やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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初めまして町歩きと申します。

拙い文章でお目汚しになるかも知れませんが、宜しければご覧下さい。





一章 会わなくなっていた人。会わなくなっていく人。
比企谷八幡の初体験


総武高に入学して早三年、学年も上がり数ヶ月が経った七月の下旬。

季節も梅雨時に入り、蒸し暑い中で実施された期末試験も終わった一週間後の水曜日。

 

朝から曇天の空の下、自転車を漕いで学校に到着した俺は、昇降口そばの職員室前に

群がる人だかりを見つける。何事だろうと近寄ってみると、どうやら期末テストの

成績上位者が記された、五教科の順位表が張り出されているようだ。

 

興味をもった俺は自分の名前が記されることはない四教科は素通りし、得意教科の

国語の順位表を見ようと、ごたごたと人が入り乱れる中、間を縫うようにして歩く。

ぬるぬる進んで目的の順位表の前に来ると、どうせいつものように雪ノ下と葉山の

二人のせいで自分は三位だろうなーと諦め気分で順位表を見やる。

すると、国語学年一位の横に自分の名前が記されているのを発見し

驚きのあまり仰け反ってしまった。

 

見間違いじゃなかろうかと何度も見直してみるが、間違いなく俺が一位のようだ。

マジかよ……と思いつつ、呆けた顔で順位表を見ていると、周囲から

「比企谷なんて人、三年にいたっけ?」という囁き声が聞こえた。

 

「ここにいますよ!」といってやろうかと思ったが、もちろんそんな事は言えない。

とそこへ、朝のホームルームの時間を知らせるチャイムの音が響き、順位表に群がっていた

生徒たちは慌ててその場を離れ始める。

俺はそんな彼らに紛れ教室へと向かいながら、胸の奥底から溢れる喜びに腰に手を当て

フハハハハ! と高笑いしたくなるのを何とか我慢していた。

 

今日はマックスコーヒーをワイングラスに注いで乾杯しよう!

そんなウキウキした弾む気持ちで迎えた放課後。

帰りのホームルームが終わり部室へ向かおうとした俺を、担任の平塚先生が呼び止める。

そして今から職員室に来るよう告げてきた。

先生の表情はえらく気難くその禍々しい姿を見た俺はなにやら不吉な予感を感じたので

「いやこのあとちょっとアレなんで」と断る時の常套句を発動する。

 

俺の言葉に先生は頷いたものの、まあそれは後にしろとばかりに

俺の腕をガシッと掴む。そして力任せにぐいぐい引っ張ってくる。

このままでは傷物にされ、それを理由にお婿に貰われてしまう! そう思った俺は

大人しくついて行くことにした。

そんな俺を三年も同じクラスになった由比ヶ浜が心配そうな瞳で見つめていた。

見てないで助けろよ……と思ったが、この学校で平塚先生に勝てる人間は

おそらく存在しないだろう。人類にいるかすら怪しい。

なので仕方なく由比ヶ浜に視線で先に部室へ行くよう促し

俺は平塚先生とともに職員室へと向かった。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

そんなこんなで到着した職員室。

平塚先生の後について入ると、先生は俺を職員室奥の来客用スペースに連れて行く。

すると、通された来客スペースには数学教師の伊藤澄子先生が座っているのが見え

やっぱり不吉な予感が当たったと、自分の先見の明を呪ってしまう。

 

別段、伊藤先生が厳しい先生という訳ではない。ただ俺が個人的に苦手なだけなのだ。

入学してから今までずっと数学の実力テストで最下位をキープしている俺は

追試と補習の常連になっている。

伊藤先生はそんな俺を心配し少しでも数学を好きになってもらえるようにと

補習内容に工夫を凝らしてくれる心優しい先生である。

 

だが俺は伊藤先生の優しさに全く答えておらず、それでも変わぬ優しさで接してくれる

先生の人の良さそうな笑顔をみると、さすがに申し訳ない気持ちになってしまう。

そんな居心地悪い気持ちで伊藤先生と挨拶を交わした俺に、平塚先生は座るよう促すので

渋々ながら腰を降ろすが、二人は黙ったまま口を閉ざしている。

 

その二人の姿に何かと怒られる心当たりが多い俺は、下手に何か余計な事を口にして

うっかりしっかり藪ヘビにならないように沈黙を守ることにした。

お口にチャックして言わ猿スタイルをする俺を見て平塚先生はため息をこぼすと

自分の手元にあったプリントを俺のほうへ差し出す。

 

