夏休みも終盤、私は飛び石の様に休みを取ったせいでまとまった休みはコレしかない。そして、今日も昼過ぎまで仕事をしてから千冬とともに家路に着いている。
今日は実家に帰るので千冬も一緒なのだが、片付けが壊滅的に下手な千冬はパッキングも壊滅的に下手だったため、私が手伝った。
千冬の元には一夏くんから『持って帰るものリスト』がメールで送られてきていたので、それに従いサマースーツやらなにやらをメールに従いスーツケースに詰め、車に放り込んで終わりだ。
私はどうせ実家にある程度の着替えはあるので洗濯したいものをボストンバックに詰めて持ってきているだけだ。
「う〜む、やっぱり車に乗ると欲しくなるな……」
「でも実際使わないんだよねぇ」
「そうだな…… 一夏が免許を取れるなら良いんだが」
「まだまだ先だしねぇ」
でも一夏くんも男の子だ、人並みに車やバイクに興味があると思うんだけど。帰ったら聞いてみる事を勧め、そのまま数時間走るとやっと見慣れた地元に辿り着いた。
途中のスーパーでお酒とおつまみを買ってから織斑家に着いたのは4時過ぎの事だった。
「ありがとな、助かった」
「いいよ。今度はドライブにでも行こう」
「そうだな。ん? 騒がしいな……」
「専用機持ちでもいるんじゃないの? いつもみたいに」
「それはシャレにならん。まぁ、中学時代の友達か誰かだろう」
千冬に見送られ、さらに車で数分進み実家のガレージに車を入れようとしたところで千冬からメールが届いた。
件名は『専用機持ちだった』で、本文には「これから仕事で今日は帰れないと言ってしまったから付き合ってくれ」と書いてあった。冗談のつもりで言ったことが本当になってしまった様だ。仕方がないので一度車をちゃんとガレージに入れてから親への挨拶もほどほどに再び車に飛び乗って千冬を迎えに行く事にした。
どうせ仕事と言ったからにはスーツなのだろうと予想して上坂家に置いてある千冬の服を適当に見繕い(昔一夏くんを預かった名残りで何故か2人の服が少し私の部屋に置いてあるのだ)、袋にねじ込んでから来た道を戻った。
「すまないな……」
「私も冗談のつもりだったんだけどね」
「まさか全員揃うとは思わなかったがな。戦争でも起こす気か?」
「それこそシャレにならないよ。第4世代機含む5機とか下手な国家なら圧倒できるし……」
隣でシートベルトを締める音がしたのを確認してから車を止め出すと、さてどこに行くか、と悩む事になる。
ひとまず近所のコンビニに寄ってこれからの作戦を練る事にした。
「さて、どこ行く?」
「どうするか…… 学園に戻るのも味気ないしな」
「せっかくの休みだしねぇ」
「温泉でも行ってゆっくりするか?」
「そうする? ホテルの空きあるかな」
ネットで適当に探し、ここから2時間ほどの温泉街のお高いホテルに唯一の空きを見つけると千冬に確認してから予約を取った。
それから駅前で千冬の着替えを追加調達してから女2人のドライブと洒落込む事にした。
「一夏くんってさ、彼女とか居なかったの?」
「なんだ、藪から棒に。私が知る限りは居なかったと思うが」
「いや、専用機持ちがなんか一夏くんにべったりじゃん? 特に鈴と箒ちゃん」
「確かにな。だが、オルコットとボーデヴィッヒの目にはあまり色が見えん」
千冬からそんな言葉が出るとは意外だったが、確かにセシリアとラウラは一夏くんを好意的に見ているとはいえ、あくまでも友人として、だろう。原作ほどの好意はない…… はずだ。
「ラウラは言うまでもないよね。あれって完璧、お兄ちゃんを見る目でしょ」
「だな。あいつの『好き』はあくまでもLikeだ」
「シャルロットが伏兵なんだよねぇ」
「気が利き、周囲を冷静に見て判断する能力に長ける。優良物件だな」
問題は一夏がそれに気付かないことだが、と付け足した千冬は少しニヤリとしていたので内心はやっぱり一夏くんにべったりなのだろう。口に出すと手が返ってくるので何も言わないが。
「それで、千冬は誰推しなのよ。私はシャルロットだけど」
「うむ…… 私は学園の外の人間と付き合ってもらいたい、と思う。ISとも関わりのない、普通の女とな」
「千冬はやっぱり一夏くんをISとくっつけたくなかった?」
少し真面目なトーンで聞けば、千冬も真面目に「ああ」とだけ答えた。だけど、千冬もわかっているはずだ。一度ISに触れてしまったからには逃れられないと。今の自分たちの様に。
だから尚更一夏くんが心配なのだろう。
「臨海学校であいつらに聞いたんだ。一夏のどこがいいのか」
「へぇ、ちょっと待って、答え予想する。カッコいいとか、そんなくだらない理由はないと思うのよ」
「ほう」
千冬はこっちをみてニヤッと笑ってからコーヒーを一口飲んだ。千冬は一夏くんを女の子とくっつけたいのくっつけたくないのか、どっちなんだろうね?
