やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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小町弁当

拗ねたように顔を背ける一色の横顔を見ながら、頭をがしがし掻く。

照れくささを感じつつもきちんと礼を伝えようと思い感謝の言葉を口にすると

一色は嬉しそうに、にこっと笑顔になってくれた。

それでほっとした俺は鞄から小町お手製の弁当を取り出すと、先ほどの一色の言葉に

思うことがあったのでいってみることにした。

 

「そのなんだ。恩返しとか、そういうのは気にしなくていいぞ。

単にそういう部活だからそうしてるというか、そうしただけなんだから」

 

いうと、一色は表情を強ばらせ、また顔を背けてしまう。

 

「じゃあ先輩。先輩が奉仕部じゃなかったら、私のこと助けてくれなかったんですか?」

 

「いや、そういう訳じゃ……」

 

「もういいです。お昼ご飯、食べに行きましょう」

 

一色は硬い声でいうと、自分も鞄からお弁当を取り出し、部屋の鍵を外す。

そして学習室を抜けて廊下に出ると、歩調を早め俺の少し先を歩く。

 

前を歩く一色の華奢な背中を見ながら、もっと上手い言葉があったのにと後悔してしまう。

これじゃ由比ヶ浜の時と同じじゃないか。

悪意や敵意にはそれなりに対処出来るのに、優しさや気遣いには上手く対処出来ないままの自分に

嫌気が差してくる。

 

「なんだその、すまん。気にするなって言いたかっただけなんだ」

 

その背中に声を掛けると、一色は歩調を緩めて俺の隣に並ぶ。

そして俺の耳元に顔を寄せると囁くような小さな声でいう。

 

「いえ、私の方こそ生意気なこと言ってすいません」

 

生意気とかそういう事じゃなくと、また要らんことを言いそうになる。

それで、少し考えてから口を開く。

 

「ありがとな。手間かけるけど、これからも宜しく頼む」

 

「……いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 

一色はいうと、ぺこりと頭を下げる。

俺も慌てて頭を下げると、それを見た一色がくすくす笑う。

 

よし今度は正解のようだ。ふう……、女子との会話は本当に疲れる。

マニュアル化して欲しいもんだよな、ホントに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜日の昼下がり。

平日に比べ部活や自習をしに来た生徒しかいないため、普段の賑やかしさはなくとても静かだ。

窓の外に目をやれば、遠く海の上に入道雲が広がっているのが見えた。

それを見やって、ここから景色を見ることも今年で最後なのだと気づき

なにやら感慨深くなってしまう。

そんな思いに耽っていたからか、一色の声を聞き逃してしまい慌てて声を出す。

 

「すまん。ちょっとぼーっとしてた」

 

いうと、一色は困ったようなはにかみ笑いを浮かべた。

 

「その、本当は迷惑じゃなかったですか?」

 

なんの事かと思い、視線で先を促す。

 

「えと、勉強会のことです」

 

「職員室でもいったが、この時間なら俺も暇だし問題ないぞ?」

 

「でも先輩、受験生ですし。それに先輩行くの私立文系じゃないですか?

なのに受験科目でもない勉強をさせることになちゃったわけで……」

 

あの一色が、なんだかしおらしい事をいってくる。

らしくないその姿に良くないものを感じ、周囲を見渡す。

特に不吉な事が起こらないことを確認してから、彼女の言葉を考える。

一色の心配はもっともだが、俺は無理せずとも合格できそうな大学を選んだから

変に油断しなければ平気だと思う。なのでそのまま伝える事にした。

 

「自宅から通える距離の大学で、楽にはいれそうなところだし問題ないぞ?

まあ一人暮らししてもっと上を目指すなら話は別だが」

 

いうと、一色はほっとしたような表情を浮かべる。

 

もっとも千葉なら都内の大学も一時間そこいらでいけるので家から出る必要もない。

チバラギと汚名を被ることあるが、茨城とは違うのだよ千葉は! 

あっでも、ガルパンは大好きです。劇場版ガルパン楽しみだなーと考えていると

一色は人差し指を顎にあて、くりっと小首を傾げた。

 

「家から出る気は無いんですか?」

 

「家から出たら小町と離れちゃうだろう。俺には絶対無理」

 

「どんだけシスコンなんですか……

あーでも、小町さん先輩と違って凄く可愛いですし、彼氏とかすぐ出来そうですけど」

 

「逆説的に俺は凄く可愛くないって言いたいのか?

まあ小町が男を連れてきたら、俺と親父がこの手を血と罪で染めて適切に処理するから大丈夫」

 

「処理って……。雪ノ下先輩みたいで何か怖いからやめてくださいよ」

 

あっ、やっぱ雪のんのイメージって一色もそうなんだ。

最近、少し丸くなったけどたまに切れ味鋭いところ見せるよね、あの子。

油断してたらバッサリみたいな感じで。

 

「てかお前だって、弟が彼女連れてきたら嫌じゃない?」

 

「ウチの弟、もう彼女いますよ?」

 

「えっマジで!? 確か小学六年生だったよな、お前の弟って」

 

「ですです。えっーとですね。先週の日曜に家に連れて来たんですよね、彼女。

それで部屋に飲み物とお菓子を持っていったんですけど、ノックしても返事がないから

ドアを開けたら、キスしててビックリしました。進んでますよね、最近の子って」

 

おいおいマジかよ……。政府も二次元規制する前に小学生の恋愛禁止にしろよ。

なんだったら中学生も禁止。もう俺は中学生じゃないしね! 高校生も考えよう。

 

まあ禁止されなくても俺はセルフ禁止状態な訳だが……。

そう思ってぐぬぬと唸っていると、顔に出ていたのだろう。

それを見た一色が、にやっと嫌な笑い方をした。

 

「先輩。もしかして、キスとかしたことない系ですか?

