よくある転生モノを書きたかった!   作:卯月ゆう

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おわりのはじまり

 久しぶりに吸う日本の空気。別に美味しいとかそんなんじゃない。

 タクシーを拾ってIS学園最寄りまで向かい、レゾナンスでお土産と日本での衣服を買ってモノレールに。慣れたもんだ。

 流石に平日の昼間に学園へ出入りする人間はおらず、車両を貸切状態で数分揺られ、ニセの身分証を提示して生体認証すら誤魔化すと堂々と学園に立ち入った。相変わらずのザル警備に感動すら覚えながら1月ぶりに足を踏み入れた。

 しかし、このタイミングで出てきそうな千冬とか楯無は出てこない。すこし期待はずれに思いながら、本校舎に向けてぶらぶらと。

 校舎の入り口でまた身分証を提示するとあっさりとパス。まずは1年生の教室に向かおうかな。

 

 

「あの、何か御用ですか?」

「ええ、織斑先生と約束を」

「そうですか。まだ授業中ですので、会議室にご案内します」

 

 流石に堂々と歩いてれば誰かに声をかけれられるとは思っていたけど、山田先生。貴女でしたか。

 水色ロングのウィッグに赤いカラコン、ハーフリムのメガネをかけていつもの変装セットで来たわけだが、バレなさすぎと言うか……

 

 

「いえ、よろしければこのまま校舎内を見学させていただけないかと」

「もちろん構いませんが、くれぐれもお静かにお願いします」

「ありがとうございます」

 

 校舎の案内図を広げて考えるフリをしながら1年の教室に迷わず進む。その少し後ろをしとしととついてくる山田先生。どうやら狙って付けてきているらしい。

 1組の前にやってくるとガラス越しに教室内を見回す。千冬の授業だけあって黙々とノートを取る生徒が目につく。そして我が担当の2組。こっちは一般科目。日本語のようだ。留学生数人が首を傾げる姿がちらほら。ラウラー、活用はドイツ語の格変化と似たようなもんだぞー。

 流石に2組の前で時間をかけすぎたか、山田先生が再び声をかけてきた。

 

 

「何か気になる点でもありましたか?」

「いえ、良い生徒さん達だ」

「自画自賛ですか、上坂先生」

「いつからお気づきで?」

「織斑先生から聞いていたんです。確証はなかったんですけど、生徒を見る目を見て確信しました」

 

 目は口程になんとかー、ってか。まだまだ、甘いなぁ。

 

 

「京都ではすみません。人質まがいのことまでして」

「それは気にしてません。あのときは更識さんもお互いに気が立っていたようでしたし。それよりどうして、亡国機業についたんですか?」

「亡国機業についたつもりは無いんですけどね。まぁ、このカッコじゃ形無しか」

 

 亡国機業のトレードマークである黒いコートを羽織っていれば。

 この前ちら見したインターポールの指名手配リストに私が入っていたのには驚いたものだ。世間からすれば束以上の裏切り者だろう。

 コートを脱いで腕にかけると手短に要点だけを淡々と話した。口を挟む隙きすら与えないように。山田先生も黙って聞いてくれていたし、人払いもしてくれていたのか、廊下には虫の一匹すら通らなかった。

 

 

「それはわがままだと思います」

 

 話し終わって一言目がそれだ。

 どこか芯の通った真っ直ぐな目もセットで。

 

 

「そうですね。結局私は両方を選ぶことができなかったわけですし。今となっては後悔ばかりですよ」

「ならどうして戻って――」

「戻れるとお思いですか?」

 

 山田先生の前で私は出来る限り一定のトーンで話すよう意識していた。

 それは心情を悟られないためであり、彼女に余計な不安を与えたくなかったからだ。山田先生は、優しすぎる。

 優しい彼女を優しさで潰したくなかった。

 

 

