「先生、あのあとどうなったの?」
「んー、なんのことかな?」
「とぼけないで。先生が寄り道して帰った事くらいわかってるんだから」
体育祭の喧騒も鎮まり、広葉樹も大分色付いてきた頃。修学旅行の下見と言うなの亡国機業掃討作戦は静かに幕を上げた。
その一方で、学園では千冬に次ぐ地位にいる私もまた、駆り出されるのは当然の成り行きでもあるわけだが、亡国機業の実務面でなかなかの地位にいるスコールとも通じている事を知っている千冬と楯無は間違いなく私に何かを隠していた。
少なくとも、今回のコレが私にはただの修学旅行の下見で、その実、監視も兼ねている、そう作戦会議に出たダリルから聞いていた。
「そりゃ、友人に死なれるのは心苦しいだろ?」
「"友人"ね、ホントにそうかしら?」
「ふふっ、まぁ、千冬より深くて狭い関係ではあるね。ある意味では」
「ま、いいわ。この辺にしておいてあげる。それで、今回は1年生には完全にフリーで遊んでもらうわ。ラウラちゃんにはいった先々で記録してもらって、軍事行動の専門家としてアドバイスをもらうことになってるの」
「私たちは?」
「私と先生で別行動。ちょっとお使いに付き合ってもらうわよ」
「へいへい」
「ここで一枚記念写真撮れたらな」
「なら一枚撮っていくとしよう」
私が一夏くんの手からカメラを取ると、通りすがりの立派なカメラを持ったオジサマに写真を撮ってもらうよう頼んだ。
「はい、笑って笑って!」
少し古いアナログなカメラだが、いい趣味だ、と言って請け負ってくれたオジサマにカメラを返された一夏くんはいい笑顔で笑っていた。千冬も、同じように。
「さて、ここで一旦解散にしましょ? 私は杏音先生と北の方に行くわ。1年生は前に説明した通り、フリーで。その代わり、しっかり写真も撮ってくるのよ?」
「はい。こっちで」
一夏くんはポケットからデジカメを出すと、一度電源を入れてなんとなくシャッターを切った。
「織斑先生と山田先生も予定通り、お願いします。ダリル先輩とフォルテは……」
「んじゃ、デートと洒落込むかい? フォルテ」
「んなっ! 先輩、そんなっ」
「先輩におまかせしますね。解散っ!」
楯無が解散を宣言すると、すぐに動いたのは私と楯無だった。タクシーを一台拾うと、京都市内へ繰り出す、かと思いきや、5分も経たずにすぐに降りて徒歩に切り替えた。
「おや、北に行くって言うから金閣寺とかそっちかと思ったのに」
「ねぇ、先生。今回の事、どこまで知ってるの?」
「人通りの少ない裏通りはそう言う理由で」
「ふざけてるとこの場で殺すわよ」
「はぁ…… 学園から見るなら、私が亡国機業に着くのか、学園に残るかを選ばせる、もしくはそうさせないために目をつける。亡国機業から見るなら、ただの取引なんだけど、何を目当てで来たのかまでは聞いてない」
「ため息つきたいのこっちよ? わざと先生にはただの下見の体を貫くようにしてきたのに。誰が言ったのか言わされたのか…… ま、ここまで来たら変わらないわ。で、先生はどうするの?」
「うーん? どっちも誰も死なないようにうまく立ち回るかな」
「そんなことができると? 確認されてる亡国機業の稼働機はたったの2機。操縦者の技量を勘案してもこっちは10機よ? それに、これから援軍を連れてくるし」
「3だよ、亡国機業は。オータムが新しい機体を手に入れた。それから、スコールが手負いだなんて考えてないよね?」
顔には出さないが、目で感情が読めるあたりまだ甘い。
私が寄り道して帰ったんだから手負いのままなわけがないことくらい考えただろうに。ああ、スコールが生身だって考えたら普通か。
「それでも、フォースレシオは1対3以上よ?」
「慢心だな。なぁ、楯無、援軍って、アリーシャ?」
