「へぷしっ! うぃ〜寒っ」
もう10月と言うこともあり、残暑を吹き飛ばす勢いで吹く海風が肌寒い。まぁ、日も暮れた時間のビルとビルの間だから尚更かもしれないが。
専用機持ちタッグマッチトーナメントも迫り、タッグ申請が少しずつ出てきたのでハブられる子の処遇も考えねばならなくなってくる。まぁ、原作と違って箒ちゃんが出てこないので代わりに誰か出るのか、とか原作に名前のない候補生を流し見たりもしていた。だが、原作と同じメンツの出場は決定。他に専用機持ちも居ないしハブられる一人がどうなるか、と言ったところだ。
今のところ申請があったのは、楯無,簪ペア、ラウラ,シャルロットペア、ダリル,フォルテペアの3組。セシリアと鈴は一夏くんを取り合って激しい火花を散らしているところだろう。最近千冬の機嫌が悪いのも頷ける。ハブられたら残念だがその時点で参加権ナシの殺伐ゲーだが、まぁ、これもモテる男の宿命と諦めて受け入れて欲しい。千冬の堪忍袋か破裂する前に決着はつけられるといいが……
「はろー」
「あーあー何も見てない聞こえなーい!」
自室の鍵を開けてドアを開くと制服を着崩した青髪が見えたのでそっ閉じ。もってきていた荷物からナイフを抜いてもう一度ドアを開けると同時に投擲。パキッ、と弾く音がしてから「やだもー」と情けない声が聞こえた。私がただのナイフを投げると思うなよ。刺さったり弾いたり、衝撃が加わるとスライムが指向性をもって飛び散る素敵システム搭載なのだ。なんとなく作って放置されていたガジェットの一つだが、意外なところで日の目を見たようだ。
「なにこれ、気持ち悪っ! センセー!」
「人の部屋に入ってそんなカッコしてるからだ。襲うぞ」
「現に襲われているのだけど…… なによこれぇ」
「んで、要件は?」
「この状態で聞く? シャワー貸して」
「目上の人にものを頼むときは?」
「上坂先生、シャワーを貸してくださいお願いします」
「行ってよし」
青いスライムを絡めながら文句を垂れつつバスルームに向かう楯無を急かしてから散らかったスライムを回収。これは濡れたタオルがあれば簡単にできるから良かったが、ふと思った事がある。
「楯無、着替えは」
「持ってる訳ないでしょ、服も貸してよ」
「デスヨネー」
脱ぎ捨てられた楯無の下着を見て、胸囲の格差社会をひしひしと感じながらとりあえずパンツとキャミソール、ジャージを用意してタオルと一緒に置いておく。上背は私の方があるからまぁ、なんとかなるだろう。
20分ほど待ってからどこか余裕の笑みを浮かべて出てきた楯無を少しにらみつつ麦茶を入れて出す。
「先生やっぱり胸ないのねぇ」
「それ以上言うな、悲しくなる」
「でも、背高いし、プラマイゼロ…… ほ、本題に入りましょうか?」
私の歯軋りが聞こえたのか、慌てて話を切り替えているのが少し愉快だが、楯無が出てくると言う事はそこそこ真面目な話なのだろうから、切り替える。多分、トーナメント時の学園防衛の話だろうとは薄々予想できるが、今年は色々ありすぎたからなぁ……
「今回なトーナメントだけど、今年は色々あったから中止の声もあるのは先生も知っているでしょう? 織斑先生と相談して教員機の数を増やして対処することにはなったけど、これでも不完全だと思ってるわ」
「確かにそれには同意するね。ただ、今回は亡国機業は来ないからなぁ」
「断言できるの?」
「できる。スコールは今忙しいみたいだからね。何をしてるのかは知らないけどさ」
知ってはいるが楯無には言えない。今、スコールは全力で束を探している。そして、アテがついた。だからこの前私に「もうそろそろ迎えに行けそう」なんて事を言ったのだ。ただ、束に対するカードを切るに切れない状況だと察する。まぁ、あくまで原作の流れを私の想像で補完したものではあるが。
「なら、謎の無人機か、ISの暴走か……」
「ISの暴走はある程度可能性を下げることはできるよね。なら無人機に対象を絞って行くしかない」
「対ISに的を絞れば暴走にもある程度の対処は可能ね。問題は……」