「もう、手遅れです。私はこっち側からできることをやるだけですよ。今日はその話に来たわけですし」

「そうですか……整備棟、見て行かれますよね」

「もちろん。今は4組が整備の実習中ですね」

「覚えてるんですね」

「大切な生徒たちですから」

 

 整備棟で実習中のクラスを覗いて、それからアリーナも少し見てからまた1年生の教室に来ればちょうど授業が終わる数分前。

 早く終わったクラスから出てきた子が廊下に立つ私と山田先生を少し見てから去ってゆく。この後すぐホームルームだってのに……

 

 

「先生、こちらに」

「えっ?」

 

 山田先生は私の手を引くとそのまま2組の教室へ。教室を出る先生に会釈してから後ろの壁際でストップ。授業参観みたいだ。

 好奇の目に晒されながら少し待てば私に代わって担任になったケイト先生が前に立って一声かければ教室はあっという間に静かになった。山田先生が「どうぞ続けて」と身振りで表せば何事もないようにホームルームが始まる。

 

 

「どうですか」

「どうして、こんなことを」

「後悔、してるんですよね」

 

 小声で囁く言葉に私はただ黙って事務連絡を聞いている他なかった。

 ホームルームが終わって生徒が散り始めるとケイト先生に一言お礼を言って教室を出た。しかし、ここで予想外というか、まぁ、厄介なことになる。

 

 

「あの、夏にレゾナンスでお会いしましたよね。生徒会長と一緒にいた……」

「いえ、人違いでは?」

 

 シャルロットだ。廊下で1組の子を待っているのだろうが、ちょうどその前を通ると声をかけられた。しかも、ラウラもセットだ。こりゃ厳しい。

 現にラウラはかなり疑いの目を向けてるし……

 

 

「身長も体型も同じだ。それに身のこなし、どこかで訓練を受けていた経験があるはず」

「こら、失礼だよ、ラウラ」

「ふむぅ、失礼した」

「いや、よく言われるんですよ。IS絡みの仕事ですから、どこか影響を受けてるのかもしれませんね」

 

 なんとかお茶を濁して彼女らから少し離れたところに立つ。頼みの綱の山田先生は職員室に戻ってしまった。

 他のクラスも終わって人が増える中、私と2人の間には誰も来ない。

 

 

「あの、今日はどうして学園に?」

「織斑先生に用があって。早く着すぎてしまったので先生に学園を案内していただいてたんです」

「そうなんですか。ラウラ、何してるの?」

「いや、なんでもない。そろそろ1組が終わるぞ」

 

 スマートフォンで何処かに連絡を取っていたのは見えていた。文面がアルファベットだったから大方ドイツに私の照合でも頼んでいるのだろう。

 だが、今の私はDNA解析でもしない限りわからんはずだし、抜かりはない。あぁ、でも指名手配の写真はこのカッコだったかも……

 生徒に紛れて出てきた千冬にお辞儀をすると、一瞬目を見開いてから堅苦しく、お待たせしました、と言った。

 

 

「会議室に」

「はい」

 

 シャルロットとラウラに小さく手を振ってから千冬と一緒に職員室の隣、会議室に入ると、中には既に楯無と虚ちゃん、それからまさかの轡木理事長もいた。

 チープなパイプ椅子にコートを掛けて用意しておいたデータの入ったメモリーを千冬に渡すと楯無の言葉から舞台は始まった。

 

 

「始めましょう」

「今日はイギリスの案件で外部から協力を申し出て下さった方をお呼びした」

「そんな無理しなくて良いんですよ、織斑先生。でしょう、上坂博士」

「いやぁ、バレっバレだね。ま、要件だけ手短に話そうかな。ここには長居したくないし」

 

 用意してきたデータを展開すると、イギリス政府からかっぱらってきたデータを基に想定されるエクスカリバーのスペックを映し出す。

 高エネルギーレーザー兵器が主武装。補助としてエネルギー兵器の搭載が想定され、主武装は地球まで損失を25%に押さえて数百キロワットから千キロワットクラスの出力のレーザーを地上に届かせることが可能だと推測される。

