ダンジョンに運だけで挑むのは間違っていると思う   作:ウリクス

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歓楽街
・オラリオ南東に位置する夜の街
・東の果てから西の果てまで世界中に存在する様式の娼館を取り揃えている。
・男が夜も街に一歩踏み入れてしまえば、色欲に心と躰を支配された長身で妙齢のエルフから、男に飢え過ぎて無理やりでも自分の部屋に攫ってしまいそうな小柄であどけなさを醸し出す幼いアマゾネスまで多種族の娼婦が一夜の恋人になろうと近づいてくる。


番外編 「腐り果てた村長の息子」

「親父…俺ッ!冒険者になりたい!!」

今から30年以上程前―――ユージュアル村にダレンと言う名前の少年がいた。

村の若い男を集めて自警団を結成し、外から襲い掛かってくる脅威に対して先陣を切って立ち向かう若者だった。

 

良く言えば勇敢、悪く言えば喧嘩っ早く無鉄砲…そんな血気溢れる少年だった。

 

そんな少年だが、一際目立つ問題があった。

それは、隙あらば馬に乗って勝手に村の外に脱走することだった。

馬を駆らせて30分程度で着く隣村から、馬で東に半日走らせた先にある港町。

酷い時には1週間以上帰ってこなかった時もある。

 

少年が16歳を迎えたある日、少年は村長である父に向かって彼はこう言った。

「親父…俺ッ!冒険者になりたい!!」

 

「…なッ!?ダレン…お前は一体何言っているか分かっているのかッ!!?」

「分かっている、だけど…俺、オラリオを…冒険者を見てしまったんだッ!!」

恐らく、オラリオの行き来する冒険者達に当てられた(・・・・・)のだろう。

武器を持ち、鎧を身に着け仲間と共にダンジョンと言う未知の存在に挑み続ける彼らを見て憧れを抱いたのだろう。

 

富、力、名声…冒険者になれば全てを手に入れられる―――いやッ!それらを全て手にするだけじゃ物足りないッ!!

御伽噺に出てくる英雄のように、この世界に自分の名前が永遠に残るッ!!いや、残らせてみせるッ!!!

少年の野心に火をつけたのだ。

 

「ダンジョンに向かう冒険者達を見て心の中で確信した!!俺のあるべき姿こそがあの場所(オラリオ)の冒険者だったんだッ!!!」

 

俺は英雄になって称賛されて!大金持ちになって!!絶世の美女と結婚して!!!思いの全てを手に入れたいッ!!!

「…俺、英雄になってこの村に帰ってくるよ!誰も見たことない凄いお宝を持って帰って、凄い美人さんを嫁としてこの村に連れて帰って、それでッ!オラリオの次はこの村で英雄になるんだッ!!!…そうなったら母さん、天国で喜んでくれるかな…?」

 

少年は胸に秘めている野望を、父親である村長に自分の思いの全てを語った。

「…はぁ、そうか……」

目を輝かせて語る息子を前に、村長は「何を言っても無駄だな」と言いたげに

「…分かった、お前の好きにすると良い」

溜息一つ吐きながらそう言った。

 

 

「…えっ」

『駄目に決まっているだろうッ!!!』

少年はそう言われると覚悟をしていたが、予想に反して反対をされなかったことに、きゅとんとする。

(…しても無駄だと思われていたのか?)

仮に本当に反対されても、とことん粘るつもりだったが。

 

「ほ、ホントかッ!?やったああああああああああああ!!!」

俺は冒険者になれるんだ!!

