ダンジョンに運だけで挑むのは間違っていると思う 作:ウリクス
万能薬。
飲んでも良いし、体にかけても効く。
「……何本かあれば豪邸が建つし、腐食液で溶けた体があっと言う間に治るとかなんとか。噂でそう聞いたことがあるけど……流石に嘘、だよな?」
~アーク~
「……?」
知らない道を歩いていた。
薄暗く、壁も床も淡い緑色の一本道だ。
意識がハッキリとせず、俺は何も考えずその一本道を只々歩き進めていた。
奥からこちらに近づいて来る足音が聞こえてくる。
人の足音じゃない、もっと重々しい人以外の何かだ。
やがて目の前に黒いシルエットが浮かびその正体が露わになる。
―――ミノタウロスだ。
「……ッ!?」
曖昧な意識の中、俺は少しでも離れようと後ろを向き駆け出そうとするが、さっきまで歩いていた道が無く、目の前には一面の壁が―――いや、行き止まりになっていた。
後方から聞こえる足音は次第に大きく、そして踏み鳴らす間隔が速くなる。
慌てて振り向いた時にはもう遅く、アークが最後に見た光景は殺意を纏った怪物が巨槌の拳を振り降ろす奴の姿だった―――――
「うわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!?」
起きた。ああ、酷い夢だ。
「……ハァ……ハァ……ん?」
意識が覚醒して最初に感じた感覚は”冷たい”、だった。
汗で寝巻とシーツが凄いことになっている。
一応、下半身の方にも目を向ける――――――良かった、こっちは全然大丈夫だった。
「……痛ッ!!?」
次に左腕から痛みが走る。負傷した左腕を動かそうとしたからだろうか。
アークは汗で湿ったシーツと枕にもう一度体を沈め、深いため息を吐きながら右手で顔を覆う。
疲れをとる為に寝たのに、疲れが全然とれていないんだ。
暫くして、ベッドにかけてある金の懐中時計を手繰り時刻を確認する。
悪夢が原因なのか、今日はいつもよりも早く起きてしまった。
それと、こんな朝会早くから部屋の外が何やらガヤガヤと騒がしいのに気づく。
まさかもう遠征の準備に入っているのか?
「……」
アークは服を洗濯用の籠の中に投げ捨て、タオルを1枚と救急箱から包帯を取り出す。
参加は出来ないけど、せめて見送りくらいはしよう―――とアークは外出する準備に取りかかった。
「……ご武運を」
早朝。バベルの前で集合している遠征隊を視界に入らない程度の距離から見送った。
俺はダンジョンに潜らない代わりに色々と行動することにした。そう、色々と。
順序良く、ササっと行こう。
「……あ、コレ。ありがとうございました」
先ずは治療院、昨日借りた鞄を返しに来た。
鞄を受け取った貰った時点で此処はもう用済みだ、さっさと店から出よう。
でも、出口に向かう際にこの大派閥が売っている商品が気になりキョロキョロと見渡しながら歩く。
「……
硝子の
46万7000ヴァリス、44万3000ヴァリス、42万……見ての通り今の俺じゃ全く手が届きそうにない金額だ。
そして一番前に置かれているエリクサーは丁度50万ヴァリス、『最高品質』と書かれていたラベルが貼られている。
第1級冒険者がやり取りしているだけあって、効果は凄まじいんだろうな。
此処は俺には早すぎる――――そう思いながらアークはこの建物を逃げる様に去って行った。
「……着いた着いた」
オラリオを少し歩き、とある木造の建物へと辿り着く。
その建物の名前は『青の薬舗』。
俺がオラリオに来て初めて訪れた店だ。
最近知ったのだが、この店、実は商店以外の目的で足を運ぶ冒険者も多い。
と言うのも、
その証拠にこの店の向かいにある丸い木のテーブルにいる4人パーティを見て欲しい。
その前に、昨日のミノタウロスの攻撃で割れてしまった
前にタダで貰った薬の件のこともあって、極力この店で買い物をする様にしている。
もし、
「……ごめんください……」
扉らを開けると、店の奥、カウンター辺りで暑苦しくも豪快で何処か懐かしい笑い声が聞こえる。
