『未来が視える』副作用(サイドエフェクト) 作:ひとりがかり
何度魔法の言葉である『なんやかんや』を使おうと思ったことか……!
あと、迅のトリガー構成の変更に伴って前話の内容を改稿していますので、もし時間があれば前話の方もご覧下さい。
前話でも書きましたが、トリガーに関する独自解釈があります。
(このままじゃジリ貧だな)
太刀川の連続攻撃を捌きながら、迅はそう感じていた。
迅の目から見ても太刀川の攻撃はおかしい。孤月を両手に持って攻撃してくるだけでもおかしいのに、自身の攻撃が相手に読まれていると感じたら、太刀川は攻撃途中だろうが何だろうが、孤月の剣閃を平気で曲げる。もちろん反対方向に曲げるようなものではなく、手首を曲げて精々中段攻撃を上段攻撃に変える程度なのだが、それでも初めて見た時は開いた口が塞がらず、そのまま真っ二つにされた程だ。
それに加えて太刀川の連続攻撃にはインターバルが存在しない。
孤月の2刀流という自身のアドバンテージを最大限に活かして、ずっと俺のターンと言わんばかりに攻撃が続いていき、しかも時たま途中で攻撃軌道が変わる怒涛の連撃は、迅の持つ予知の処理速度を当たり前のように超えてくるのだ。
「……くっ」
捌ききれなかった太刀川の孤月の1つが右腕にかすり、トリオンが流出する。
今回も何とか致命傷は免れたが、迅のトリオン体には捌ききれなかった太刀川の攻撃のよる傷がまた1つ増えた。
先程から防戦一方で一向に主導権が取れない。
純粋な剣の勝負では、迅は太刀川に一生勝てないだろうと思っている。あれは剣の申し子だ。
忍田からも『剣の才能において、あくまでも迅は天才
孤月というトリガーは太刀川のためにあると言ってもいい。
だからこそ迅は、太刀川に勝つために自身の長所と短所を改めて1から見つめ直し、また日夜エンジニアの人達と話し合うことで、自身の長所を最大限に活かせるトリガー〝スコーピオン〟の開発に成功したのだ。
それはさて置き今現在、迅はその自身の長所を最大限に活かせる戦闘をすることができずに、太刀川の最も得意とする剣術勝負へと持ち込まれてしまっている。
さらにテレポートを使い距離を取って仕切り直そうにも、テレポートを使うことができない。
一見便利に見えるテレポートだが、当然幾つか弱点が存在する。
それは使用した直後に連続使用できなかったり、視線の先にしか移動できないので読まれやすいといったものだけではない。実はテレポートというトリガーはトリオン体を瞬間移動させるといった性質上、シールドやグラスホッパーと言ったトリガーと比べてコンマ何秒かだが、起動に時間が掛かってしまうのだ。
もちろん普段使用する分には何の問題もないのだが、今、この場でテレポートを使えば、起動するまでの僅かなタイムラグの間に真っ二つにされてしまうだろう。
つまりテレポートというトリガーは、移動の前後が最も隙が大きいトリガーなのだ。
なので現在迅は迂闊にテレポートを使うことができず、ただひたすら太刀川の攻撃を捌くといった状態が続いてしまっているのだ。
(賭けに出るしかないな)
予知を使えない以上、迅は危険を承知で賭けに出るしかない。
狙うは攻撃後に最も隙ができる上段からの振り下ろしをかわした直後。その瞬間ならきっとテレポートをする隙もできる筈だ。
現在迅の目に映るのは予知からの組み立てを考える暇もない、畳み掛けるような連続攻撃。正直こんな方法で予知を突破してくるなんて、ボーダー広しといえども太刀川ぐらいなものだろう。
圧倒的不利な状況。にもかかわらず、迅は自分の口元が釣り上がっていることに気づく。
そりゃそうか、と迅は一人納得する。
そう、迅はこの予知が役に立たない状況が、楽しくて仕方ないのだ。
まるで、何か普通の人みたいだなと。
だが、このままでは間違いなく負けてしまう。いくら今の状態が楽しかろうと、負けるつもりなど毛頭ない。
覚悟を決めてからしばらくして、待ちに待った右の孤月による上段からの振り下ろしが来た。
あらゆる攻撃の中で最も剣速が上がる、上段からの振り下ろしだ。
