やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

10 / 93
比企谷家の夜

夏休みまで後数日を残した七月の下旬。

ここ最近、雨が多く来ることが出来なかったベストプレイスで昼飯を食べる。

空を見上げると太陽は燦々と輝き、その眩しさに目を細めてしまう。

寝不足気味な俺の目にこの明るさは少しキツい。

 

「せんぱい、眠そうですね」

 

「おう。昨日の夜、ちょっと色々あってな」

 

隣に座る一色に応える。

約束通り秒速の単行本を借りに来た一色は、来たついでに天気も良いからと

持参した弁当を広げ、俺の隣で勝手に昼飯を食べ出す。

そして眠そうな目をした俺を見やってふっと鼻で笑い、人の体調をこれっぽっちも

心配してないことがわかる言葉を投げてきた。

 

「はぁ、まあどうでもいいんですけど」

 

どうでもいいってひどいね君。この眠さの半分は一色のせいでもあるんだけど?

そんな恨みを込めた視線を送っていると、一色はにやっと嫌な笑みを浮かべた。

 

「せんぱい、なんかお疲れですか?  普段より目がアレですし。

あっ、もしかして、私の名前を呼ぶ練習を夕べは寝ないで頑張ちゃいましたか?」

 

「アレってなんだよ……。そもそもそんなことしてる場合じゃなかったし」

 

いうと、一色は「そんなこととは、なんですか!」とベンチから立ち上がり

大変ご立腹な様子で頬をぷくっと膨らませる。

そしてむっとした表情のままベンチに座り直すと、横目でじろっと睨んでくるが

今日の俺にはそのあざとさに突っ込む気力さえないのである。

 

「でも先輩、ほんとなにがあったんですか?」

 

その問いに、俺は昨夜のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

そもそもの話し俺としては、自分の客が日曜にウチに来ると母親と小町の二人に

伝えたかっただけなのだ。

なのに勝手に会話に割り込んできた親父のせいで、話はあらぬ方向へと流れていく。

そうして親子の会話という名の尋問タイムが始まった。

 

難しそうな顔をした親父が俺を見やる。

その瞳に憎悪の炎を宿しながら、親父が重々しく口を開く。

 

「なあ八幡、父さんちょっと聞きたいんだがな。

さっき小町が口にした雪乃さんと結衣さんというのは、お前とどういう関係だ?」

 

それに俺が答えるより早く、「お兄ちゃんと部活が同じな人だよー」と小町が答え

雪ノ下と由比ヶ浜がどういう女の子なのか簡単な説明をする。

 

話を聞いた親父は笑顔で「小町ちゃんの説明はわかりやすい!」と小町を誉めそやすと

表情一転させ険悪な顔で俺を睨んでくる。

対応が露骨に違いすぎる……まあでも俺もかと思っていると、親父が苦々しい声でいう。

 

「八幡、その雪乃ちゃんと結衣ちゃんという女の子は、お前とはただの部活仲間なのか?」

 

「……そーだよ」

 

答えると、親父はずびしっと俺に指を突き立てる。

 

「おい八幡! いまなんか〝間〟がなかったか? あったよな! あったぞいま」

 

「あれか? 告白して振られたとかか? ごめんなさいとか、勘弁してくださいとか

やめてくださいとか、警察呼びますよとか言われたのか?」

 

「……告白なんかしてねーよ。てか人を指差すなよ」

 

俺のそんな苦情に親父はまったく意に介さず、それどころかさらに目を細め腕を組むと

難しい顔をする。

 

「ふむ、していないのか。おい、まさかとは思うがお前、告白とかされたんじゃないだろうな?」

 

「……別にそんな、告白とかされてねーよ……」

 

答えた俺に、またもや親父はずびしっと指を突き立てる。

 

「おい八幡! またなんか〝間〟がなかったか? あったよな! あったぞいま」

 

「しつけーよ、いい加減にしろよ親父。あと指差すな」

 

「なんだよ! 親に向かってその言い草! 不良か? 不良になったのか?

仕方ねーだろ、父さんすげー気になるんだから!!」

 

親父の言葉に、思わずため息が漏れる。

父親と会話をしている。ただそれだけのことで、このとてつもない疲労感。

親父の相手にいい加減うんざりしていると、俺の疲れた様子を見かねたのか

小町が助け舟を出してくれた。

 

「お父さん。お兄ちゃんも困ってるからそのくらいにしてあげなよ」

 

小町、優しい子。これはもうここから先は小町ルートでいいんじゃねーか?

