『未来が視える』副作用(サイドエフェクト) 作:ひとりがかり
三雲修、空閑遊真、雨取千佳の3人が玉狛支部で、迅ズブートキャンプという名の猛特訓を受けている頃。
――12月21日。
ここは、A級ランク6位である三輪隊専用の作戦室。
他の隊員達がいない作戦室で、1人の女性隊員が黙々と作業をしている。
その女性隊員の名前は月見蓮。
三輪巴の弟である三輪秀次が隊長として率いている三輪隊のオペレーターだ。
真ん中で分けた長い黒髪が特徴の美女で、冷静に淡々と、そして的確にオペレートする様は、その本人の美しい容姿と相まってボーダーにおける〝高嶺の花〟とまで言われてたりする。
そんな彼女には、現在ちょっとした悩みがあった。
――それは。
「お~い、蓮はいるか!?」
「……入る時くらいノックしなさい」
何度注意してもノックをせずに入って来る、このデリカシーのない幼馴染のことである。
太刀川慶。
月見蓮の幼馴染のヒゲであり、ボーダーA級ランク1位部隊、太刀川隊の隊長である。
個人としては日本刀型トリガーの〝孤月〟を両手に持って戦う、いわゆる2刀流の近距離攻撃手で、ボーダー内のアタッカー及び個人総合ランクで3年連続2位の実力の持ち主でもある。
3年連続で1位を逃しているとはいえ、ボーダー内で誰もそのことに陰口を叩く者は存在しない。なぜなら1位は、
黒トリガーを使うS級隊員であり、『相手の強さを色で識別できる』
つまり迅と太刀川は、単純な強さでは、ノーマルトリガーにおいてボーダー最強であり、〝別格〟とまで言われている忍田本部長と同じランクにいることになる。
もちろん実際に戦えば、経験や諸々の差でまだ忍田のほうが強いが、ボーダー隊員の中でこの2人のみが、その別次元の領域に達しているともいえるのだ。
そして蓮は、そんな太刀川の戦術面での師匠でもある。作戦立案や部隊指揮の仕方など、太刀川は部隊戦闘における全てを蓮に教えてもらったといえる。
それは個人戦における戦闘の駆け引きやノウハウも同様で、『迅を越えるまで』と結成した2人の師弟関係は現在でも続いていたりするのだ。
そんな師弟で幼馴染な関係の蓮と太刀川なのだが。
「太刀川くん、正座」
「えっ?」
力関係は当然、蓮のほうが上である。
◇
「太刀川くん、私が何故怒っているのかわかるかしら?」
その切れ長の目で太刀川を睨みつける蓮。
明らかに怒っている。
「いや、全く」
答えたのは、現在蓮の前で正座して怒られている状態の太刀川。
自分が何故怒られているのかわからないのにきちんと正座しているあたり、2人の力関係が如実に現れている。
だが太刀川はつい先程まで遠征部隊の一員として
「花緒のことよ」
「花緒ちゃんが、どうかしたのか?」
花緒というのは、蓮の妹である月見花緒のことで、B級中位グループ吉里隊に所属しているアタッカーである。
オペレーターである姉の蓮と違って、妹の花緒は孤月を使って直接トリオン兵と戦う近距離攻撃手だ。
なので姉である蓮は幼馴染であり孤月最強の隊員でもある太刀川に、妹の孤月での戦闘指導をお願いしたのだ。
太刀川も蓮の頼みを快く引き受け、真面目に花緒の指導をした。
その結果、花緒の実力もぐんぐんと伸び、現在では個人ランク戦における孤月のポイントも、マスタークラスと呼ばれる8000ポイントにあと少しというまでに実力をつけたのだ。
ここまで聞くと何の問題もない話なのだが……。
「あなた、花緒に余計なこと教えたでしょう」
「…………あっ」
覚えがあったようだ。
蓮が言う余計なこととは、孤月の指導中の太刀川が花緒に、『孤月で攻撃を受ける時には「あっ」とか「んっ」とか色っぽく言うと相手が油断するぞ』と教えたことだ。
どう考えてもセクハラである。
だが、太刀川にも言い分があった。
「いや、花緒ちゃんにはちゃんと冗談だと言ったぞ!」
「実際に使ったのよ! ランク戦で!」
そう、花緒は使ってしまったのだ。しかも大勢の観客が見ているランク戦の舞台で。
元々B級下位グループの実力だった吉里隊だが、エースである花緒の活躍でこの前中位グループに見事ランクアップを果たしたのだ。
だがその初めての中位グループとのランク戦で、吉里隊は他の中位グループの部隊からの洗礼を受けた。
しっかりとした戦術に臨機応変な連携、そして何より個々の実力の高さ。あらゆる点が自分達より勝っていたのだ。
