『未来が視える』副作用(サイドエフェクト) 作:ひとりがかり
元ネタは某幕末の人斬りの最初の妻です。
第1話 笑顔の意味(前編)
「はい、こちらは無事完了しました。悠一さん、城戸司令からです」
「わかった。繋げて」
私と悠一さんは現在、急遽三門市郊外にて発生したイレギュラー
ここ三門市に突然現れる
その
だけどその誘導装置を上手く掻い潜って本部の近く以外で開いてしまう
何故かここ最近はそのイレギュラー
何ででしょう? もしかしてボーダーの誘導装置が効いていないのかな?
それとも誘導装置のジャミング?
でも鬼怒田さんはそのような形跡はないって言ってましたし……。
それじゃあ誘導装置には引っかからない新たな
でも悠一さんは近いうちに解決するって言ってたし……。う~ん。
「巴、城戸さんが呼んでる。会議だって」
「あっはい、ではすぐに本部に?」
「そうだな、行くとしよう」
悠一さんに言われて2人でボーダー本部へと向かいます。
先程の悠一さんと城戸さんのやり取りからして、会議の内容はおそらく今回のイレギュラー
そして本部に向かっている途中で、私のお尻を触ろうとする悠一さんの手を叩きます。
仕事中はダメです。
◇
「あっ迅さん」
「えっ? あっ本当だ」
「あれがボーダーの英雄……」
「巴さんもいるぞ」
「巴さん、相変わらず綺麗~」
「お~い迅! 年末の有馬記念の未来を教えてくれ!」
本部に入ると、普段は玉狛支部にいる私と悠一さんの姿が珍しいのか、本部の隊員の皆がこちらを見て声を掛けてくれます。そんなに珍しいのかな?
あっ、綺麗と言ってくれた人ありがとうございます。
あと諏訪さんは自重して下さい。
「いやいや、おれは英雄じゃなくてただの実力派エリートだから。あと諏訪さんのは、諏訪さんが頭を抱える未来しか視えないからやめておいたほうがいいよ」
「マジか」
悠一さんが言う未来だけでなく、現在も頭を抱えている諏訪さんは置いといて(どうやら部隊の仲間達に焼き肉を奢る約束をしてしまったようです)、ボーダーの英雄というのは、これまでの様々な功績を称えた悠一さんの通り名のことです。
何故か常に実力派エリートをアピールしている悠一さん(ただの実力派エリートって何?)だけど、実は悠一さん自身、自分1人だけが活躍しているとも取れる、このボーダーの英雄という通り名があまり好きではありません。
だけど今はボーダー黎明期。
人々は4年前の第1次近界民侵攻で受けた傷がまだ癒えてません。
そしてまた、頼りのボーダーのトリガー
なので人々は恐れています、再び
だから人々は求めています、英雄を。
だからこそのボーダーの〝英雄〟なのでしょう。
そんなことを考えながら、沢村さんのお尻を触ろうとしている悠一さんの手を叩きます。
仕事中関係なくダメです。
そういう訳(?)で一緒に会議に参加する予定の、元忍田さんに恋する突撃アタッカーで、現在は忍田さんに恋する本部長補佐に転属した、沢村響子さんと一緒に3人で会議室に入ります。
すると中には、私達を呼び出したボーダー最高責任者の城戸司令に、防衛部隊を指揮する忍田本部長と我らが玉狛支部のボスである林道支部長。
そして鬼怒田本部開発室長に根付メディア対策室長、唐沢外務・営業部長といったボーダー上層部の皆さんが勢揃いしていました。
あれ? そんなお馴染みの面子の中に1人、見慣れないメガネくんがいますね。
あれは確か、前に悠一さんが助けたC級隊員の三雲修くんかな?