少年は我忘れて歓喜する。

 

「…そんなに言うなら、お前が満足するまで行ってこい!」

(現実に打ちのめされて帰って来たら、コレに懲りて少しは大人しくなるだろう)

村長はそう思いながら息子を村の外まで見送った―――

 

許可はしたが何も贈らなかった。

ただ、意気揚々と手を振りながら歩き去る息子を、只々遠くから見送る―――ただそれだけだった。

 

――――それ以降、息子は消息を絶った。

帰ってくるどころか、手紙すらも届かないまま…数年の時が経った。

 

 

 

 

 

 

 

「ダレン・シーウェルは1年以上前に死んでいた」

ある日、とある旅の商人が村長に向かってそう言った。

 

「ダレン・シーウェルと言う名前をオラリオで聞いたら教えてくれ!礼はする!!」

ダレンが心配になった村長はオラリオに向かう商人に対してそう頼み込む努力が実を結んだ。

商人の言葉に村長は直ぐにオラリオに急行し、ギルドを通じてダレンの生死を今一度確認して…墓地の場所を教えてもらった。

 

「…だ、ダレン…ああッ!!」

そして、村長の息子こと、ダレン・シーウェルと再開したのは、オラリオの南東にある『冒険者墓地』の片隅に建てられている墓石の前だった。

 

 

 

ダレンの死を知るきっかけは1年以上前に発注されたクエストからだった。

 

「路地裏から酷い腐敗臭がする。その原因を調べてくれないか?ついでに片付けてくれると助かる」

件の裏路地近くのメインストリートに店やら屋台やらを構えている人達からのクエストだ。

依頼を受けたのは弱小だが真面目で若者が多いファミリアの冒険者達。

依頼人に会って詳しい情報を訊き、匂いを追い、歩き進め遂に現場まで辿り着いた。

 

「「「―――ッ!!?」」」

彼らは言葉を失い、戦慄した。

ある者はその場に固まり、ある者は吐き気を催しその場で吐き吐瀉物を石の床にぶちまけ、泣き出す者まで…それはそれは凄惨な状況だったらしい。

 

そんな彼らが見たモノとは――――ハエと蛆が集り、一部が白骨化した、見た通り「腐り果てた」ダレンの無残な姿があった。

 

ダレンの死体は地下水道で見つかり、誰かの手でここまで引き摺られ、投げ捨てられるように遺棄されていたと言う。

その後、ダレンの所属していたファミリアやギルドで暫くの間多少のいざこざがあったみたいだが、結局…ダレンを殺した犯人が分からず有耶無耶になり、記録だけが残った―――

 

 

 

「息子がオラリオで何をやっていたのかを知りたい!」

ダレンの死を確認した村長はオラリオの決して安くない情報屋に頼んで、息子が…ダレンがオラリオで何をやっていたのか調べて貰った。

 

 

 

 

―――ダレンは、オラリオに辿り着いたその日に冒険者登録を済まし、とある弱小ファミリアに所属して、その翌日から2年以上、ほぼ毎日のようにダンジョンに潜ったという。

『強くなる』ただそれだけを最初の目標にしてストイックな日々を送った。

 

しかし、結果として最後の最期まで冒険者としての才能に恵まれなかった。

毎日毎日ダンジョンでモンスターと命を懸けて戦っているのに、伸びないステイタスに頭を抱え、後から入ってきた後輩の団員にいとも簡単に追い抜かれ、挫折を味わってしまう。

 

そんなある日、思い悩んでいるダレンの前に仲間達が声をかけ「気分転換に歓楽街へ行かないか?」と誘われる。

 

普段のダレンなら

「行かない。女と遊ぶ金があるなら武器と防具と回復薬(ポーション)に使った方がマシだ」

そう言って断っていたが、その日ダレンは初めて仲間たちからの誘いに乗った。

 

そして、一人の女性(娼婦)に出会い―――惚れた。

紅玉(ルビー)の様に赤く美しい瞳と長い髪

無口でいつも愁いを帯びた表情をして、初対面の客に対しても「また会いに来てくれたの?」と言いたげな笑顔を作る不思議な女だった。

 

あの女の何に惹かれたか?ダレンは言う。

「彼女はこんな駄目な俺に…後輩に笑われている俺に優しく笑顔を向けてくれるんだ…俺の言葉を…俺の躰を…俺の弱音を…俺の愛すらも彼女は笑顔で受け入れてくれた!!これを愛と言わずに何と言う!!」

娼婦だから男の物なら大抵のことなら受け入れるのは当たり前じゃないか?

