やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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頑張った副会長

日付が変わり、土曜日の昼下がり。

夕べ送られてきた一色からのメールによると、彼女は午前中、生徒会の仕事があるらしい。

それに合わせて学校に着いた俺は、一色を迎えに生徒会室へと向かう。

到着した生徒会室の扉をノックすると、部屋の中から「はいーどうぞー!」と

明るく元気な一色の声が聞こえた。

それ従い扉を開けると、椅子に座って優雅にお茶を飲む一色と、テーブルに倒れこむよう

突っ伏してぐっすり寝ている副会長が見えた。

 

生徒会室で何やってんだよ、寝ないで働け。などと思いつつ、気持ちよさそうに

鼾をかいている副会長を起こさないよう、一色に小声で声をかける。

 

「一色、行くぞ」

 

「せんぱい、ちょっと待ってくださいね。食器片しちゃいますから」

 

それに頷きを返し、片付けを終え準備のできた一色と二人で学習室へと向かう。

二人で連れ立って歩いていると、一色が袖を引いてきた。

 

「先輩、秒速って映画を先に観てから、漫画を読んだほうが良いんですよね?」

 

「んー、俺は最初に映画を観たんだが、なんていうか説明不足なんだよな。

それで後から漫画と小説を読んだからそう思うけど」

 

「そんなに説明不足なんですか?」

 

「もちろん大事な事はきちんと表現してくれてるんだが……。

良い不親切っていうのかな、あれは。なんていうか置いてけぼり感が強いんだ」

 

「良い不親切……」 

 

一色は不思議そうに首を傾げる。

それを見て、もう少し上手く説明できないかと頭を捻って考える。

 

「わざと曖昧に表してるところが多いんだ。暗喩っていうのかな?

それで観た人は不足なところを自分の経験で埋めようとするから、その事を思い出して

切なくなったり辛くなったりで心が揺さぶられるっていうのかな……」

 

「よくわかりませんが、わかりました! 日曜に映画を観てから読んでみますね」

 

一色はいうと、にぱっと微笑む。

その笑顔に嬉しい半面、不安もよぎってしまう。

 

「一色にもめぐり先輩にも、楽しんでもらえると良いんだけどな」

 

いうと、一色は励ますように俺の肩を軽く叩く。

 

「大丈夫ですよ、先輩。話しを聞いてるだけで私は充分に楽しいですし」

 

「そう言ってもらえるとありがてーよ。ずっとボッチだったからな。

小町以外、自分の好きなものを薦めることって、今までしたくても出来なかったし。

だからまあ、二人にガッカリされないか心配なんだけどな」

 

「その気持ちわかります……。

自分の好きな人や好きなモノを否定されるのって、自分が否定されるより凄く辛いですもんね」

 

ふむ。なかなか良い事いうじゃねーか、こいつ。

まあお前も雪ノ下も何かにつけて俺のことを否定してくるけどな! と思ったが

その言葉に嬉しい気持ちも湧いてくる。

なので「ありがとな」と口にすると、一色は照れたように頬を薄く染め、

ふいっとそっぽを向いてしまう。

そんな一色の姿に苦笑しつつ、また暫く歩いていると、一色は、んっと咳払いをする。

 

「その、思ったんですけど。

雪ノ下先輩や結衣先輩とは好きなモノの話とかしないんですか? しなそうですけど」

 

「いや、そんな事はないぞ? 小町の話とか超してるし」

 

誇らしげに答えると、一色は呆れたようにため息をつく。

 

「さすがシスコン……。えっと、そっちじゃなくてですね。

映画とか漫画とか小説とかそーいったモノですね」

 

「結衣先輩はともかく雪ノ下先輩も良く本を読んでるじゃないですか? 

なら話が合うんじゃないかなと思うんですよ」

 

「確かにそうだな。

まあ大体、由比ヶ浜が話を振ってきて俺と雪ノ下がそれに答えることが多いからなあ。

後、俺も雪ノ下も自分から話しかけるタイプじゃないってのも、あるかも知れんな」

 

「それなら自分の好きなモノのお話を、お二人にしてみるのも良いかも知れませんよ?