「もう、なんでわかるの?」
「いやだって、あんな隻腕隻眼の赤髪女がそうそういてたまるかよ」
私が指差した先には、愛猫の白猫に煮干しを与えるエロい着物の女がいた。
「おや、こんなところで会うなんて奇遇じゃないのサ」
「何年ぶりだろうね。テンペスタⅡのテスト以来か」
「フフッ、だね。それで、そちらが」
「IS学園生徒会長、更識楯無と申します。今回はこんな要件にもかかわらず応じていただき、ありがとうございます」
「いやいや、気にすることないのサ。それじゃ、私が軽く調べた事だけ先に伝えて、後はお互いに哨戒でいいかい?」
楯無が頷くと、アーリィはデータを送り、それを盗み見ると、潜伏先のデータらしかった。市内のお高いホテルとここからそれなりに離れた伊丹空港の倉庫。まぁ、スコールらしいチョイスだな、と思うだけだ。
「アンネとは積もる話もあるけど、終わった後かな?」
「そうだね。ひとまず、アーリィは一夏くんの所かな? 彼の周りには1年生しかいないから」
「殺るなら今、サね」
「いいよね、楯無?」
「ええ、そうね。じゃ、先生と私は織斑先生と合流しましょうか」
楯無が携帯で千冬を呼び出した間に、私も私でレンズを通してネット通話でお目当てを呼び出した。もちろん、話すのは相手だけで、私はチャットだが。
「先生はもう旅館の近くにいるそうよ。ここからそれなりにあるけど、タクシーもいないし」
「歩くしか無いっぽいね」
「人混みに紛れて消えたら織斑先生に報告だから」
「信用ないなー」
楯無に手首を捕まれ、人混みを進む。駅からそこそこ離れた旅館まで、なんだかんだで買い物をしつつもたどり着こうと言うときだ。
ポケットに入れた携帯が震えた。楯無も同じようにポケットから携帯を取り出すと、メールを見せてきた。
「オータム、確保」
「え、マジで?」
「1年生5人がIS展開して確保したそうよ。それと、ダリル先輩とフォルテが向こうに付いた」
そう言うや否や旅館の目の前で楯無は私のネクタイを引くとそのまま壁に叩きつけた。
「先輩が亡国機業と関係があったこと、どうして黙っていたのよ! これで先生が全部知ってた理由も説明がつくわ! それに、体育祭の時にも学園内の動きを先輩に見てもらってた、違う!?」
ナイスタイミングで通りかかった千冬によって楯無は引き剥がされ、山田先生の手で部屋に連れて行かれると、残されたのは私と千冬のみ。
「少し歩くか」
裏路地に佇む旅館から、大通りとは逆方向に歩き始めた千冬に続く。
「お前は昔から器用なくせに不器用だったからな。亡国機業と関係を持った時点でこうなるのはわかっていたはずだ」
「でも――」
「悪いが、今の杏音から理想を聞いたところで、私は手を貸せない。率直に言うと、今のお前は信用に値しない。信じてやりたい気持ちはある。ただ、お前の理想は高すぎるんだ」
続く言葉もない。全部千冬の言うとおり。どっち付かずを選んだ結末がコレだ。まぁ、予想してなかったかと言われれば、ちゃんと考えていた可能性ではある。
でも、やっぱり親友の口から信じられない、なんて言われればやっぱり傷つくさ。
「コーヒー、飲むだろ?」
「うん」
千冬から渡されたコーヒーは、文字通りの意味で最後の手向けだったのかもしれない。
区画を一周して戻ると、楯無が腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「更識、コイツの処分は――」
「織斑先生、お願いします」
「ああ、そうだよな」
楯無なりの嫌がらせか? そう思わなくも無かったが、楯無の手渡した手錠を受け取った千冬は、
「ねぇ、ちーちゃん。私、間違ってる?」
「人としては正しい感情だ。ただ、教師としては間違っていたかもな」