彼女たちは商売で…金を得る為にやっているんだ。

 

そんなことを言うのは…今のダレンには少々酷な話だろうか?

 

 

 

「なぁ、アイツ…金さえあれば毎晩でも通ってしまうんじゃないか…?」

「ダレン。あんまりハマりすぎるなよ…?後で金銭的に辛くなるぞ…」

仲間達の言葉を無視して、ダレンは毎晩毎晩その娼婦に会いに行く為に、今まで稼いできた持ち金を湯水のように使っていたと言う。

 

そして、ダレンはその娼婦に対して

「俺はいつかお前を迎えに行く…だから、その時まで待っていてくれ…」

別れ際に彼女を優しく抱き締め、愛を囁いたそうだ。

彼女を身請けする決意をしたのだ。

「彼女の為に」―――挫折し沈んでいたダレンを引き上げたのは、他の誰でもないたった一人の女。

 

ダレンにとって彼女こそが

『俺の運命の人』

だと、心の底からそう思っていた。

 

 

 

 

―――しかし、所詮はうだつの上がらないその日暮らしの貧乏人(低級冒険者)

「彼女?ああ、3日くらい前にどっかの金持ちに身請けされてそのままどっか行ったぞ」

「――へ?」

ある日、ダンジョンで怪我を負い、治療の為1週間くらい娼館を空けていた時だ。

その夜、まだ痛む体に鞭を打ちながら彼女のいる娼館を訪れると、受付をしている肥えた男性がそう言った。

 

その娼婦は他の客…それも金持ちの男性に身請けをされたそうだ。

その男もダレンとすれ違うように、定期的に娼婦の元に訪れ幾夜かを彼女と共に過ごし、去り際にお高い指輪や化粧などの贈り物をしていた。

ただ、愛の言葉を囁くだけのダレンとは大違い。

 

そして、3日くらい前に大金を受付のテーブルに叩き、娼婦の元へ駆け「僕と結婚しよう!」と、娼館の経営者と娼婦を交えて話をつけて、身請けして故郷に連れて行った…らしい。

 

「今頃メレン(オラリオ最寄りの港街)に泊めてある船に乗って楽しく結婚の話でもしているんじゃねえか?」

「―――う、うそだあああああああああああああああああッ!!!!」

 

それを聞いたダレンは弾け飛ぶように娼館を飛び出し仲間の制止を振り切り闇の中へと消えていった―――

 

ここまでが、ダレンと最期までパーティを組んでいた仲間達の証言を基にした物語だ。

 

 

 

そして、闇の中に飛び込んでいったダレンの末路を知る者は、誰もいない。

 

失意のまま野垂れ死んだか、悪意ある同業者(・・・)に不意を突かれたか、あるいはその逆に誰かに襲い掛かろうとして返り討ちにあったか…どれが本当だか分かりやしない。

ただ、ダレン・シーウェルは死んだ、という事実だけが村長に伝わり、今に至る。

 

 

墓石の前に立つまでは、

「…なっ、何かの間違いだ!!同じ名前の誰かに違いない!!」

そう言ってギルドの職員に対して否定しかしなかった。

 

しかし、墓石の前には『カレン・シーウェル』と名が刻まれた木製の(タグ)が添えられていた。「死体を回収した時に所持していた者だ」とギルドの職員は言う。

 

カレン・シーウェルはダレンの母であり、村長の妻だった人。

ダレンが幼いころに病に倒れ、先に逝った大切な人。

 

元々は翡翠のペンダントと一緒に革ひもで通され、添えられていたものだったが、翡翠の(金になりそうな)部分が無いということは…ダレンがその部分だけを売ったのか、あるいは……

 

村長はボロボロになった木の札をゆっくりと手に取り確信した……!

(この墓の下には間違いなくダレンが眠っている…!)

その瞬間…村長の中にある後悔と喪失、二つの感情が爆発したッ!!!