「天然ジゴロの一夏くんだから、優しいとか、料理が上手いとかじゃない?」
「ふふっ、半分正解だ。あいつらから見ると一夏は強くて優しいらしい。優しさなんて自分がそう思えば優しい、と感じるし、あいつは強くもなんともないんだがな」
「そうかな? 実力的な意味では弱くても、メンタル的な意味では強いところもあるよ」
まさか、と笑ってから千冬はまたコーヒーを飲んだ。昔から変わらない千冬のクセだ。恥ずかしがると照れ隠しに何か飲んだり、落ち着きがなくなる。本人はごまかしてるつもりだろうがバレバレだ。
「一夏は、今の生活に満足してるのか?」
「満足はしてるんじゃない? 楽しいかどうかは別として」
ぷぃっ、とそっぽを向いてひたすら高速道路の防音壁を眺める仕事に戻った千冬をさておき、さらに車を走らせること1時間。予約していたホテルにチェックインすると、ホテルのロビーで目立つ金髪と橙色の髪の2人組を見かけ、さらに少し離れた所に黒髪の少女も居たがそれには目をつぶってまずは部屋に荷物を放り込むことにした。
「これは……」
「わお」
取った部屋は所詮3つ星ホテルのエグゼクティブ。ちょっと贅沢、の度を越しているがつかの間の羽伸ばしには良いだろう。
時間も時間なのでまずは夕食を摂りに別館のレストランへ。川のほとりのテラス席は程よい涼しさで気分がよかった。もちろん、出てきた創作和食も絶品だ。
部屋で一息ついて、酒を入れる前に温泉に入ることを提案すると千冬もそれに乗った。
「2人で一緒に飯を食べ、風呂に入るなんていつぶりだ? ドイツか?」
「そのくらいだね。ドイツから帰ってきたあたり。私が無理やり連れ出したんだったよね?」
「だな。あの小さい車でよく何時間も耐えられたものだ。今となっては良い思い出だが」
汗を流してから千冬は自販機でビールを買い、部屋で1本空けてから今度は本館最上階のバーへ行くことにした。まぁ、案の定ここでいま1番会いたくない人に会うわけだが。
カウンターに2人並び、千冬はソルティドッグを。私はモスコーミュールを頼んでそれが出されると軽くグラスを掲げた。
「お疲れ様、か?」
「今年もまだ半分なのに色々とあったからねぇ」
そして同時に一口。ジンジャーの爽やかな口当たりと後々効いてくるウォッカの感じで早くも酔ってしまいそうだ。
千冬は千冬でまだ余裕と言わんばかりに舌で転がしている。相変わらず酒に強いようで……
「杏音?」
「ん? どちらさ…… はぁ」
千冬とは反対側から声をかけられ振り向けば、もういい時間だと言うのにメイクをばっちり決め込んだスコールが居た。もうやだ。
千冬も「知り合いか?」と聞いてくるのでどうはぐらかそうか少し悩んで、ちらりとスコールを見ればニッコリと笑うのみ。本人は黙りを決め込むらしい。
「実業家のミューゼルさん。アメリカで初めて会ったんだけど、こんなとこでまた会えるなんてね」
「ええ、会えて嬉しいわ。お隣は織斑千冬さんかしら? ブリュンヒルデの」
「ああ。織斑千冬だ、よろしく」
「スコール・ミューゼルと申します。杏音さんとはIS事業でご縁がありまして」