スコーピオンを使っては意味がない。迅はそれをスコーピオンを使わずに体を捻ることで、太刀川の振り下ろしを見事紙一重で避けると、テレポートによる離脱をするため視線を離脱先に向けた。
だが迅が視線を逸らしたその瞬間、太刀川は笑った。
迅が距離を取って仕切り直したいことなど、太刀川は当然のように理解していた。そして迅が狙っているのは間違いなく上段からの振り下ろしをかわした瞬間だろうということにも。
いかに太刀川といえども、孤月の振り下ろし途中は重力も掛かるため、孤月の軌道を曲げることができない。
だからこそ、あえて太刀川は右の孤月による上段からの振り下ろしをしたのだ。
そして予想通り孤月の振り下ろしを見事かわした迅は、テレポートを使用するためだろう、左手に持っているスコーピオンがスッと消えるのが見えた。
「甘いわ!」
そう太刀川は叫ぶと、振り下ろし中の孤月の下にジャンプ台トリガー〝グラスホッパー〟を展開させた。すると振り下ろされた孤月がグラスホッパーを踏むことで、剣閃の軌道が再度変わる。
急な方向転換に一瞬バランスが崩れそうになるが、あらかじめ予想していたことだ。足に力を込めて無理やりバランスを取る。
そして軌道が変わった孤月は迅の方へと真っ直ぐ向かって行く。
迅は現在テレポートを使用するためだろう、スコーピオンを右手1本しか持っていない。
迅がテレポートで移動する前に蹴りをつける。仮に迅がその右手のスコーピオンで今の攻撃を防いだとしても、その次にくる左の孤月の一撃を防ぐ術を持ってない。
(詰みだ)
太刀川が勝利を確信した瞬間、地面からトリオンの刃が生えてくるのが見えた。
何だと一瞬思った太刀川だが、それがスコーピオンだと理解すると、ようやく迅が左手のスコーピオンを消した意図に気づく。
(――モールクローか!)
〝モールクロー〟[もぐらの爪]とは足の裏から刃上のスコーピオンを出し、そしてその刃がまるでもぐらのように地面を通って攻撃するスコーピオンを使った技のことだ。
迅はテレポートをすると見せかけて、モールクローで攻撃してきたのだ。
(読まれていたのは、おれの方か!)
太刀川はほぼ反射的にグラスホッパーを攻撃途中の孤月の前に新たに展開させると、そのまま孤月を踏ませ剣閃の軌道を再度無理やりねじ曲げた。
先程のやつと違い、今回のはあまりに急な軌道変更なため、トリオン体がミシミシと悲鳴をあげるが気にしている暇などない。
生身では絶対できない、頑丈なトリオン体だからこそできる孤月の2度の剣閃の軌道変換という力技に観客達が驚く。
そして再度軌道を曲げた孤月は、見事地中から出たスコーピオンを破壊するのに成功した。
だが急に孤月の軌道を曲げたため体のバランスが崩れてしまい、今まで続いた太刀川怒涛の連続攻撃が遂に止まってしまう。
そしてそんな隙を迅が見逃す筈もなく、迅はテレポートを使い太刀川の間合いの外に行ってしまった。
「せめて腕の1本ぐらいもらいたかったが……」
間合いから離れる迅を見ながら太刀川は思わず呟く。倒せないまでもせめて腕か足の1本でも落としておきたかった。
いや、今のは迅を褒めるべきだろう。まさかあの極限の状態でモールクローをするとは思わなかった。
だがこれで、迅の最も得意とする戦闘で勝負することになってしまった。
突然だが、迅が持つ黒トリガー〝風刃〟の最大の特徴は、物体に斬撃を伝播させ目の届く範囲のどこにでも攻撃ができる、その遠隔斬撃にある。
途中に何があろうと関係ない。物体を伝播できる遠隔斬撃はあらゆる障害物を通り抜け、必ず目標地点に斬撃を飛ばすことが可能だ。
だが、いくら遠くに攻撃できようと、斬撃は斬撃であり、盾にはならない。しかも黒トリガー使用中は他のトリガーを併用して使えなかったりする。
なので風刃を使用する場合、通常なら遠距離から敵に見つからないように攻撃し、倒せればこちらの勝ちで、倒せずに敵に見つかればあちらの勝ちといった感じになってしまう。
そう、通常ならば。
だが未来視の
それは風刃の特性である物体に斬撃を伝播させるその遠隔斬撃を、ただ遠距離から放つだけでなく、敵までの遠隔斬撃のルートをワザと迂回させ、迅自身の
