千冬が先生の参戦になんの疑問も持たなかったせいで私の知らないところで三つ巴が四つ巴になっていたようで、試合開始後にとりあえずナターシャの放った弾丸で私は意識を取り戻した。あの胸は、ヤバい……!
奥では織田先生と千冬が斬り合ってるし、ナターシャは私の方にライフルを向けたまま「行ってもいいのかな、大丈夫かな」と言った様子でこちらを伺っているし、ここで下手に動くと銃弾の雨なきがしたのでひとまず声をかけることからはじめよう。
《あ、なにこれ》
《杏音、目が覚めましたか? いつの間にか織田先生も交えて四つ巴になっちゃって》
《ふむぅ。ナターシャ、ISの搭乗時間は?》
《大体50時間くらいだけど、どうしたの?》
《この中で一番やっかいなのは先生だって言うのは一目瞭……然……?》
銃を下ろしたナターシャと私が先生と千冬の方を見れば押しているのは千冬だった。いやいや、お前ここで本気だすな自重しろ。先生も目がマジです怖いです、生徒に向けていい視線じゃないですよソレ!
傍から見れば似たような実力の2人が斬り合っているように見えるが、よくよく観察すると防戦一方の先生に対して千冬は手数で攻め続け、得意の大振りに繋げたいというのがよく分かる。
先生の顔に余裕が無いのが何よりの証拠だ。それに、先生はさっき千冬が私に使った二刀流をとても警戒してる。1本でここまで押されていれば倍の手数になった時に負けるのは必至だからだ。
《えっと、これはなんでもありだよね?》
《ハイ。危なくなければ何でも》
《じゃ、協力して千冬を叩き落とすってのもありだよね》
《ふふっ、そうですね。一番の敵は先生ではなく彼女みたいですし。先生には申し訳ありませんが、弱ったところを頂きましょう》
《おうおう、黒い黒い。ま、私が凸ったところを背中からってのもありえるわけだけど》
《そこは信用してもらうしかありませんね》
両手に長刀を呼び出し、少し浮かび上がると。ナターシャに向けてウィンクしてからこの時代にはまだ無い技術、
突然の衝撃と驚異的なダメージに千冬が一瞬焦るが吹き飛ばされる横目に私と目があった気がした。その間にも地上からナターシャがライフルでジリジリと削ってくる。千冬は地面に叩きつけられるギリギリでブースターを吹かし、そのまま大きく距離をとった。そのままアリーナの外周を回るように飛行する。時折銃弾が当たって大きな衝撃とダメージが入るがシールドエネルギーはまだ
突然止んだ断続音に目を見やれば先生がナターシャに刃を向け、エクスペリメントのプリセット装備では苦手な至近距離の格闘戦に持ち込まれていた。とりあえず牽制がてらハンドガンで先生を狙いパンパンと撃つ。ナターシャへの義理も感じるが正直なところ「2人共敵だからどっちに当ってもいい」
私の意識が向こうに行っている瞬間を勝機と思ったのか、千冬は一気に距離を詰めるべく速度をあげてくる。千冬が刀を振りかぶった瞬間を見越して脚部ブースターに火を入れて速度ブーストを掛けた回し蹴りを見舞う。上手いこと刀を吹き飛ばせた。そこに左手の刀で追撃。これで千冬の撃鉄はシールドエネルギーがレッドまで減ったはずだ。
「見えたのか、今のが!?」
「そりゃ、ハイパーセンサーって"360度見えるんだから"当たり前じゃん。ISに死角なんて無いんだよ」
ISに死角は無いという言葉は半分本当で半分嘘だ。確かに、ハイパーセンサーは360度の視界を確保するが、人間はそもそも左右で120度くらいしか見えない生き物なのだから意識しないと普段見えないところを見ることは出来ない。だから"意識の死角"は存在するのだ。ちなみに私は全天周の視界を昆虫の複眼をイメージすることと彼女の3つのギフトの内の2つめを合わせて使って可能にしている。
女神様に貰った3つの特典2つ目は
ビット兵器とかできたら私最強! という淡い期待の下にこの能力を望んだけれど、手が2本しか無いから正直直接的な作業には活きない。ISのように頭でコントロールするモノではチートではあるけれど。
「これでフィニッシュ!」
「させるかッ、刀を!」