「……おっさん、何してんの?」
「おお!アークか!!久しぶりだな!!!」
そう、俺をオラリオに連れて来てくれたあの雑貨屋の商人がミアハ様と談笑をしていた。
「おお、そなたよ。良く来てくれたな」
「……ミアハ様、こんにちは」
俺は恩人ならぬ恩神様に頭を下げる。多分、俺は一生この
「アークよ!先ほどミアハ様から聞いたぞ!!何でも活躍中だってな!!!村の皆が着たら驚くぞ!!!!」
ガハハッ!と笑う商人のオッサンに俺はハァ……と溜息を漏らす。
「それはそうと、アークよ、その怪我はどうした?」
「……ああ、5階層に降りたらミノタウロスに遭遇して、一撃を貰ってしまってな。暫くはダンジョンには潜れない」
その話を聞いて商人は「そうか、それは災難だったな」としみじみと頷く。
それから、商人は少し考える仕草をして、うん!そうしよう!!と何か閃いた様子で口を開く。
「アークよ!良い機会だ!!療養も兼ねて少しの間ユージュアル村に帰って来ないか!!?」
「……村に、ですか?」
村か、一生帰らない!!って訳じゃないけど。いくらなんでも早すぎる気がする。
村を出てまだ1ヶ月も経っていないのに、それはちょっとな。
「……う~~~ん」
両腕を組んで考える仕草をする俺に後押しをするように商人のオッサンが「あ、そうそう」と口を開く。
「…エディが、結婚するんだ」
「……ッ!!?エディが結婚ッ!!!?」
商人の言葉に、俺はガラにもなく店の中で目を大きくして大声を出してしまう。
「結婚式は明日の正午、俺は品物をお得意様のミアハ様に届けたついでに、明日の準備のための買い出しも兼ねてここに来ている!!」
「……そうだったのか」
エディは俺の同い年の友人だ。
ふくよかな見た目と気の抜ける喋り方で何かと気前の良い奴だ。
実家は酪農を営んでいて、それで将来は親の後を継ぐって言ってたから、多分今でもそうなんだろう。
見た目通りのんびりした奴だから結婚とか考えていないんだろうな、とか思っていたのに。
「どうだ!一緒に帰って来ないか!!?」
「……ち、ちょっと待って欲しい!それ、今決めないといけないのか!?」
友人の結婚報告に嬉しい反面、突然過ぎて少し戸惑っている。
アークは「う~~~ん」と更に唸りがなら思考を巡らせる。
「……!」
思考を巡らせていると、不意に昨日の出来事が頭を過る。
そう、ダンジョンで顔も知らない人に5階層まで追いかけられた出来事だ。
何故追いかけて来たのだろうか?
怪我が治ってダンジョンに潜るとまた追いかけられるだろうか?
色々と不安が募るばかりだ。
街中だって、俺の顔を知っている連中がいたら追って来るだろうか?
思う所は色々ある。
だったら、一度オラリオから離れてみたらどうだろうか?
ダンジョンにも見当たらない、街中でも見当たらないとなると何名かは諦めてくれる―――訳ないか。
高々数日、効果は果てしなく薄いと思う。
でも、今オラリオにいるよりかは村に帰る方がよっぽど安全だとアークは結論付けた。
勿論、
「……良し、エディに何も用意出来ていないけど、それでいいなら俺も村に帰るよ」
「おお!それは良かった!!アークが村を出て行ってからエディも心配していたからきっと喜ぶぞ!!!」
俺は、療養と
「しかし、アークよ!今まで一体何処に行っていたんだ!!?宿屋の主人訊いても2週間近く前に出て行ってから行方知れずになってたから俺も心配してたぞ!!!!」
アークは頭をポリポリと掻きながら「……ああ、ゴメン。色々あったんだ」と謝る。
「……でも、その前に少し支度がしたい。時間が欲しい」
「分かった!じゃあ正午の鐘がなったらこの店で集合だ!!」
「……ありがとう。さっさと終わらせるかな。すいません、ミアハ様。ポーションを――――――」
そして今に至る。
「……えっと、コレとコレと……」
バックパックじゃない、旅行用の鞄に必要最低限の物を詰め込む。
「最後に……」
村を出る時、母親と村長から貰った2枚の手紙を見つめ、少しの
