亡国機業の乱入、セシリアがラウラへフレンドリーファイアなど色んなゴタゴタがあった学園祭も終わると、生徒たちの意識は月末に迫るキャノンボール・ファストに移って行く。
市のISアリーナを貸し切って行われるこのイベントは、簡単に言ってしまえば妨害上等のISレースだ。目的としては高機動下での操縦技術習得と慣熟、なんていかにもなお題目が掲げられているが、実際には各国が高機動パッケージを持ち込んで技術レベルを競い合う、なんて技術戦争的一面も持っている。
正直、私の思うキャノンボール・ファストはスペック対操縦技術の比が7:3くらいな印象を持っている。だからあまり高機動下での操縦が苦手でも、スペックさえ確保できればそこそこ勝機が見えてくるのだ。
だから専用機持ちの中で言えば第2世代機を持たされている子は若干不利と考えている。
「楯無ぃ、なんで生徒会なのに違う先生の名前が入った書類が半分以上あんのぉ?」
「言わないで、今まで無視してきたのだから指摘しないで、うわあああああ」
ところ変わって阿鼻驚嘆の生徒会室からお送りします。学園祭で散々楽しんだ生徒会は見事に一夏くんを獲得。副会長の座にセットして、今は虚ちゃんが仕事のイロハを教えている。
だが、そのツケとして、日頃彼女と私で8割を終わらせている書類が私と楯無に回ってきているわけだ。
本気を出させた本音ちゃんを動員する策も浮かんだが、彼女の本気を出させるにはいかんせん出費が多いことから一旦見送られ、発狂しそうな楯無と私で書類の山を崩しに掛かっているのだ。
「そうだ、名前の主に返しに行けばいいんだぁ! アハハハハ!」
「そうね! ちゃんとやるべき人がやれば私たちの仕事も!」
「そうと決まれば」
「「いざ、仕分けの儀!」」
楽をするための解決策を見出した私たちは早かった。宛名があるものないものに楯無が分け、宛名のあるものの中でさらに先生や部署ごとに私が分けて行く。
おそらく数百枚あった書類の山は、生徒会で処理すべきものが全体の1/3程度まで減る大成果を上げ、私は職員室へ残った書類を持って行き、先生の机に黙って書類の束を置いて逃げてきた。
「楽だ、楽だぞ楯無ィ!」
「紙が少ないわ、アハハッ! こんなに仕事ないなんて素敵じゃない、先生!」
「あ、あの、虚先輩? 普段からーー」
「いいえ、今日が特別よ。学園祭とかで仕事が滞ってたから」
「なるほど……」
気持ちの悪い笑い声をあげながら書類を捌く私たちを居ないものとして見るかのようにあしらう虚ちゃん。さすがに1年半も生徒会にいれば楯無だけでなく私の扱いもわかってきたようで、大体気がつくと良いように使われていることが増えてきた。まぁ、楯無のような無茶振りはないから数倍、いや、数十倍良心的だが。
事業仕分けの成果か、普段よりずっと多かった仕事をずっと早く終わらせる事のできた私たちにそっとお茶を淹れてくれた虚ちゃんを崇めつつ、いつもより少し甘めの紅茶を口に含むと一気に疲れが外に抜けていくようだった。
「終わった、終わったんだ、ははっ」
「いつもよりずっと仕事した感じだわ。まだ6時過ぎだし、食堂の券売機で売り切れの表示を見なくても良いのね……」
「お疲れ様でした。織斑くんも一通り仕事を覚えてくれたので明日からは彼にもお仕事をお任せできそうですよ」
「ありがと、虚ちゃん。一夏くん、聞いてのとおり明日からバリバリ働いてもらう、と言いたいところだけど、別の仕事を与えるわ」
「へ?」
さっきの仕事量をみて引きつり笑いを浮かべていた顔が一気に間抜け面に変わる。そして楯無の何かを企んでいる笑顔を見てから今度は絶望を含んだ諦めに変わった。彼は思ったことがすぐ顔に出るから面白いね。
「やっぱり、一夏くんを部活に寄越せ、って団体が多くてね。そこで、日替わりで各団体にお手伝いに行ってもらおうと思うのよ」
「思うの、と言いつつ決定事項なんでしょう……?」
「ええ、もちろん。という訳で、このスケジュール通りに各団体へ行ってちょうだい。大体週に2団体ずつくらい、水曜はお休みにしてあるわ」
「はぁ、わかりました」
「よろしくね。よし、今日は解散っ! 先生、ご飯行きましょ」
楯無は「解散」と書かれた扇子を拡げて口元に持っていくとまたそれを一瞬で畳んで私の腕に抱きついてきた。女の子が安易にそんなことするんじゃない。
なんやかんや思いつつも、楯無と腕を組んで食堂まで来ると、ちょうど夕飯時なためか、生徒でごった返していた。まぁ、予想はついていたが……