絶対的な予知に基づいて行われる、遠距離における障害物を無視した一方的な斬撃と、近距離における迂回した斬撃による多重攻撃。それがボーダー最強の隊員、迅悠一の風刃での戦い方だ。
「……さて、第2ラウンドと行こうか。太刀川さん」
どうして今、黒トリガーである風刃の話をしたのか。
それはその風刃での戦い方こそが、迅の持つ自身の長所を最大限に活かした戦い方であり。
――四角く巨大なトリオンキューブが、迅の手のひらに現れる。
そして自身の持つノーマルトリガーを使い、風刃での戦い方を
シューター用トリガー〝バイパー〟[変化弾]。
体内にあるトリオンをキューブ状の弾丸にして攻撃するトリガーの1つ。
最大の特徴は、その飛ばすトリオンの弾道を自由に設定できることで、上手く設定すれば障害物を避けたり相手の予期せぬ方向からの攻撃が可能となる。
だがその反面制御が難しく、弾道をリアルタイムで設定する場合には、実際に弾を撃った場合の速度や軌道などをしっかりとイメージできる空想力に自分を含めた周囲の状況を正確に把握できる客観的視点。そして自分と攻撃対象までの距離を正確に捉えることができる空間認識能力が必要となる。
だから出水や那須といった一部の上位シューター以外のほとんどのシューターは、あらかじめ幾つかの弾道を設定していて、戦闘時にその設定された中から選択するという方法を取っている。
そして迅の手にある巨大なトリオンキューブがパラパラと11個に分割されると、全てが異なる軌道を描きながら太刀川へと向かって行く。
そう、迅はただのスコーピオン使いではない。トリオンが滲むような努力の末に、バイパーの弾道をリアルタイムで設定できることが可能になった上位のシューターでもあるのだ。
迫りくるトリオンの弾を太刀川が弧月を使って1つずつ弾いていく。
予知能力に裏付けられた迅のバイパーはそれだけでも厄介だ。縦横無尽に飛び回る弾の1つ1つに意味があり、決して目を離すことができない。
――だが、1番厄介なのはそれではない。
いつの間にか迅が太刀川の目の前に立っていた。
迅はバイパーを撃ち出したあと、太刀川の目がバイパーに注目した一瞬を見計らい、太刀川の目の前にテレポートを使って移動したのだ。
そして迅の反撃が始まる。
バイパー+スコーピオンの同時使用という、ボーダーの過去どころか未来にも現れないであろう奇抜なスタイルにもかかわらず、師匠である最上に徹底的に基礎を叩き込まれた迅の攻めは意外と基本に忠実だったりする。
だが、だからこそ奇襲が光る。
迅のスコーピオンと太刀川の孤月がぶつかり合う瞬間、迅はスコーピオンを消すことで太刀川の孤月を無理やり空振りさせると、そのまま流れるような仕草で右足にスコーピオンを纏わせた蹴りを放つ。
バイパーを使用中ということもあり、現在迅はスコーピオンを1本しか持っていない。
だが元々スコーピオンは守りよりも攻めに適したトリガーであると同時に、個人総合1位である迅の攻めだ。スコーピオン1本だろうがその攻撃力はボーダー内でも間違いなくトップクラスだろう。
だが、太刀川はもう1本の孤月で迅の蹴りを難なく受け止める。
現在対峙しているのは個人総合2位であり、迅の唯一のライバルでもある太刀川だ。いくらスコーピオン最強の迅の攻めと言えども、スコーピオン1本では孤月を2本手にしている太刀川なら対処できない程ではない。
そして迅の蹴りを弾き反撃に転じようしたその瞬間、先程迅が放ったバイパーの内の3つが、まるで意思を持ったかのように突然急旋回すると、太刀川目掛けて真っ直ぐ突っ込んできた。
太刀川はそれらを咄嗟に孤月で弾くが、その隙を迅に突かれてしまい、スコーピオンでわき腹を斬られてしまう。
そうだ。これが1番厄介なのだ。スコーピオンでの近接攻撃と、バイパーを風刃の遠隔斬撃に見立てた1人多重攻撃。
これが、迅悠一を個人総合ランク1位を不動のものにしている必殺のコンビネーションなのだ。