事前に自分達吉里隊のこともしっかりと対策してきたのだろう。自分達の得意とするパターンに全く持っていくことができなかった。
何より相手が悪かった。相手はボーダー随一の戦術家である、
試合が始まっからずっと、吉里隊は何もすることができず東隊によって完全に抑え込まれていた。
そして仲間が1人、また1人と落とされ、残るは花緒1人だけとなってしまう。
そんな中、花緒はこの初めての中位グループとのランク戦で、どうにか一矢だけでも報いたいと思ったのだろう。何とか次に繋げたいとも。
チラつくのは尊敬する師匠である、A級1位部隊隊長からの教え。
恥ずかしい。でも、使えば、使えばもしかしたら……。
結果として、花緒は使った。
それは効果てきめんで、花緒が攻撃を受けた時に発した『やんっ』という恥ずかしくも色っぽい声に、相対していた東隊の小荒井(男子高校生)は大きな隙をさらしてしまった。
そしてその隙を見逃さずに花緒は小荒井(男子高校生)を倒して、吉里隊は初の中位グループとのランク戦で見事1ポイントを得ることができた。そして、花緒は大事な何かを失った。
幸いにも音声は拾えていなかったので、観覧室にいた観客の多くは何も気づくことはなかった。
だが一部の隊員には、なんとなくだがあの瞬間に何かがあったのだろうと感づかれてしまった。花緒の姉である蓮もその1人だ。
そしてその後すぐ蓮が花緒に問い詰めたところ、今回の件が明るみに出たという訳である。
ちなみにランク戦後に対戦相手の東が上手くフォローしてくれたので、花緒が試合中に色っぽい声を出したことがボーダー内に広まるという事態はなんとか避けられたのだった。
◇
「おっ、ということは何も問題ないじゃ『ビシっ』痛ぇ!」
ビンタである。
「あなた、声を出す以外も花緒に余計なこと教えたでしょう」
それは蓮が花緒に問い詰めた時にわかったのだが、実は戦闘中に色っぽい声を出す以外にも、太刀川は花緒に胸を強調するような孤月の構えだったり、戦闘用の隊服をミニスカートにすると相手が油断すると教えていたのだ。
もう言い逃れのできないレベルのセクハラである。
蓮が怒っているのも当然だ。
「いや、手っ取り早く勝つにはどうしたらいいか聞かれたからさ」
一応太刀川の言い分としては、弟子である花緒が『すぐに強くなるにはどうしたらいいですか?』という質問に対する、太刀川なりのコミュニケーションの結果なのだと。
もちろん太刀川も最初は言ったのだ『そんな方法はない』と。
戦いに勝つのに必要なのは戦力、戦術、あとは運ぐらいだ。どれも一朝一夕で如何こうできるものでもないし、仮にできたとしても当然敵もできるだろうから意味はないと。
しかしそれでも花緒は食い下がってきたので、太刀川は花緒に諦めてもらうための方便としてそれらを言ったのだ。
そしてそれらを聞いた花緒も胸を両手で隠しながら、『もう、師匠セクハラ!』と顔を真っ赤にして答えたので、太刀川は『そんな方法に頼りたくなければ地道に頑張れよ』と言って花緒に納得させたのだ。
だから俺は悪くないと主張する太刀川に蓮はまったく、とため息を吐くと太刀川の言い分を理解した。
個人的に幼馴染が冗談とはいえ妹にセクハラしたことには腹が立つが、なまじ指導の仕方としてはそこまで間違っていないのだ。
ランク戦で使用したのも花緒自身の意思である以上、あまり強く怒れない。
――それに。
「そう言えばまだ言ってなかったわね」
「ん? 何がだ?」
「遠征お疲れ様、太刀川くん」
「おう今帰ったぞ、蓮」
大した怪我もせず、無事に遠征から帰って来たのだ。
まあ、今回は様々な要素が重なった不幸な事故だった、そう思うことにしよう。
◇
「で、何の用かしら?」
「おっ、わかるのか」
物心つく前からの付き合いだ。それぐらいわかる。
「蓮て、俺に戦術を教えてくれてるよな?」
「そうね」
「それでほら、俺って今まで遠征に行ってただろ?」
「そうね」
「遠征に行ってる間って、大学のレポートできないだろ?」
「……そうね」
なんだろう、もうこの時点で蓮はイヤな予感しかしなかった。
物心つく前とか、そんなの関係なくわかる。
太刀川はスッと立ち上がると、頭を下げた。とても綺麗なお辞儀だ。間違いなく風間や忍田相手にやり慣れているのだろう、とても美しいお辞儀だった。
「レポートの書き方もご教授下さい!」
「……なんで私が太刀川くんのレポートを手伝わないといけないのかしら?」