でもでも男子って付き合った女の子の人数競ったりするじゃないですか。

そう考えるとですよ、ずっとお一人様だったりすると、寂しくないですかねー?」

 

なかなか良い煽りを見せる一色。

しかし雪ノ下との会話で鍛えられた俺には、そんな煽りは毛ほどにも通じない。

今それを証明してやろう。

 

「たしかに男にとっては勲章だよなあ、恋愛の数って。それだけうまくいかなかったって

話なんだけどな。てか、そーいうお前は、キスしたことあるのかよ?」

 

いうと、一色はうぐっと言葉を詰まらせ顔を背ける。

そして「そーいうのは好きな人とじゃないと……」とごにょごにょと呟く。

そんな彼女を見て、俺は意外に思ってしまう。

一色はモテるだろうから、その手の経験はあるものとなんとなく思っていたからだ。

もちろん当人には言えないが。

 

「つまり一色は、小学生の弟に負けたってことだな!」

 

まるで自分の事のように勝ち誇った表情で俺がいうと、一色はぷくっと頬を膨らませ

ずびしっと人差し指を突きつけてくる。

 

「先輩だってきっと、小町さんに先越されちゃいますよ!」

 

「お前さ、そんなこと言うなよ。悲しくなるだろうが」

 

いうと、一色は呆れたようにくすっと笑う。

そんなやり取りをしていると、ベストプレイスに到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

小町は総武高に入学してから、自分の分と一緒に俺の分の弁当も作ってくれるようになり

そのお陰で俺のお昼事情は大幅に改善された。

それで今日の弁当も、「休み前だから材料がないよ?」という小町にあるもんで充分といって

作ってもらったのだ。

すまないね小町ちゃん、感謝! と手を叩きつつ、俺は夢の小町弁当、訳して「こまべん」の蓋を

ワクワク気分で開ける。

 

だが胸をときめかせ蓋を開けた「こまべん」の中身は、北海道の観光名所でお馴染みの

時計台を見た観光客のような気分に俺をさせる。

 

うわ、またトマト入ってるよ。なんか弁当箱の半分が赤いんだけど。

確かにあるもんで充分といったが、これは……

 

箱の中身をむーんと唸って見ていると、一色がベンチを横滑りして、ずずっとそばに寄ってきた。

そして弁当箱の中身を興味深げに眺めだす。

 

「先輩、トマト好きなんですか?」

 

「いや、嫌いなんだけど……」

 

「なんか、トマト弁当みたいになってますね」

 

「赤すぎだよな、これ。

まあ材料がないって小町がいってたのに無理いって作って貰ったからなぁ。

うわ……、トマトの汁でご飯まで赤くなってるんだけど」

 

俺の悲痛に満ちた声を聞いて、一色はくすくすと笑っていたが

いつまでも食べようとしない俺を見て窘めてくる。

 

「小町さんの愛情に満ちたお弁当じゃないですか、ちゃんと食べないとダメですよ?

まあ先輩、もしあれならオカズ交換します?」

 

その言葉に弱々しく頷くと、一色はトマトを半分引き受けてくれ、代わりに彼女お手製の

卵焼きやら唐揚げを弁当箱に入れてくれる。ありがてえ……

 

「悪いな、一色。お前の弁当まで赤く染めちまって……」

 

「全然いいですよ。私、トマト好きですし。

でも小町さんも夏休みくらい、ゆっくり寝かせてあげたほうが良いかもですね。

先輩、もしそうなら夏休み中のお昼ご飯、どうしますか?」

 

そういや週三回とはいえ、夏休み中も学習室で勉強するから学校来るんだったな。

小町も高校入って初の夏休みだしわざわざ俺の弁当作らせるのも悪いしなぁ……

 

「んー来る途中にコンビニあるから、そこで買ってくるかなぁ」

 

「それなら夏休み中は、私が先輩のお弁当を作りましょうか?」

 

なんか一色が、テンプレラノベでよくみる提案をしてきた。

だがそこは一色。とてもじゃないが油断出来ない。

 

「えっ、いいのか? 後で時価とかいって、とんでもない金額吹っ掛けたりしない?」

 

そんな俺の疑惑に満ちた声に、一色はむっとした顔をするが、すぐ顔を綻ばせると

悪戯っぽくいってくる。

 

「じゃあせんぱいっ、出世払いということで!」

 

やっぱ金取るのかよ……と思いつつ、卵焼きを頬張るとダシが効いててとても美味かった。

 

 

 




それでは次回で。

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