楽しいお茶会から数日。これからに備えてドイツ、フランス、イギリスの3カ国のほぼ真ん中に位置するルクセンブルクに拠点を構えて学園の生徒たちを待ち構えることにした。
共同戦線を張ることになったとは言え、それが決まっただけでお互いの行動などはほとんど連絡を取っていない。もちろん、亡国機業がお尋ね者だということもあるが、IS学園の専用機持ちはある意味最重要機密の塊であり、戦略兵器でもあるわけだからやすやすと情報を流すわけにも行かないだろう。
とかなんとか言うものの、実際彼女たちが行動を起こすまで我々だけでアクションを起こせない以上は暇人であり、ホテルで昼間っからテレビを見ながらワインを飲むという退廃的な生活を送っているわけだが……
「なぁ、杏音さんよぉ。少しは外に出たらどうだ? 正直、一日中スウェット着てワイン片手にテレビ見てるとかやばいだろ、色々と」
「んー、でもさぁ、衣食住には困ってないし、やることもなくて暇なんだよねぇ。あぁ、チョコ美味し」
「はぁ…… コレが世紀の大天才サマとは、呆れてものも言えねぇよ」
オータムのため息を背に受けながらニュースを見ていると、話題はイギリスで盗まれたBT3号機に移っていた。
スコールは亡国機業の仕業じゃないと言うし、犯人もわかってないから最大の不確定要素とも言える。コレがもし亡国機業に(IS学園にも)敵意を向ける第3勢力だとしたらエクスカリバー襲撃の最大のリスク足り得るのだから。
チョコとワインを楽しみながらスマホでBT3号機のニュースを更に見ているとスコールが帰ってきた。
メイドを連れて。
「帰ったわよ。お客さんも連れて」
「チェルシー・ブランケットと申します」
綺麗にお辞儀をしてみせたメイド服の少女に、私の目は思わず鋭くなっていた。
睨まれた彼女は多少の驚きを見せてくれたが。
「っ! 上坂さん、お嬢様がお世話になっております」
「やっぱり」
以前、夏休みの副業でイギリスに行ったとき、一度だけ会ったセシリア付きのメイドだ。その少女が、なぜここに居るのか。
その答えはスコールの口から出てきた。
「彼女がBT3号機『ダイヴ・トゥ・ブルー』を盗んだ犯人だそうよ。彼女からコンタクトを取ってきたお陰で犯人探しの手間が省けたわ」
「なるほど。それで、どういうわけでこんなとこに?」
「それは、私の妹のために――」
とりあえず私が寝ていたソファの隣をすすめると少し作りそこねた笑みを浮かべてから座ってくれた。オータムが持ってきたグラスにワインを注ぐと手渡してから自分もおかわりだ。
メイドさんはマナーもバッチリかと思いきや、すこしグラスを振って香りを楽しんで小さく一口飲むと、すぐに二口目でグラスを空にした。
まぁ、その後の話もまた酒でも入らないと語れない話ではあったわけだが。
端折ってしまえば、彼女の妹さんは心臓が弱く、そこにセシリアの両親が持ってきたISコアとの生体融合をやったらしい。そして、スコール曰く、そのコアこそ亡国機業からの贈り物だったそうで。その因果が巡り廻ってセシリアの両親を死に追いやったということらしい。
「ほーん。で、妹さんがエクスカリバーに載ってるわけだ」
「はい。それも全てミューゼルさんに伺ったことですが」
その情報の出処はどこだったかなー、スコール?