当然の疑問である。
かつて蓮は、東隊の隊長である東春秋の下で戦術のイロハを学び、現在では戦術面においての東の正統後継者とまで言われる程の戦術家だ。
そしてその東から得た戦術面での知識を、他の隊員達にも伝授することによって、ボーダー内での戦術面での向上にも努めていたりする。太刀川もそんな蓮の弟子の1人だ。
だが上記のそれは、蓮が太刀川のレポートを手伝うことと何の関係もなかった。
「本来は冬島さんが遠征の報告書を作る筈だったんだけど、遠征艇の船酔いでダウンしてさ」
「で?」
「それで風間さんが急遽遠征の報告書を作ることになったんだ」
「だから、それでなんで私が太刀川くんのレポートを手伝わないといけないのかしら?」
蓮による絶対零度の視線が太刀川に突き刺さる。
太刀川によると、どうやら本来なら風間がレポートを手伝ってくれる予定だったが、冬島の船酔いで手伝えなくなったので、蓮に助けを求めてここにやって来たとのことである。
ちなみに風間は、元々太刀川のレポート何ぞ手伝うつもりなどなかったこともここに記す。
「……はぁ」
いい年して、少年のような心ではなく、少年のような頭を持ってしまった幼馴染に頭が痛くなる。
この、『頭が良さそうに見えるから』という理由だけでヒゲを伸ばすような幼馴染を持ってしまったのが運のつきなのだろうか。
……戦闘中は、かっこよく見えなくもないというのに。
「……いいわよ」
「……本当か!?」
太刀川が下げていた頭を上げる。
しかし蓮は、ただし、と付け加えると。
「明日の迅くんとの模擬戦に勝ったらね」
そう言って条件を出した。
明日は迅と太刀川による、月1で行われる恒例の1回勝負の模擬戦の日だから、それに勝てと。
今年度の戦績は現在の時点で、太刀川の3勝5敗と迅が2勝リードしている。だからこの賭けは、太刀川にとっては分の悪い賭けになってしまう。
ちなみに迅と太刀川のこの月1恒例の模擬戦はボーダー内での一種の名物となっていて、どちらが勝つのかちょっとした賭けまで(諏訪が同元で)行われていたりする。
「はっ、おもしろいな」
太刀川はそう言うと笑った。獣のような獰猛な笑みだ。
実はこの模擬戦方式で、10月11月と現在太刀川は2ヶ月連続で迅に負けている。
それは偶々だとか、迅の作戦勝ちとか、そういうのではなく、単純に迅が強
特にここ最近の迅の強さは、はっきり言って異常だ。
普通、隊員同士で10回勝負の模擬戦をする場合、10-0という結果になることはまずない。それは隊員同士が、同じトリオン体で同じトリガーを使って戦うからだ。同じ体で同じ武器を持って戦うのだ、多少経験やセンス、トリオン量に差があっても、そこまで一方的な試合になることは少ない。ましてや隊員とはいえ、学生同士の戦いなら尚更だ。
それは迅や太刀川といった〝別格〟と呼ばれる隊員も例外ではなく、個人総合3位の二宮や4位の風間といった上位陣が相手の場合は勝ち越しはするが、何本かは落としてしまう。
それは戦術が噛み合ったり、または駆け引きで上回ったり、もしくは偶々運が良かったりと、理由は様々だが、必ず勝機は存在する。
なのに最近の迅には
しかし最近の迅の冴えは鋭くて、上位陣でも読み勝てずに太刀川以外に負けなしという状態がしばらく続いている。
隊員達の多くはこの冴えが一時的なものだと思っているようだが、蓮は、迅が一段階パワーアップしたのだと確信している。
そして太刀川も気づいているだろう。あくまで現段階ではあるが、『自分は迅より劣っている』と。
なので蓮は、もしかして太刀川が少し弱気になっているんじゃないかと思って今回の条件を出したのだが、目の前で笑う太刀川を見て、蓮は自身の考えが杞憂だったと改める。
あれは、『自分が本気で勝つと信じている』そんな目だ。
「……本当、普段とは別人ね」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないわ」
才能があるダメ男を見るとつい構いたくなってしまうのは、間違いなくこの男が原因なのだろう。
まったく、と蓮は先程までとは違った意味でため息を吐いた。
――決戦の時は近い。
月見さんと幼馴染というだけで、太刀川さんは勝ち組です(確信)。でも原作ではまだ会話したことないんですよねこの2人。
次回は迅さんと太刀川さんによる異次元バトルになります。