やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

21 / 93
作品のプロットを建てたときを思い返してみると、秒速を観ていない人がいる。
そんな大事な事を全く考慮していなかった事に気が付きました。
別れをテーマにした「物語」を観て、それを切っ掛けに動き出す三人を書きたかったのですが、
なんか販促っぽくなってしまってすいません。






コスモナウト

『桜花抄』が終わり、第二話『コスモナウト』へと物語は進む。

 

明里との再会を果たした雪の一夜。月日は流れ五年後。

 

舞台は鹿児島の種子島へと移り、貴樹は俺と同じ高三になっていた。

高校から始めた弓道。朝一番で独り矢を放つ事が日課になっている。

 

そんな貴樹に想いを寄せる少女がいた。名前は、澄田花苗。

文学少女らしいおとなしめの雰囲気をもつ明里とは反対に、サーフィンを趣味とする

明るく元気で活発な女の子。彼女の視点で物語は進む。

 

中二の始業式。転校してきた貴樹に一目惚れして以来、今までずっと想いを寄せる花苗だが、

奥手なためその想いを伝えることが出来ずにいた。

 

そんな彼女のささやかな楽しみ。それは貴樹の部活が終わる時間に合わせ

偶然を装い単車置き場で貴樹に出会う事。

そして花苗は、貴樹からの「じゃあ、一緒に帰ろうか」の言葉を楽しみにしている。

 

男女の区別なく接し、皆に平等で穏やかで優しい。でも本心はよくわからない。

そんな評価を周囲の人たちから受ける貴樹は花苗の望む言葉をいってくれる。

 

それが嬉しい半面、その事が花苗の想いを告げる障害にもなっていた。

自分にだからそう言ってくれるのか誰にでもそう言うのか、花苗には判断できなかったのだ。

 

それでも貴樹からの誘いの言葉に

 

「もし私に犬みたいな尻尾があったら、きっと嬉しさを隠しきれず

ぶんぶんと振ってしまったと思う」

 

「ああ……私は犬じゃなくてよかったなぁ、なんて、ほっとしながら思って、

そういう事に我ながら馬鹿だなーと呆れて、それでも遠野君との帰り道は幸せだった」

 

と思えるくらい幸せの日々を過ごしていた。

 

しかし時間は止まっても待ってもくれない。

季節も秋口になると花苗の周囲も進学や就職にと慌ただしくなる。

 

進路が決まらず、自分の想いを伝えられない事に花苗は焦っていた。

見えない明日。周囲との温度差。貴樹への想い。

 

花苗の回想が始まる。

貴樹と同じ高校に行きたくて夜遅くまで頑張って勉強したり、何とか同じ高校に入り

ほんの少し話せたことや傍に近づけた事に一喜一憂する姿が映し出される。

その度、俺の隣で一色がため息に似た吐息をつく。

 

こうやってみると、一色と花苗の境遇はどこか似ているんだよな、と思う。

想い人の葉山と離れたくないからと苦手な文系を頑張って勉強していたり、

そばに居られる理由を作るためにサッカー部のマネージャーをやったりとか。

 

そういや、サッカー部のマネージャーはどうなったんだろう?

冬は寒いじゃないですかー! といって顔を出してなかったはずだが、

夏は暑いからで顔を出していないんだろうか?

気になったので尋ねてみる。

 

「なあ、一色」

 

「静かに」

 

俺がいうと、ノータイムでめぐり先輩の声が飛んできた。

我が家でまさかの私語厳禁……。どんだけ集中してるんですか、先輩。

 

すいませんと声を出すのも憚れるほどモニターを注視している先輩の姿は、

ディスティニーランドでの雪ノ下を彷彿させるものがある。

 

すると、ちょいちょいと袖が引かれたので振り向くと、一色が可笑しそうに笑いながら

人差し指を唇に当て、しーっとしてくる。

一色に頷きを返し、俺も映画に集中しようと視線をモニターに戻す。

 

放課後の帰り道。貴樹と花苗は風力発電の風車がゆっくりと回転する草原で、

すぐそこまでに迫っているこれからについて言葉を交わす。

 

「ねえ、遠野くんは受験だよね」

 

「うん。東京の大学を受ける」

 

「東京……。そっか、そうだと思った」

 

「どうして?」

 

「遠くに行きたそうだもん。なんとなく」

 

「そうか……澄田は?」

 

「私? ……私、明日のこともよくわからないんだよね」

 

「誰だってそうだよ」

 

「えっ、うそ! 遠野くんも?」

 

「もちろん」

 

貴樹の言葉に花苗は驚く。

貴樹を大人っぽい男性として見ていた花苗には、その言葉は意外だったからだ。

 

「迷いなんて全然ないみたいにみえる」

 

「まさか……迷ってばかりだよ」

 

「俺はできることをなんとかやっているだけ。……余裕ないんだ」

 

貴樹の言葉の真意は花苗にはわからない。

ただ自分と同じように貴樹も迷っている事に、自分だけが周囲から取り残されているような、

そんな不安な気持ちでいた花苗は嬉しくなる。

 

