やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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どこぞの大佐のようなカラーリングが赤すぎる弁当を平らげると、俺と一色は二人、

満足気な吐息をつく。夏の日差しは心地よく、つい微睡みそうになってしまう。

これはいかんと立ち上がると、二人で学習室へと戻る。

そして午後からは、中学で習う範囲を出題したテストをこなしたのだが、

その結果はあまり芳しいものではなかった。

 

「先輩はどうやら関数と方程式が苦手みたいですね。

一年で習った基本は大丈夫みたいですけど、二年で習う範囲がうろ覚えみたいな感じです」

 

一色は生真面目な表情で、俺の丸よりバツが多い解答用紙を眺めながら呟く。

そしてこちらへ身体を寄せ用紙を裏返すと、その裏に俺が間違った問題をさらさらと書き込む。

 

「では先輩、出来なかった問題を私と一緒に解いてみましょう」

 

一色は微笑みながらいうと、連立方程式の解き方や一次関数四変域の式の出し方を

ゆっくりとした口調で丁寧に説明してくれる。

その声に耳を傾けながら、俺の返事の返し方も普段の雑な「おう」とか「ふむ」から

「はい」とか「わかりました」と丁寧なものに変化する。俺は礼儀正しいのだ。

俺の変化したそれに、一色はくすくすと笑いながら説明を続けてくれる。

 

一色の教え方はとても分かりやすく、問題に詰まる俺を見るとちょこちょこヒントを出して

正解へと導いてくれる。

そうして似たような、でも少し違うひねった問題を解いた問題の隣に書くと

今度は一人で解くよう促してくる。

そうやって根気よく何度も繰り返し問題を解いていくと、腑に落ちるというのだろうか?

なんとなくで覚えていたそれらの公式の意味が、きちんと理解出来たように感じた。

 

最初の会話を医者の問診みたいだと思ったが、多分似たようなものなのだろう。

病院にいって問診も検査もせず、取り敢えず何が悪いかよくわからないから

全部切ってみましょうか! などと医者に言われたら怖くて仕方がない。

そう考えれば一色のやり方はとても理にかなってると思う。

俺の数学でわからないところをきちんと把握し適切な処置を施してくれる。

俺は一色のやり方に感心しつつ、彼女にがっかりされないよう黙々と問題を解いていく。

 

日も大分落ちて外が暗くなった頃。

隣で現国の問題集を解いていた一色が疲れたような吐息をつくと、ペンを机に置く。

 

「先輩。今日は練習ですし、このくらいにしましょうか」

 

その声に顔を上げると、一色の方へ向き直る。

 

「この問題もう少しで解けそうだから、解いてからでもいいか?」

 

いうと、一色はにぱっと笑ってどうぞどうぞという風に両手を出してくる。

それに頷きを返し解きかけの問題に取り掛かり、なんとか解き終え答え合わせをしていると

一色が弾んだ声で話しかけてきた。

 

「先輩、凄くやる気あるんで教えがいがあります!」

 

「やっ、なに? お前が一生懸命教えてくれてるしな。頑張らねーと」

 

俺の言葉に、一色は身体ごとふいっとそっぽ向く。

視線を向けたその頬と髪から覗く耳は、ほんのり朱に染まっていた。

 

「……先輩もその、私にちゃんと国語を教えてくださいね?」

 

一色は呟くと、取り繕うように前髪をさっさっといじり始める。

そんな彼女に微笑ましさを感じながら、俺は「おう、任せろ」と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後片付けを済ませると、二人とも身支度を整えて廊下へと出る。

先に帰った生徒から預かっていた鍵で、一色が扉に鍵をかけた。

これにて本日の勉強会は終了。

学習室から離れ、人気のない廊下を二人で歩き出す。

窓の外、暮れていく空を眺めていると、一色が控えめな声で口を開く。

 

「その、どうでしたか先輩? 一緒に勉強してみた感想は」

 

「一色の教え方すごくわかり易くてほんと助かるわ」

 

「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」

 

