よくある転生モノを書きたかった!   作:卯月ゆう

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男の子のプライド、だよ

 私と楯無、それから一夏くんは部室棟に近い道場の一室、畳張りの間に移動していた。

 楯無と一夏くんは袴に着替え、部屋の真ん中で向かい合い、一夏くんは少しばかり不機嫌そうに楯無を見ていた。

 

 

「じゃ、一夏くんが私を1回でも床に倒せたらキミの勝ち。時間はキミが続行不能になるまで。さ、始めるよ」

「え、いや、ちょっと……」

 

 一夏くんの事だからフェアじゃないとか言い出しそうなので私が口を挟む事にした。

 

 

「一夏くん、それくらいのハンデがあっても君は楯無を倒せないから平気。それに、この後は私とISバトルだよ? なんなら、先に私がリアルで体をボコしてもいいけど」

「…………」

 

 我ながら挑発の安売りにも程がある。だが、一夏くんはさっきより不機嫌度を増しつつも臨戦態勢に入ったようだ。

 昔篠ノ之道場で見せた懐かしい気迫を纏う一夏くんは「行きますよ」と宣言した次の瞬間にはあっさりと床に伏せ、首筋に手刀を当てられていた。

 この後も一夏くんは楯無に一撃も当てる事なくひたすら投げられ、足をかけられ、打たれ…… 見ていてかわいそうになるほどにフルボッコにされていた。

 一夏くんも意地で動くようになった中で最後に決まったのは一夏くんか楯無の胴着を取った時だ。楯無の下着が覗き、一夏くんの手が止まる。その腕を払った楯無はそのまま一夏くんを打ち上げ、ゲームみたいな空中コンボを決めて彼の意識を刈り取った。

 

 

「あちゃー。まさか意識まで飛ばす事はないでしょ」

「私の下着はお高いのよ。彼を保健室まで運ぶから、お願いね」

「はいはい…… わたし先生なんだけどなぁ」

 

 ぶつくさ言いながら一夏くんを担……げなかったので脇の下を抱えて引きずって保健室まで行くとベッドに寝かせて楯無を待った。

 数分で着替えを済ませた楯無が戻ってきたので目の前で眠る彼の話を少ししよう。

 

 

「一夏くん、強いでしょ」

「そうね。最後の気迫はわたしも少し驚いたわ。彼は『心技体』で言うなら『心』の部分は良いものを持ってると思うわ。けれど、『体』を持て余す程の『技』しかない。そこがウィークポイントね」

「彼の教師陣が教師陣だからなぁ……」

「結局、一夏くんの教師陣って誰なの? 専用機持ちの2人の名前は上がってたけど」

「全員だよ。専用機持ち全員」

「はぁ?」

 

 その中で教師役として"使える"のは2人しか居ないが、それでも感覚を掴む助けにはなっているはずだ。十人十色とは言わないが、それなりに機体タイプがバラけているため、得意なレンジが全員ちがうのだ。

 おや、そろそろ目が覚めそうだ。楯無に耳打ちするとまたニヤッと笑った。

 

 

「お目覚め?」

「せん……ばい……?」

 

 美少女が鼻歌を歌いながらひざまくら。これなんてエロゲ? 一夏くんは頭の中でそんな事を考えているだろう。思春期男子の正常な思考だ。

 え? 我らが唐変木オブ唐変木がそんなエロゲ脳なわけがない? それもそうか……

 

 

「ん…… やわらか…… っ! せ、先輩なにしてんすか!」

「え? ひざまくらだけど?」

 

 さも当然、と言わんばかりの顔は非常にムカついたが、それ以上に一夏くんの慌てぶりが面白くてクスクス笑っていたら「杏音先生、なんとか……」とわたしに助けを求める言葉を言い切る前に保健室のドアが蹴破る勢いで開かれた。

 

 

「一夏っ!」

 

 入ってきた小っちゃい身体はラウラ。その顔色は一瞬で冷酷なそれに変わり、その目線の先には楯無の膝に溺れる一夏くんの姿があるが、見ようによっては股間を…… これ以上はいけない。