先生に差し出されたプリントを受け取って見ると、それはまだ返されていなかった

俺の数学テストの解答用紙のようだ。

不思議に思い二人に訝しげな視線を向けると、二人とも気まずげな表情で

俺から視線を逸らしてしまう。

 

二人の反応に戸惑いつつ、もう一度、自分の解答用紙をよく見てみると

テスト用紙の解答欄には正解を示す○が一つも無く、よくよく探してみると

一応あるにはあったのだが、それは0点の○だけだと気づく。

 

答案用紙に綺麗に描かれた○に驚いて顔をあげると、そんな俺を可哀想なものでも

見るような目で見ていた二人にまたもや視線を逸らされる。

さすがに何かの見間違いじゃなかろうかと思い、もう一度、今度はじっくりと、

解答用紙を確認したのだが、どこをどう見ても結果は同じ。

 

まさかの0点である。

 

俺の十二年間という学校生活。

その中で確かに俺にとって数学は大の苦手な教科であったけれど

それでも流石に0点は初めての経験だ。

初体験という言葉は夢が広がる素敵な言葉なはずなのに、全く心が浮き立たない。

あまりのショックでプリント片手に固まっている俺に、伊藤先生から追撃が掛かる。

 

「点数がね……その、付けようがなかったから、0は綺麗に書いてみたの!」

 

先生の頑張って気を利かせてみました! 的な笑顔とその見当違いな優しさに

俺は少し涙目になってしまう。

 

そうして他の教師や生徒たちの話し声で賑わう職員室のざわめきの中。

当事者の俺はもちろん前に座る教師二人も口を閉ざして押し黙ってしまう。

そんな気まずげな三人がいる場所に、俺が一年の時、担任だった山田先生が

一人の女子生徒を連れて入ってきた。

 

突然現れた二人に驚き慌ててプリントを懐に隠すと、入って来た女子に見られかったか

気になり横目でこそっと窺って見る。

すると、その生徒は俺も良く知る女子だったので思わず声をかけてしまう。

 

「一色、どうしたんだお前?」

 

俺の言葉に、沈んだ表情でじっと床を見つめていた一色は顔をあげると「先輩……」と呟く。

しかしその後は口をモゴモゴさせるだけで何も言わず俯いてしまう。

 

どうしたんだこいつ……、と一色を訝しげに見ていると、山田先生は平塚先生たちに

一色を預け、来客スペースから出て行ってしまった。

置いていかれた一色に平塚先生が座るよう促すと、一色は頷き俺の隣に腰を降ろす。

そして横目でちらっとこちらを伺うが、目が合うとこそっと視線を逸らしてしまう。

 

重々しい態度を崩さない教師二人となにやら落ち込んだ様子の一色。

そんな三人に囲まれ逃げ出した気持ちで一杯になりながらも沈黙を守ること暫し。

するとさすがにその澱んだ空気に耐えられなくなったのか伊藤先生が平塚先生に

「先生そろそろ……」と声をかける。

平塚先生は頷くと、今度は一色に国語の解答用紙をそっと差し出す。

 

差し出された解答用紙を受け取った一色は、用紙にさっと視線を泳がせると

表情をさらに沈ませ小さくため息をつく。

俺は一色の横顔をチラチラ伺いながら、もしやこいつもテストで0点を取ったか? と

仲間が増える喜びに浮き足立ってしまう。

そこへ、平塚先生が困ったような声で口を開く。

 

「一色。今回も少し、目標の点数に届かなかったな」

 

「はい……」

 

返ってきた解答用紙を潤んだ瞳で見つめていた一色は、小さな声で返事を返す。

そしてテーブルの上に用紙を置いたので、横目でその点数を確認してみる事にした。

すると用紙には、女の子らしい丸い字で書かれた彼女の名前と

75点と記された点数が見て取れた。

 

期待を込めて見つめた先の点数がまあまあの点数だった事に、

俺はなんだか裏切られた気分になりがっかりしてしまう。

常識的に考えて俺と同じゼロ桁は難しくとも一桁は取るべきだ。

それでも落ち込んだ様子の一色を慰めるつもりで声をかけてみる。

 

「まあなんだ。平均は超えてそうだし、そんな落ち込まなくてもいいんじゃねえか?」

 

俺の優しさに溢れた言葉に涙で潤んだ瞳をこちらに向け、こんな状況でも忘れず

あざとい仕草をする、ある意味立派な一色。

だが呆れ顔をした教師二人の、お前、人の事を慰めている場合じゃないだろう……と

言わんばかりの視線に、居た堪れない気持ちになってしまう。

 

なので一色に「じゃあ頑張れよ」と声をかけ、立ち上がり立ち去ろうと企てたが

そこへ伊藤先生の優しい声が耳の届く。

 

「一色さん。数学は学年五位だったんだから、やっぱり理系に進路を戻した方が」

 

先生の言葉に、一色は勉強が出来ない子。と勝手に決めつけていた俺は驚き、

隣に座る一色を目を丸くして見つめてしまう。マジかよ……、一色が学年五位?