そんな攻防が続きバイパーの数が少なくなってくると、迅は仕切り直すため、テレポートを使い距離を取ろうとする。
通常ならテレポートなどせずにその場でバイパーを再度起動させるのだが、現在迅の前に立ちはだかっているのは太刀川だ。さすがの迅といえども、太刀川と戦っている最中にバイパーの弾道を設定することはできない。
当然太刀川も迅のテレポートの起動を阻止しようとするが、この未来も視えていたのだろう。残りのバイパーが主である迅を守るように横やりを入れて来る。
そして太刀川がそのバイパーを対処するわずかな間に、迅がテレポートを使用し旋空孤月の間合いの外へと移動してしまう。
グラスホッパーを展開して追いかけようにも、迅が再びバイパーを起動する方が早いうえに、追うと間違いなくグラスホッパーの展開中の守りが薄い時に攻撃を受けてしまう。
太刀川は迅が離れていくのを見送るしかなかった。
そして遠く間合いの離れた迅の手のひらに、再度トリオンキューブが現れたのが見える。
先程までとは、完全に攻守が入れ替わってしまった。
迅がバイパーとスコーピオンによる波状攻撃とテレポートでの離脱を繰り返していくのに対し、太刀川は反撃らしい反撃をすることができない。
原因はバイパーだ。
唯の剣の打ち合いだけなら太刀川の方に分がある。
だが迅の周りには常に分割されたトリオンキューブがあり、しかもそれらはいつ自分を襲ってくるかもわからない。そんな状態で目の前にいる迅と戦わなければいけなくなる。
そしてその意識の差が、太刀川と迅の剣の打ち合いをほぼ互角にしてしまう。
しかもその上、バイパーがまるで迅の第3の手のように援護してくる。
常に死角から攻撃してくるトリオン弾は、太刀川が攻撃に移る瞬間だったりスコーピオンを防御する瞬間など、とにかく最も攻撃が来てほしくない瞬間に攻撃が来る。
バイパーによって、迅はこの圧倒的有利な状況を作り出しているのだ。
それでも初めのうちは何とか対応できていた太刀川だったが、迅の猛攻が続くに連れて集中力とトリオンがガンガン削られていく。
3方向以上から同時に攻撃が来るのだ。反撃しようにもその糸口すら見つけることができない。
建物内に逃げ込もうにも割と長めの孤月と変幻自在のスコーピオンとでは、狭い場所で戦った場合の相性が悪すぎる。
太刀川は致命傷を受けないよう、ただひたすら耐えるしかなかった。
止めを刺すつもりだろうか。先程までと同様にバイパーを放ったあとに攻撃を仕掛けてきた迅だが、片方のトリガーにバイパーを使っているにもかかわらず、迅のその両手には1本ずつ、合計2本のスコーピオンを握っているのが見えた。
それを見た太刀川が吐き捨てるように。
「ブランチブレードか」
と、迅の両手を見つめながら言った。
〝ブランチブレード〟[枝刃]とは、スコーピオンを体内で枝分かれさせ、表に出すスコーピオンの数を増やす技のことで、迅は太刀川を倒すため、1本のスコーピオンを両手から出して攻撃してきたのだ。
もちろん弱点もある。只でさえ脆いスコーピオンをさらに薄く伸ばすのだ。いくら迅といえども攻撃は兎も角、防御がさらに疎かになる。
だが現在孤月1本の太刀川では、両手に持った迅のスコーピオンの猛攻に耐えられないし、仮に孤月を2本使えば迅のバイパーを防ぐことができない。
――このままでは負ける。
太刀川の脳裏に敗北の2文字がよぎる。
現在太刀川は満身創痍だ。迅の猛攻により、身体中傷だらけで、集中力も切れかかっている。
迅がこのタイミングでブランチブレードをしてきたということは、そういうことだろう。先月と先々月の2か月連続で太刀川は迅のブランチブレードによって負けているのだ。太刀川が弱気になってしまうのも、仕方がないのかもしれない。
――だが、太刀川慶は〝天才〟である。
「舐めるなぁぁああ―――!」
太刀川は自分に対して吠えることで〝負けるかも〟と弱気になってしまった気持ちを一新させると、バイパーの軌道上にシールドを多数展開した。
そして太刀川は迅の両手にある2本のスコーピオンの猛攻を、同じく両手に持った2本の孤月で、そして自身に迫りくるバイパー対しては大多数のシールドを自身の周りに展開させることで防いだのだ。