 

 

「目標を撃破する」

 

 短い言葉とともにISを展開。同じ部屋に鬼教官()がいるのも御構い無しとは、いい度胸。あとで一夏くんと一緒に灸を据えてやろう。

 指先から展開されるシュヴァルツェア・レーゲンより先に飛び出したのは扇子。それが見事に未展開の額に命中。それと同時に飛び出した楯無は空中でキャッチすると開いて首筋にあてがった。

 

 

「くっ……」

「物分かりの良い子は好きよ。ね、杏音先生」

「ええ、物分かりの良い子は大好きです。ボーデヴィッヒ、後で私のところまで来なさい」

「Ja,Frau!」

 

 私は笑顔なのにラウラは強張った表情で即座に姿勢を正し敬礼。それを見た楯無は苦笑い、一夏くんも困惑した表情を隠せないでいた。

 

 

「よし、話も纏まったところで行きましょうか」

「え、どこへ?」

「杏音先生とISバトルが残ってるでしょ? 第三アリーナよ」

 

 楯無に抱きとめられて頭を撫でられるラウラも道連れに第三アリーナへ。更衣室で別れ際に一夏くんに「逃げたらわかってるな」と千冬の声を真似て殺気を当てたら凄い冷や汗と共に更衣室へ逃げ込んでいた。面白い。

 私は学園で使っている紺色のスーツに着替えると教員機が置いてあるピットに向かい、使用目的と使用開始時間を電子データとして職員室に送信。機体の使用許諾を取るとラファールに打鉄用の刀をニ降りとアサルトライフル、グレネードなどを適当に詰め込んでアリーナに出た。

 

 

「「「一夏(さん)っ!」」」

「おやおや、モテモテだねぇ」

 

 一斉に詰め寄られる一夏くんと、楯無の隣で借りてきた猫ならぬ借りてきたウサギ状態のラウラ。さっきから楯無の手がラウラの頭を撫で回しているが気に入ったのだろうか? 撫で回す楯無はともかくラウラもあまり嫌そうな顔をしていない。

 

 

「さて、先生も来たし始めましょうか」

「一夏くん、ついでにラウラの折檻もするから2人一度に来な」

「ハッ!」

「マジかよ……」

 

 敬礼、即座に展開と軍人としての刷り込みがまた復活しているラウラと、先ほど楯無にボコボコにされて勝てない相手、というものを知った一夏くん。

 楯無やセシリア、シャルロットにはギャラリーになってもらおう。

 

 

「ルールは普通に、シールドエネルギー削り切ったら勝ちだよ。2人仲良くね。始めよう」

 

 まずは作戦を練っているのか、私の方をにらみつつ動かないラウラと一夏くん。対する私は未だ装備を何も展開せず、無手の状態だ。

 ラウラは私の戦い方を知っているが、教員として来るのか教官として来るのか、それによって大きく変わる事を知っているが故の迷いもあるだろう。

 だから私は優しく助言(死刑宣告)をしてあげることにした。

 

 

「ラウラ、ドイツを思い出せ。本気で行くぞ」

「……! 一夏、避けろ!」

 

 次の瞬間には瞬時加速でもって一夏くんのいた所をISブレードを横に向けながら通り過ぎ、左右のブースターの出力差を大きく出してその場で反転すると個別連続瞬時加速で不規則な軌道を描きながらアサルトライフルで適当にばら撒き、そして戸惑う一夏くんの腹をブレードで抉った。

 

 

「一夏くん、それくらい避けられないと死んじゃうよ? ラウラはちゃんとトレーニングをしているみたいだね。偉いぞ」

 

 紙装甲も良いところな白式は抉り甲斐がある。生身に近いところに打撃を与え続ければ心がおれる。流石にそこまでやるとマズイが、私の機動が追えて避けられる程度にはなってくれないと困る。

 

 

「上坂先生…… 本当に教員機ですの?」

「リボルバーイグニッションブーストなんて初めて見たよ……」

「流石、初代生徒会長ねぇ……」

 