 

「う゛お゛おおお……ッ!すまなかった……すまなかった……ッ!!」

冗談半分でオラリオへと見送った自分を責めるように村長は札を両手に優しく握り、日が暮れるまで泣き崩れた。

 

 

 

 

コレが少年のダレン・シーウェルの物語

英雄に憧れ、挫折して、悲恋の末人知れず死を迎える―――

珍しくない、ありふれた結末だ。

 

 

 

その夜―――

日が落ち、失意の中宿に戻っている最中

「さっさと立てッ!!」

「あぐッ!!?」

路地裏から怒声が飛び出してくる。

 

(…なっ!?)

こっそりと覗くと冒険者と思われる数人の大柄の男が幼い小さな少女の腹を蹴り上げ、下卑た笑い浮かべながら顔を踏みつけているッ!

 

「ギャハハッ!!おいおい、やり過ぎるなよ!!いざって時にモンスターの囮に出来なくなっちまう!!」

「そんなヒデェことはしないさ!!俺はただ『可愛い後輩の為に教育』をしてやってんだからさあああッ!!」

「ああッ!俺達はなんて優しいんだろう!!」

 

そして、冒険者達は少女の両手に抱えながら持っている小銭の入った袋を強引に奪い、

「コレは教育費だ、安くて良心的だろぉギャハハッ!!!」

「でも、見ろよコレ!こんなはした金じゃエールも買えねーぜ!!」

そう言って路地裏の更に奥へと消えて行く―――

 

 

「お嬢ちゃん!大丈夫かい!?」

隠れていた村長はぼろ雑巾のように倒れている少女の元へ駆け寄り、手を差し伸べる。

 

「…ッ!!?」

少女はその手を振り払い、あの冒険者達とは別の方向へ走り消え去った。

 

しかし、あの時確かに見た。

少女の手を振り払い、立ち上がった時のあの表情を村長は決して忘れない。

怒り、屈辱、羞恥、苦痛に塗れ、大粒の涙を流し生きることすらままならないあの表情を…

 

 

 

 

 

――――これが、冒険者?

息子が…ダレンが憧れていた―――冒険者?

さっきの奴らみたいに自分より弱い誰かを嗤い、嬲り、搾取するのが冒険者か?

村長は独り『冒険者』と言う理性の欠片も無い存在に沸々と怒りが湧き上がる。

 

 

ダレンは…息子はこんな犬の糞以下の奴らに憧れていたのかッ!!!!?

 

―――その翌日、村長は村へと帰った。

村に着くまでに心の中で何度冒険者に対して怨みを叫んだことか…。

そんなの、最後には村長自身も分からなかった…。

 

 

 

 

それ以降―――

村に帰った村長は冒険者と言うモノを激しく憎み、見下した。

例えどれだけ勇猛な戦果を上げた戦士だろうと、どれだけ崇高な行いをした僧侶だろうと関係ない。

 

「以前、私は『冒険者』をしていました」

「…ああ、そうですか。道理(・・)で立派な出で立ちをしている訳です」

笑顔でそう言いながら

(どうせ他の奴から奪ったんだろ!?結局お前らもあいつらと同類か…!!)

と唾棄していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、月日が流れ――――

 

隣村から「そちらにいる男性の村人とこちらの女性の村人と是非とも仲良く(・・・)なりたい」と、とても大きな交渉を持ちかけられた。

隣村の男女比は2(既婚者含めて)・8、対してこちらの村の男女比は5(既婚者含めず)・5。

隣村は男性が足りず、生まれてくる子供は何故か女の子ばかり。

結婚が出来ない女性が増えているらしい。

他の街や都市に出て運命の人を探すか、村にやってくる商人や旅人と結ばれてこの村に誘うか、誘われて外に出るか。

 

それすらも都合が悪い場合、こちらの村から若い男を『お見合い』の場に出して少しばかりの『お礼』を貰う。

村の行き遅れがいなくなり人口が増える、全く持って良い取引だ。

 