よくも白々しい嘘をしゃあしゃあと。と思うも嘘の発端は私だと思うとなにも言えなくなる。
スコールもソコソコ飲めるが、千冬のように飲めるときにまとめて飲むより、ゆっくりと上品に飲むあたりに差が出てる。
「お二人は夏休み? 先生も大変なのね」
「今年は色々と面倒があったからね。そういうスコールは?」
「私は仕事に。休みも兼ねているけれど、9月に入れば忙しくなるわ」
「それは皆同じだな」
さらに他愛もない話で間を持たせてからこの場はお開きになった。もちろん、この場は、という言い方をしたからには続きがある。
夜中に目をさますと、千冬にバレぬよう、というかバレても違和感のないようにお風呂セットを持って露天風呂へ向かうと先に待ち人がいた。日本の露天風呂に似合わぬ金髪と豊満な体。スコールだ。
「待った?」
「いえ、時間5分前よ。私は先にお湯を頂いてただけ」
先にかけ湯で身体を流し、一通り洗ってから風呂に浸かると性懲りも無くスコールの手が私の身体に伸びてきた。
軽く払ってから頬にキスして「今はこれでガマン」とひとこと言うとふふっ、と小さく笑った。
「それで、亡国機業のご一行がなんのご用で? 十中八九文化祭だろうけどさ」
「その通り。ここで貴方に会ってしまったのは完全に想定外だったわ。今日は実家に帰る予定だったはずでしょう?」
「よくご存知で。予定は未定だったんだよ」
貴方らしいわ、と笑うスコールに軽くお湯を浴びせてから、私も肩までゆっくりと浸かる。
流石にアルコールを入れてすぐに風呂に入るのは洒落にならないのでこんな時間だが、人がいないのはもちろん、露天風呂に出ると綺麗な夜空が広がっていた。
「日本語で"I love you"は『月が綺麗ですね』って言うんだったかしら?」
「そんなのは漱石だけで十分。私は回りくどいのが嫌いだからね」
「その割に随分回りくどい手を使うじゃない」
「回りくどい手を使わないための回りくどい手さ」
タオルを置くふりをして、隠しておいたメスを取りだし、スコールの腕に走らせる。スコールもかなり緊張を解いていたのか、あっさりと腕に切り傷を許した。
だが、傷から流れるものはなにもなく、ただ、立ち上がったスコールに私が酷く睨みつけられるだけだった。
「杏音、あなた……」
「なんとなく、その手の気配があったから試してみれば大当たりだね……
最後だけ声のトーンを自分のできる限り落としてーー千冬に限りなく近い感じで。脅すように問いかけると、私より頭ひとつ背の高いスコールも気圧されているように見えた。
見た目だけは完璧な人間。
「5年くらい前よ。IS黎明期……」
「そう。あとで表面だけは直すから付き合ってよ」
「聞かないの?」
「興味ない、と言ったら嘘になるけど、深く聞く必要が無いからね。オータムには?」
「まだ気付かれてないはずよ。体温も、脈もあるし」
そして再びスコールに近寄り、腕をよくよく見ようとすると、見事に抱き締められてしまった。
だが、ここで注射器が出てきたりする事もなく、ただ、風呂のど真ん中で裸の女が2人抱き合っているだけ。
だが、その時のスコールは静かに、泣いていた。
中途半端ですが、4巻は終わりです。