やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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ひいろと友美

話を聞くと、留美は二つ下の妹と家に遊びに来ていたその彼氏を連れて、

俺たちとは逆に駅へと向かう途中だったらしい。

男の子が口にしたその名前にもしやと思い、姉がいるか尋ねてみる。

するとその子は、予想した通り一色の弟だった。

俺と先輩は、まさかこんな所で一色の弟に会う事になるとは思ってもみなかったので

顔を見合わせ驚いてしまう。

 

ほほう、これが一色の弟か……。

髪が短髪なとこと年相応の幼さはあるが、確かに一色と面差しが似ている。

まあ言ってみれば目鼻立ちが整ったイケメンということだ。

しかも小学生で彼女持ち。さらに一色が言っていた通りならば、

ガキの分際でキスまでしてる女たらしである。つまり俺の敵だ。

 

とそこへ、めぐり先輩が「こんな遅くに子供だけだと、危ないよ?」と

留美たちを優しく注意する。

そしてお小言とともに指を繰り出し、留美のオデコをつんっと突く。

でこつんされ戸惑った様子の留美。

きっと今、彼女の脳波は怪しくなっているだろう、俺もそうだったし。

思いつつ、留美に事情を尋ねてみる。

おデコを照れくさそうにさすりつつ留美がへどもどしながら言うには

留美の両親二人とも今日は法事で留守との事。

そして、ほんとはもっと早くひいろを送ろうとしたのだが、友美がごねて

こんな時間になってしまったらしい。

 

このまま知らんふりもあれなので、とりあえず一色にメールで連絡をとってみる。

少し待つと、一色が駅まで戻りますと返事を返してきた。

ひいろにその事を伝えると、ひいろは一人で平気ですと友美をちらちら伺いつつ言う。

 

そんなひいろの姿に俺は思わず微笑んでしまう。

ははーん、こいつ、彼女の前でカッコつけたいんだな。

思春期というには早いかも知れないが、まあ気持ちはわからんでもない。

 

でも危ないよ~と、ひいろを優しく窘める先輩にその事を耳打ちすると

先輩も「あ~なるほど~」と言い、にまっと笑って納得してくれる。

でもやっぱり危ないよね、と心配げな先輩とひいろの間に立って

俺は折衷案を口にしてみる。

 

「なあ、ひいろ。今から俺とめぐり先輩も一緒に、お前たち三人を駅まで送るから

そこから一人で電車に乗って千葉までいけるか?」

 

言うと、ひいろは緊張した面持ちで頷く。

その表情を見て、今日一色があんなに早く駅に来ていたのはもしかして

ひいろと一緒に来たからだろうか? と考える。

 

「ならお前の姉ちゃんもう少しで千葉に着くみたいだから、姉ちゃんに千葉で待っててもらって、

そこから一緒に家に帰れ。携帯はもってるか?」

 

俺の言葉にひいろは頷きながら携帯を見せてくるので、俺は頷き返し

その旨を一色にメールで知らせる。

 

「めぐり先輩。ひいろを駅まで送ったら、留美と友美を二人の家まで送ろうと思うんですけど

いいですか?」

 

「うんうん、いいよ~。留美ちゃんたちもそれでいい?」

 

先輩の言葉に、申し訳なさそうに頷く留美とにぱっと笑って元気に返事をかえす友美。

ふむ。見た目こそ似ているが、だいぶ性格は違うらしい。

ひいろのほうも姉の特徴である図々しさが全く見えず、謙虚なナイスボーイという感じで

なかなか好感がもてる男の子だ。彼女もちというのが癇に障るが。

 

などと思っていると、一色からメールが来た。

内容を確認すると、やはり一緒に駅まで来ていたようだ。

そしてひいろは、もうとっくに家に帰っていると思っていたらしい。

 

弟が長居して申し訳ないと留美に伝えて欲しいとあり、弟には千葉で待っていると

いってもらえると助かります、と書かれていた。

伝えとくとメールを送り留美にその事をいうと、留美は慌てた様子でこちらこそと謝ってくる。

それに頷きを返し、ひいろのほうへ視線を落とす。

すると、ひいろは友美と手をつないで楽しそうにごにょごにょと話をしていた。

やっぱりこいつ、俺の敵だな。

 

「ひいろ。お前の姉ちゃん千葉のモノレール乗り場で待ってるって言ってるから

千葉に着いたら連絡入れろよ」

 

「わかった、はちまん」

 

「ひいくん。気をつけてね」

 

「大丈夫だよ。ともちゃん、ありがとね」

 

「なんなら俺だけでも電車に乗って、千葉まで送っていくぞ?」

 

「はちまん。ひいくんはしっかりさんだからへいきだよ。 ね、ひいくん」

 

