『未来が視える』副作用(サイドエフェクト) 作:ひとりがかり
番外編その1 本当の理由
突然だが、俺こと三輪秀次には完璧な姉さんがいる。
もちろん、これは単なる身内贔屓なんかではなく、純然たる事実だ。
なぜなら姉さんは、今まで何度かモデルにスカウトされたことがあり(もちろん断った)、高校生の時には文化祭のミスコンでグランプリに選ばれた程の美貌を持っている。そして勉強もできて、現在は地元の国立大学にも通っている、まさに絵に描いたような才色兼備な女性だ。
さらに両親は仕事で忙しくて中々家に居ない中、姉さんは家の炊事洗濯だけじゃなく、弟の俺の世話までよくしてくれていた。
そんな姉さんは俺にとって単なる姉だけではなく、もう1人の母のような、とても大切な存在だ。
そんな完璧な姉さんだが、たった1つだけ欠点がある。
それは姉さんが迅悠一とかいうボーダーの隊員と付き合っていることだ。
ボーダーというのは、ここ三門市と、異世界である
どうやら姉さんは、その時にアイツに惚れてしまったらしく、アイツを近くで支えるためだけにボーダーに入隊を志願した。
そしてそれ以来姉さんは、常にアイツの傍で、公私に渡ってアイツを支え続けている。
俺としては、姉さんには
確かにアイツには、かつて俺と姉さんの命を助けてもらったし、今俺達
姉さんは助けてもらった恩と恋心を勘違いしてるだけなんだ。
そしていつか、そのことに気づいて傷つくのは姉さんだ。
……それにボーダーに入隊してからアイツにばっかり構って、俺には全然構ってくれなくなったし。
なので、俺が姉さんの後を追ってボーダーに入隊したのは当然のことだし、そして姉さんの目を覚ますために、アイツに模擬戦を申し込んで勝つのも、当然のことだった。
――しかし結果は。
「よう、弟くん。今回もおれの勝ちだな」
「……俺は、お前の弟じゃねぇ」
結果は10回勝負で1-9の惨敗。
もうこれまで100回以上アイツとこの形式の模擬戦をしているのにもかかわらず、1回もアイツに勝ち越せたことがない。
俺もボーダーに入隊して4年。様々な経験を積んで、今ではアイツと同じA級ランクになり、個人総合ランクも5位にまで上がったが、まるで歯が立たない。
アイツ自身確かに強いが、決してここまで差がある相手じゃないはずだ。
そう考えると、どうしてもアイツの
この予知の
……反則だ。俺が毎回この模擬戦のためにどれだけ準備してきたと思っている。
しかも今回は俺だけじゃなく同じ部隊の仲間達にも協力してもらってたんだ。
対
そしてオペレーターの月見さんには戦術面でアイツに勝つにはどうしたらいいのか教えてもらった。
特に月見さんは、太刀川さんの戦術面の師匠でもあるので、アイツの予知に対してどう立ち回れば効果的なのか、かなり具体的で的確なアドバイスを教えてくれた。
ちなみに太刀川さんはアタッカーと個人総合で2位の実力者で、そしてアイツの唯一無二のライバルでもある。
最初は模擬戦を観ていた周りの連中も、勝てるわけがないと言って笑っていた。
だけど何度もアイツに挑んではやられる俺を見てどう思ったのか、今では模擬戦の度に集まって俺を応援してくれるようになった。それなのにこの結果だ。
……皆に会わせる顔がない。そう思うと余計に情けなくなってきた。
そんな俺にアイツはヘラヘラと近づいて来て言った。
「いやー、今回はさすがの実力派エリートのおれでも危なかったな」
ウソつけ。9―1で勝った奴が言うセリフじゃないだろ。
「特に今回はおれの癖を突いてきたからな。結構危なかったぞ」
ウソつけ。全然当たらなかったぞ。見えてたんだろ? 馬鹿にしてるのか?