タイトル詐欺とかいわれようが、間違ってると書いてある。そう言い張れば問題なし。

まあ初めから小町に決めてたんだけど! と思っていると、小町がなにやら口にする。

 

「絡むのは別にいいけど、小町的にはね? お兄ちゃんがいろは先輩と

なんでお出かけしたのか聞きたいから、ちょっと静かにしててね」

 

小町は自分の欲望に優しいだけだった。

エロゲ定番の妹ルートがあえなく封鎖され、落ち込んだ俺の隣で親父もうむむっと唸る。

小町に叱られたのがショックだったのだろう。

そこに喜びを見いだせないのが親父の限界だと思う。

 

「そうだ、そうだったな小町。年甲斐もなくちょっと動揺してしまったお父さんを許して欲しい」

 

親父はいうと、小町に頭を下げる。小町よりまず俺に謝って欲しいんですけど……。

そんな叶わぬ夢を見ている俺に、親父が口調を少し改めて話しかけてきた。

 

「じゃ、じゃあさ、八幡。そのなんだ。一緒に出かけたという

いろはちゃんという女の子は、お前からデートに誘ったのか?」

 

「いや、誘ったというか依頼だったんだよ、一色からの」

 

「依頼? 依頼ってなんだ?」

 

親父は訝しげな顔で尋ねてくる。母親の方もきょとんとした表情で俺を見ていた。

そういや部の活動内容までは小町も話してないから、依頼つっても事情を知らない

両親には何のことだかわからんか。

ただ一から説明するのも面倒なので言い方を変えていう事にした。

 

「いや、依頼っていうか、お願いとか頼みごと? みたいな感じだったんだよ。

一色に好きな奴がいて、そいつとデートするときの参考にしたいって。

それで俺が連れ出されただけなんだ。ただ単にダシに使われたってだけだよ」

 

「お兄ちゃん。いろは先輩の好きな人って葉山先輩だよね?」

 

小町が聞いてきたので、それにうむっと頷く。

そして小町が両親に葉山のことを説明し、それを終えるとついでのように尋ねてきた。

 

「お兄ちゃんさ、いろは先輩とはどんな感じのデートをしたの?」

 

特に隠すようなことでもないのでその時のことをかいつまんで話す。

すると話を聞き終わった小町は手元のお茶を一息で飲み干し、ぷはっと満足気に声をあげる。

 

「小町本当に嬉しいよ……。あのだめだめだったごみいちゃんがここまで更生してくれて」

 

なんか俺が滅茶苦茶だめだったようにしみじみいうと、生温かい目でこっちを見やってくる。

そしてこれまで俺と多少なりとも関わった女子の事を両親に話しだす。

それを止めようと立ち上がった俺の頭に親父がアイアンクローをガシッと決めて

ぎりぎりと締め上げてくるので、身動きひとつとれなくなってしまう。

ちょ、ちょっとおー! 頭蓋骨がメキメキいってるんですけど!

小町の話しを聞き終えた母親は嬉しそうに微笑み、優しい声でいう。

 

「八幡、あんたなかなかやるじゃない。ちょっと見直したわ」

 

まあ普段の俺を見てたら彼女とか出来なさそうって思うわな。彼女じゃないけど……。

ただそんな風に喜んでもらえると、ちょっと親孝行した気分になってしまう。

だが嬉しそうな母親と違い、親父は俺の耳元で呪いの言葉をぶつぶつ呟き始める。

 

「八幡。父さんも学生の頃さ、ずーと制服デートしたかったんだよ。

美人の同級生や可愛い後輩、綺麗な先輩とかとさ……

なんでお前だけそれが出来て父さんは出来なかったの? ねえなんで?

おかしくない? おかしいよな? おかしいんだよ!!

まあいいよ、俺がモテないから悪いって言いたいんだろ? わかるよわかってるよ!

そうそうそれとさ、結衣ちゃんだっけ? なんか胸の大きい髪がピンクでお団子の。

その子とさ浴衣デートしたんだよね? いったんだよね? 二人きりで花火大会。

まあいいよ、俺はいけなかったけどお前はいった。うんうんそれでいいよ。

いいねモテて、ほんといいねモテモテで。やったじゃん八幡、さすが俺の息子!

