やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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今回、映画の内容をどこまで書いていいのかちょっと良くわからなかったので
取り敢えずがっつり細かく書いてみました。
ネタバレ嫌な方は見ないことをオススメします。



桜花抄

真っ暗な画面に浮かぶ「秒速5センチメートル」の文字。

そして美しく桜の花びらが舞い散る中、小学生の男女の姿が映し出される。

 

「比企谷くん。なんか、すごく綺麗だね……」

 

「先輩。最近のアニメって、こんなに映像が綺麗なんですね……」

 

二人の感嘆の声に相槌を打ちつつ、この美しさの本当の意味を知っている俺は

ほんの少し哀しい気持ちになる。

その美しさは主人公の貴樹が、この時の明里との会話を、いかに素敵な思い出として

大切に憶えているかという証なのだから。

桜並木を歩く幼い二人。明里は貴樹に声をかける。

 

「ねぇ、秒速5センチなんだって」

 

「桜の花の落ちるスピード。秒速5センチメートル」

 

「ふーん……。明里そういうことよく知っているよね」

 

「ねぇ、なんだか、まるで雪みたいじゃない?」

 

舞い落ちる桜の花びらをそう表現した明里は貴樹を置いて走り出す。追いかける貴樹。

明里が踏切を超えるとちょうど電車が来るようだ。

遮断機が降り二人は線路を挟んであちらとこちらにわかれてしまう。

電車が来る少し前。線路の向こう側にいる貴樹に、明里はささやかな願いを口にする。

 

「貴樹くん……。来年も、一緒に桜見れるといいね」

 

そうして、第一話『桜花抄』が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠野貴樹サマへ! たいへんご無沙汰しております。こちらの夏も暑いけれど

東京にくらべればずっと過ごしやすいです」

 

その言葉に、明里の願いが叶わなかったことがわかってしまう。

 

二人の親は転勤が多く幼い頃から転校を繰り返していた二人は

なにかしら通じ合うところがあったのだろう。

互いに惹かれあっていたのだが、それが言葉に出来ない、

明確なものにならない、微妙な間柄。

 

そして小学校を卒業と同時に明里は東京から栃木へと引っ越してしまう。

中学に入り半年。貴樹のもとに一通の手紙が届く。

先の一文から始まり、近況や引越し先の様子、そして多分不安な気持ちがあったのだろう。

 

「ねぇ、貴樹クン……私のこと覚えていますか?」

 

そう締められた結びの言葉が明里の心境を物語る。

 

携帯電話や電子メールが当たり前の今とは違い、料金がかさむ固定電話か手紙が主流だった当時。

まだ幼い二人には文通という手段しか互を結びつけるすべがなかった。

そうして二人は近況を報告し合うという形で手紙のやり取りを始める。

 

「前略、貴樹クンへ。お返事ありがとう、うれしかったです。

もうすっかり秋ですね。こちらは紅葉が綺麗です」

 

貴樹の中学生活を描きながら、明里からの手紙の文面が語られる形で物語は進む。

貴樹がサッカー部で汗を流し生徒会の先輩から頼りにされる後輩として

なかなか順風な中学生活を送っている様子が伺える。

 

そして映し出された生徒会室の文字に、めぐり先輩と一色が小さく声を上げたので

俺は微笑んでしまう。

先輩はもちろん一色にとっても、生徒会室というのは自分の居場所という認識があるのだろう。

俺の都合で一色に押し付けてしまった感がある生徒会長という役職を、彼女が自分のモノとして

受け入れてくれている様子に、ほっと安堵してしまう。

 

あどけなさの残る明里の可愛らしい声で語られる文面から、

彼女も中学では運動部に入り長かった髪を切ったようだ。

 

「この前、髪を切りました。耳が出るくらい短くしちゃったから、

もし会っても私ってわからないかもしれませんね」

 

その言葉に少しずつ変わってしまう自分を、それでも自分だとわかってもらえるか

そんな不安な気持ちが見え隠れしていた。

月日は流れ、文通という形で繋がっていた二人に、また不運が訪れる。

 

「拝啓。寒い日が続きますがお元気ですか? こちらはもう何度か雪が降りました」

 

「今度は貴樹クンの転校が決まったということ、驚きました。お互いに昔から転校には

慣れているわけですが、それにしても鹿児島だなんて、今度はちょっと遠いよね」

 