 

『明日、世界が終わる』。そんなことを告げられた気分の俺を放置したまま

教師二人は一色に語りかける。

 

「一色。君は確か一年の進路調査では理系希望だったはず。

それがどうして二年になって急に文系に変えたんだ? 何か理由があるのか?」

 

「確かに以前よりはずっと国語の成績はあがってはいるけど……」

 

「本人の希望を叶えるのが教師の仕事だがうちは進学校で通っているからな。

やはりより向いてる方へ進路を選んで欲しいと思うんだよ」

 

三人のやり取りに耳を傾けながら、一色って理系タイプなんだと思いつつ、確かにあざとい仕草や

計算された立ち振る舞いは理系といえば理系なのかと妙に納得してしまう。

 

まあ計算しすぎなところがあるなぁ、と苦笑しつつ

そういえば今までこいつの成績とか聞いた事も無かった事を思い出す。

 

「一色。お前数学得意だったんだな。うちの学校で学年五位っていったらかなりのもんだろう。

お前が将来何になりたいか知らんけど、向いてる方に行った方が良いと思うぞ」

 

数学テストで最下位をずっとキープしている俺が、訳知り顔で口を挟んでみる。

すると、俺の言葉にこちらを向いた一色は頬を両の手で挟むという可愛らしい仕草で

「玉の輿です」と全然可愛くないことを口にする。

俺も養われたい願望ならお前には負けんぞ! と対抗心を燃やしていると、

この学校の女性教師の中でまだ結婚していない平塚先生と伊藤先生の二人が

うんうんと頷いているのが見えた。

 

俺も専業主夫を目指す身だ。三人の気持ちはわからんでもない。

いつだったか世の女性の理想の旦那像が気になりネットで検索してみたら、

ATMの画像が出てきて爆笑した事を思い出す。

さわるとほのかに温かい。そうコメントを記したユーモアのセンス溢れる作者に

オリンピックのロゴマーク作成をお願いしたいレベル。

 

まあ安定を求めるのは子供を産み育てる女性の心理なのかも知れない。

だが男が同じような理由で健康な子供が欲しいから若い女の子の方が良いというと

ロリコンとか罵倒されるんだよなあ。

そんな事を考えながら、一色が文転した理由に興味が湧いたので尋ねてみることにした。

 

「一色、どうして文系に進路を変更しようと思ったんだ?」

 

俺の問いかけに、一色は難しいそうな顔で口篭ってしまい

それを見た平塚先生が口を開く。

 

「そうだぞ一色。国語を教える立場としては、国語に興味を持って貰えて嬉しいが

やっぱり向き不向きはあるからな。せっかく向いてる理系を捨てるというのは」

 

国語教師として気持ち嬉しい半面、進学校の教師の立場で困っている感じだ。

伊藤先生もうんうんと頷きながら一色の答えを待っている。

三人から答えをせっつかれた一色は言いづらそうに口をモゴモゴさせていたが

教師二人の「言うまで帰さん」といわんばかりの視線に諦めたように吐息をつく。

 

「その、良いなと思っている人が文系志望なので……」

 

一色はごにょごにょした声でいうと、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

一色の言葉に、こいつまだ葉山のこと諦めてないんだと、呆れるやら感心するやらしていると

教師二人は「あー、うん! その気持ち分かるなー!」とか「分かるー! 分かるー!」などと

年甲斐もなくはしゃいでいた。

 

そんなはしゃぐ教師と顔を真っ赤にしている一色の姿を見ながら、そういや俺は何でここに

居るんだろうと考える。

まさかと思うが一色に俺の初体験の記録を見せて公開処刑するつもりなのかと怯えるが

それなら一色が来てから俺に解答用紙を渡すはずだ。

ほんと何で俺ここにいるんだ? と、教師二人へじとっとした視線を向けると

それ気がついた二人は誤魔化すよう咳払いをする。

 

「あのう、平塚先生。用件はなんでしょうか?」

 

俺の問いかけに平塚先生はうむと頷くと、生真面目な表情で尋ね返してきた。

 