ホームから離れる前に神様達に一声かけて行こう。
ササッと終わらせよう。
「……アテナ様、ちょっと(俺の村まで)出かけてきます」
「あ~行ってらっしゃい。あ、この白ワイン美味し~!」
ワインに夢中で
「アークさん、大きな鞄持って、お出かけですか?」
アテナ様の部屋を出てヘファイストス様の部屋に行こうとしたその時、大きな洗濯籠を抱えたニケ様と出会う。
「……はい、ニケ様。少しの間故郷の村に帰ろうと思いまして。友人の子結婚式に参加するんですよ」
「結婚、ですか。素敵な話です~~!」
ニケ様が目を輝かせながら手を頬に当ててほんのりと赤らめる。
「……ですから、ここ数日は部屋にはいません」
「分かりました!じゃあ今日の分のお洗濯しときます……です!」
「……あ、そうだった……」
非常に恥ずかしい話だが、ヘファイストス・ファミリアに移ってから服の洗濯を一切しなくなった。
そう、全部ニケ様がやってくれるからだ。
最初は女神にそんな事をさせたくないと断ったのだが、彼女曰く「お洗濯は私の大事な趣味なんです!」らしい。
それでも断ると「男物、お洗濯してみたかったんです!お願いします……です!!」と頭を下げられたので了承した。
でも、今日のは少しヤバい。
シーツも寝巻もあんな状態だったら流石に誤解してしまうかもしれない。
今日ぐらいは俺がやろうかな。
「……いや、えっとですね。その……今日の洗濯は行く前に適当に済ませますから大丈夫ですよ」
「……?」
歯切れの悪い回答に何かを察したニケ様は右手で拳を作り、左手で掌を広げ、ポンッと叩き「…心配しなくても大丈夫です!おねしょしても私がシッカリと洗ってあげるです!!勿論アテナ様にも言いませんから、気にせず行って来て良いですよ」と可愛らしい純粋な笑顔で答えてくる。
「……いや、違いますからね!寝汗ですからね!!」
その後、おねしょじゃないのは分かって貰えたみたいだけど、結局汗まみれのシーツと寝巻を笑顔で回収されてしまった。
「……ヘファイストス様、急な話ですが……療養の為と、少し用があって故郷の村に帰省します。どうせこの怪我じゃダンジョンには潜れませんからね」
「あら、随分と急な話じゃない」
執務室で書類の処理をしている中、ヘファイストス様と会話する。
「……はい、俺も急な話だと思います」
「じゃあ、どれくらい向こうにいるの?あ、いや、違うの!特に何か用事があるワケじゃないわ。もう直ぐ
ヘファイストス様が否定する様に両手を左右に振る。
「……?そ、そうですね。
「行ってらっしゃい」
そう言って俺は退出する。意外とあっさり済んで正直驚いている。
後は、そうだな。
特に大した用事は無いけど、じゃあ最後に一ヵ所だけ―――――
「あー!お兄さんだぁ!!」
「……チビ達か」
少し時を遡り、場所はオラリオ郊外、デメテル・ファミリアのホームの前へと移す。
ホームのドアに手を掛けると、畑の方から聞き覚えのある声と、見覚えのある少女達が手を振りながら駆け寄って来る。
何故此処に来たか?オラリオを離れる前に、挨拶と彼女達の様子を見に来ただけだ。
アークは旅行用の鞄を肩に担ぎながら三人の小さい女の子の話に耳を傾ける。
「お兄さんお兄さん、聞いて聞いて!あのね、ルゥね!!」
色々話した。
彼女達がファミリアの為に必死に活動していること―――
パーティの翌日、アークが勝手にホームから消えてご立腹だったこと。
その中でも特にセリアが一番怒っていたらしく、チビ達曰く「あの馬鹿リーダー、今度会ったらタダじゃおかないわ……!!」とのこと。
「……何故、怒られないといけないんだ?」
「最後まで冒険者様にいて欲しかったんでしょ。いけませんよ?女心は繊細なんですからね」
「冒険者さん、結構モテますからね。この前だって孤児院の子達が冒険者さんの話で持ちきりだったんですよ」
2人目のチビ、リアが呆れた顔で、3人目のチビ、パティが嬉しそうに言う。
ってか俺、10歳の女の子に女心云々を説かれているんだけどッ!!?