「いざという時に、電車に乗って会いにいけるような距離ではなくなってしまうのは、

やっぱり、少し、ちょっとさびしいです」

 

いま俺は高校生だから電車賃や飛行機代を稼ぐのがだるいな、と思う距離だが

中学一年生の二人にとってはどうしようもない絶望的な距離だろう。

 

そして自宅の近所にある大きな桜の木のことを書き記す明里。

彼女にとっても桜の花びらが舞い落ちる中、貴樹と交わした会話は

忘れることが出来ない思い出のようだ。

 

そうして貴樹が鹿児島に引っ越してしまう前の週。

遠くに離れてしまう前に一度だけでも会いたいと、二人は待ち合わせの約束をし

貴樹は明里の住む栃木の岩船へと、電車を乗り継ぎ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

三月の上旬。朝から天気は愚図ついており、放課後、貴樹が電車に乗る頃には雪が降り始める。

動き出した電車に揺られ、窓の外、小雪が舞い散る町並みを見つめる貴樹。

 

そこへ、とても美しい音色で奏でられる「思い出は遠くの日々」が流れ

小学生時代の二人の日常が描き出される。

 

二人とも身体が小さく病気がちだったため、外で遊ぶよりは図書館が好きで

ともに読書が趣味だったこともあり仲良く話しをするようになる。

 

お互いが読んだ本について語り合い、学校の行き帰りはもちろん休みの日も会っていたのだろう。

互いが好きな場所へと二人で足を運んだりしていた。

 

その事でクラスメイトにからかわれた事もあり、黒板に相合傘を書かれ冷やかされた時、

内向的な性格の明里は黒板の前で言い返す事も出来ずにただ固まって俯いてしまう。

そこへ貴樹が教室に戻ってくる。黒板の相合傘と瞳を滲ませている明里をみた貴樹は、

黒板の相合傘を消すと明里の手を取り教室から走り去る。

 

とそこで、一色が俺の袖を引いてくる。

一色は内緒話をするように、俺の耳元に唇を寄せると囁きかけてきた。

 

「葉山先輩と雪ノ下先輩も小学生の頃、こんな感じだったんですかね?

まあ葉山先輩は雪ノ下先輩の手を取って、教室から走り去るとかしなそうですけど」

 

「確かに葉山だと貴樹みたいには出来なさそうだよなぁ。

まあそれ以前にあの雪ノ下が、黙ってやられぱなしとかいまいち想像もつかんが」

 

「私もまぁ、そう思いますけど。ちょっとひどいですよ? 先輩」

 

一色は言うと、口元を抑えて声を出さずに可笑しそうに笑う。

そんな一色を見ながら、葉山も貴樹のようにしていればあの二人の関係も

また違っていたのだろうか? と益体もないことを考えてしまう。

 

明里との思い出をポツポツと思い出しながら電車は進み、大宮駅に到着した貴樹は

電車を乗り換えようとするが、雪の為、電車は少し遅れていた。

その時まで電車が遅れることをこれっぽちも考えていなかった貴樹は不安になる。

不安な気持ちは、自分に転校のことを告げる電話をかけてきた明里の事を思い起こさせる。

 

明里は貴樹に泣きながら転校の事を打ち明けるが、それを聞いた貴樹は拗ねてしまい

それで二人の関係がギクシャクしてしまう。

不安を抱えているのは転校する明里の方なのに、彼女を慰める事すら出来なかったと

自らを恥じる貴樹。

 

そんな貴樹を見ると、痛ましい気持ちになってしまう。

俺にとって近しい人といえる雪ノ下や由比ヶ浜の二人はもちろん、これまで関係を持った人たちと

別れるのは、多分、きっと、つらい事なのだと思うからだ。

 

奉仕部の二人とは、雪ノ下の依頼を受けたあの冬の日。

三人の“今”の関係性を維持していく事が、奉仕部としての最後の依頼となり

三人が皆 “一人で考えるのはもう終わり” そう約束を交わしたのだ。

なのであの二人に関しては、少し安心できる。

 

だが他の人は? 今すぐ隣にいるめぐり先輩や一色とは? 関係を持った人たちとは?