「……どういうことですか? 蓮さん」
出水から見て、現在太刀川は2本の孤月と2つのシールドの4つのトリガーを同時に起動している。だが1度に起動できるトリガーは最大2つまで。どう考えてもあり得ないことが今起きている。
なので出水はこの状況で唯一答えを知っているであろう蓮に聞いてみた。
聞かれた蓮は「おそらくだけど」と前置きすると。
「通常時にはシールドを展開していて、迅くんと打ち合う瞬間のみ孤月に切り替えているんじゃないのかしら」
そう答えた。
孤月というトリガーは他の一般的なトリガーと違い、別のトリガーに切り替えても形は残る。もちろん形に残るだけで、切れ味どころか強度すらない。文字通り形に残るだけだ。
なので持っていても邪魔になるので、鞘に収めるかトリオン解除して分解させるのが普通だ。
そう、普通なら。
だが太刀川はおそらく孤月をあえて仕舞わずに、迅のスコーピオンが当たるその瞬間のみ孤月を起動させ、そしてそれ以外の時はシールドを展開させることで、迅のスコーピオンとバイパーの両方を防いでいるのだろう。
よく見ると太刀川の孤月がスコーピオンに当たる瞬間のみ、太刀川のシールドが半分消えていることから間違いない。
「やっぱあの人化け物だわ」
思わず零れた出水の言葉を否定できる人間はいなかった。
(おいおい、マジかよ)
目の前で起きている現象に、いつも気だるそうにしている迅の目が見開く。
自身が最も得意とし、忍田本部長でさえ討ち取ることがある必殺のコンビネーションを、太刀川は完璧に防いでいる。
通常孤月を扱う者が、孤月を持った状態で狙撃等が来た場合、咄嗟にトリガーをシールドに切り替えて防御し、そしてその後孤月に戻して攻撃を再開するといったことはよくある。だが、あんな攻撃が当たる瞬間のみ切り替えるなんて普通は絶対にできない。
一歩タイミングを間違えれば孤月ごと斬られるのだ。相手の攻撃する時の癖、タイミング、全てわかっていないと成功しない。予知の
しかも今の今までしてなかったことから、ほぼ間違いなくぶっつけ本番だろう。天才と言うしかなかった。
「……くっ」
手持ちのバイパーを使いきった迅が、仕切り直すためテレポートを使って離脱する。
いつもならバイパーとスコーピオンによる連携で追撃などする余裕などなかったが、完璧に防ぎきったからだろう、今回は幾分か追撃を仕掛ける余裕があった。
「逃がすか!」
正直な話、先程の迅の攻撃を防ぎきった太刀川だったが、実際はかなりギリギリの攻防だった。同じことを何度もやれと言われてもできる自信がない。
だから太刀川は迅に追撃を仕掛けるためグラスホッパーを展開させ、迅を追いかける。
離脱先した先で、迅が即座にバリケードのような巨大な盾を地面から出現させる。
トリオンで構成された大型のバリケードを出現させるトリガー〝エスクード〟。
変形できず、また動かすこともできないが、耐久力が非常に高く、メテオラやアイビスと言った攻撃能力の高い攻撃も容易く防ぐことができるのが特徴だ。
ただ、シールドと違い透明ではないため、目の前に起動させると視界が遮られてしまう上にトリオンの消費量も激しいので、使用する場合は何かと注意が必要になってしまうトリガーでもある。
太刀川はそれを見て、しゃらくせえとばかりに左右の旋空孤月2連撃でエスクードを真っ二つにする。
エスクードはボーダー最硬を誇るトリガーだ。
いくら旋空孤月の連続使用とはいえ、エスクードを切ることなど、ましてや真っ二つにすることなど普通はできない。
なので太刀川はトリオンとトリオンの繋ぎ目を旋空孤月の2連撃を狙って叩き込むことで、エスクードを切断することに成功したのだ。
この光景をモニターで見ていた隊員達のほとんどが「エスクードって切れるんだ」と同じことを思った。
いくら観客達が騒ごうが、太刀川にとってこれは予定調和。いくら硬かろうが受け流せない盾など壁でしかない。
崩壊するエスクードの奥にいるであろう迅を探すが、迅の姿が見当たらない。