「あと戦術「全部見えてたんだろ!? 俺が勝てないことぐらい!」
突然の俺の叫びに、アイツだけじゃなくて模擬戦を見ていた観客や、応援に駆け付けてくれた仲間達もビックリしている。
「今までの模擬戦で俺に勝てたのも! 上層部に一目置かれてるのも! 俺や姉さんを助けることができたのも! 全部その
俺はアイツに対してどこか心の中で思ってはいたが、今まで決して口には出さなかったことを言ってしまった。
そうなんだ、それこそが俺がアイツに対してずっと抱いてた不満なんだ。
アイツが強いのも、姉さんと付き合っているのも、……俺と姉さんの命を助けてくれたのも、全部その
だからアイツに勝負を挑んで、そして勝つことで姉さんの目を覚ませたかった。
けど、今回もまたアイツの
だけどそんな俺に対してアイツは。
「……そうだな。その通りだよ」
そう言って寂しく笑うと、訓練室を出て行ってしまった。
恩人に対してなんてことを言ってしまったんだ、という気持ちと、やはり
誰だろう、あっ姉さんだ。と思うと、姉さんは俺の頬を思いっきり叩いた。
「秀ちゃん! 今日任務が終わったらすぐに帰ってきなさい!」
そう言うと、姉さんはアイツを追いかけて行ってしまった。
姉さん、泣いてた。ふと泣いているのを見るのはいつ以来かと思い、そしてそれは、4年前にアイツに助けてもらった時以来だったことを思い出した。
◇
その後行われたミーティングでは何にも頭に入ってこなかった。部隊の仲間の米屋や古寺が俺に何か言っていたような気がするが何も憶えていない。
アイツと姉さんを傷つけてしまったという思いと、俺は何も間違ったことは言ってないという思いが混ざり合って、何も考えられなくなってしまっていた。
ふと気がつくと、既にミーティングが終わっていて周囲には誰もいなかったので、俺は足取りもおぼつかないまま家に帰った。
怒られるとわかっているのに家に帰るのは苦痛で、もしかしたら姉さんに急遽防衛任務が入って、説教は後回しになったりしないかなと祈りながら家に帰ったが、残念なから姉さんは既に帰っているようだった。
ドキドキしながら玄関の扉を開け、そっとリビングに入ると、姉さんはリビングのカーペットの上で正座して俺を待っていた。
そして姉さんは俺を見ると、真剣な顔で自身の前に座るように促した。
俺が恐る恐る姉さんの前に正座すると、姉さんは俺を見て、
「悠一さんに助けられた日のことを憶えている?」
と、俺に話しかけた。
アイツに助けられた日のことは、もちろん今でも憶えている。
◇
4年前、突然
後に第一次近界民侵攻と呼ばれるようになったあの日、俺は部活が終わり、姉さんと一緒に家に帰る途中だった。
姉さんと部活であったことを喋りながら家の近くの角を曲がろうとしたその時、いきなり目の前に、バムスターやモールモッドといったトリオンで構成されたトリオン兵達が現れて、俺と姉さんを見つけるや否や問答無用で襲いかかってきた。
あまりに突然のことで、俺は驚いて硬直してしまったが、いち早く立ち直った姉さんに手を引っ張られると、俺と姉さんは訳も分からずその場から逃げた。
すると瞬く間に周りには、自分達と同じく逃げ回る人達や、奴らトリオン兵達に捕獲されたり、殺された人達の悲鳴や断末魔が辺り一面に響き渡った。
俺と姉さんはその地獄のような光景を、今でもはっきりと憶えている。
俺と姉さんは嫌でも目に入ってくるそれらの光景を必死で見ない振りをした。
もしその光景を見てしまったら、そしてその意味を考えてしまったら、あまりにもの恐怖で、おそらく逃げることさえできなくなるような気がしたからだ。
だから俺と姉さんは形振り構わず必死で逃げた。
だけど一部のトリオン兵達がずっと俺達の後を追ってきた。
後から考えると、おそらく俺と姉さんの体内にあるトリオン器官(
奴らトリオン兵達は俺達が疲れるのを、そして今でいうボーダーの応援が来れないような場所にそれとなく誘導しながら、まるで狩りを楽しむかのように俺達を追い詰めていった。
俺も姉さんも逃げてる最中にそのことに気がついたが、どうしようもできない。
全力で走っているせいで疲労も溜まり、何も考えることができない。
考えられることは、誰でもいいから姉さんだけでも助けて欲しいという願いと、それでも死にたくないという祈りだけだった。
そしてとうとう路地裏のような所に追い込まれた俺と姉さんは、追ってきたトリオン兵達に見つからないよう咄嗟に瓦礫の中に隠れた。
もしかしてここなら奴らから逃げ切れるんじゃないか、という淡い期待を抱きながら姉さんと2人震えていたが、奴らはまるで最初から全て分かっていたかのように、わき目も振らず俺達の方へ向かってきた。
このままじゃ2人とも助からないと思ったのだろう。
ならせめて俺だけでも助けようと思って、姉さんは救助が来るまでの時間稼ぎとして1人、奴らトリオン兵達に向かって瓦礫の中から飛び出した。
俺はすぐにやめろと叫んで飛び出したかったけど、恐怖でガチガチと震えてしまい、追いかけるどころか、声すら出せない。
そんな俺の目の前で1体のトリオン兵が姉さんを攻撃しようと振りかぶった。
あの攻撃は防げない。姉さんは、ダメだ、かわせない。姉さんが死んじゃう!
