サブタイのサブタイをつけるなら
「杏音、フェラーリを買う」「一夏、免許を取る」
と言ったところですかね
キャノンボール・ファストの一件もやっと落ち着きを見せ、専用機タッグトーナメントまでの間に久しぶりの休暇を得る事が出来た。
だから私は今、一本の電話を受けて自宅マンション前でガードレールに寄りかかっている。
「ったくぅ、こちとら6000万も払ってるんだからもう少しはまともなサービスしろっての……」
携帯を片手に待つものは先日納車整備が終わった私の新しい愛車、フェラーリだ。
だが、代理店が「この辺りの土地勘がなく、ナビ頼りに向かってますが時間がかかりそうです」なんて言うものだから待ちきれずに外で待ちぼうけを食っている、というわけだ。
私が住んでいるマンションは沿岸部で再開発の進んだ地区に立つタワーマンションだ。周りにも同じようなマンションやらオフィスビルやらが立ち並び、確かにわかりにくいかもしれない。
時計をチラチラとなんとも見ていると、やっと近くの交差点を代理店のロゴが入った紺色のトラックが曲がってきた。そして目の前で止まるとそそくさと小綺麗な格好をしたお兄さんが二人降りてきて、一人は私の方に、一人はトラックの荷台のスイッチに向かった。
「上坂様、お待たせして申し訳ございません」
「この通り待ちきれなくてね。早く見せて欲しいな」
「かしこまりました。現車確認と同時に操作説明も行わせていただきます」
もう一人のお兄さんがトラックの荷台を下ろす(まさか荷台ごと降りてくるとは思わなかった)と真紅のボディが現れる。
と、そこに見合わぬ轟音とともに純白のスーパーカーが曲がってきて、トラックの後ろに止まった。もちろん、その鋭角的なフォルムはランボルギーニ以外の何者でもない。
「あー、間に合った間に合った! 上坂先生、黙ってるなんて酷いじゃないですか!」
「フェラーリ先生…… よく今日が納車日だってわかりましたね」
「昨日、アヴェンタドールのオイル交換に行った時、ちょうど隣のピットで作業してたんですよ。それで話を聞けば明日納車、って聞いてビビっと!」
「はぁ……」
「フェラーリ様、いつもお世話になっております」
「サイトーサンも、お忙しそうね」
フェラーリ先生のアヴェンタドールも同じ代理店から買ったものらしい、今日の担当者さんも面識のある方みたいだ。
その間にもトラックの荷台はクルマを乗せたまま地面と平行に降り、折りたたまれていたスロープが地面についた。
「では、ご納車時の現車確認と操作説明に移らせていただきます。まずはお車にキズやボディパネルの歪みなど無いことをご確認ください」
そんなことも求められるのか、と内心驚きつつ、フェラーリ先生と手分けしてボディを舐めるように見て回る。傷一つどころか、ホコリ一つなく、周りの風景を反射するほど磨き上げられている。文句のつけようがない仕事ぶりだ。
「大丈夫です」
「ありがとうございます。お次は内装に汚れやステッチのほつれなどございませんでしょうか?」
ドアを開けられ、まずはシートを眺める。オーダーメイドのアルカンターラと革のバケットシートには真っ黒い中に跳ね馬の刺繍と赤いステッチが施され、革とカーボンのインパネも革固有のクセなどないような均一な仕上がりだった。
お兄さんに促されるままシートに身を滑らせるとそのまま操作説明に移る。
ハンドルにこれでもかと並ぶスイッチひとつひとつの機能を教えてもらうと、キーを渡され、とりあえず胸ポケットに入れてから、ハンドルについた赤いボタンを押せば思ったよりも軽めのセルの音に続いてこれまた想像よりずっと静かなエキゾーストノートが響いた。
センタートンネルに並ぶスイッチがギアセレクターだそうで、これはどことなくアルファロメオと似た感覚だったので違和感なくRレンジに入れ、そろりとアクセルを踏むと車もまたそろりと動き出した。
「私の車にぶつけないでくださいねー」
先生からヤジが飛び、お兄さん達は苦笑いだ。あとから聞いた話だと、オーナーの性格や所有する車などから自分たちで積載車から下ろすか、オーナーに下ろさせるか決めるそうだ。なんでも、車にこだわりのある人はやはり、自分の買った車には一番最初に乗りたがるから、だそうで、自分でもなるほど、と納得してしまった。
無事にフェラーリを路上に下ろすと書類や取説が入ったファイルを手渡された。
シート後ろのファイルしか入らなさそうな空間に突っ込むと、最後に記念にと、ノンアルコールシャンパンを頂き納車は終わった。
それから車を駐車場に移して家のリビングで先生にお茶を淹れている。
「いやぁ、凄いですね、テーラーメイドじゃないですか」