迅は何処だ!? 太刀川が疑問に思ったその瞬間。
「こっちだよ、太刀川さん」
左の方から迅の声が聞こえた。
そして思わず反射的に振り向いたその瞬間、左からくる強烈な衝撃に太刀川は文字通り吹き飛んだ。
そう迅はエスクードを太刀川の攻撃から守るための盾として起動させた訳ではない。エスクードを自身がテレポートを使用する姿を隠すための壁として起動させたのだ。
そして太刀川に見つからないようテレポートで死角に移動した迅は、その勢いそのままに足にスコーピオンを纏わせた跳び蹴りを太刀川に喰らわしたのだ。
吹き飛ばされる太刀川を見ながら迅が「さすが太刀川さん」と感心したように呟いた。
迅の跳び蹴りの、そのあまりもの強烈な衝撃に、太刀川はまるで木の葉のように吹き飛ばされてしまう。そして民家1軒を貫通し、さらにその奥にある倉庫のシャッターを突き破ることで、ようやくその勢いが弱まり起き上がることができた。
倉庫の中で、太刀川は咄嗟に迅の蹴りが直撃した左腕の確認する。
実は先程の迅の蹴りを食らう際、太刀川は反射的にシールドを展開したのだが、トリオン体で加速し、しかも当たる瞬間足にスコーピオンを纏わせた蹴りの威力は想像以上で、迅の蹴りは太刀川のシールドを破壊すると、そのまま左腕を突き刺し吹き飛ばしたのだった。
(……孤月は振れないか)
おそらく孤月を握るだけなら何とかできるだろうが、振ることはできない。そう結論づけて倉庫を出ようとしたその瞬間、太刀川は信じられないものを見た。
〝ピンボール〟[乱反射]という技がある。
それはグラスホッパーを空中のあらゆる所に張り巡らし、そしてそれらジャンプ台を踏むことで空中を跳び回って相手を翻弄する技だ。
迅バカで有名な緑川の得意技であり、空中をトリッキーに跳び回るその姿はまさにピンボールと言える。
太刀川を追いかけて倉庫内へと突入した迅は現在、太刀川の目の前でそのピンボールをやっている。
それもグラスホッパーを使わずにスコーピオンのみを使って。
跳ねる。跳ねる。跳ねる。
スコーピオンを足の裏からバネにのように生やすことで、地面から壁に、壁から天井に、そして天井から地面へと、ただひたすら高速で跳ねる。
まるで箱の中でスーパーボールが暴れているように無軌道に動いているにもかかわらず、その移動速度があまりにも速いため太刀川には跳び回っている迅の姿を捉える事ができない。
それを理解した瞬間、何時攻撃がくるのかわからない恐怖が太刀川を襲う。
通常なら出口に向かって走るか、後ろからの奇襲が来ないよう壁に背を預けるのが正解だろう。いや、太刀川なら適当に旋空孤月を放つだけでも効果があるかもしれない。
だが、今目の前で高速移動しているのは予知の
倉庫内には太刀川と、迅のスコーピオンが壁や地面に当たって出る音しか存在しなかった。
「……なあ迅バカ。お前アレできるか?」
「無理に決まってるでしょ」
米屋の問いに、迅を尊敬するあまり一部から〝迅バカ〟と呼ばれている緑川はそう答える。
緑川もピンボールが使える数少ない人間の1人である。だから米屋も尋ねたのであろうが、明らかに顔が引きつっていることから文字通り聞いてみただけなのだろう。
かつて緑川は
「……遠いよね」
ポツリと呟いた緑川のその言葉に、米屋は「何が」とは聞かなかった。
――そして戦いは、最終局面を迎える。
「ははは…………この化け物が」
遠征中でも感じなかった背筋がゾクッとする感覚を味わった太刀川は、左手に持っている孤月をトリオン解除して消滅させると、右手に持っているもう1本の孤月を鞘に収めると静かに構えた。
居合いの構えだ。
それは自分の抜刀速度に対する絶対的な自信。たとえ迅がどれだけ速く動こうとも、それこそ目に見えないくらいの速度で攻撃したとしても『おれが孤月で迅を斬る方が速い』という自信の表れだった。
少しでも隙を見せれば負ける。そんな極限状態にもかかわらず、太刀川はかつて師匠である忍田から言われたことを思い出していた。
『慶。お前はもっと〝意〟を読めるようになれ』
『……い?』
『殺意、敵意、害意といったものだ』