私の目線に気づいてるのにスルーしやがって。スコールもだいぶ俗っぽい女だというのがわかってきたわ。
「なるほどねぇ。スコールがなんて言ってナンパしてきたのか知らないけど、妹さんの身は保証できない、と先に言っておくよ。ISの生体融合も、今後の作戦においても」
「はい、承知の上です」
「お話は済んだかしら? 手始めに、そうねぇ――
――日本であの子達に喧嘩でも売ってきなさいな」
全身真っ黒スーツのブランケット嬢を日本に送り込んだスコールは完璧に悪ガキの顔をしていた。
彼女がそれなりに専用機持ちたちを刺激してくれることを祈りつつ、こちらはこちらでまた退廃的な日常に戻るとしようか。
それもまた長くは続かなかったわけだけれど……
「動きだしたわね、悪い意味で……」
「あのレズ女、また派手にヤッてんなぁ」
「お前が言うか」
チェルシーを日本に送ってから1週間足らずでエクスカリバーが暴走、タイミング悪くチェルシーがセシリアに接触したときにピンポイントでレーザーの雨を降らせてくれたらしい。
お陰で作戦の実行は前倒し。専用機持ちと千冬、山田先生が日本を発ったと連絡があったのが数時間前。そして、ロシア上空で飛行機が謎の攻撃を受けて火の玉になるのと、ロシア代表と前ロシア代表がキャットファイトを繰り広げる映像がネットを賑わわし始めたのが数分前だ。
チェルシーは現在ウクライナあたりを飛んでるはずだから今日中には帰ってくるだろう。そしたらスコールとマドカ、チェルシーはイギリスに、私とオータムはフランスに寄り道してから合流だ。
「しっかしアンタも懲りねぇよなぁ」
「どういう意味、それ?」
「変装のワンパターンさだよ。いい加減にバリエーション増やしたらどうだ? 今の世の中どこで監視カメラがみてるかわかんねぇぞ」
「ふっふっふ。世紀の大天才杏音さんをなめないほうが良いよ、オータムくん」
わざとらしく得意げな顔でコートの裾をマントのようにはためかせながら振り向くと、呆れた顔のオータムと目があった。
そのまま手をメガネのフレームに当て、少しばかりクイッとやる。この際、人差し指ではなく中指でやるのが私流だ。
「私の周囲では時が止まるのさ」
「どういう意味だよ、それ」
「考えても見てくれたまえ、いままで私が監視カメラに写ったことがあったかい?」
「そりゃある…… いや、たしかにお前の監視カメラ画像を指名手配リストで見たことねぇな」
私の周囲の時が止まる理屈は簡単。簡易的にハッキングをかけてカメラ映像をループさせるのだ。それも記録の限りなく古いところで。
もちろん、書き換えるだけだから私が居た証拠にはなるけれど、姿がわからなければ捕まえようも無いってもんだ。
「でしょ? たいてい誰かのセルフィーの後ろに写ってたりするんだよ。最近のカメラ、やたらと性能いいから背景でもきれいに写っちゃってさ」
「それでも用心に越したことな――」
「
ハッとして声のした方向を見ればこっちを指差す警官2人組。そして指の先には私達。
「おいおい、バレんの早すぎんだろ! 逃げるぞ」
「違う違う、アレ」
そして、警官の反対方向には明らかに婦人向けのバッグを持って走る若い男。駅ん中でよくやるわ。
変に目立つのもまずいのでまずは一歩下がって道を……
「おっと、
すると誰かにぶつかってしまったから一言詫びてその場を立ち去ろうとすると、渋いおじさまボイスで日本語が聞こえてきた。
「上坂杏音だな」
それもご丁寧に腕を掴んで。
「いえ、人違いです。手を離していただけますか?」
「大抵の人間はそういうさ」
男がジャケットを少し捲くると、ベルトには銀色のバッジが輝いていた。おいおい、マジモンかよ。勘弁してくれ。
フランス警察の組織犯罪対策準局の人間だろう。制服じゃないしね。
オータムはこっちをちらりと見てから何事もなかったかのように立ち去った。まぁ、決して薄情なわけではなく、何かしらの作戦あってのことだろう。
「いい加減にしていただけますか。違うって言ってるでしょ!」
多少強引な手段に出ても今のところは男が女に何かしようとしているだけにしか見えないし、事実、そう思った人が集まってきて警官も近づいてきた。
男がバッジを見せようとする前に開いてる腕で防いで全力で叫ぶ。するとあら不思議、黄色い蛍光ベストを着たおまわりさんが集まってくるではないか。もちろん、目線の先は掴まれた私の腕。もうその手の人にしか見えないしね。
おそらくフランス語で「お前何やってんだ」的な言葉を叫びながら警官が男を引き剥がしたところで、そのおまわりさんの相方からフランス訛りの英語で「are you okay?」と聞かれたので頷いておこう。