そして会議の話を聞く限り、どうやら今回の会議内容は、イレギュラー
忍田さんの、違反をしたとはいえ、結果として市民の命を救ったのだから、三雲くんを今後トリガーの使用が許されるB級隊員に昇格すべきだという意見と、鬼怒田さんと根付さんの、他のボーダーの隊員の気を引き締める意味でも三雲くんをクビにさせるべきだという意見が真っ向から対立していて、室内はピリピリとした空気になっています。
あくまで私個人の意見としては、大前提としてボーダーという組織は市民を守るために存在しているのだから、今回の件に関していえば情状酌量の余地は十分にあると思います。
そして何よりこのままでは、隊務規定違反をしてまで人の命を救った三雲くんがあまりにも浮かばれません。
しかしですね、そうですか、彼が。
「三雲くん。もし今日と同じことがまた起きたら、君はどうするね?」
城戸さんの尋問なのですけれど、おそらく本人としては、あくまで三雲くんの気持ちを確認したかっただけなのだと思うのですが、城戸さんの顔と、顔にある傷が怖いせいか、下手なことを言ったら、ボーダー的にではなく、物理的にクビが飛びそうなほどの迫力があります。
――だけど。
「……目の前で人が襲われていたら、……やっぱり助けに行くと思います」
三雲くんは城戸さんに対して怯まずに、しっかりと自分の意見を通しました。
……なるほど、確かに悠一さんが言っていた通りの人です。
伊達にアンダーリムの眼鏡を掛けてないですね(?)。
「――わかった。処分は追って報告する。下がりたまえ」
城戸さんの言葉に、三雲くんは青くなりながらも、しっかりとした足取りで会議室から出て行きました。
しっかりとした足取りなのは、おそらく自身の行動に対しての後悔がないからでしょう。
◇
そして三雲くんが完全に会議室から離れると、先程まで会議室の中にあったピリピリとした空気が霧散しました。
「鬼怒田さんと根付さん、流石の演技でしたね」
「これでもメディア対策室長だからねぇ。お手の物だよ」
「えっ!? 何だ!? どういうことだ!?」
説明しろぉ! と叫んでいる鬼怒田さん。
……どうやら鬼怒田さんだけは素だったらしいです。
「ほら、巴くんが渡した第2次三門市防衛戦の」
「ああっ、あの小僧がか!?」
唐沢さんの言葉で、鬼怒田さんもようやく思い出したようです。
そう、先程いた三雲くんは、これから
私の
なので私達は、その予知を第2次近界民侵攻と名づけ、そしてその予知の情報を基に、私が第2次三門市防衛戦の草案を作成し、上層部の皆さんに提出していたのです。
なので私としては、その第2次近界民侵攻及び防衛戦において、大事なキーマンの1人である三雲くんを即座にクビにするとは思えませんでした。
だからあのやり取りは、三雲くんの人柄を判断するための演技だと思って様子を見てたんですが、どうやら鬼怒田さんだけは、本気で彼をクビにするつもりだったみたいです。
「しかし、ボーダーの規定も守れんような小僧だぞ?」
「三雲くんにとって、ボーダーの規定よりも目の前の人間の命なんでしょう」
鬼怒田さんの疑問に唐沢さんが答えます。
そう、先程の話を聞く限り、三雲くんは別にボーダーの隊務規定を理由もなく守れないような人には感じられませんでした。
おそらく民間人を守るために戦い、結果としてボーダーの隊務規定からはみ出してしまっただけなのでしょうから。
そして彼のような人間こそが最善の未来に必要なのだと、私は思います。
「だが、何も罰を与えない訳にもいくまい。隊務規定はボーダーを律するためにある」
城戸さんがそう言って今回の話を纏めました。いくら三雲くんが重要人物で且つ特別な理由があろうと、隊務規定違反をしたことには変わりはないと。
何よりも規律を重んじる城戸さんらしい発言です。
ですがこれはこれで罰の匙加減がとても難しい問題ですね。軽くても重くても問題が起きそうですし。
っていうか罰を与えるのは確定なんですね、城戸さん。
「別に罰を与えなくても大丈夫ですよ、城戸さん。あのメガネくん、明日功績を挙げますから」
隣にいる悠一さんの突然の爆弾発言に、私も含め皆一斉に悠一さんを見ます。
今、この時期に挙げる功績といえば。
「メガネくん、明日イレギュラー
「本当か!? 迅!」
「ええ、俺と巴の
忍田さんの問いに悠一さんは自信を持って返しています。
私も初耳だったことから、おそらく先程三雲くんを見た時にでもわかったのかな?