あっ、ごーめーんー! モテないお前とは違うぞって目したよね、今?

してない? したよね? したんだよ! 

でもさ、それだけじゃないよね? 雪乃ちゃんだっけ? なんかすごい美人なんだろ?

それでさ、その子とも遊びにいったんだよね? デートしたんだよね?

えっ買い物しただけ? ほーほー買い物だけねー! そうなんだ。ふーんー、へー。

おい! ふざけんなよお前! 世間ではそれをデートって言うんだよ!

そんなつもりじゃない? あーモテモテの八幡くんにはそれは当たり前なんだ~?

すごいねすごすぎリア充だね! 最初の頃はひねくれぼっちとか売りにしてたのに。

あれかファッションぼっちってやつか! それとも隠れリア充ってやつか?

違う? 違うかー! 違うんだ? 違わねーよ! お前はラノベの主人公かよ!!」

 

そんな恨みが篭もった言葉を吐き出しながら、俺の頭をぎりぎり締め上げてくるので

その手を振りほどこうとバシバシ叩いていると、母親が呆れたようにいう。

 

「お父さん。いい加減にしなさい」

 

比企谷家では、母の声は神の声に等しい。

それで親父も大人しく手を放してくれたのだが、ママン、もう少し早く止めてよね、マジで。

 

ようやく親父の魔の手から解放された俺がふらつく頭を抱えぐったりしていると

携帯にメールが届いた。

ズボンから携帯を取り出し見てみると、どうやら一色が写メを送ってきたようだ。

なんだろうと見てみると、可愛らしいパジャマ姿でクマのぬいぐるみを抱えた

一色の姿が写っていた。

これを見ながら練習してくださいね! とメッセージも添えられており、思わず頬が緩む。

 

「八幡……。この写メで一体、なんの練習をするんだ?」

 

そんな俺の耳に、親父の憎悪に満ちた声が響く。

勝手に人の携帯を覗き込んでた親父がまたもや俺に襲いかかろうとするのを見て

母親がバン! っとテーブルを叩く。

それで親父は大人しくなったのだが、卑怯な奴のこと、告げ口するのも忘れない。

 

「でも八幡の携帯に、女の子がパジャマ姿の写メを送ってきたから……」

 

その言葉に好奇心を刺激された母親と小町に携帯を取り上げられてしまい、

写メを見た二人の提案でこちらも写メを送り返すことが決まってしまう。

そして嫌がる俺を三人で無理やり押さえつけ写メを撮ると、

めぐり先輩と一色の二人へ送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。それで先客万来! 熱烈歓迎のメッセージと一緒に、ご家族の集合写真が

送られてきたわけですね。初め見たときはびっくりしましたけど、話を聞いて納得しました。

良いじゃないですか、仲良しで」

 

俺の話を聞いた一色はぷるぷると肩を震わせながら可笑しそうに笑っている。

まあ逆の立場なら俺も笑うだろうし仕方がない。

それに、めぐり先輩も一色もメールを送って直ぐに、日曜日お邪魔させて頂きますと

礼儀正しくメールを返してくれた。それを見たうちの両親もなんか喜んでいたしな。

そんなことを思い出していると、本当は今日が良かったんですけどと

一色は前置きしてから口を開く。

 

「先輩、良かったら明日の午前中か午後に、勉強会の練習しませんか?」

 

「えっ、明日って土曜日で休日なんだけど……。

比企谷家では完全週休二日制を採用しているから、ちょっと難しいかな」

 

いうと、一色は困ったような表情を浮かべ申し訳なさそうな声を出す。

 

「そうなんですけど……。あの、先輩の数学の学力がちょっと計り知れないんで

期間外に一度だけでも確認しておきたいなって思うんですよね」

 

計り知れない。そう言われると何かとっても強そうで格好良いが

多分というか絶対に褒められていない。

まあ一色もあの点数だと一体どうやって俺を教えれば良いのか悩むだろう。

気を使ってくれ提案してくれている訳で、そういう理由なら仕方がない。

数学テストで0点を取った俺のせいで……と申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「つーか、悪いな。なんか余計な手間掛けさせちまって」

 

「いえいえー。一緒に頑張りましょう!」

 

一色の声に頷くと、丁度そこへお昼休みの終わりを告げるチャイムの音が響いた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。