「……そう言えば、フローラ達は畑か?」
「はい!おねーちゃん達は畑で頑張っています!!仕事が一段落したら怪物祭の日は休みになるって、張り切ってるんですぅ!!」
「……そうか」
じゃあ、そのご立腹の彼女達に会うのは止した方が良いな。
それから、俺のことも話した。
その左腕はどうしたの?――――ミノタウロス、……えっと、ダンジョンのモンスターにやられたんだ。
何で大きな鞄を肩にかけているの?――――少しの間、用事で故郷に帰るんだ。怪物祭までには帰って来るよ。
後は、孤児院の話も聞いた。
「あ、そうだ!お兄さん、お兄さん!!聞いて下さい」
「……何だ?」
「ノエルちゃんが、もう少しでお外に出られるって!マリアさんが言っていたですぅ!」
前にアークが孤児院で病気を患っている一人の少女を救うためにもう一つの迷宮、ダイダロス通りを奔走していた時の話題を出す。
アークが知りたかったことの一つだ。
「……そうか、良かったな」
「はいっ!」
また一緒に外で遊べる―――――と、彼女の犬の尻尾が歓喜を隠しきれずにブンブンと左右に揺れる。
「それで…お兄さん、お願いがあります!!」
「……ん、何だ?」
1人目のチビ、ルゥが改まって顔を上げる。
「お兄さんが持って来た薬って神様が作った薬なんですよね?だったら、時間が出来たらルゥ達、その神様にお礼が言いたいんですぅ」
「……ミアハ様か。別に良いけど、俺から伝えた方が速くないか?あの
アークがそう言うと「僕達からもお願いします」と後ろにいた二人目のチビと3人目のチビ、リアとパティが念を押してくる。
「……分かったよ」
特に断る理由が無いのであっさりと了承した。
「……だったら、後はデメテル様に一言。時間の方は……!?」
アークが懐中時計を見るともう約束の時間まで半刻も無かった。
おかしいな?まだまだ余裕かと思っていたのに。
「……も、もうこんな時間なのか!?」
驚愕の声にチビ達は首を傾げる。
「……えっと、ゴメン。そろそろ行かなきゃいけない。デメテル様と彼女達によろしく伝えておいて欲しいッ!」
「え~!?もう行くんですぅ!?もっとお兄さんと話がしたかったのに」
「……ご、ごめん。また来るから……」
不満げに言うチビ達に謝りながら、アークはオラリオへと駆けて行った―――――
「……ゼェ、ゼェ……ぎ、ギリギリか……」
屋台で買った食べ物が沢山入っている紙袋を片手に掴みながら青の薬舗の前に停めてある馬車に近づく。
―――――ゴォーーン――――――――ゴォーーン―――――
此処で正午を報せる重厚な鐘の音がオラリオ中に鳴り響く。
最初は驚いたけど、今となっては俺の日常の一部になっている。
「おお!来たかアーク!!待ってたぞ!!!」
鐘が鳴りやんだところで、商人はブラシで馬車の馬の毛並みを整えている最中でアーク姿に気が付くと愉快に笑いながらブラシの手を止める。
「おお、来たかそなたよ」
その横でミアハ様が暇そうに見ている。
「店の方は良いんですか?」
「よいよい、この時間帯は客がおらん。それに店番ならナァーザがやっている。案ずることはない」
手をヒラヒラさせて言う。
いや、ミアハ様が良いなら別に何とも思っていませんけど。
「……あっそうだ。ミアハ様、一つ言伝があります」
「む?何だ?」
「……いや、前に薬を飲ませた子の友達からなんですが。近々直接会ってお礼がしたい、と」
そう言うとミアハ様は「お礼など、そのようなこと気にしなくて良いのに」と少し困惑した顔を見せる。
「私はただ、未来の有望な彼女達に対してゴマをすっただからな」
困惑した顔から一転、ミアハ様はふははっと笑いながらそう言った。
「……そ、そうですか」
ミアハ様よ、チビ達が冒険者になる予定は分かりませんよ―――と言おうと喉辺りまで出かかったが、ややこしくなりそうなので堪えた。
「……食べる時間が無かったから移動している最中で良い?」
「ああ!勿論だ!!」
ガハハッ!と豪快に笑い馬車に乗り手綱を掴む。
「ではミアハ様、俺達はこれで!また村の商品を持って店に伺いますので!!」
「うむ、また来るのを待っておるぞ」
商人がミアハ様に一時の告げる。
「アーク!早い所乗り込んでくれ!!」
「……ああ、ゴメン」
アークが馬車に乗り込み、荷物を置くと同時にピシャリと手綱を打ち鳴らす音が響き渡り、馬車が僅かに揺れ、ゆっくりと前に進む。
「さぁ!行こう!!」
「……うん」
馬車は白布の外套から顔を覗かせながら見慣れた景色が流れて行くのをタダ眺めながらオラリオと暫しの別れを告げた。
石敷き詰められた街道を馬車が走る。
ガタゴトと揺れる中、アークは一人その辺の屋台で買った食べ物を齧る。
「……不味い」
コレは外れだな。
挟んでいるウインナーもアレだけど、それ以上にパンがパサパサする。
こっちのリンゴジュースも相変わらずダメだ、全っ然甘くない―――等々思いながらアークは村に着くまでの間、食事をしながらどうやって時間を過ごそうかと考えていた。
しかし、片手が使えないとこうも食事すらも難しいのか。
アークはそう感じながらも、飲料の入った器と紙に包まれた料理を交互に手に取り、口に運ぶ。
「しかし、アークよ。ミアハ様と同じことを話したのだが、オラリオに来てからお前は随分と変わったな」と商人が突然感慨深く言う。
「……そうですか?」
勿論、俺はそう思っていない。
「ああ、そうとも!村の皆もビックリするだろうよ!!」
「……そうかなぁ」
「そうに決まっている!!」
そんなやり取りをしながら、俺は故郷へと続く道を馬車に揺られながら進んで行く―――――
34話でアイズに助けられる場面とロキ・ファミリアに搬送される場面にナレーションを追加しました。