IS学園が設立されてから初めてのISバトルという栄誉(?)を手にした私達は先生の合図があったにもかかわらずどちらも指一つ動かさずに時が過ぎていた。
付き合いの長い私達とは言え、こうして直接争うのは初めてのことなのだ。私のアドバンテージというアドバンテージは千冬の稽古を見ていたことくらいしかない。機体の性能は五分だし、こちらは遠距離、相手は近距離と得意な距離も正反対で拮抗している。剣の実力では明らかに私の負けなので勝つには銃の間合いで一方的に片付けるしか無いのだ。
先手を取ったのは私。ハイパーセンサーに表示されるレティクルを目安に千冬の頭を狙いトリガーを引いた。ここでセーフティがかかっているなんてマヌケなことは無く、思い通りにタタン、と短い破裂音を響かせた。反動制御なんて素敵なアシストは無く、2発目は撃鉄の頭部センサーをかすめて壁にあたって消えた。だが、一発目は見事に千冬の頭を捉え、大きく仰け反った千冬に連続して鉛弾を叩き込むべく引き金を引いた。
タタタンタタタンとリズムよく引き金を引き続ける。だが千冬もやられっぱなしで終わる女ではない。1射目で仰け反った反動をそのままにバック転を決めて2射目をやり過ごすと着地寸前に剣を振った。火花が散り、撃鉄のシールドエネルギーが少し削れる。
《まさか、弾丸斬った?》
《斬ってはない、当てただけだ。行くぞッ!》
驚いて動きを止めた私に向け、一気に距離を詰める千冬。慌てて後ろ向きにブースターを吹かして距離を置くもそれほどのスピードは出せない。
向かい来る千冬に鉛弾の雨を見舞いつつも私は必死で後ろ向きに逃げていた。だが、このライフル、実弾兵器の避けられない欠点を持っていた。装弾数に限りがあるという点だ。
30発の内、10発程度は最初に撃った、迫り来る千冬に適当に撃っていればあっという間に弾切れを起こす。カチンと言う音と共に吐き出す弾丸が無くなったM4はただの鉄の塊。慌ててブレーキを掛け、反対方向に向けてブースターを吹かし、千冬が縦に振るう剣を防ぐべく両手で掲げた。金属同士がぶつかる鈍い音が響くとしばらく力で拮抗した。
上手く千冬の振るう剣を銃の凹凸に合わせて横に流して銃ごと放るとバススロットからハンドガンを実体化して至近距離で3発ほど撃った。この距離ならはずさない。それなりのダメージを与えられた千冬はもう一度距離をおいた。
《杏音、そう簡単に斬らせてはくれないか》
《もちろん。千冬の剣を何年見てきたと思ってるのさ》
《私のクセはお見通しか。困った、な!》
千冬のクセ、それは重い一撃に賭けるバトルスタイルにある。相手の隙を伺い、少しでも斬れるならば大きな一撃をとんでもない速度で放つのだ。あくまでも人間同士なら、ではあるが。
今のラグだらけの撃鉄にその鋭さは出せないし、現に私は千冬がブースターを全開にしてすっ飛んでくるのが見えていた。だからもう片方の手にナイフを実体化させると千冬が胴体狙いで横薙ぎに薙いだ刀を頑張ってそらして装甲のある自分の足に当て、その衝撃で横向きにくるりと空中で側転しながらもう片方の手にあるハンドガンを目の前にある千冬の顔に向けて撃った。
だが、今の一撃、装甲越しにあたったとはいえシールドエネルギーの1/3をごっそり持って行ったのだ。装甲のない胴体にもらっていたら絶対防御が発動して一発KOだっただろう。
こっちは大きな一撃に欠ける代わりに手数で攻めるのが正攻法。だが、メインウェポンたるM4は遠くに落ちたままだし、手元には残り3発が入ったM9ハンドガン。目の前には千冬。
下に向かうベクトルと逆転させ、切り上げてきたのをハンドガンのグリップで刀の腹を叩いてそらし、3発叩き込んで腕を振りながらマガジンを抜いた。遠心力にしたがってマガジンは千冬の方に飛んでいき、それを避けるべく剣を振るったところに私が飛び込んだ。
だが、千冬の方が私より上手だったようだ。左手で突き出すように向けたナイフを"いつの間にか呼び出していたもう一振り"で弾くとマガジンを薙いでいた右手の刀ががら空きの右半身めがけて切り上げられ、その一撃で私はエネルギーを全損させた。
《わざわざ私の懐に飛び込んでくるとは思わなかったぞ。こっそり二刀流の練習をした甲斐があったな》
《くぅ~、一本取ったと思ったのになぁ》
《2人共お疲れだった。ついこの前初めてISに乗ったとは思えないな。織斑は剣道をやっていたのか?》
《はい、小学生の頃から》
《それは確実なイメージが築けるわけだ。上坂もよくやったぞ。銃の使い方はこれから学べばいい》
再びアリーナ中央に集められたクラスメイトたちから再び大きな拍手をもらいつつ、その後は織田先生、私、千冬、ナターシャの4人がそれぞれコーチになってISを纏ってみる時間となった。
入学試験で実技科目としてISを用いた模擬戦があるものの、とりあえず動けばオッケーなテストなのでこうしてゆっくりと確実に動かすのはこの時間が初めてなのだ。――ちなみにその実技のテストで千冬は試験官を叩きのめし、見事100点を取った。