 ギャラリーの感想はさておき、開始5分だが私は無傷。レーゲン、白式共にシールドエネルギーは8割以上残っているが操縦者はそんな余裕が無いようだ。

 ドイツで散々扱かれたラウラはともかく、一夏くんはシールドエネルギーが残っているのに肉体的ダメージを感じ、なのにどこにも怪我の無い違和感、気持ち悪さに未だ戸惑いが隠せないようだ。

 だから隙ができるし容赦なくライフルのストックで頭を殴ったり出来る。

 

 

「上坂教官、流石に、もう……」

「えぇ、まだ5分だよ? こんなんで音を上げられると困るんだよ。ラウラはもう帰って良いよ。お説教は終わり。次やったら反省文と報告書だからね」

「しかし……」

「くどいぞ、ピットに戻れ」

 

 少し厳しめに言うと悔しそうにピットに機体を収めた。

 残された私と一夏くん。目の前に立つ彼は満身創痍、と言った感じで機体と操縦者の状態のミスマッチがすごい。

 

 

「どうして、こんな……」

「これで少しはわかったんじゃないかな? 機体を扱いきれない、ましてやISの本質すら理解できないから私の攻撃を受け続けるしかない。生殺しとはまさにこの事だよね。シールドエネルギーはまだまだ残ってる。行くよ」

 

 ブレードを手に再び瞬時加速。量産機の速度なんてたかが知れているはずなのに一夏くんは反応できない。

 それは本能的な危機感から身体が竦む感覚と同じだ。ISとて無敵の盾ではない。それを知ったから怖くなった。

 とっさに雪片を向けたところで無駄。運動エネルギーで勝るこちらの一撃で雪片は一夏くんの手から離れ、私のブレードも折れてしまった。だが、即座にアサルトライフルにスイッチしてストックで一夏くんを地面に叩きつける。雪片以外の武装を持たない彼はもう無力だ。

 彼に弱さを刻みつけるように、わざと顔周辺に外した弾丸を撃ち込んで時折腹を踏みつける。

 

 

「あ、杏姉、もう、やめてくれ、やめてくれよぉぉ!」

「まだシールドエネルギーは残ってるでしょ? 終わりなんてあるわけないじゃん。君には強くなってもらう。そうじゃなきゃ困るんだ」

 

 そう言って再び腹を踏みつける。苦しげに顔を顰める一夏くん。ギャラリーはもう見ていられないとばかりに顔を手で覆っている。

 その中で唯一、楯無はこちらをしっかりと見ていたのでいつも通り笑顔を返すと少し睨まれた。

 

 

「強くなれ、強くなれって、俺だって、強くなりてぇよ! でもっ! 俺には……」

「弱音なんて吐くな。私を殺す覚悟をしないと死ぬぞ。わかってるだろう。絶対防御を抜けてくる痛みが、衝撃が、苦痛が。全てを防ぎきるのは不可能だ。覚悟を決めろ、織斑一夏」

 

 もう一度本気で腹を踏みつけてから顔を蹴りあげ、空中で姿勢を崩した彼に鉛玉を撃ち込んでいく。

 遠くに落ちた雪片を拾いに行こうとする進路を片っ端から塞ぎ、先回りしては雪片を蹴飛ばして遠くに追いやる。

 気がつけば30分以上一夏くんを甚振っているとやっとその時か来た。

 

 

「クソッ、千冬姉なら……」

 

 一夏くんの呟きと共に白式を光が包むと装甲が形を変え、アリーナの端に蹴飛ばしておいた雪片は彼の手元へ、あるべき所に帰るように飛び出した。

 

 

「やっとか、長かったなぁ……」

 

 私のため息の後には白と青、鋭さを増した白式を纏った一夏くんが私の前に立っていた。

 その目にはまだ闘志が滾っているようなのであの相手をしないといけないようだが、そろそろこっちの機体が限界だ。さっきから無駄に瞬時加速や個別連続瞬時加速を多用したせいでシールドエネルギーの残りは心許ないし、フレームが悲鳴を上げるのが聞こえる。