 

 

 

「……村長……俺……冒険者になりたい……」

「…えっ!?」

そんな取引を始めて1年が経過したある日、一人の青年が村長の家に訪れて突然そう言った。

暗褐色(ダークブラウン)で統一された瞳と短髪、頼りなさを醸し出す幼い顔立ち、何を考えているか分からない立ち振る舞いをした青年だ。

 

彼の名前はアーク。アークボルト・ルティエンス。

20年程前、旅商人の男女が連れてきた極東の血が半分混じった人間の青年だ。

男の方が海洋国(ディザーラ)出身、女の方が極東出身。

 

聞けば、この男女二人は夫婦じゃない。

仕事の相棒と言うだけの関係だったが、互いに本当の妻と夫よりも長い時間過ごしている内に『間違いを起こして出来てしまった子供(・・・・・・・・・・・・・・・・・)』だと言う。

どんな事情があるかは知らないが、「この子(アーク)をこの村の一員として育てて欲しい」と言われここまで育ててきた。

 

子供の時からぼ~~っとして、口を開けば「……うん」とか「……んん……」とか、首を縦に振ったり横に振ったり…ハッキリ言って感情が乏しい青年だった。

 

しかし、得意不得意がない奴で、何回か教えれば人並みのことは何でも出来たから、多少の利用価値があった。

逆に言えば、専門的なことになると全然使い物にならない、そんなやつだった。

山や川に向かう前に捕まえることが出来ればいつでも利用できる『村の補充要員』、それが村におけるアークの立ち位置だった。

 

実のところ村長自身、アークのことは嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

――――アークが「……冒険者になる」と言うまでは…。

 

「…そ、そうか…」

お前も、ダレンの様にありもしない御伽噺を読み過ぎたか?それとも、誰かに唆されたか?

この際どっちでもいい。

 

 

 

「…この村で二人目(・・・)だな」

「……えっ?」

「いや、何でもない…それより、村を出てオラリオで冒険者になりたいと言ったな?」

「……はい……」

恐らく、この男も一度オラリオに行ったら帰ってこないのだろう。

 

「…分かった、お前の好きにすると良い。少ないが支度金(手切れ金)を出そう」

「……良いの……ですか?……」

「ああ、手ぶらだと何かと不便じゃろ?」

 

(あの時、アークに支度金を渡すように、ダレンに何でもいいから何か贈り物をしていれば息子の未来が変わっていたか?まだ、冒険者としてあり続けたか?)

そんな自分の後悔を払拭する様に、村長はアークに支度金の話を持ちかける。

 

(いや、そんな訳ないか)

―――どうせお前も、ワシの息子の同じ様に裏路地で腐り果てて死ぬのだろう?

そんな意味を含めて、お前の荷物の中に支度金とワシとマージの手紙を入れた。

マージもワシと似た考えを持っているようで、アークの話を持ちかけると、二つ返事で賛同してくれた。

 

 

―――だからアークよ…お前が死んだ時、

「あんな大金を渡したのに死ぬとはなんて無様だ…」

と笑ってやる!

 

そして、村の若い衆に向けて堂々と、

「こうなりたくなかったら、冒険者なんて犬の糞以下の職に就くもんじゃない!!」

と嗤ってやる!!

 

お前の死を餌に、この村から冒険者になりたいと思う思想を撲滅してやる。

『ダンジョン』など…『冒険者』など…この世から跡形もなく消えてしまえば良いッ!!

 

 

 

 

―――数週間後、アークの周りに人だかりが出来ていた。

いや、人だかりなんてどうでもいい。

(何だあの鎧と剣はッ!?)