おっかなびっくりといった様子のクラスメイトたちに手取り足取りではないが教えていく私達。後に聞いた話ではナターシャはアメリカで既にISの操縦経験があったそうだ。国家からの全面的なバックアップの下でこの学園に来たそうで、操縦経験の無い――とされている――私たちより点数で劣ったことに政府の方々は大いに落胆し、私達に何か秘密があるのではないかと必死になって日本に揺さぶりをかけたりしているそうだ。まさかISの開発パイロットだなんてことは口が裂けても言えない秘密だ。
4限が終わる10分ほど前にナターシャが織田先生にとある申し入れをした。
内容は勿論、私達と模擬戦をしたい。ということだった。
「よし。全員一度は乗ったな? いまファイルスから織斑、上坂の2人の模擬戦がしたいという申し出があった。2人共、疲れているなら日を改めるなりすればいいとおもうが、どうする?」
「そういう聞き方をする時、先生は遠回しに『やれ』って仰っている、というのを今日一日でなんとなく学んだのでやります」
「上坂は初日から減点だな。織斑は?」
「もちろん、受けて立ちます」
「うげぇ。先生、武装の入れ替えをしたいんですけどお願いできますか?」
本当は自分でやったほうが早いけどそんなのがバレたら色々まずい。ここはおとなしく先生に頼んでおくのが筋だ。正直、さっきの千冬との戦いで私は銃がちっとも扱えないというのを身を持って学んだので銃などを使うこと前提のバランス型機体で重装甲の機動型機体と同じ戦い方をすることにした。ただ、ハンドガンは至近距離で有効だとわかったのでちゃんと入れておくようお願いしよう。
「銃は使えないか。織斑、ファイルス。2人は?」
「いえ、私はこれで」
「私も銃は使えるので」
「後10分しかないが、希望は?」
「撃鉄の長刀を3振、ライフルを抜いてください」
「分かった。3分待ってろ。3人以外は着替えて昼休みにして構わない。では、解散!」
先生がエクスペリメントを纏ってピットに戻ったのを見とどけてからアリーナの地面にペタリと座り込んだ。すると視界の片隅からひょっこり見慣れないウサ耳が出て来たのでそれを片手で掴むと先生が行った方に投げ飛ばした。ふぅ、いい仕事をしたぜ。
向こうで「篠ノ之! 大丈夫か!?」とか「モーマンタイ。あと、来週までにもっと簡単に装備変更出来るインターフェースを考えてくるよ……」といった会話が聞こえたが気にしないことにした。
「今の束か? あの耳はなんだ」
「気にしたら負けっしょ。それで、今のうちにルール決めとこ、ファイルスさーん」
エクスペリメントを愛おしそうに撫でている彼女はこちらの声に気づくと駆け寄ってきた。おお、ぼいんぼいん……
「呼んだ?」
「呼んだ。先にルール決めておこうと思ってさ」
「なるほどね。私は別にバトルロワイヤルでもトーナメントでも良いけれど」
「面倒だからバトルロワイヤルでいい? 千冬」
「構わん。お前に銃がなければ怖くない」
「ナターシャぁ、ちーちゃんがいじめるぅ」
ストレートに千冬から「お前は戦力外」という通告を受けたのでナターシャに抱きついてその立派な胸に顔を埋める。これは、束に勝るとも劣らぬ至福! ちゃっかり私を抱きしめてくれてるし、私より10cmくらい背も高いし、彼女にはちょうどいい……なんて何を考えてるんだろう私は。ソッチの気はまだ無いはずだ。"まだ"ってなんだ、まだって! うわぁぁぁぁ!!
「ナターシャ、済まないがそいつを放してやってくれ」
「えっ? うん」
「はうぅぅ」
自分でもわかる。おそらく顔は真っ赤なはずだ。そして今まで束と同じようなやり取りを何度もしてきたので千冬ももう慣れた、と言うように肩を掴んで乱暴に揺すった。
「杏音。しっかりしろ。全く、一人で抱きついて一人で恥ずかしがるんじゃない」
「杏音のこれは……?」
「昔からこうだ。本人は冗談のつもりで誰かに抱きついては後々恥ずかしくなってこうなる。杏音、模擬戦始めるぞ。先生が呆れた目で見てるから、ほら」
千冬は私を抱き上げる(束と違ってお姫様抱っこ! 普段の行いの差がこういうところで出る)とエクスペリメントに私の身体を収めた。それも、アレを素でやらかすんだからそりゃ女の子にだってモテますわ。そのエッセンスを受け継ぐ弟くんがモテモテでも仕方ないね。
「上坂は大丈夫なのか?」
「後で弾丸の一つでも浴びれば戻るでしょう。始めてください」
「ならいいが……。ルールは決めたか?」
「3人でバトルロワイヤルです」
「乱戦か。面白そうだな、私も参加しよう」
「良いんですか? そんなことしちゃって」
「構わん。その代わり休み時間が潰れるかもな。では、始めようか」
お知らせ
我が家のPCが壊れたため、しばらく更新を停止させていただきます。
ISはこの後1話予約済みですが、その後の更新ができるか怪しいです。
携帯から書くこともできるっちゃ、出来ますが、段落字下げ等々読みにくくなること必至なのでやりません。
活動記録にも同じことをお知らせします。楽しみにして頂いてる方にはご迷惑をおかけします。