右手のハンドガンを千冬に向け、2度引き金を引いたところで千冬が実体化させた2本めの刀で叩き壊されてしまった。慌てて左手の刀で千冬にちょっかいを出しつつ空いた右手にも刀を呼び出す。私は背部、脚部と別れたブースターを個別にコントロールして複雑な機動で千冬を翻弄しながら手数で攻める。1撃は小さくとも確実に防ぎきれない分のダメージは蓄積されていた。
私は知っている。千冬はこういうまどろっこしいのが大嫌いだということも。大嫌いな動きをされれば精神的な動揺も誘える。現に千冬はかなりイラついているように見えたから。
「ええい、ちょこまかと腹が立つ! おとなしく、落ちろ!」
《だって千冬がこういうの嫌いだって知ってるもん。こうでもしないと私は勝てないの!》
千冬が声に出すところをこっちはオープンチャンネルで言うのも動揺を誘うポイントだ。「私はまだちゃんとコアネットワークを使った通信に意識を割けるほど余裕ですよ」というアピールにもなる。だけど、いい加減に千冬は落ちても良いだろう。私は全くダメージを受けていないし、さっきからちまちま攻撃は当てているはずだ。やたらとしぶとい。
一度両手で大きく振るって距離を置くと呼吸を整えた。地上ではボロボロになりながらもナターシャが織田先生の撃鉄のシールドエネルギーを削りきったようだ。目線がこっちに向いている。
《しぶといね。さっきから結構小傷をつけてるつもりだけど》
《そのようだ。さっきから警報音がやかましい。私の戦い方は関節に大きな負荷を掛けるみたいでな》
《実はさっきからちょこまかとキモい動きをしたせいでこっちも警報がビービー言っててさ……》
《これ以上やっても先生に怒られるどころか質問攻めにされそうだ。私は満足かな》
《勝ち逃げとは卑怯な……》
《体が持たないんだ、仕方ないだろう。互いにな》
ちぇっ、と心のなかで思いつつ(もしかしたらコアネットワークでは聞こえてたかも)、ナターシャにこっちは機体がもうダメだから降参だというとあっさりと受け入れてくれた。曰く、「これからも模擬戦をする機会はあるでしょうから」とのこと。ナターシャマジ天使。
そして機体にめちゃくちゃな負荷をかけたことに関しては織田先生にも怒られ、先生も一緒にもっと偉い先生からも怒られた。原作みたいに動画撮影されて解析されないのが救いといえば救いだが、クラスメイトのほとんどと先生にブースターの個別噴射なんて超高等技術もいいとこなものを見られてしまったのは大きな失敗と言える。
そして案の定夕方に呼び出され、後に千冬の巣になる生徒指導室で織田先生と2人きりだ。
「私は回りくどいのがキライだから単刀直入に聞こう。お前、どうしてそこまでISに乗れるんだ?」
「えっと、その。あの……」
「まぁ、お前と織斑が篠ノ之"博士"と関わりがあったのはもう知っているからおおよその見当はつく。だが、イメージで操縦できるとはいえ、あの機動は異常だ。あの後整備をした先生が愚痴っていたぞ。『どんな使い方をしたらこんな負荷の掛かり方をするんだ』ってな。織斑は単純に攻撃が尖すぎるから振るった刀が当たった時の衝撃が大きいんだ。それは理解できる。だが、お前の場合は人間の出来る機動を超えた動きをしたせいで開発者の想定外の場所に負荷がかかっていたそうだ」
さぁ、なんと言おうか。先生は感づいてるようだから言ってしまっても良いかもしれない。だけど、私のあのキモい動きはどう説明するべきだろう……。
「せ、先生のご想像通り、私とちふ……織斑はISが発表される前からISに乗っていました。ですから――」
「あの動きは日頃の鍛錬の賜物、と言いたいのか?」
「……はい」
「分かった。今はそういうことにしておいてやる。だが、あの動きは今後禁止だ。もし空中で機体が壊れてしまったらどう動くかわからん。織斑のように単純に腕が折れるというのならわかる。だが、お前の場合は未知数だ。お前のためだ、やめてくれ」