俺も初めて観たとき、その迷いは単に新しい場所へと移る不安のようなものだろうと思っていた。

その後、漫画や小説を読んで知ったその本当の意味に、明里が最後に送った言葉が

その意図するところとは反対に彼を苦しめてしまった事に哀しくなってしまう。

 

明里と別れたあの日、貴樹は二つの事を誓った。

 

いつかずっと先でどこかで明里に会えた時、彼女に対しても自分に対しても

恥ずかしくないような人間になっていたいという事。

そして、明里への想いをずっと持ち続ける事。

 

花苗や周囲の人たちが見ていた貴樹。

学業優秀で男女の区別なく接し、皆に平等で優しい。

そんな貴樹は彼の持って生まれた何かではなく努力の結果なのだ。

その事で彼が如何に明里への誓いを大切にしているのかが伺えた。

 

しかし二つ目の誓い。

明里への想いは、失ってはいないが薄れてしまっている事に

貴樹は罪悪感めいたものを抱えていたのだと思う。

 

この頃にはすでに、明里との文通も途絶えていた。

現実の距離が心の距離になってしまうように、逢っていない事、

即ち「経験を共有できていない」ということが

互いに書くべき言葉を失わせてしまったのだと思う。

 

明里への想いは薄れている現実。

それなのに“大丈夫”な大人になっていかなければならないという切迫感だけが貴樹に残る。

 

そのせいか貴樹くんはちょっとめんどくさいやつになっていた。

出す宛のないメールを書いては消し書いては消す毎日。

めんどくさいことで定評のある俺ですら、それはどうよ? と思う行為を繰り返す。

そんな彼の姿に思い出迷子と目的迷子の素質を見出してしまう。

 

とそこで、一色が俺の袖をちょいちょいと引いてきた。

 

「なんか、先輩みたいにめんどくさい人になちゃいましたね、貴樹くん」

 

「確かに貴樹、ちょっと詩人が入ってるよな。俺には無いめんどくささだ。

それとな、一色。ここから更に貴樹はめんどくさくなっていくんだぞ」

 

面倒くさそうな表情でいうと、一色は俺とは比較にならないくらい面倒くさそうな顔をする。

気持ちはわかるが、ひでーなこいつ。と思っていると、一色は唇に指先を当て

何か考えるように口を開く。

 

「お話自体は共感できる部分が多いんですけど……。

やっぱり、めんどくさい人と付き合うのはめんどくさそうですね。例えばですけど、先輩とかと」

 

言うと、へっとなんだか馬鹿にし腐ったような笑みを口元に浮かべて俺を見る。

その笑顔にカチンっときた俺が、「いや、頼んでないんだけど?」と言い返そうとすると

めぐり先輩の「ごっほん!」という咳払いの音が聞こえ、俺と一色は二人揃って首を竦める。

ちらっと先輩に視線を向けると、俺を薄目で睨んでいる先輩と目が合った。

 

なんで俺だけ……一色のことも怒りましょうよ! と思いつつ、

怖いのでモニターに目を戻す。

 

そんな俺とは裏腹に、花苗のときめきはピークに達していた。

ある日の帰り道。前を歩く貴樹の服をちまっと掴むと、告白しようとする。

どうやら貴樹も花苗の気持ちに気付いている様子。

まあこれだけわかりやすい態度に気がつかないのはラノベの主人公くらいなものだろう。

 

花苗は何とか言葉を紡ごうとするが、貴樹の目を見て気がついてしまう。

この人は自分のもっと向こう遠くを見ており、自分を見てもいないということを。

 

貴樹は想いが届かない苦しさを知っているゆえ、自分を好いてくれる花苗に中途半端に

優しくしてしまう。それが一番残酷なことだと気付く余裕もなく。

結局、花苗は告白することが出来ず、そのまま家へ帰る。

 

夜、飼い犬のカブを部屋に入れ、囁くように話しかける。

 

「もうダメなんだよね」

 

「そっか、もう朝会ったりとか、一緒に帰ったりとか、ダメなんだ」

 

「それでばったり廊下で会ったりしたら、変な顔したりしないでちゃんと普通にしなきゃね」

 

「遠野くんはきっと、何もなかったようにしてくれるから」

 

「遠野くんは優しいから……私も」

 

堪えていた涙が止めどなく溢れ、花苗は幼子のように身を縮める。

 

「あぁ……ねえカブ、終わっちゃったんだ」

 

「終わっちゃった……終わっちゃった……終わっちゃったよ~……」

 

ぐすっと小さな嗚咽が聞こえそちらに目をやると、一色が涙ぐんでいた。

あぁ……葉山に振られたときの事を思い出させてしまったか。

 

こいつだって良いところがたくさんある可愛い女の子なんだけどな。

そんな、少し痛ましい気持ちで彼女を見る俺の耳に、花苗の独白が小さく届く。

 

それでも、それでも私は、明日も明後日もその先も、遠野くんのことが

やっぱりどうしようもなく好きなんだと思う。

遠野くんのことだけを想いながら、泣きながら、わたしは眠った……

 

そうして……

 

美しい月の光に照らされた砂浜が映し出され、『コスモナウト』が終わった。

 

 

 




それでは次回で。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。