現在はイレギュラー
ですがその方法は大量のトリオンを消費してしまうので、その方法もいつまで持つかわからないその場しのぎの苦肉の策です。
なので明日、三雲くんがイレギュラー
それどころかその功績の内容を考えれば、C級隊員からB級隊員への昇進も有り得ます。そしてB級隊員になれば、今後一般市民を守るためにトリガーを使用することも許可されるようになりますので三雲くんも一安心です。
「ただ、ですね……」
「どうした、迅?」
悠一さんが城戸さんの方を見て、何か言いにくそうに頬を掻いています。
城戸さんに対して言いにくいことと言えば、一つしかないです。
「――
「ええ、メガネくんは最後のピースと一緒に原因を見つけます」
悠一さんの言葉に、城戸さんは苦虫を噛み潰したような顔になりました。
〝最後のピース〟とは、第2次近界民侵攻及び防衛戦において、最善の結果に終わらせるために必要な最後の人物なのですが、その人物はなんと
本来
だけど、その
なので城戸さんを始め、ボーダー上層部の皆さんにはそのことを何度も説明して、件の最後のピースさんをボーダーの隊員として迎えるようにお願いしているんですが、城戸さんだけは最後まで了承してくれませんでした。
「……
「しかし、城戸司令。最後のピースを手に入れないと街への被害が……」
「
最初は城戸さんと同じく反対してた根付さんと鬼怒田さんでしたが、現在は賛成派に回り、一緒に城戸さんへの説得をしてくれています。
やはりメディア対策室長と本部開発室長としては、自身の感情よりも実益のほうが大事だと判断したのでしょう。……まあそうなるように彼らを説得しましたけど。
だけど城戸さんは今のような孤立無援の状態でも決して首を縦に振りません。
城戸さんのようなタイプには下手に説得するよりも、周りから固めていった方がいいと判断して無理な説得は控えていたんですけれど、あまり効果はなかったみたいです。
おそらくこの件に関しては理屈での説得は不可能なのでしょう。
――なので。
「城戸司令、一度お会いになってみたらどうでしょうか?」
「その
「はい、よくよく考えてみたら我々はまだその人物に会ったこともありませんので」
感情で押すしかありません。
それに、いくら悠一さんの予知があるからといって、その人物に会いもせずにボーダーに入れるかどうか決めるのはおかしいでしょうし。
「私と悠一さんが明日、その最後のピースに接触してみますので、ボーダーの隊員として問題ないようでしたら、一度お会いになってみるのもよろしいのではないかと」
「…………わかった、その場合、一度会うだけ会ってみよう」
やった、上手くいきました。
城戸さんとしては孤立無援の状態でしたから、とりあえず結論を後回しにできるこの案を受け入れてくれると思い、提案してみましたが、どうやら受け入れてくれたようです。
――しかし。
「ただし、私がその
その言葉を発した城戸さんから背筋が凍るほどの
わずか4年で、このボーダーという組織をここまでの規模にした城戸さんの
わかっているつもりでしたが、わかっていませんでした。
そして現在城戸さんは、
黒トリガーとは、優れたトリオン器官を持つ人間が、自身の命とトリオンを使って作った特別なトリガーのことで、使い手を選ぶという欠点がありますが、その力はまさしく一騎当千。
先程言った処分というのも、城戸さんが所持している黒トリガーならば間違いなく可能でしょう。
私と悠一さんの
万が一何かが合わなかったら、と思うと不安になってきました。
――だけど。
「大丈夫ですよ、城戸さん。彼はボーダーにふさわしい人物です。おれと巴の
悠一さんのその言葉に安心してしまいます。
それは悠一さんへの信頼か、それとも単に惚れた弱みでそう思い込んでるだけなのか分かりませんけど。
だけどその言葉を、その声を聞くだけで、私の中の不安や恐れといったものがなくなっていくのを感じます。
「――では解散だ。次回の会議は、イレギュラー
城戸さんのその言葉をもって、色々あった今回の会議が終了したのでした。
◇
会議が終わると、私は先ず鬼怒田さんのところに向かいました。
「鬼怒田さん、あとどれくらいトリオン障壁で
「城戸司令の黒トリガーがあるから、あと5日間はいけるぞ」
「わあ、さすがですね」
「はははっ、それほどでもない」
「明日イレギュラー
「ああ、まかせておきなさい」
明日忙しくなるであろう鬼怒田さんと話をしていると、悠一さんも。
「根付さん、根付さん。これ見て、これ」
「ん? 何だね?」
悠一さんはそう言うと、スマホを取り出して、夕方に放送されたニュースを根付さんに見せています。
確か、今回の違反の件での三雲くんの活躍を放送していたので、それを使ってボーダーの株を回復させるための話をしているのでしょう。
周りを見てみると。
「唐沢さん、三雲くんのことをどう思いました?」
「あくまで個人的な考えなのですが、なぜ彼が重要なキーマンなのかわかったような気がします」
「ですよね! 彼は防衛というのをわかっている!」
沢村さんと唐沢さんと忍田さんは三雲くんについて話していますし、向こうでは城戸さんと林道さんも何やら色々と話しています。
私がボーダーの上層部と関わるようになってから早4年。
最初の頃はそれぞれに派閥なんてものがあって、しかもその派閥同士で色々と揉めていたりもしてました。
なので悠一さんと一緒に関係改善の努力をした結果、今では会議が終わったあとも、お互いにコミュニケーションを取る程になりました。
……今のところは最善の未来に向かって進んでいると思っています。
だけど、もし明日“最後のピース”さんとの接触に失敗してしまうと、最善の未来どころか、今まで築き上げてきた、この関係も崩壊してしまう可能性があります。
そんなことを思いながら、ふと悠一さんを見ると、たまたまか、悠一さんも私を見ていました。そして目が合うと悠一さんは私を見て、にっこりと微笑みました。
それはまるで
私は自分の胸が高鳴るのと同時に、明日は気合いを入れなければと、改めて決意するのでした。
“最後のピース”……一体、何閑遊真でしょうか?