友美の言葉に、ひいろは照れたような笑みを浮かべる。

俺はそんなひいろをうっかりさんになってぽかーんとぶん殴りたくなっていたが

めぐり先輩と留美、そして後日一色に怒られそうなので我慢することにした。

とそこで、めぐり先輩がひいろと友美に向かって両手を差し出す。

 

「それじゃあ、ひいろくん、友美ちゃん。

おくるまが危ないから、お姉ちゃんと手をつないで歩こうか!」

 

先輩の言葉に、二人はにこぱーとした笑顔で元気一杯の返事をかえす。

 

「は~い、めぐりおねえちゃん」

 

「ありがとうございます。めぐりお姉さん」

 

そして二人は先輩の手をそれぞれ取ると、先輩を真ん中に三人並んでてこてこ歩き出す。

その後ろ三歩ほどの距離をあけて、俺と留美も並んで歩きながら駅へと向かう。

小学生二人の歩調に合わせゆっくりと歩いていると、前を歩く三人の声が耳に届く。

 

「も~、ひいくん。めぐりおねえちゃんの手、そんなギュッとしたら、やなの!」

 

「や、ともちゃん。僕、そんなギュッとしてないよ……」

 

「え~、ひいろくんひどいな~ わたしの手、ぎゅっとするの嫌なの?」

 

二人の会話に割って入り、なかなかの煽りスキルを発動するめぐり先輩。

 

「い、いえ、そういう訳じゃないんですけど……」

 

「も~、ひいくんのうわきもの~!」

 

友美は拗ねたようにいうと、ぷくっと頬を膨らませる。

友美の態度にあたふたして困っているひいろ。

そんな二人のイチャラブぷりにぐぬぬっーと心の中で唸っていると、

留美が小さくため息をこぼす。

 

「留美。あの二人、今日一日ずっとあんな感じだったのか?」

 

「ともちゃ……友美が、通っている塾でひいろくんに一目ぼれして告白したみたいなの。

それで先々週くらいから付き合いだしたんだって」

 

「お父さんもお母さんも留守だったから、私が面倒みてたんだけど

見ててわかるでしょ? 朝からずっとあんな調子で……」

 

留美は言うと、げっそりとした顔で疲れたようなため息をつく。

留美の言葉に相槌を打ちつつ、先々週か……と考える。

丁度定期試験の真っ最中で、朝早くから夜遅くまで勉強をしていた時期だ。

俺がうんうん唸って勉強していた時に、あいつらはきゃっきゃうふふと

いちゃいちゃしてたのか。

ふむ……。確かもう少し歩いたところに川があったよな。

アツアツな二人を少し冷ましてあげないと熱中症になってしまうかも知れん。

ここは一つ……と思っていると、留美が俺の名前を呼ぶ。

 

「八幡はさ、その……、今日はデートだったの?」

 

ぽしょっと呟くと、前を歩くめぐり先輩の背中に視線を向ける。

 

「や、違うぞ留美。ひいろの姉ちゃんもいたし。うちに来て、三人で映画を観ただけだ」

 

「デートじゃんそれ。しかも二股? 八幡サイテー」

 

留美は軽蔑したように冷めた声でいうと、ふいっと顔を逸らす。

その言葉に、留美の後頭部、というか頭頂部に見える可愛らしいつむじを眺めながら

俺はゾクゾクしていた。いいねこのプレイ。

 

打たれまくってあらゆる事に耐性を持つ俺だが、そんな俺にも弱点はある。

俺の体と心が美少女の罵詈雑言には滅法弱い仕様ということ。

だがそれはご褒美という体質なので大丈夫といえば大丈夫でもある。

そんな事をつらつら考えていると駅に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び訪れた駅の改札口。今度は一色の弟、ひいろを見送る。まあ主に友美が。

現代版ロミオとジュリエットみたいに別れを惜しむ二人。

めぐり先輩は瞳をウルウルさせて見守っているが、

俺と留美はしらっとした目でそんな二人を見ていた。

 

「ひいくん、また塾であえるよね」

 

「大丈夫だよ、ともちゃん。また火曜日にね」

 

「うん……。でも、メールしてね」

 

「わかってるよ。ともちゃん」

 

などとかれこれ五分以上、同じようなやり取りを交わしている。

いい加減うんざりしていると電車の到着を知らせる構内放送が流れた。

手をつないで別れを惜しむ二人をなんとか引き離し、さっさとホームにいくよう

ひいろを促していると、悪役になった気分になる。

 

何度も振り返り手を振るひいろに、友美と先輩は律儀に手を振り返す。

そんな二人の後ろで、俺と留美はげっそりとした表情を浮かべていた。

ひいろがホームへあがる階段をのぼりその姿が見えなくなると、

名残惜しむ友美の手を引いて駅から出る。

 

そうして俺たち四人は、今度は留美と友美の家へと向かうのだった。

 

 

 




それでは次回で。

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