よくある転生モノを書きたかった!   作:卯月ゆう

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まぁた面倒なことをしてくれやがるよ……

 無事に一夏くんをフルボッコして白式の二次移行と、楯無の専属トレーナー就任を果たした私を迎えたのはその後のフリーダム会長プレイだった。

 まず、楯無が一夏くんの部屋に住み着いた。まぁ、これに関してはラヴァーズ共が騒いで2日に1.5回ほどの頻度でドアやら家具やらが破損するだけだからまだ良い。私の仕事はラウラかシャルロットがやらかした時に白紙の作文用紙を5枚手渡すだけだ。

 問題は事あるごとに1組担任の千冬と山田先生が胃を痛めること。私には直接関係ないし、という顔をしていると千冬に射殺すような目で見られたので以来我関せず、という前に「少し心配してますよ」アピールをする事にしている。

 次は時折私が楯無に呼び出されて「生身」で一夏くんの指導を手伝わされること。私だっていつでも暇なわけじゃないんだよ? 楯無くん?

 一夏くんの荷電粒子砲を「絶対に当てられないから大丈夫」と不安になるセリフと共に向けられた時には寿命が大きく縮んだと思う。

 そして気がつけば学園祭当日を迎えていた。

 

 

「ねぇ、本当にやらないとダメ?」

「大丈夫、杏音先生イケメンだしっ」

「問題はそこじゃ無いんだけどなぁ……」

 

 2組の出し物は1日に3回公演の「ロミオとジュリエット」だ。個人的に気にくわないのは一番人が入るであろう最後の回で私がロミオをやらねばならないこと。いくら簡略化して端折ったからと言って、定番のバルコニーでのやり取りなどなど、甘ったるいところばかり継ぎ接ぎされては私だって恥ずかしい。

 まぁ、最後は原作通り死ぬんですけどね。キスしながら……

 

 

「いやぁ、さ、考えてみ? 10歳上の女にキスされるとかシャルロットが可哀想すぎでしょ?」

「練習の時にはラウラとしてたし、本人も不満じゃ無いからいいじゃん? ねぇ、ロロット」

「う、うん。ちょっぴり恥ずかしいけど、直接キスするわけじゃ無いしね」

「えぇ〜 折角だしキスしちゃいなよ」

「「え?」」

 

 整理しよう。演劇を先頭に立って仕切る監督は演劇部の沢田さん。小中と児童劇団に居たというプロだ。彼女のキャプションの下、平常回でのキャストはロミオがラウラ。ジュリエットがシャルロットだ。今までの練習では手の甲へはエアキスするものの、唇はあくまでフェイクで、客に顔を見せないことでごまかしていた。

 沢田さんもそれを目撃しているし、何も言わなかったからそれで良いものと思っていた。さすがに思春期の女の子同士がキスしてしまうのは風紀的にマズイ。担任として私が絞られしまう。

 だが、クラスの多くはどうだろう? 思春期女子特有ピンク色の脳細胞と数の暴力により空気はシャルロットと最後にはちゃんとキスをして死ねと言うのだ。

 教室の隅で衣装合わせをしていたラウラも流石にこの騒ぎに気がついたのか、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

 

 

「大分騒がしいが、どうかしたか?」

「ねぇ、ラウラ、シャルロットとキスして、って言われたら出来る?」

「ん? 練習もしたし、できるぞ?」

 

 ここで日本語の難しさが現れる。クラスの子はラウラに対しシャルロットと(唇同士で)キスできる? と聞きたいわけだが、ラウラは練習通り、(手の甲へなら)できるぞ。と答えたわけだ。これを聞いてさらにヒートアップして最後の通し練習で本当にする流れになってしまった。

 

 

「シャルロット、すまない……」

「ラウラならいいよ」

 

 と言うやり取りがあったかどうかはさておき、ロミオの自殺シーンではシャルロットが顔を真っ赤にしていたのはおそらく本当にされると思ったか、してしまったかだ。ああ、胃が痛い……

 

 

「ハイ、ストップ。ラウラちゃん、今本当にキスしたの? 無理だったら良いんだよ?」

「なに、頬にキスするくらい当然だろう?」

「「「…………」」」

 

 それなら、と思わず思ってしまったのは挨拶のキスに代表される、あの手のキスは大抵"しているフリ"だからだ。実際に唇つける場面など殆どなく、仕草の方が重要なファクターになる。

 でも、あのシャルロットの反応は明らかに期待してたよねぇ……

 

 

「シャルロットちゃん、大丈夫? 顔赤いけど……」

「だ、大丈夫だよ! うん、本当にしちゃうの、なんてちっとも思ってなかったから!」

「語るに落ちるとはこの事か……」

 

 クラスからの生暖かい目を受け、自分の口走った事を思い返してさらに赤くなった顔を手で隠したところでラウラがふと「口にするのか? 別に構わないが……」とさらに燃料を投下したところ、シャルロットはオーバーヒートでダウンしてしまった。

 そして私はラウラにちゃんと本番も頬にエアキスで済ませる事、と念を押し、「ラウラと僕が、あわわわわ」とうわごとをつぶやくシャルロットに復活の呪文を唱えてから練習を再開させた。

 クラスに渦巻く「キスしろ」の視線を受けながら私がロミオを演じるパターンでジュリエットを抱きながら毒薬の瓶を懐から取り出し、一気に煽った。

 

 