 

 

「杏姉、これが目的か?」

「そ、セカンドシフト(二次移行)。一夏くんはいま力を欲した。私を殺す力を、千冬を守る力を。全てを守る力を。白式ならそれに応えてくれると思ってたんだ」

「はっ、杏姉にはなんでもお見通し、ってか? なら、俺がいま考えてる事も分かるよなっ!」

「これから本番、って言いたいんだろうけどこっちの機体が壊れるっ!」

 

 圧倒的に速度の増した瞬時加速を紙一重で避けてアリーナ外周を飛ぶ一夏くんに向けてアサルトライフルの偏差射撃。当たったいるのはわかるが、次の瞬間には壁を蹴飛ばして向きを変え、再び瞬時加速でこっちに突っ込んでくる。それも零落白夜のオマケ付き。今度は地面に伏せて躱し、グレネードを投げつける。

 土煙で視界を奪って態勢を立て直すと今度は青緑の弾丸が明後日の方向へ飛んでいった。

 

 

「荷電粒子砲!? なんでもありかよ!」

「今度は俺の番だぜ、杏姉!」

 

 さっきは私が策で翻弄できたが、今度は私がスペック差で翻弄されている。瞬時加速でのヒットアンドアウェイはラファールじゃ避けるのが精一杯だし、一か八かブレードを進路上に置いたところでへし折られるだろう。

 できるだけ早く飛びながら一夏くんに向けて撃ち続けるが、弾丸も何時まで持つか。

 

 

「ねぇ、一夏くんの問題点をみんなはわかってるの?」

「「「「……………」」」」

「まさか、その場その場で適当にやってたの?」

「今まではほぼ基礎同然のことをやっていましたわ。教科書通りの飛び方すら覚束ない、と思ったら次の瞬間にはあんなことすらする方ですから……」

「僕は銃の扱いとか対処を主にやってたかなぁ……」

 

 楯無が専用機持ち達の適当さ加減に内心大きくため息をついたところで試合は思わぬ形で終焉を迎えようとしていた。

 

 私がばらまく弾丸がちまちま白式のシールドエネルギーを削る中で、白式が視界から消えた。正確には追いきれない速度で瞬時加速をしたのだ。ハイパーセンサーで捉え続け、真後ろから零落白夜と共に突っ込んでくるのが見えたので回避の姿勢をとったがギリギリで間に合わない、そう思った瞬間、私の2m手前で一夏くんが白式から吐き出され、生身で地面にヘッドスライディングをかました。

 

 

「へ?」

「……エネルギー残量見てた?」

「セカンドシフトした時には満タン…… あっ……!」

「エネルギー切れだね。私の勝ち」

「はぁ…… また負け…… うっ……」

 

 一夏くんが口を押さえて慌ててピットに戻るのを見届け、私も教員機をピットに戻すとギャラリー達の元へと向かった。

 

 

「杏音先生、アレはないわ……」

「ラウラ、ドイツではアレが普通だったの?」

「ああ、初めての時には訓練を拒否した隊員がピットに立てこもるほどだったぞ」

「わたくし達の知っている先生の実力はごく一部だった、ということですわね…… 恐ろしい方ですわ」

「口々に酷評どうも。一夏くんは今ごろトイレで吐いてるんじゃないかな? みんなも一回どう?」

 

 ラウラと楯無を除く2人から一斉に拒否の返事を浴びるとちょうど顔色の悪いヒーローが帰ってきた。

 ふらふらと覚束ない足取りの一夏くんの両脇をセシリアとシャルロットが支えるとベンチに腰を下ろした。

 

 

「正直、死ぬほど怖かった。すげえ痛いんだよ。めっちゃ苦しいんだ。なのに気を失うこともできない、逃げられないんだ。杏姉が悪魔に見えたぜ……」

「でも、いい薬になったんじゃない? 一夏くん、改めて言うけど君は弱い。だからおねーさんや杏音先生がこうして手をかけるの。期待してるわ、一夏くん」


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