがとう。八幡』とだけ書いてある。

首を捻りつつ、『よかったな』と返事を返す。

 

そうして本の続きを読み始め、読み終える。

その夜、俺は殆ど眠れぬまま朝を迎えるのだった。

 

 

 




理由のお話。

理由がないと会わないのが知り合い。理由がなくとも会えるのが友達。
そして、理由を作って会いたくなるのが好きな人です。

それでは次回で。

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