「比企谷。去年の生徒会選挙で一色が出した公約を、君は覚えているか?」

 

先生の言葉に頷く。

最初に雪ノ下が出した案である、進学研究室の創設と部活動部費給付基準の緩和の二つ。

そこにもう一つ、一色が出した案である、生徒同士による自分の得意分野で交互に教師役を

努めるグループ学習室の創設の、細かな調整を俺が一色と話し合って決めたのだから、

その内容は今でも良く覚えている。

 

イメージとしては図書館の八人掛けのテーブルに集まった見知らぬ者同士で、

その場限りの友人のようになり教え教わる感じだと思ってもらえれば良いだろう。

普通に友人に恵まれている人間には分からないだろうが、俺のようなプロぼっちや

一色のような「女の敵」を絵に書いたような生き方をしている人間には

誰かと一緒に勉強をする機会そのものが、あまりというか殆ど無いのだ。

 

まあ一色はその恵まれた容姿もあって、それに釣られてくる色ボケした男子たちを 

横から釣り上げようとする、ネットゲームで言うところの「横殴り」を狙う

ある意味一色とお似合いの女友達は多いようだが。

 

そしてグループ学習室では、そういう人の輪から外れ気味なボッチな者たちでも 

割と気軽に声を掛け合えるらしく、互いに教え教えられる良い関係を築けていると

参加した生徒間でもなかなか好評なのだそうだ。

 

俺も何度か参加したが、テーブルに座り少し経つと教わりたい生徒が立ち上がり

他の生徒たちに「この問題わかりますか?」と尋ねるのをみたことがある。

するとテーブルの皆が自分の勉強の手を止めて、その生徒に懇切丁寧に教えており

もしテーブルにいない場合でも、他のテーブルの者が教えたり教わったりしていて

こういう勉強方法も悪くないなと思ったものだ。

人に教える事で自分の中にあった知識が、きちんと自分のものになっていく

そんな不思議な感覚があるのだと思う。

 

俺は友達がいないので行った事はないが、前にテレビで見た合コンみたいに賑やかな

和気あいあいな雰囲気があったように感じる。

俺もその空気に当てられて他の生徒を何度か教えた事があったのだが、教えた女の子に

屈託のない笑顔でお礼をいわれ、その笑顔に思わず恋に落ちそうになったくらいだ。

まあ俺が聞いたら誰も教えてくれなかった訳だが……

 

また増えたトラウマついでに、トラ繋がりでトラブルについてもいくつか話せば

間違った知識を教えてしまったり、そのことを指摘して口論になるケースもあるらしい。

それにはそれで図書委員のように設置された委員会メンバーが仲裁したりするが、

そもそも穏やかな雰囲気のためトラブル自体が起きにくいとの事。

デメリットもあるがメリットの方が大きいため今のところは大成功をと言ってよく

すでに常連になってるメンバーも多いという。

 

多分だが成功の秘訣は勉強する意味を少なからず理解している進学校という事と

普段の姿を見ていないため偏見がなく、その場限りの「一期一会」の気持ちで

みんなが利用しているのが大きいのだと思う。

その事だろうと思い平塚先生に告げると、先生はうむっと頷く。

 

「ただ少し、問題があってな……」

 

先生はいうと、顔を顰めてため息を吐く。

とそこで自分の袖が軽く引かれている事に気が付き、引いている一色へと視線を移す。

すると視線の先で一色は困ったような表情を浮かべていた。

 

「えっーとですね。学習室で勉強していると男の子たちにすっごく声掛けられて

ナンパ? されるんですよね、私。だから全然集中出来ないし行きづらくって……」

 

一色は不満もあらわに言うと、ふっとため息を吐く。

そんな彼女を見て俺は呆れてしまう。

 

や、だってそりゃ、お前があざとい仕草で引っかかった男子たちを

キャッチ&リリースしてたりしてたからだろう……。

簡単に引っかかるほうもあれだが不満だったり困ってるの、むしろ相手の方なんじゃ?