「先生なに食べる? 私は日替わり定食ね」
「おい、サラッと奢らせようとするな」
食べたいものだけ告げて席を取りに行こうとした楯無の襟を掴んで引き戻し、食券を買わせると再び放流して席を取らせておく。
私は…… 今日はちょっと重いがシュヴァイネハクセでも食べよう。豚のすね肉を煮て柔らかくしたものをさらに焼いたものだ。ドイツでは足1本丸々皿に乗せて出てくるが、ここではお一人様向けにちゃんと適量に切り落としたものが出てくる親切仕様だ。もちろん、頼めば足1本くれる。
付け合わせはジャガイモの団子、クヌーデル。私はこれが大好きで、少し濃いめのソースとよく合って美味しいのだ。
トレー2つを器用に持ちながら楯無を探すと、案の定誰かに絡みに行っていた。
「お待たせ。今日は誰…… セシリア」
「上坂先生、こんばんは」
「セシリアちゃん、あれ以来元気なかったでしょ? ちょうど見かけたから、ね」
よく見れば熱いうちに食べるべき和定食も、少ししか減らずにすっかり冷めているようだ。そこそこ重症と見える。
「先生、わたくしにはやはりフレキシブルは……」
「去年言ったよね、『1年でできるようになればラッキー』って」
「ですが、あれからほぼ毎日欠かさずブルーティアーズに乗っては『曲がれ』と思って練習していますのに……」
「そこだよ。そもそも、レーザーは曲がらないんだから、『曲がれ』って思うことが間違ってる。曲がらないものは曲げるんだよ。人間もそうだけどさ」
そう言って横目で楯無を見てやるとこちらの視線には気づいていないのか、気付かないフリをしているのか、無言でカツを頬張っている。
「なにがレーザーを曲げるのか、心じゃなくて科学で理解してみることかな。ヒントはここまでだ。話は変わるけどラウラとはどうよ」
「以前と変わりありませんわ。ラウラさんも、仕方のないことだと仰っていましたし。わたくしの機体特性に合わせたポジショニングを学ぶべき、とも怒られてしまいましたが、当然ですわ」
「そう、良かったよ。これで仲が拗れたりしたら嫌だからね。アレは無理に地上に行かせた私のミスでもあるし、ラウラもわかっててそう言ったんだと思うよ」
「私が止められれば良かったんだけどね」
「先生、更識会長も、そんなことおっしゃらないでくださいまし。せっかくの食事もおいしくなくなってしまいますわ。この話はこの辺で」
「そうだね。ま、時間はあるからゆっくりね。何事もさ」
その後もセシリアの食はイマイチ進まないようではあったが、話しかければちゃんと反応して笑ってくれたので最初よりはマシになっただろう。今度時間のあるときにラウラにも話を聞いておくべきかも知れない。
楯無の口が回ったおかげでセシリアも調子を取り戻す兆しを見せたところで、私は自室に戻って久しぶりに倉持の仕事をこなす。
キャノンボールファスト前ということもあり、白式と打鉄二式の高機動チューンの方向性を探っているのだ。
白式はイコライザが使えないからチューンナップで済ませるしかないが、打鉄二式はベース譲りのイコライザ適性から専用とは行かずとも、ありものを組み合わせたスペシャルパッケージは作れる。
第3世代相当の機動性を備えた機体だから、上手くパッケージでフォロー出来れば専用機部門優勝も狙える。
ただ、私の中での疑念は再び訪れる亡国機業への不安だ。
原作との乖離が進んできたとはいえ、再びMがサイレント・ゼフィルスを引っさげてやってくるのは間違いないだろう。だが、今度は私がファウストを使えないシチュエーションだ。
衆人環視の前で一介の教師が専用機を展開するのは些かまずいものがある。この前の学園祭の一件も3人に口止めして、最悪薬を使った記憶操作すら考えたのだ。
原作通り、セシリアが土壇場で上手くやってくれると信じてフレキシブルのヒントは与えたが、敵さんが原作通りにやってきてくれるかがわからない。
そう考えつつもキーボードを叩く手は止まらず、気がつけば簡単なレポートを書き上げてあとはヒカルノに送るだけになっていた。
「とりあえずコレは送って…… ホント、どうするかなぁ」
ひとまず、目下やるべき仕事をこなしつつ、本番で対処。これしかなさそうだ。ファウストを使わず、出来ればセシリアに怪我もさせず、上手く亡国機業にお帰り願って本当に運が良ければ千冬を家に帰してあげよう。
だってキャノンボールファスト当日は、一夏くんの誕生日なのだから。