だけど、その攻撃は姉さんに当たらなかった。
なぜなら、姉さんに攻撃しようとしたトリオン兵の体が真っ二つになったからだ。
突然のことに呆然としてる俺と姉さんの前に現れた男こそ、迅悠一で。アイツは、
『もう大丈夫だ、2人とも』
そう言って微笑むと、アイツは残りのトリオン兵達をあっという間に破壊した。
その後俺達を救助隊のいる場所へ案内すると、アイツは逃げ遅れた他の人達を助けるため、休む間もなく街の中に消えていった。
そしてアイツの姿が見えなくなった頃になってようやく、俺と姉さんは自分達が助かったことを理解したのだった。
◇
「――そうね。じゃああの時、悠一さんが誰を助けられなかったかは知ってる?」
「……いや、それは知らない」
あの第一次近界民侵攻の時には、結果として東三門市が壊滅し、1000名以上の犠牲者と300名以上の行方不明者を出した大事件だったので、アイツが誰を助けられなかったなんてわかる訳がない。
「悠一さんのお母様よ」
俺はその言葉に頭の中が真っ白になった。
そしてそんな俺の様子に気づいているのか、姉さんはさらに話を続けた。
俺と姉さんを助けてくれたあの時、実はアイツの
そんな極限状態の中、アイツは俺と姉さんを選んだ。そして俺と姉さんを助けたあと、アイツは急いで母親を助けに向かったが……間に合わなかったそうだ。
「あのあと、どうしてもお礼が言いたくて悠一さんを探したの」
救助隊の人達よって案内された避難所でアイツが帰ってきていることを耳にした姉さんは、助けてくれたお礼が言いたくて避難所にいる人達にアイツの居場所を聞いて探し回った。
そしてアイツがいる部屋の前に着いたところ、そこにはまるでアイツを守るように3人の大人が立っていた。
その時は知らなかったが、その3人とは後のボーダー上層部である城戸司令、忍田本部長、林道支部長の3人で、彼ら3人はアイツの部屋の前で何故か辛そうな顔をして立っていたそうだ。
姉さんはそのことを不思議に思いながらも、部屋の前にいる3人に中にアイツがいるかどうか尋ねた。
すると忍田本部長が、『今日の迅は色々と立て込んでいるから明日にしたらどうだ』と言ったので、お礼は明日にしようと思い、姉さんは3人にお礼を言って自分達の部屋に戻ろうとした。
そしたら林道支部長に呼び止められ、『どうして迅に用があるんだい?』と聞かれたので、姉さんは今日アイツに助けられた詳細を彼ら3人に話した。
そして話が終わり部屋に帰ろうとした姉さんに、城戸司令が『君に聞いてもらいたい話がある』と言ってきた。
その発言に忍田本部長が城戸司令を止めようとしたのを、さらに林道支部長が制しているのを見て、これはきっとアイツに関する話だと思った姉さんは、意を決して城戸司令に『聞かせて下さい』とお願いした。
そして城戸司令から聞かせてくれた話というのが、アイツが俺達を助けたために母親を助けることができなかった、という話だった。
「……どうして城戸指令はそのことを知っていたんだ?」
「悠一さんのお母様が、亡くなる直前に城戸司令に電話をかけたそうよ」
アイツの母親は、死ぬ直前に城戸司令に電話をかけて息子の予知のことを話し、おそらく自分は助からないだろうと言ったあと、最期にこう言ったそうだ。
『どうか息子をお願いします。優しい子なので独りにさせないで下さい』
と。
「――話を続けるわよ」
城戸司令が姉さんにそのことを話したのは、自分達では
だから、『迅を頼む』と、城戸司令達3人は姉さんに頭を下げた。
俺はその話を訊いて凄くショックを受けた。
アイツが自身の母親を見捨てる結果になることがわかっていても、なお自分達を助けてくれたことに。