「何を選ぶべきだったんだろ……」
千冬は涙目で私を抱きしめてから、今にも掴みかかりそうな楯無を静止して、どこかの誰かみたいに言った。
「悪いな、杏音。学園運営規則、及び守秘義務違反、IS運用協定違反で拘束する」
4年前の千冬もこんな気持ちだったのかな。なんて思いながら旅館に入り、広間に通されると、拘束された私を1年生は驚きの目で迎えてきた。
オータムの横に座らされ、ご丁寧に足まで固定されると目の前でブリーフィングを始めようとしたその瞬間だ。
窓を震わす爆音。遠くから聞こえる悲鳴。慌てて窓にかじりついた楯無が煙を確認すると、すぐさま「ブリーフィングを始めましょう」と告げた。
「亡国機業の潜伏先がわかったわ。ここから遠くないホテル、そして空港の倉庫。人を隠すなら人の中、ね。見事に引っかかったわ」
「はっ、んなうかうかしてっから足元掬われるんだよ、アホが!」
「黙れ」
ラウラの容赦のない蹴りがオータムの腹に食い込む。私はあれを喰らいたくないから黙っていよう。
「お、おい、杏音。お前、どうしちまったんだよ」
「バレてた関係が、見過ごせない度合いになった」
「そうか。んで、あたしのより立派な拘束具って訳か。悪かったな、巻き込んじまって」
「自分で足突っ込んだんだ。関係ないよ」
「そうかい」
「2人とも、黙りなさい」
「ごめんよ」
私にラウラの足が飛んでくることは無かった。その代わり、困惑した目を向けられたが。
二組に別れて作戦を行うことが決まると、すぐに1年生とアーリィは別れて出ていき、千冬も楯無に何か耳打ちすると部屋を出ていった。
私と楯無の険悪な空気に山田先生はどうしていいかわからないようだ。
「ねぇ、杏音先生。違うわね、上坂博士。どうしてこんなことになったか、わかる?」
「お互いの正義をぶつけ合った結果だよ。私はその両方を受け止めたかったのに」
「そんな幻想を叶えられる世界じゃないのよ。あなたが以前、織斑先生か、篠ノ之博士を選んだ時とは時代も、立場も、両手に抱えるものすら違う」
暫く続いた沈黙を打ち破った楯無はディスプレイに向かったまま、説教じみた事を言ってくる。お前に何がわかる。天才と常に比べられ続ける苦悩が、及ばない悔しさが、全てを叶える力のない無力さが、お前にわかるのか。そう叫んでやりたかった。
「やり直すチャンスなんて無い。リセットは効かない。先生の所持品は全て預かったし、この前のISを展開しようったっていかないわ。ねぇ、世界はあなたが思ってるほど簡単じゃなかったみたい」
「うるさい! お前に私の何がわかる!」
「なにも。ただ、あなたの周囲のことはあなた以上に正しく理解してるつもりよ」
「楯無ぃ!」
お前は甘い。私に対する警戒も。すべて。
「ファウスト!」
「どうして! 先生!」
ISを展開して拘束具を引きちぎると、ビットを山田先生に突きつけ、人質っぽくしつつ立ち上がった。
「わかったよ。なら、私がやることは決まった。山田先生、ごめんなさい、恨みがあるわけじゃないんだ。楯無、君はいい生徒だと思ってた。オータム、行くぞ」
そのまま小脇にオータムを抱えると襖を破り、玄関の引き戸さえも吹き飛ばして一気に飛び上がった。
楯無は追って来なかった。
「このあとどうするんだ?」
「機体は?」
「ホテルだ。良かったよ、持ち歩いてたら向こうに取られてたな」
「なら、送ってく」
空中戦を繰り広げる"元"教え子たちを少しからかい、割れた窓に飛び込むと、オータムを下ろしてから再び入ってきた窓から飛び出した。
「上坂先生! 箒さんが!」
「…………」
声をかけてきたセシリアを無視して大阪へ向かう。私の求める人間は、そこに居る。
終わりも見えてきました