「教員機の能力不足だね。アレは戦闘向きじゃないから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさ。だから思い切って無理に教員を噛ませるより専用機持ちに対処させたら?」
「それができるなら苦労しないわよ。そんなこと思い切って公表したら非難の嵐は間違いないわ」
「なら黙ってればいいじゃん。事が起きなければ重畳、起きたら起きたで教員が対応できなかった理由を考えればいいさ」
「ホント、狡い人。万が一の可能性を考えない訳?」
「その時のために千冬や私がいるんだよ」
真顔で言えば口を開きかけた楯無も黙る。事実、教員機に元候補生や代表だった先生方が乗ったところで最新型を駆る現役候補生には敵わない。能力値は機体性能でほぼ決まってしまうのだ。それこそ、人間側によほど何か光るものがない限りは。
「織斑先生も同じ事を言ってたわ。教員はもはや専用機持ちに敵わない。だから彼女らに対応させろ。って」
「だろうね。それが最善手だから」
「万が一の時には、って聞いても『そのために私がいるんだろ』ですって。何を考えているの?」
「有事の優先事項を考えるんだ。各国の候補生はその国の偉い人、ひいては周辺国の偉い人のために先ずは動く。そのための策を瞬時に考えて実行する権限が与えられるはずだよ。学園はその上に指揮権をオーバーライドできるだけだ。その学園の優先事項はVIPと生徒がニアリーイコール、限りなく同等。この差が大きな違いを生む。数人を盾にされるか、数百人を盾にされるかじゃできる事が変わって当然、そのための手段も変わるだろうね。そこの差だよ。私たちは教員として何よりも生徒を守る義務を負う。君たちの命はその辺の閣僚より上なんだ」
「なんて、事を……」
「それがこの学園だよ。なんのための独立だい? まぁ、こんな考えはオマケに過ぎないんだけどね。バカなお偉いさんは自分の命とIS、それを駆る女の子の命が天秤にかけられる事を考えなかったんだ。だから有事の際に教員が動くのなら、そういう考えが無くもないのさ」
極論ではあるが、そういう解釈も可能なルールを定めたのは日本を除くIS先進国であるし、煮え湯を飲まされた日本もこんな解釈されるとは思ってないだろう。だから私も千冬もルールの中で、重箱の隅をつついてでも"IS学園の教員として"求められる最善の手段を選ぶまでだ。それが学園の守護者としての責任だとおもうし。
「先生達がそう言うのなら、仕方ないか……」
「楯無はどう考えてるの? プロとしてさ」
「それは…… 先生たちと同じよ。先生を置いてでも私達でケリをつける。1年生の実力を底上げしてきた訳だし、自衛くらいはできるでしょ。上級生と余裕のある者、それと杏音先生で大概なんとかできるわ」
「私は戦力に含むんだね。大っぴらにはアレを使えないんだけど」
「教員機でもぶっ壊すつもりで使えば先生なら平気でしょ?」
「まぁ、兵力として見ると微妙だけどね。何機も乗り捨てて良いなら戦えるけど」
私より先にISが悲鳴を上げてしまうから仕方ない。結局のところ行き着く先は同じということがわかったところで楯無は引き下がった。私の部屋で私の手料理を食べてから。せめて自分の脱いだ制服くらいは持って帰って欲しかったが、仕方ないから洗って返してやろう。
カバンから携帯を取り出してショートカットに登録された連絡先にかければワンコールで相手は出た。
「もすもすひねもす?」
「それ以上あのウザい兎と同じ喋り方をしたら切るぞ」
「ごめんよ。楯無から聞いたよ。どうするの?」
「お前もどうせ同じ結論だろう? ならばその通りに進むまでだ。だが、その時まで黙ってることは言うまでもない」
「はぁ、さいで…… 千冬は何が来ると思う?」
「間違いなくあの駄兎が手を出してくるだろう。一夏の腕試しとか言ってな」
「かんたんに想像できるから困る…… んじゃ、その方向で対策を練りますかね」
「何ができる?」
「シールドエネルギーをぶち抜く方法でも考えるよ。流石に切り札が零落白夜オンリーはまずい」
「なるほど、できるか?」
「できない事なんてない、って言いたいところだけどこればかりは賭けだなぁ」