あの時、あんなにカッコよく、何でもないように助けてくれたアイツが、心の中ではどんな想いを抱いていたのか、俺は想像することさえできなかった。
そしてその後、アイツのいる部屋に入った姉さんが見たのは、棺桶に入った母親に向かって、『ごめん、母さんごめん。助けられなくて、ごめん』と、泣きながら何度も何度も謝るアイツの姿だった。
「――そしてその時に決めたの。あの人に助けてもらったこの命、あの人を守るために使おうって」
姉さんは俺をまっすぐ見て言った。
その瞳には何の迷いもなくて、恐らく誰が、例えアイツ本人が否定しても揺るがない強い決意が見て取れた。
「あの人の
そうだ、そんな簡単なことも忘れていた。
アイツ1人が未来を決めてる筈ないのに。
「そして、最善ではない未来、誰かを傷つけてしまった未来は容赦なくあの人を傷つける」
「でも、それはアイツ1人の責任じゃないだろ」
「あの人はそう思わないわ」
実際何度も言われてきてるしね。と、姉さんは言った。
そして俺がその話を聞いてまず思い出したのは、今日の模擬戦後での自分の姿だった。
「私があの人を支えているのはそのためでもあるの。誰よりも未来のために頑張っているあの人が、誰よりも未来によって傷ついてるなんて悔しいじゃない」
姉さんはそう言って笑った。でも、それは何だかとても寂しそうで、あの
「……どうしてアイツは母親のことを俺に言わなかったんだ?」
知っていれば俺だって。
「あの人が言ってたわ。『そのほうがより良い未来が視えるから』だそうよ」
確かに今から思えば、俺はアイツへの対抗意識だけでここまで強くなった気がする。
アイツを倒す為に色んな人に師事をお願いして対策を練り、努力してきた。
「あの人も感謝していたわ。『弟くんのおかげでアタッカーと個人総合のランクで1位になれた』って」
「そ、そうか」
アタッカーというのは、
そうか、俺も役に立てていたのか。
「でも今日の模擬戦のあとの秀ちゃんを見て、どうしても言いたくなったから言っちゃったけどね」
もちろん悠一さんの許可を取ってだよ、と言う姉さん。
……どうやら今日の俺の態度はそこまで悪かったらしい。
◇
俺は次の日、ラウンジに迅さんを呼ぶと、まず、いの一番に謝った。
「迅さん、昨日は本当にすいませんでした!」
周りには沢山の観客や、俺の部隊の仲間もいるが関係ない。
周りの奴らは俺が迅さんに、それも大勢の前で謝ったことに対して驚いているようだ。
……俺ってもしかして何が何でも絶対に謝らない奴だって思われてないか?
「そしてあの時、助けていただいて本当にありがとうございました!」
そして、昨日姉さんから話を聞いてどうしても伝えたかった一言も付け加える。
「別にいいって。それよりも今からやるか? 模擬戦」
「はい、お願いします」
迅さんは、まるで何でもないことのように許してくれた。
酷いことを言われて傷つかない人なんていない。昨日の俺の発言で、迅さんは間違いなく傷ついた筈だ。
なのに全く傷ついていないように振る舞う迅さんを見て、姉さんが迅さんに惚れた本当の理由がわかったような気がした。
「あと、敬語は別にいいぞ、弟くん」
「……まだ、弟じゃねぇ」
覚悟はできたが、まだそれは認めてねぇ。
そう言うと、俺と迅さんは昨日の続きとばかりに模擬戦を始める。
俺が迅さんと模擬戦をする本当の理由は、姉さんの目を覚ますためでも、迅さんを倒すためでもなく、ただ迅さんに認めてもらいたかったからなのかもしれない、と思いながら、俺と迅さんは模擬戦をするため訓練室に向かった。
で、この後めちゃくちゃ模擬戦した。