 

こんな事を考える俺は、多分、弱くなったのだろう。

“孤独”という強さを無くしてしまえば、俺はこんなにも脆い。

 

そんな思いに浸りつつモニターへ目を向けると、降雪のため電車は遅れに遅れ

約束の時間はとっくに過ぎていた。

 

途中、明里に渡そうと思っていた手紙は風で飛ばされ、雪で列車が停まる中で

貴樹は明里に思いを馳せる。

 

「貴樹くんお元気ですか。部活で朝が早いので、この手紙は電車で書いています」

 

――手紙から想像する明里はなぜか、いつもひとりだった

 

転校先で上手くいっていないから自分に手紙を送ったのだろうと貴樹は察する。

そしてたぶん自分も同じように本当の意味では一人だったと気づく。

明里がいなくなったあとちゃんとやっているつもりだったが、一人なのが本当の姿だと。

 

「明里。どうかもう家に、帰っていてくれれば、いいのに……」

 

呟く貴樹の声にめぐり先輩のため息が重なる。目を向けると先輩の瞳は涙で滲んでいた。

 

そうして結局、電車は定刻の夜七時から四時間も遅れて岩船駅に到着した。

貴樹は雪の積もったホームに降り、改札を抜ける。

 

帰っていて欲しいと願いつつ帰っていたらやっぱり寂しく感じていたであろう明里は

待合室のベンチに座りちゃんと貴樹を待っていてくれた。

 

再会を、涙を零し喜ぶ二人。

 

雪が静かに降り積もる夜。

待合室のベンチに座りストーブにあたりながら、二人は焙じ茶を飲み

明里の作ってきてくれたお弁当を食べる。

 

秒速で、俺が一番に好きなシーンだ。

自分も誰かとこんな風に過ごせたら、そんな気持ちにさせてくれる暖かく仲睦まじい二人。

 

お腹を空かせ孤独と不安で焦燥していた貴樹は、嬉しさで目を潤ませながらお握りを頬張る。

 

「どうかな?」

 

首を傾げて尋ねる明里。

 

「今まで食べたものの中で、一番おいしい」

 

答えた貴樹の言葉に「大げさだなー」と言いつつも、嬉しそうな明里。

 

素直に良かった。そう思える素敵な光景。

だが、楽しい時間を過ごせば過ごすほどに、二人の時間は終わっていく。

 

「引越し、もうすぐだよね?」

 

「うん、来週」

 

「鹿児島かぁ」

 

「遠いんだ」

 

引越し、転校、それよって好きな人と離れ離れになる。

その人のことがどれだけ好きで、どれほど一緒にい続けたいと願っても

子供にはどうすることもできない。

 

電車がなくなり帰れなくなった貴樹。二人とも今日の事は親に内緒にしていたらしい。

貴樹は部活の打ち上げ、明里は内緒だけどちゃんと帰ってくるから信じてと置き手紙をおいて。

 

駅を出た二人。雪道を楽しげに話しながら歩く。

手紙にあった桜の木の下にくると、明里はあの日の言葉を口にする。

 

「ねぇ、なんだかまるで雪みたいじゃない?」

 

そして二人は唇を重ねるが、二人とも気がついてしまう。

もう自分たちは一緒にはいられないのだという事を。

 

好きという気持ちをどれだけ持ち続けていても、相手のことをどれだけ想い続けても

お互いの距離を埋めるには足りない。

 

いつか好きな人から好きだった人に変わってしまう。

そう心のどこかで予感しながら、でもいつかまたこうして二人で桜を見れることを夢見て

その夜は傍にあった納屋で過ごす。

 

翌朝、駅のホームで貴樹を送る明里。電車が到着し、最後の時間を惜しむ二人。

 

「貴樹くん……貴樹くんはこの先も大丈夫だと思う。ぜったい」

 

明里が掛けた言葉が、その意図とは反対に貴樹を縛り付けてしまうこととなる。

去っていく電車を見つめながら、手紙を取り出す明里。

二人は互いに手紙を渡せなかったのだ。

 

走る電車の中。貴樹は窓の外、流れていく景色を見つめる。

 

君が、遠ざかっていく。

きっといつか僕は、埋めようのない距離と時間に負けて

君の声も、顔も、忘れてしまうんだろう

 

そうして……

 

雪に覆われた大地を走る電車が映し出され、『桜花抄』が終わる。

 

 

 




映画だけだと説明不足な点が多いので漫画版の内容も少しですが含ませてあります。

それでは次回で。

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