 参考までに、ミサイル迎撃に利用されるレーザーはせいぜい100キロワットの出力で、これでもオーバースペックな部類だ。

 

 

「んで、なんでこんなデータを提供しに来たかって言えば、亡国機業として一枚噛ませてほしい」

「本気で言ってる?」

「もちろん。現にスコールがEUに飛んでる。いずれにせよ手を組むことになるんだよ。こうしてわざわざ事前に打ち合わせに来てるだけ褒めてほしいもんだけど」

「お前はガキと口喧嘩に来たのか? 以前に増して皮肉っぽくなったな」

 

 千冬になだめられてクールダウン。次のスライドで亡国機業の投入戦力をリスト化してある。まぁ、投入できるISはマドカの黒騎士、オータムのアラクネだけだけど。

 スコールはテーブルの上で戦争してもらって、私は頭脳労働担当だ。

 

 

「あの織斑先生そっくりの女の子ね。それから、オータム…… 貴女は出ないの?」

「今回は頭脳労働に務めるよ。束も居るけど当てにならないし」

「ふーん。ま、下手なことしたらすぐにでも殺すから」

「更識!」

「おー、おっかないおっかない」

 

 そして、さっきから黙って大人げない口喧嘩を聞いている理事長がやっと口を開いた。

 

 

「裏の事情はわかりかねますが、申し出自体は願ってもないことでしょう。あなた方は生徒たちにない経験をお持ちだ」

「なら、裏の事情を一つ。エクスカリバーの調査に行ったレイン…… ダリルとフォルテとの連絡が取れなくなってる。バイタルは途絶えてないから生きてはいるんだけど……」

「それは本当か?」

「もちろん。だからスコールも若干焦ってるんだよ。この件がなければ一発でかいのぶち込んで吹き飛ばして終わらせられるけど、2人が居るかもしれないからそうは行かない」

 

 生体同期型ISであることは黙っておく。束のプランには、餌が必要だ。その餌を逃す訳にはいかない。

 楯無は大いに悩んでいるようだ。今は敵とはいえ同級生、そして先輩だ。更識家の楯無としての立場とIS学園の生徒としての楯無の立場が苦しめているのだろう。

 だが、残された時間はそう多くない。

 

 

「なるほど、そういう事情も…… ならば、目標はソフトキル、でしょうな」

「杏音、それはお前の専門分野だろう」

「それがね。どういうわけかアイツ単体でスタンドアロン状態。外部との接続は一切拒否されちゃって。お手上げなんだよね」

「そうでもなければここに居ない、ってワケでしょ。わかったわ、中に人が居る事も考えて行動しましょう」

「エクスカリバーは今、重力に引っ張られてどんどん降下速度を上げてる。今月中に、できれば半ばまでに片付けないと」

「時間は多くない、か」

 

 沈黙を破ったのは部屋に飛び込んできた山田先生だった。

 

 

「イギリスでBT3号機が盗まれたそうです!」

 

 大きな爆弾を投下する山田先生。その話題は絶対私のせいにされるって!

 現に楯無と千冬の視線が同時にこっちに向くし!

 

 

「違う違う! ホントだって! それに、機体があっても乗る人居ないし!」

 

 楯無のジト目に全力で言い訳。ホントだよ、私悪くない!

 この調子だとフランスの第3世代も知らない人に盗まれるんじゃないだろうか。ぐぬぬ…… ええい、見知らぬ第3勢力め、覚えてやがれ!