一色はほくほくした顔でいうと、満足そうな吐息を漏らす。

それを見て誰かと一緒に何かをすることに慣れていない俺は考えてしまう。

 

「俺も国語をきちんと教えられれば良いんだけどな。上手くやれるといいんだが……」

 

「先輩も私のために一生懸命、教えてくれないと駄目ですからね?」

 

一色はいうと立ち止まり、それに合わせて俺の足も止まる。

するとじりっとこちらにずれてくるので距離の近さに驚いて距離をあけると、

さらにずれてきて俺の耳元に唇を寄せ、こそっと秘密めかすように囁く。

 

「上手じゃなくても大丈夫ですよ。その気持ちだけで充分です」

 

「お、おう、頑張るわ」

 

上半身を仰け反らせて言うと、一色は楽しげに表情を綻ばせる。

そしてくすっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

一色に通用門で待ってて欲しいといわれ、生徒会室に用があるという彼女と別れると

俺は昇降口から出て駐輪場へと向かう。

自転車の鍵を外し通用門へと向かうと、その途中、ジャージ姿の戸部と出会う。

 

俺は顔を逸らし戸部に気づかないフリをすると、足早にこの場を離れようとしたのだが

俺に気づいた戸部は手をぶんぶん振りながら近づいてきた。

 

「あんれー? ヒキタ二くん! マジこんなとこで会うとか奇遇じゃね?

俺今、後輩がサボってねーか、部活の様子を見に来たんだけど、ヒキタ二くんはどしたん?」

 

こんなとこって学校なんだから奇遇でもなんでもねーだろう。

しかも聞いてもないのに自分が何してたか報告してくるし。

なんか友達みたいだから辞めてほしい。まあ戸部だし仕方ないか。

 

「んっ、いや、何? 勉強にな。家だとこうサボちゃうし」

 

話を振られた以上、返すのは礼儀だろう。そう思って答えると、

それを聞いた戸部は襟足をぐいぐい引っ張り、さらにおでこをぱちーん叩く。

 

「分かるわー! 俺もそーなんだわ! 家だとなに? 集中出来ないっていうかさー!」

 

こんなにも落ち着き無さそうな戸部が何かに集中することが出来るのか?

そんなもっと根本的な部分を俺が疑っていると戸部は前のめりになってくる。

 

「じゃあさヒキタ二くん、今度二人で一緒に勉強しようぜ!

あっ、なんなら隼人くんも一緒に、三人でもいいけど?」

 

「えっ……、いや、嫌だよ?」

 

最悪すぎる組み合わせを提示され、俺は顔と両手を勢いよく振って全力で拒絶したが

戸部は聞いちゃいない。

 

「んじゃ、隼人くんにも伝えておくわー! 決まったらメールするー!」

 

戸部はいうと、近づいてきた時と同じように手をぶんぶん振りながら

グラウンドの方へ走り去っていった。

 

取り残された俺は嫌なイベントフラグが立った事に憂鬱な気分になりながら

とぼとぼと通用門へ向かう。

すると一色は既に門に来ており、俺に気づくと大きく手を挙げる。

そしてとててっと走り寄ってくると、むっとした表情で口を尖らせる。

 

「もう、先輩。先に帰えちゃったかと思いましたよ!」

 

「ちょっとそこで、戸部に捕まってな」

 

「あー、戸部先輩ですか。なら仕方ないですね」

 

一色はうわーとうんざりした顔でいうと、へっとバカにしたように鼻で笑う。

相変わらずこいつの戸部の扱いはひでえな。まあ俺も人の事いえないが。

 

「ところで先輩」

 

「なんだ?」

 

「その、お弁当のことなんですけど……。やっぱり前払いで良いですか?」

 

「ああ、うん。いくらだ?」

 

いって財布を出す。

それを見た一色は首を横に振り、困ったような顔でいう。

 

「その、駅まで送り迎えして欲しいです」

 

「そんなんで良いのか? ちゃんと払うぞ、材料費とか」

 

「いえ、そんなのが良いのです」

 

一色はいうと顔をあげる。そしてはにかむように微笑んだ。

 

 


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