大人として、先生として危ないから止めろ。と言われてしまえば子供の私は従わざるをえない。瞬時加速でボコボコ向き変えているわけじゃないから私の身体への負荷なんて無いし、機体だっておそらく関節が思わぬ方向への衝撃に悲鳴を上げただけだろう。コアさえ無事ならば操縦者は守られるが、そんなことを言ってもまた怒られるというのはわかる。それに個別噴射なんて個人技能の域を超えているのに先生は「練習すればできるもの」ということにしてくれた。色んな意味でとても気遣いのできる先生だとつくづく思う。
私がおとなしく「はい」と返事をすると先生は部屋をくるりと一周見渡して私に顔を近づけた。
「な、なんでしょう?」
「ここは監視も盗聴もされていない。だから正直に答えろ。私は今からお前に聞いたことを外には漏らさない、約束する。上坂、お前、黒騎士だろう?」
私はもう一度部屋を見渡し、机の下や椅子の裏を見ると先生を見た。
「私は何も持っていない。なんなら脱ぐか?」
「いえ、結構です。はぁ、どうしてそう思ったんですか?」
「今日の最後だ。織斑がお前の死角から斬りかかったシーンがあっただろう? その時の反応が私の時と同じだった、そんな気がしてな。それに、序盤に私と織斑が鍔迫り合いをしているところに一瞬で距離を詰めてきた。あの動きもだ」
「最初の一瞬で距離を詰めるアレは練習すれば誰でも出来る様になるものです。先生は戦闘機のパイロットだったならイメージは容易だと思います。アフターバーナーです」
「アフターバーナー……」
「はい。私の正体お見通しらしいので包み隠さず種明かしをすると、ISのブースターは結構無駄なエネルギーを垂れ流してます。それをもう一度取り込んで再点火するんです。そうすると一瞬でとんでもない推力が出ます。向きを変えられないのが欠点ですけどね」
先生は腕を組んでしばらく考えこむようにしていると「なるほど」と一つ言った。おおまかに掴めたらしい。
ついでにブースターが4つあるならばそれぞれで個別に瞬時加速をすることであのキモい動きをもっとキモく出来るとも言った。ため息を吐かれた。
「ISのエネルギーなら何でも良いので、例えばエネルギーライフルの弾丸とかもうまくすれば吸い込めるかもしれませんね。その分推力が上がってコントロールができない可能性が高いですけど」
「冗談を言うな。そもそもどうして敵に背を向ける。だが、大体イメージは出来た。今度練習することにしよう。おい、待て。まだ質問はあるんだ」
私が椅子から立ち上がると先生はそれを止めた。
織田先生は非常に察しが良いのでどんな質問をされるかヒヤヒヤするのだ。
「まぁ待て。お前が黒騎士ならば、織斑が白騎士か。今機体はどこにある?」
私は黙って左手の指を伸ばして手の甲を先生に向けた。
「お前、結婚してるのか? そもそも誕生日はまだだろう」
「そういう意味じゃないです。このリングですよ」
「ん? これは……待機形態と言うやつか。実際に見るのは初めてだ。なるほどな……どうして左手薬指なんだ? 他の指でもいいだろう」
そうやって人に指摘されて恥ずかしがるくらいなら移せ、と半分笑うように言われたが、ここ以外に移すと黒騎士が拗ねるのだ。どうしてか知らないが、展開がモタついたり、ちょっとした不具合が出る。
「ISにも心がある、か。篠ノ之博士もそう言っていたな。教科書にもそう書くように直々に指示があったと聞く。『ISの自己進化の可能性はISが操縦者と共に過ごした時間によって大きく左右される』なるほど、そういうことか。お前は黒騎士に愛されているようだな」
「ええ、そうみたいです。それで、この機体、隠した方がいいですよね?」
「そうだが、後々企業がIS開発を始めた時に学園の生徒をテストパイロットとして雇う可能性がある。その時に上手く出せればいいと思うぞ。書類は私が書いてやる」
「公文書偽造ですよ、それ」
「バレなきゃいい。それにお前にはそういうのにめっぽう強い友人が居るだろう」
先生が堂々と束を使え、と言い始めて私は頬をヒクつかせるしか無かった。
もう一話、予約しました。
更新ペースが不安定になりそうです。目安として週1できればいいかな……