『ああ~、カゲのやつが感じるアレですか』
カゲと言うのはB級2位影浦隊の隊長である影浦雅人のことで、彼は〝感情受信体質〟という自身に向けられる意識や感情といったものを文字通り肌で感じることのできる
『そうだ。お前もそれらを感じられるようになれ』
『いやいやいや無理でしょ』
太刀川自身影浦に会うまで、意識や感情が物理的に影響を及ぼすなんて信じられなかったのだ。そんな自分が影浦みたいなマネがをできるなんて到底思えなかった。
『あのな、慶。
実は忍田や林道といった旧ボーダー隊員達は、それまでの経験からか皆大なり小なり感じることができてたりする。
『と言うことは迅の予知も』
『あれは例外だ』
その理屈でいくと迅の
その後忍田から聞かされた日常生活における弊害や助成金についての話は難しすぎてほとんど覚えていなかったりする。
ただ、
――それと。
『なんで迅はあんな力に目覚めたんだろうな』
そう呟いた忍田の言葉は、何故か今でも憶えている。
師である忍田の言う通り、例えどれだけ速く動こうとも、それこそ目に見えない程速く動こうとも、人は攻撃に移る瞬間、多かれ少なかれ必ず殺意や敵意といったものが出る。そしてそれらは物理的に存在することが科学的に証明されているのだ。
だったら迅が攻撃しようとした瞬間にそれを感じて斬ればいい。それだけのことだ。
孤月を構えながら、ただひたすら迅が攻撃してくるを待つ。
敗北一歩手前の状況だというのに笑っていることに気づく。
ああ、楽しい。こんなゾクゾクとするのは遠征中でもなかった。
どうせ目を開けてても、速すぎて迅は見えないのだ。目を瞑る。下手に開けていたら鈍る。
耳には迅が地面や壁を蹴る音のみが入ってくる。
速いリズムだ。いつ攻撃してきてもおかしくない。
そう考えるとヤバい。焦ってきた。
落ち着け。
落ち着け。
まだだ、沈まれ。
大丈夫。師匠ができるんだ。だったらその教えを受けた自分ができない筈がない。
できるったらできる。
……よしっ、今できるようになった。
――来る!
居合いの構えをしてから30秒程たった頃だろうか。太刀川は〝迅が攻撃に移った〟と感じた。
理由はわからない。それは極限状態での焦燥による勘違いかもしれないし、それとも本当に迅の敵意を感じたのか太刀川自身判断できない。
だが結果として、太刀川は高速で跳び回っていた迅が自身へと攻撃に移行する瞬間を見事的中させたのだ。
ほぼ無意識の状態で鞘から孤月を抜く。考えるより先に体が勝手に動くのを感じる。
狙うは自身の右斜め上。旋空を起動していたら間に合わない。そのまま行く。
抜刀速度は間違いなく過去最高。迅の動きどころか、今なら師匠の忍田より速い自信がある。
今、この瞬間。間違いなく太刀川の実力が1段階上がり、2人は対等になった。
――一閃!
今までの人生の中で間違いなく最速。それこそ音速を超える程の居合い斬りが迅を襲った。
だが、太刀川が孤月から感じたのは迅を斬る感覚ではなく、まるで素振りをしたのような、空を斬る感覚だった。
その有り得ない感覚に太刀川が驚く。何故だ。速度、タイミング、完璧だった筈。
まさかと思い、太刀川が孤月を振った右斜め上を見ると、迅が天井からぶら下がってこちらを見ていた。
攻撃に移る瞬間に天井に移動した迅は、両足にある棒状のスコーピオンを刃上に変形させて突き刺すことで、太刀川に跳びかからず天井に留まるというフェイントを仕掛けたのだ。
孤月を空振りしたことによりできてしまった大きな隙。
迅がそんな隙を見逃す筈もなく、天井に突き刺したスコーピオンを両手に移動させると、そのまま太刀川に向かって跳びかかった。
迅が一直線に向かって来てるにもかかわらず、太刀川はいまだ孤月を振り切った体勢から動けていない。
モニターを見ていた観客達が「やはり今回も迅の勝ちか」「太刀川さんも惜しかった」と口々に言い、それこそ迅自身でさえ勝利を確信したその時、迅は太刀川の口が三日月に歪むのが見えた。
すると隙だらけの筈の太刀川の胸から、トリオンで構成されたブレードが飛び出た。
(スコーピオン!?)