「おお、嘘はつかなかったな、薬屋! お前の薬はよく効くぞ…… こうして、口づけをして、死の、う……」

 

 シャルロットに覆い被さるようにして倒れると薄暗い照明が完全に落ちてからセットを動かす音が聞こえたので心の中で一息ついた。

 ちなみに、男装に当たっては私もラウラも悲しきかなコルセットなどを使う事はせず、髪を纏めるだけになった。ただ、それだけだというのにラウラも男の子っぽく見えるから不思議なものだ。

 そして、顔を上げるとシャルロットがほんのり赤い顔で私を見上げてきたので思わずラウラを愛でる感覚で撫でると「あわわっ」と可愛らしい声を上げた。

 

 

「ラウラも良いけど、杏音先生の演技も良いよねぇ。大人の色気が……」

「ラウラちゃんの初々しくて頑張ってる感じと対照的だよね。これは人が入る予感ですなぁ」

 

 ギャラリーと化した大道具などの子から口々に感想が漏れ聞こえ、少しばかり恥ずかしいが、ひとまず役目は終わったのでギャラリー側に回ってから、最後の大オチで死体役を終えると沢田さんの「ハイ、オッケーです。お疲れ様でした」という声で教室の空気が緩んだ。

 シャルロット演じるジュリエットは練習をこなす事に完成度が上がっているのはクラス全員の思うところらしく、ロミオの亡骸を抱きながら嘆くシーンなど、実際に涙を流す子も現れるレベルに達している。本人曰く「原作やミュージカルは観た事があったから…… ラウラも先生も大好きだし」と嬉しい事を言ってくれたので最後の一言には目をつぶった言葉を返しておいた。

 

 

「さ、学園祭始まるよ。初回は1時間後、10時半! みんな、頑張ろう!」

「「「「おおーっ!」」」」

 

 盛り上がる乙女たちは一旦置いておき、私は学園内の警備にあたらねばならない。

 髪はポニーテールにしたままスーツパンツとブラウスに着替え、上から白衣を羽織ると腕に「生徒会」の腕章をつけた。来賓や生徒の招待客を眺めつつ、怪しげな所作をする輩が居ないかをなんなとなく見張るのが仕事だ。

 さらに言えば、IS関連企業が生徒へ売り込みをかけるのを防ぐ目的もある。

 IS学園に居なければISに乗れないと言う訳ではないし、実際、企業に直接雇われて社内教育の末に代表候補と同等の力量を持つ人も居る。だが、学園の生徒たちに直接売り込み、言い方を変えれば生徒を早い段階で雇ってテストパイロットに仕立てれば企業は使えるパイロットを安く雇えて、生徒からすれば将来の就職先を早い段階で決められると言うメリットもある。

 だが、こういう場でスカウトをかける企業に「ISでひと山当てる」と言う考えの技術の無い企業や夢を追うだけのベンチャーが多いのが実情。故に学園としては「生徒のスカウト、引き抜きは学園の定めた(というよりは一般的な日本、またその他諸外国の)スケジュールに則り就職活動期間中に行うこと」としている。

 にも関わらずコソコソ動き回る人に声をかけては念を押すのが私のここ数年の仕事だ。時には馬鹿な新卒が生徒がダメなら教員を、と開き直って私に声をかけてくることもあるが、私の特許収入を教えるとすごい顔をして引き下がってくれる。

 こういう時に客観的にその人の価値を測る指標になるものがあると便利だ。ちなみに、倉持からは一般的な役員程度の報酬を貰っているから、特別高い給料で雇われている訳ではない。世間一般からすれば高給取りであることは間違いないが……

 そんな中、明らかに"気配のなさすぎる"スーツの女性を見かけたので声をかけに行く。

 

 

「すみません、恐れ入りますが招待状か入場許可証のご提示をお願いします」

「ああ、ハイ。これですよね」

「ありがとうございます。見事な模造品ですね。スコールが手配したんですか?」

 

 そう言うと、その女性、いや、オータムは苦笑いをすると私に従い人気のない場所まで着いてきた。

 

 

「学園祭に来るとは思ってたけど、堂々としすぎじゃない? 狙いは一夏くん?」

「チッ、バレんの早すぎだろ。これでも気配消してたんだぜ?」

「消してるからバレるんだよ。人が多いんだから余程挙動不審でもない限り声なんか掛けないし」

 

 あー、めんどくせぇな、と言いながら頭を掻くオータム。私は改めて模造品の入場許可証を見る。本来はICチップで管理されているが、これにはチップは入っていてもその中身は空だ。それ以外は本物と見紛う出来だから目視確認しかしなければ普通に通してしまうだろう。

 

 

「んで、天下の大先生はなんだぁ、私らがやることを止めるか?」

「いや? 始まってからじゃないと動けないからねぇ、ここじゃ」

「ふん、ならどうして声かけに来たんだよ。挨拶しに来たってわけじゃないだろ?」

「まぁ、半分それもあるけど、警告かな? 君たちが持ってきてるオモチャは今の一夏くんには使えないから方法を変えるべきだよ」

「…………?」

「ふふっ、わかってない顔してるけどこれ以上は教えてあげない。ご協力どーも」

 

 涼し気な顔してオータム、ではなく巻紙さんを無理矢理人混みに突っ込むと、私は再び人混みで生徒に声をかける不届き者の肩に手をおいて微笑む仕事を再開した。


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