雪ノ下先輩も結衣先輩も喜ぶと思いますし」

 

「そーか?」

 

「そーですよ!」

 

一色はうんうんと頷き、熱心に勧めてくる。

そんなやり取りを交わしていると去年の冬を思いだす。

 

「一色はクリスマスイベントのときも思ったけど、案外、気配り屋なんだな」

 

記憶を探りながら感心した声でいうと、一色はあの時と同じように、さも心外とばかりに

ぷくっと膨れっ面をつくる。

 

「また案外って言いましたね? わたし気配り屋さんですよ?

まぁ今回のは、お二人へのお詫びの意味もあるんですけどね……」

 

お詫び? どういう意味だろう。

不思議に思い尋ねようとするが、それより先に一色が続きを口にする。

 

「まあ、そういう訳なんで、今度試してみてくださいね」

 

「おう」

 

俺の返しに、一色はにぱっと笑う。

そんなやり取りを交わしていると、学習室に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

学習室に入ると、室内には既に十人近くの生徒が勉強に励んでいた。

ちょうど質問をした生徒がいたようで他の生徒たちが丁寧に教える姿が見え

その和気あいあいとした雰囲気に一色は嬉しそうに目を細める。

そんな彼らに元気良く挨拶する一色とそれに紛れて小声で挨拶した俺は

カウンター横の準備室の扉を開く。

 

そして今、目的地である「おしおき部屋」の前に立っているのだが、前に来たときは

カーテンで仕切られていただけの部屋は、その様相を大いに変化させていた。

 

間取りはそれまでと変わらず一畳程の広さだが、今やきちんと壁が作られており

頑丈そうな扉や作り付けのテーブルとライトスタンドまでついている。

扉は鍵が掛からないタイプのようで、ぱっと見、ネットカフェの個室みたいな感じだ。

 

なんか凄い立派になってる……

 

ぽかーんと口を開け「おしおき部屋改二」を見ていた俺の傍らで

一色は手柄顔で微笑んでいた。

 

「日曜大工っていうんですかね? 副会長がこういうの得意なんです。

それで平塚先生から許可をもらって、生徒会の予算でリフォームしました」

 

「えっ、これ副会長が作ったの?」

 

「ですです。凄いですよね? 思ったより役に立つ……間違えました

役職を超えた才能溢れる先輩です」

 

もう言い直さなくていいけどね。しかし本当凄いなこれは。

思いながら見ていると、余った木材や大工道具が準備室のテーブルに置かれていることに気づく。

 

「もしかして今日作ったのか? これ」

 

「ですです。えっとですね。材料の買出しと部品の作成とかは、昨日の放課後に

副会長がしてくれて、組み立ても、今朝早く来てもらって副会長がしてくれました」

 

「今朝は私も早起きして、副会長が作業しているのを見てたから大変でしたけどね。

本当に頑張りましたよ!」

 

言うと、むふーと得意げに胸を張ってくる。

 

それ頑張ったの副会長だけで、一色、お前じゃないだろう……。

だから疲れきって、あんな気持ちよさげに寝ていたのか。

同じ一色いろは被害者の会メンバーとして、ここは嫌味の一つでもと思い、口を開く。

 

「一色。副会長がこれを作ってる間、お前は何してたんだ?」

 

「私ですか? もちろん現場監督です! 指示出しっていうんでしたっけ?

私、そーいうのすごい得意なんですよ!」

 

薄い胸を張り得意気にいってくる。

そのあまりに自信満々な姿に、なんか俺のほうが間違ってる気がしてくる。

それで用意していた嫌味も、どこかへ飛んでいってしまう。

副会長への同情で心を痛めていると、加害者の一色はけろっとした顔で

なかなか酷いことを口にする。

 

「先輩。そんなことより時間がもったいないんで、さっさと中に入りましょう!」

 

一色はいうと、俺をぐいぐい部屋へと押し込もうとする。

転がるように押し込まれ文句を言おうと振り返ると、一色が南京錠を使って

内側から鍵を掛けているのが見えた。

 

えっ、なんで外側から鍵が掛からないのに内側から鍵が掛けられるの!?

ここ牢獄だよね? 普通は逆じゃない!?

 

戸惑う俺の耳に、カチャッと鍵がしまる音が響いた。

 

 




それでは次回で。

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