 小物臭のするセリフを心の中にとどめ、携帯を取り出すとスコールにコール。ちょっと寒いね。

 

 

「今ちょうど相手のお偉い方とお話してるところなのだけど」

「ごめんね、イギリスでBT3号機が盗まれたらしい。情報追える? 楯無がすごい目で睨んできて怖い怖い」

「いいわ、その喧嘩買ってあげる!」

「わかったわ、部下を動かす。そっちはこっち以上に大変そうね」

「とっても。胃に穴が空きそう」

 

 ぎゃあぎゃあと吠える楯無に合間合間で口で返しながら一触即発。なのに理事長は笑ってるし、山田先生はさっき以上にオロオロしてるし、千冬は出席簿を構えた。やべっ。

 ガスッ、と出席簿が立てちゃいけない音が二発響いてあえなく撃沈だ。

 

 

「ひとまずこの場は。理事長、よろしいですか」

「ええ、もちろん。上坂先生、よろしくお願いします。ミス・ミューゼルにもそうお伝え下さい」

「は、はい……」

 

 千冬に首根っこ掴まれて生徒会室に連行。こんなナリもあってヒソヒソ囁かれている。

 

 

「あなた、まだそのカッコしてんの? 前にやめてって言ったわよね」

「変装のレパートリーが少ないんだよ。それに似合ってるでしょ?」

「だから嫌なのよ……」

 

 乱雑に部屋に放り込まれるといつぞやみたく応接セットで向かい合う。

 流石にこの部屋にはカメラやら何やらはないだろうとウィッグを外してレンズは色を抜く。いやぁ、ナノマシン様々だね。

 

 

「髪、切ったのか」

「邪魔だったからね」

 

 肩にかかるくらいまであった髪はバッサリ切った。スコールには惜しまれたけど、心のどこかではバレたくないとか、心機一転とかそういう意識もあったのかもしれない。

 

 

「どこから話したものかしら」

「かいちょーさんとしては亡国機業が首を突っ込むことに反対しないのかい?」

「もちろん嫌よ。間違いなく彼女達は混乱するでしょうし、そうなれば作戦にも影響する。特に一夏くんにはね」

「ま、それを言ったらこっちもマドカっていう爆弾抱えてんだけど。無いようにはするけど、そのときは殺さない程度にボコしていいよ」

 

 お互いがお互いに悪い意味で影響し合うことはわかりきった事。その影響を最小限に抑えるための話し合いだ。

 だが、ここでの議題は事前に伝えるか、それとも現場合わせか。

 私としては直前に伝えて現場合わせが良いとは思うけど……

 一夏くんと箒ちゃん以外はその辺の付き合い方、やり方もわきまえているはず。そして、一夏くんと箒ちゃんは現場で緊張感を与えると力を発揮するタイプだと思うし。

 

 

「私としては事前に専用機持ちには伝えるべきだと思ってる。けど、先生と博士は違うようね」

「そうだな。向き合う時間を設けて考えさせるよりも、その場合わせで形にするほうがやりやすい」

「千冬と同じく。候補生達は付き合い方もわかってるだろうし、一夏くんと箒ちゃんは火事場に強いからね」

「わかったわ。なら、この件は内密に。どうしたのよ、また変なカッコして」

 

 レンズに赤い色を入れながらウィッグをまた被って髪を梳かすと副会長のお出ましだ。

 櫛を仕舞うとメガネをかけ、顔を上げる。

 

 

「遅れてすみま、おっと、お客さんですか」

「はじめまして、Aulierシステムズの坂上です。まさか織斑君に会えるなんて、嬉しいわ」

「ど、どうも」

 

 胸ポケットから名刺ケースを出して何種類か用意した中から選んで渡す。もちろん、書いて有ることは全部嘘っぱちだが、彼は調べることすらしないだろう。

 

 

「来て早々悪いけど、席を外してもらえる? 終わったらまた呼ぶから」

「わかりました」

「ごめんね」

 

 一夏くんが出ていくと真っ先に千冬がため息を吐いた。

 

 

「あの愚弟は、全く学習しないな」

「らしいっちゃらしいけどね。楯無、笑いたきゃ笑えよ」

「そう? なら遠慮なく」

 

 私だって名刺交換くらい腐るほどやったわ!

 まったく、失礼な奴。

 目の前で声を殺して笑う楯無を写真に収めてまた怒られながら話は続いた。


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