「ふふん、好きなものには妥協しないのだよ。お陰で1年も待ったんだけどね。その間にも『いまどの工程にいます』って写真付きでメールが届くんだよ? すごくない?」
「ほぇ〜 ランボルギーニはディーラーと『いま日本につきました』『車検取りました』『納車整備中です』とか、そんなやり取りだけでしたよ。それに、こんな立派な冊子なんてありませんでしたし!」
リビングの壁一面にある棚の内、趣味の棚、と呼んでいる一角には購入時に贈られる、注文したモデルと全く同じ仕様のミニカーと、赤い革表紙の冊子が入っている。
それを目ざとく見つけた先生はずるいとか羨ましいとか好き好きに言っているが、それでも私と同等の金額を払ってライバルと称されるモデルに乗っているのだからうらやまれる義理はない。
「そこはメーカーのブランディングの差じゃないかな?」
「大人ぶりやがって、デス!」
「どうしてカタコトぶるんですかね、日本在住6年目さん」
その後も地下駐車場で隣同士に止めた2台を眺めながらあーだこーだ言い合っているうちにいい時間になっていたため、そのまま夜の街に繰り出していった。
ところ変わって同日の織斑家。この日は千冬と一夏の休みが珍しく被り、2人が揃って家にいた。
「千冬姉、相談があるんだけど……」
「なんだ、そんなに改まって」
「いや、俺も16になったしさ、免許取りたいな、って思って。だけど、こんな身だろ? だからどうしたら良いのかなってさ」
「ほう、杏音の言ってた通りだな」
「杏姉には前もって話してたからな。車とかバイク好きだしさ。そのときは千冬姉と相談して決めるべきだ、って言われちゃって」
千冬は考える。16になった男の子がバイクに乗りたい、と思って免許の取得を目指すことはごくごく普通の事だし、教習の費用も出そうと思う。だが、どこの国にも所属していないISを持った唯一の少年、という一夏の立場を考えるとそこらへんの自動車学校に入れることは政府から待ったがかかるだろう。
なら、相談する相手は決まっている。偉い人たちだ。
「わかった。確かに普通に教習所に行ってこい、というわけにもいかん。少し時間をくれ。政府と交渉して自衛隊の基地でなんとかならないか聞いてみる」
「うげ、そんな大事にしなくても……」
「だが、それ以外に道はないんだぞ? それこそ、ISに乗れる男が世界中に現れでもしないとな」
「確かにそうかもしれないけど、俺一人のためにそんな」
言うが早いか、千冬は携帯を取り出し何処かにダイヤルすると、一夏がバイクの免許を取りたがっている、とありのままを話した。
ここで一夏に幸いしたのは、担当官がちょうど一夏と同じ年頃の息子を持っていたことだろう。千冬との会話の中で、
なにかと理由を理由をつけて断られると思っていた所、予想外にいい方向に話が転がり、いい意味で驚いていた。
「担当の方は前向きに働きかけをしてくれるそうだ。思いの外話がすんで驚いたぞ」
「俺もびっくりだよ…… でも、本当にいいのかなぁ?」
「そういう待遇を受ける立場なんだ。おとなしく受け止めろ。良くも悪くもな」
その後、1ヶ月程度で一夏の免許取得に向け、駐屯地に仮設の二輪免許コースが設置され、自衛隊仕込みの合宿免許取得となるのだが、また別の話。その時、本人は「優しいと思ってた指導官が、一度エンストしたら豹変した」と語り、もちろん学科は100点満点で通過したという。
「へぇ、千冬もやるねぇ。ま、確かにそれくらいしかできないけどさ」
休み明けの職員室でことのあらましを語ると、杏音は意外だ、と言う顔をして千冬の言葉に頷いていた。
「だろう? だからいま朝霞に仮設のコースを設置しているらしい。とりあえず一夏のために仮の認可をだして、それから認可をもらってその後も自衛官向けの教習所として活用するらしい。一般向けには『自衛官のさらなる生活向上の為』だそうだ」
「もっともらしい理由がないと反対されちゃうからねぇ。特に一夏くんは世の男からすればヒーローかもしれないけど、一部の女からは最大の敵だからね」
「そういうやつらに限って声がデカイから困るんだ。だが、何にせよ一夏も少しは年頃の男子らしい事を出来て良かった」
「だね。女の園じゃ車やバイク、ゲームにアニメ。クラスの可愛い女の子の話もできないからね」
「最後のはなんだ。確かに、家に中学の友達を呼んだ時には大概そういう話をしているがな。普段できない分、そこで晴らしているのかもな」
「男の子ってある意味女の子より結束硬いから、五反田くんと御手洗くんもわかってるんじゃないかな? 口では「羨ましい」とか言いつつさ」
「かもしれんな。いい友人に恵まれたものだ」
最後はセリフのオンパレード。読みにくくてごめんなさい。