シールドエネルギー自体をぶち抜くのは難しくない。単純に対IS弾で飽和攻撃するだけで抜ける。だが、それは非効率的だし、時間も費用も攻撃側への負担も馬鹿にならない。だから零落白夜のようにシールドエネルギーを対消滅させつつぶち抜くのが必要だ。それも、束にバレないように。これは私の頭の中で完結させれば問題ないが、実物を作るときは問題だし、あと2週間ほどで考え、実行に移せるかが最も大きな課題かもしれない。
はてさて、これは新聞部の黛さんが校内でまたひと騒ぎ起こしてくれたときに聞いた事だが、今回は原作と違って黛(姉)のインタビューを受けることになったのは一夏くんただ一人らしい。本人は千冬に声をかけたらしいからまぁ、スコールとエンカウントしたらどうなるやら……
そんなこんなで放課後は整備棟にこもる生活を2週間続け、試作品を完成させていたらトーナメント当日を迎えてしまった。
一夏くんの相棒の座はセシリアのものとなり、負けた鈴は箒ちゃんと放課後ひたすら剣道場で打ち合っていた、なんて話もある。もっとも、どこか余裕のある箒ちゃんが始終押していたらしいが。
そんなことはもとより、学園のアリーナを使うので事前準備なんてものは殆ど無く、スクリーンに使うテンプレートを放送部と新聞部が作ったりする程度だ。なので全生徒を客席に押し込んで、アリーナのど真ん中に生徒会と教職員が並べばあとは楯無が長ったらしい挨拶と食券争奪戦の開始を宣言すればすべてが始まる。というか始まった。本音ちゃん、起きてー? あとで教頭先生に怒られるのは私なんだからさぁ。
「―――以上を持って、開会式を終わります。参加する生徒は指定された時間にアリーナピットにて待機してください。観戦する生徒は指定されたルートで観客席に移動するように。試合中継は学内チャンネルNo.3及び4で同時中継を行います」
「何事もないといいんだけど……」
「始まる前から弱気だね」
「イベント毎に襲撃されて不安にならないほうがおかしいわ。先生、準備は?」
「各アリーナに4機ずつの教員機を配備してあるよ。まぁ、そんで専用機持ちがいれば5分は耐えられるさ」
「5分、ねぇ」
「お姉ちゃん、対戦表見た?」
「やぁやぁ、簪ちゃん」
「先生、これってわざと?」
「なんの意図もないよ? ホントだよ?」
アリーナを出てすぐに駆け寄ってきた簪が差し出したタブレットに映し出された対戦表には「第一試合、更識楯無,更識簪 対 織斑一夏,セシリア·オルコット 第4アリーナ」と簡潔に書かれていた。ちなみにこれを作ったのは楯無と一夏くんを除く生徒会役員。厳正なる割り箸くじ引きで決まった。決しておやつの時間のノリと勢いではない。
「厳正なるくじ引きだよ。文句があるならお宅の従者2人に聞いてみるといい」
「そこまで言うなら…… とにかく、遠近両方の面倒な組み合わせ。良くも悪くも隙が無い」
「セシリアはともかく、一夏くんは隙だらけじゃない?」
「フレキシブルを使いこなすセシリアは十二分に脅威。織斑一夏は2分あれば対処可能」
「おう、想像以上に辛辣だねぇ」
「慌てないで、簪ちゃん。私が簪ちゃんを守るから、簪ちゃんは私を守って。作戦はシンプルかつ効果的に」
「最小限のコストで最大限のパフォーマンスを」
何か合言葉的なのを交わした姉妹はパン! とハイタッチを交わすと互いに笑いあった。原作と流れが変わりすぎてて怖いのは私だけだろうか? ちなみに、このセリフは簪ちゃんが見ていたバトル物の軍師キャラのセリフだ。鑑賞会に付き合わされたからよく覚えている。
「ま、2人ならイージスも余裕でしょ。シャルラウも十分脅威だけど」
「AICがある分、ラウラは怖い。シャルロットも第2世代とはいえ、パイロットのパフォーマンスはトップクラス。マルチロール性で右に出るものは無いと思う」
「だからラウラちゃんを私が足止めして、簪ちゃんはシャルロットちゃんの相手を。って作戦なんだけど」
「勝負は時の―――」
その瞬間だ、爆音と共に地面が激しく揺れる。咄嗟に姿勢を低く取り、2人とアイコンタクト。頭を過ぎったのは「敵襲」の2文字だった。