アークが身に纏っているのは硬化処理が施された新品の黒い革鎧と腰に差している二本の剣。

「いや~、久々に良い仕事が出来たッ!最近は農具ばっかりで嫌になってなぁッ!!」

と笑いながらアークの背中を叩きながら豪快に笑う。

 

『この村の住人がオラリオで冒険者になる!』

娯楽や人の噂に飢えているこの村の住人にとってこれほどの大ニュースはなかった。

何処からか聞きつけた声のデカい奴らが、この村の人から人へと広げていった結果、瞬く間にこうなってしまったと。

 

そんな中、暇を持て余した鍛冶屋が騒ぎを聞きつけ

「面白そうじゃねえか、俺も混ぜてくれや!」

とアークの為に鎧を採寸から作り、剣を打ったのだと。

 

―――何故、今の大人たちはアークにそこまでする?

 

アークの背中を叩いているこの鍛冶師も、ダレンと年が近くかつては自警団の一人として活動していた。

(あの時、ダレンに何もしなかったことに対しての罪滅ぼしか?)

お前を含めて皆が「…どうせ泣きながら直ぐに帰ってくるだろう」と笑い飛ばして何もしなかったことを後悔しているのか?

 

 

「元気でねーーッ!!」

「たまには帰って来なさいよーーーッ!」

「アーク兄、怪我だけはしないでよー!!」

それから程なく、アークはエゴンの馬車に乗ってオラリオへと旅立った―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーク兄ちゃん、お帰り!!」

アークが村を出て「もうそろそろ1月が経とうか?」と思った時期に、片腕を包帯で巻いた(アーク)が帰ってきた。

 

オラリオから帰って来たアークは、別人だった。

 

 

先程結婚式の前にエゴン(村の雑貨商)

「この花嫁衣装と花婿衣装は我らが村の英雄、アークボルト・ルティエンスがモンスターから一晩中守ってくれた物だ!ご利益があるぜ!!」

アークを讃え

 

村の娘たちは

「村の外からゴブリンが襲い掛かってきたの!逃げようと思ったけど私たちは逃げ遅れて囲まれちゃって……」

「それでね、それでねっ!『もうダメッ!』って時に、あーくん(アーク)が助けに来てくれたの!!こう、後ろから颯爽と現れて剣でスバーって!あーくん、オラリオから帰ってきてから凄くカッコよくなったなぁ…」

惚れ惚れし

 

アークの育った施設にいる子供達が

「おふろにはいれないアークおにいちゃんのからだをふいていたら、せなかに…えっと、ふぁ…『ふぁるな』だっけ?なんかすごいのがあった!」

「あーくおにいちゃん!『おらりお』のおはなしもっときかせてきかせて!!」

憧れを抱いていた。

 

村に帰って早々、二人の結婚式と村の娘達をモンスターから守った英雄として、オラリオから帰ってきたアークは隣村含めてちょっとした有名人になりつつあった。

 

 

 

 

「…アーク…!」

村長はアークを遠目から睨みつける様に見る。

 

(ワシは…村長としての資格がないかもしれん…)

そもそもアークにこんな自分勝手な悪意をぶつけるのは間違っていると分かっている…!

村の人間がここまで成長したことに讃えなければならないのに―――

 

しかし…ッ!

それでも…ッ!!

 

ワシはあの男(アーク)が、冒険者(・・・)が憎いッ!!!

顔もッ!!名前もッ!!見たくない聞きたくないッ!!!

冒険者を讃えるな!

冒険者に惚れるな!!

冒険者に憧れるな!!!

 

 

 

 

 

 

―――ダレン…何故、お前じゃないんだ?

 

 

 

 

 

――――コンっコンっ

それから数日後の早朝、不意に村長の家の扉が叩かれる。

「……村長、久しぶりです……」

扉を開けるとアークが立っていた。

 

「…何の用だ?」

「……いえ、今日で包帯を取って良いと言われまして……折角村に帰って来たので、色々世話になった人に挨拶でもしようと思いまして……」

そう言ってアークは『もう治った』と言わんばかりに両手をグルグルと回す。

 

…そうか、またオラリオに行くのか―――『冒険者』…?

 

「――…アークよ」

「……はい、何でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

「もう、この村には帰って来ないでくれ」




物語のちょっとした補足と本編には関係ないアークの没設定を供養するために即席で書きました

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