そこでナイスタイミングで帰ってきたオータムに英語で呼びかけつつおまわりさんにお礼を言って立ち去る。
ちくしょう、面が割れた。しばらくこの格好はできないなぁ。
「いやぁ、まさか言ったそばからとは……」
「だから変装のバリエーションは大事なんだよ」
バスに乗ってしばらく揺られ、デュノア社の本社前に到着すると、さも当然のように偽造IDでゲートを通過。ヤル気のない守衛は管理室のようなプレハブで新聞を読んでいた。
そして事前に調べておいた構内図に従ってまっすぐとIS研究棟に向かう。ここも偽造IDで難なく通過。トイレで私は白衣に、オータムは別行動でテストパイロットの控室に向かってそこでスーツを調達。
いい加減にウィッグは取って地毛の黒髪ショートだ。メイクも少しキツめに直してから余った荷物をバススロットに放りこむ。
あと数時間で学園の一行が到着してしまう。そろそろこっちも援軍とコンタクトを取りたいところだ。
「オータム」
「おう、スーツパクってきたぜ。本物のショコラータはぐっすりだ。姫はどうよ」
「そろそろついてると思うんだけど……」
ポケットの携帯が震え、到着。と一言だけのショートメッセージが通知バーに浮かぶ。
それをオータムに見せるとギリギリだな、とつぶやきつつも足は動き出していた。
向かうのは新型機が今からにもテストを始めようとしているアリーナ。さっきから社長がどうこうだとか、シャルロットがどうだのと言った話が聞こえるので時間は無い。新型機が収まるピットに堂々と正面から入ると即座に中を制圧。技術者達はまとめて縛ってそこら辺に転がしておこう。
「おいおい、さっきからうるせえオッサンが喚いてんぞ。まだかよ」
「ほい、完成。行って来い!」
「おっしゃぁ! あの小娘を捻り潰してやんよ!」
小物のするセリフを吐きながら飛び出していったオータムを見送りつつ、私もピットからダッシュでフィールドに飛び込むと即座にISをステルスモードに設定して観戦と洒落込もう。
始まってしまえば技術と機体に圧倒的アドバンテージを持つオータムがシャルロットを押す展開。シャルロットも頑張ってはいるが、いかんせん一瞬遅い。オータムが早いのもあるが、機体の反応速度が数百分の1ミリ秒単位で遅い。シャルロットもそれはわかっているのだろう。もはや第2世代後期の機体は人間が筋肉を動かすのとそう変わらない反応速度を実現しているのだから、あとはもう人間の差と、その数百分の一の差だ。
だが、そう簡単に終わらないのが彼女たち。シャルロットが瞬時加速中に曲がるという無茶をしながらばらまいたショットガンの連撃が顔を隠していたヘルメットバイザーを割ったのだ。
オータムの顔見えるとシャルロットの動きが一瞬止まる。その隙に私が客席に向けてスタングレネードを打ち込んで生身の内に視界を奪って時間稼ぎ。少なくとも代表候補の2人はともかく、一夏くんはISの展開も満足にできないだろう。
「どういうこと! なにが起きてるの!?」
「この最新鋭機を頂いていこうって腹積もりだ! 察しの悪りぃガキだな!」
言いながらスタン効果の薄かった代表候補2人がISを展開して何かを始めたのを確認してから、さらに電子機器の妨害も始めよう。
社長が慌てふためいてるから効果はあるようだし。
「オータム! 時間ないから急いで!」
「わかってる!」
リヴァイヴの背部装甲が砕け、コアが顕になる。私が肩に積んだレールガンを動かしてコアを撃ち抜く算段をつけている間にも、殴り合いを始めた男2人はラウラによって仲裁され、ISを展開した一夏くんが零落白夜でシールドをぶち抜こうとばかりに振りかぶったときだ。
「来ないで!」
シャルロットがそんな声を上げたのは。
とりあえず牽制も兼ねて客席にむけて一発グレネードをぶち込むと、戦闘再開と相成った2人に再び銃口を向けた。
「オータム、3つ数えて撃つからね」
宣言してから3つ数えてトリガーを引く。
あくまでもイメージだけど。
そして狙い通りにコアに向けて一直線に飛んだ弾丸は、空中でその外殻を脱ぎ捨てて5本の足を持つ何かに成り代わった。
コアを掴んだ足が紫電を発するとシャルロットが悲鳴とともに動きを止める。これぞ私の新作、超小型リムーバーだ。
「一夏!」
今だとばかりにシールドを破った一夏くんと、飛び出さんとブースターを吹かした2人をまとめてAICで抗束。スモークグレネードを数発ばらまいてから脱出だ。
なに、ガキンチョの相手なんて簡単さ。ただし、グレネードの弾道を見切ってずっと私に目を向けていた千冬は別だけど。
いやぁ、これはイギリスでまた一荒れあるなぁ!
遅くなりました。
「悪りぃ」の送り仮名がおかしいのは仕様です。「悪ぃ」 って字面が悪いでしょ?