と思いながら一色をじっと半眼で見てみる。

 

瞳を潤ませて可愛らしい小動物のような仕草で俺を見つめ返す一色。

そんな彼女を見ながら、まあこいつ見た目は可愛いしなーと思いつつ

中身もまあ可愛いちゃ可愛いかと考える。

 

そうやって考えていくと、こいつ、もの凄い可愛いんじゃねーか!? と思ったが

俺の地雷センサーが激しく発動し危険を知らせるサイレンが脳内に鳴り響いたので

なんとか正気を取り戻す。そして思ったことを口にする。

 

「まあ頑張って考えて場を整えた当人が行けないのはあれだけど

その分は他所でやればいいじゃねーか? サイゼとかオススメだぞ、マジで」

 

と、俺のとびっきりの場所を教えたのだが、一色は納得してくれなかった。

 

「自分で考えて整えた場所だからそこに行きたいし、ちゃんと想っていたように

みんなが利用してくれているか、気になるんじゃないですか……」

 

一色はいうと拗ねたようにそっぽを向く。

 

なら次は川の中州でバーベキューをしながら勉強する事を勧めるかと思ったが、その仕草は

あざといが言ってる事や想っている事は、もう立派な生徒会長だなと感心してしまう。

 

だが残念無念どうしても、想った通りにいかないのが人間社会である。

例えそれが善意で始めた事だとしても、その気持ちを相手に汲み取ってもらえるかは別の話。

なのでここは心を鬼にして「でも行けないんでそ?」といってみる。

 

俺の言葉に、一色は俯いて表情を沈んだものに変えてしまう。

落ち込んでしまった一色を見て、どうしよう……と戸惑っていると

一色はがばっと顔をあげ力強く拳を握り締め訴えてきた。

 

「でも手はあるんです。考えたんです!」

 

さすがメンタルの強さは日本代表クラス。

その不屈な精神もとい諦めの悪さは彼女の才能といってもいいかも知れない。

 

俺は気になったのでさらに聞いてみる。

すると一色は人差し指をふりふりしながら話し始める。

 

「えっーとですね、おしおき部屋あるじゃないですかー?」

 

おしおき部屋。

それはもちろん奉仕部の部室の事である。いや違う! あそこは社畜の育成所、

もしくはピンク髪のクッキーモンスターがお菓子を食べる部屋だった。

 

話がズレたので話を戻すと、おしおき部屋とはグループ学習室内に設置された小部屋の事である。

そして学習室でトラブルを起こした生徒が入る牢獄でもある。

 

おしおきの内容は、机と椅子だけ置いてある畳一畳ほどの広さの個室で外との接触はせず、

三十分入って気を鎮めてから出てくるか、もしくは一週間の学習室使用禁止と定められている。

そして、おしおきの途中バックレたりトラブルメーカーだと判断されれば 

学習室の無期限使用禁止措置が発動されることもある。

 

だが学習室が設置されてからトラブルらしいトラブルもなく、戸部が五月蝿いと

クレームが入り、奴が三回、牢獄入りしただけと記憶している。

部屋といっても保健室のベットのようにカーテンがひかれているだけなのだが。

俺がそれを思い出していると、一色は身振り手振りを混じえつつ話を続ける。

 

「なので私が、おしおき部屋に入ろうと思うんですよー!」

 

これまた良く意味がわからない事を、きゃるんとした笑顔で言ってきた。

何いってんだ、こいつは……。そんな呆れた表情を浮かべていると、それを見た一色は

理解力たりないなー、この人。みたいなムカつく顔をしてさらに話を続ける。

 

「いいですか先輩? 私は皆の居るところにいるとナンパされちゃうんです。

なので皆に見えないように「おしおきへや」に隠れながら勉強しようと考えたんです。

そしてですね。たまにカーテンを開けて皆の様子を見れれば良いかなって思うんです。

どう思います? そう思いませんか?」

 

一色は言うと、自信満々な不敵な笑みを見せる。

 

そんな一色を見て俺は、このモテてる事を全く隠さない正々堂々した侍のようなスタイル、

いうならばサムライスピリッツを体現した潔良すぎる生き様に唖然としてしまう。

なのに謙虚さをまるで感じさせないその性格に女の敵らしさが垣間見えて、

近いうちに刺されそうだと心配になってくる。

ただその発想自体は、時代劇で天井裏に潜んで殿様の命令を待つ忍者のような

「何時でも見守っています!」というプロ意識を感じされるモノがある気がした。

 

現代風にいえばセコムっぽいとでも言えば良いのだろうか?

でもセコムのCMに出てた長島茂雄さんの家に泥棒入ったんだよな……と考えながら、

そんな風に自分が整えた「場」をきちんと見守りたいと思うのは立派なことだと思う。

 

「いいんじゃねーか? 話を聞く分には悪くない手だと思うし」

 

「なら先輩、私の勉強に付き合ってもらえますよね?」

 

一色はいうと、とびっきり底意地悪い笑みを浮かべた。

 

 

 




では次回で


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