自身に襲いかかる太刀川の胸から出たスコーピオンに、迅は頭の中が一瞬真っ白になった。
元々両手で孤月を2本扱う太刀川は、トリガー構成があまり変わらないことで有名な隊員だ。トリガーをその場の状況でコロコロ変えて戦うよりも、あらゆる状況を孤月に絞って戦った方が強い。それほどまでに太刀川と弧月の相性が良すぎるのだ。
だからこそ、太刀川はあえてステルストリガーである〝バッグワーム〟を外してスコーピオンをトリガーに入れると、起動させる素振りさえ見せずに今の今まで虎視眈々と狙っていたのだ。
全ては迅が勝利を確信して緊張が緩んだその瞬間。その瞬間にスコーピオンでの奇襲を確実に成功させるために。
(何故太刀川さんがスコーピオンを!?)
確かに太刀川がスコーピオンを使う未来も視えた。だがそれは限りなく確率の低い未来で且つ今の今まで使ってこなかったことから失念していたのだ。
ヤバい。当たる。
攻撃は中止。
避けろ!
「……ぐっ」
咄嗟に無理やり体を捻って致命傷を避けようと試みるが、わき腹の3分の1程スコーピオンがズブリと刺さってしまい、少なくない量のトリオンが煙となって漏出する。
生身なら間違いなく致命傷。だがこの体はトリオン体。トリオンとトリオン器官さえ無事なら例え手足がなくても戦うことができる。
迅はまるで倒れ込むように太刀川の前に着地した。
そして迅が有利だった戦いの天秤は太刀川の方へと傾く。
太刀川は止めを刺そうと、先程外した孤月を両手で掴んで頭上に持ってくると、上段からの振り落ろしを目の前にいる迅に向かって放った。
対する迅も急いで体を起こして回避しようとするが、明らかに太刀川の攻撃の方が速い。
――そして。
「アレをかわすか? 普通」
自身の胸に突き刺さったスコーピオンを見ながら太刀川は何処か悔しそうに呟いた。
『トリオン器官破壊! 太刀川ダウン!』
あ~、レポートどうすっかな~と言いながら太刀川がトリオン粒子となって空に舞い上がって行く。
攻撃が当たるその直前、迅は手を地面に着けてスコーピオンを射出し、その勢いのまま無理やり体を起こすことで太刀川の振り下ろしの直撃を回避すると、そのままそのスコーピオンを鞭のように伸ばして攻撃することで、太刀川のトリオン器官を見事破壊することに成功したのだ。
そして太刀川を倒した迅は背中から落ちると、そのまま地面にゴロンと横たわった。
当然だ。現在迅の両足には、膝から下が存在しないのだから。
太刀川の最後の一撃を何とかかわした迅だったが、当然無傷とはいかず、両足を綺麗に切断されてしまった。
それに加えてわき腹からは現在進行形でトリオンが漏れ続けている。
立ち上がることさえ儘ならない。しかもあと数秒で自分もトリオン漏出過多で戦闘不能になるだろう。
実戦ならば引き分け。ランク戦ならば間違いなく敗北だろう。
――だけど、それでも。
「最上さん、勝ったよ」
迅は誰も聞こえないような声で小さく呟くと、拳を天井に突き上げた。
迅の勝ちだ。
『模擬戦終了!』
あまりもの激闘にモニターを見ている観客達から惜しみない拍手が送られる。
――こうして迅と太刀川の月1恒例の模擬戦は迅の勝利で幕を閉じた。
この模擬戦における迅悠一のトリガー構成は
メイントリガー
・スコーピオン
・シールド
・エスクード
・テレポート
サブトリガー
・スコーピオン
・シールド
・バイパー
・バッグワーム
と、なっています。
ちなみに太刀川慶のトリガー構成は
メイントリガー
・孤月
・旋空
・シールド
・グラスホッパー
サブトリガー
・孤月
・旋空
・シールド
・スコーピオン
に、なってます。