歓迎しよう、盛大にな。と言わんばかりの夏の日差しに当てられて到着したは昨年もお世話になった花月荘。IS学園の合宿はずっとここで行われ、何年たっても見た目が変わらない女将さん始め、従業員の方々にクラスごとに案内され中に入ると、私と数名の先生でバスの忘れ物チェック。そして今日の予定表を確認してから少しばかり引率の先生全員でミーティング。今日の私たちの仕事は生徒たちの監督だ。まぁ、実質私たちにとっても自由行動が半分と言ったところ。
そんなミーティングの最中に爆音でもしてみろ。急行せざるを得ないじゃないか。
「杏音…… 上坂先生、これは?」
「にんじん、ですかね? 割れてますけど」
「そんなの見ればわかる。これの主はどうした、という意味だ」
「知らないよそんなの。篠ノ之さんでも探してみれば良いんじゃない?」
先生5人ばかりで駆けつけると地面に突き刺さるにんじん。ただ、人が1人入れるくらいのスペースとやたらメカメカしい中身をしているから美味しくはなさそうだ。
千冬も私もこれの主はわかっているが、それが神出鬼没の天災だから困っているのだ。
「はぁ…… 全く、あの駄兎は仕事ばかり増やして……」
「報告書ですねぇ……」
他の先生方に触らないように言い、私と千冬は職員用の部屋に戻り報告書書こうとノートPCに向かう。ただ、にんじんが刺さっていました、では冗談抜かせ、と笑われるし、正体不明の物体が飛んできたとあればそれはそれで面倒事が待っている。
目と目で言葉を交わし、これはなかった。と言い聞かせると2人揃って立ち上がり、更衣室に向かった。
気がつけば時計の針は天を指し、私と千冬で他の先生方と入れ替わり気味につかの間の休息だ。
私は一応2組の担任故に自分のクラスの生徒が多めなところに向かうと女子の社交辞令とばかりに「先生の水着かわいい」の類の言葉を大量に頂いた。いや、嬉しいよ?
「先生って普段白衣で身体のライン見えないけど、すごく綺麗だよねぇ。普段からもっとかわいい服着ればいいのに」
「いやぁ、だって面倒じゃん?」
「杏音先生だって女の子なんだからもっと気を使わないとダメだよ?」
「先生、臨海学校に持ってきた服、ちょっと言ってみてよ」
「ん〜? ブラウス5枚とジーンズ2本。スーツ一式? あぁ、あとISスーツも含めていい?」
「ねぇ、先生? さっきケイト先生にも同じ質問したんだよ? そしたらその5倍はバリエーションがあったよ……」
「ケイト先生はいつもオシャレだもんねぇ」
生徒から盛大なため息をもらってから昼食を取るように促して砂浜から生徒が居なくなるのを見計らってからファウストを部分展開。プライベートチャンネルで束を呼び出してみれば私の足元にウサ耳がひょっこり生えてきた。
「これは、罠だな?」
足元に生えたウサ耳をひと蹴りすると「酷い!」と言う声が後ろ遠くから聞こえてきた。
振り返れば砂埃を巻き上げて駆け寄ってくる束。流石にアレを抱きとめたりアイアンクローをかましたりできるほど私は丈夫じゃないのでひらりと躱して足をかけて転ばせると数メートル先に頭から地面に突っ込んで止まった。
「こうして会うのは久しぶりだね、束」
「だね〜、あーちゃん! ハグハグしよっ! あぁ、このない胸の感し…… フゴッ!」
私に抱きついて貧乳と馬鹿にしてきたところに頭突きをして拘束から逃れると夏だというのに暑苦しいエプロンドレスを舐めるように
「痛いなぁ、束さんなりのジョークだよ、ジョーク。他意は無いんだからね?」
「それが感じ取れるのかダメなんだよ。それで、何をしでかしに来たの? ファウストの出張整備は間に合ってるよ」
「のんのん。箒ちゃんの誕生日プレゼントを届けに来たんだよ!」
「まさか、ISを作ったの?」
ふふん、と鼻を鳴らしてデカい胸をさらに張るもんだからなおさらムカつく。
そのデカい胸を少しばかり強めに掴んでやると珍しく可愛い声を出すもんだから私も驚いてしまった。
なんか、スコールと寝て以来同性への性的接触に躊躇いが無くなった気がする。いや、間違いなく躊躇い無いわ。
「あ、あーちゃん……」
「ん? ちょっとムカついたからそのデカい胸弄んでやったんだぞ?」
「た、束さんはあーちゃんが望むなら良いけど、もうちょっと時と場所を選んでほしいかなぁ、って」
「なら、これからやること教えてくれたらもっとイイコト、しよっか?」
束の身体に絡みつくように手足を回すと耳元でそっと囁く。こんなのも慣れたもんだ。いや、慣れたくなかったけど。
束がお年頃の女の子よろしく顔を赤くして口をパクパクさせてから「あーちゃんのバカぁぁぁぁ」と叫んで何処かに走り去るのを見てから私も昼食を取るべく、まずは一切濡れなかった水着を着替えに向かった。
その後は室内で明日に向けた事務仕事をこなしつつ時折ビーチに出て見回り、なんやかんやで夕食の時間と相まった。
大広間に生徒と教員130人余りが集い、なかなかに騒がしい夕食となっている。仲の良い者同士である程度固まるのは予想していたが、やはりというか、一夏くん周辺は騒がしいどころか喧しい。さっきから片一方ではウチのクラスの貴公子サマがワサビの塊を食べて悶絶してるし、もう片方ではイギリスの淑女が慣れない正座で顔を青白くしている。
私はもちろん端の方にある教員席でゆったりのんびりた。美味しい海の幸をたらふく食べるとやはりお酒が欲しくなるが、仕事中だからやっぱり飲めない。
他の先生方も同じような事を考えているのか、やはり少し物足りなそうな顔をしながらオレンジジュースで喉を潤していた。
その夜、教員にそれぞれあてがわれた1人部屋で千冬の嬌声を聞きながらゴロゴロしていると、廊下を歩く音がした。それも、わざと抑えられた足音だ。
まぁ、原作通りなら隣で一夏くんが千冬にマッサージをしている筈だし、そこに箒ちゃんと鈴が聞き耳を立てているのだろう。
私もそこに加わるべく音を立てずに戸を開け、気配を消し、足音一つ立てずに箒ちゃんと鈴の後ろに立って一緒に扉に耳を付けた。
「んっ…… あぁ、ソコだっ!? 相変わらず上手いとこを突くな」
「もう慣れたからな。千冬姉のツボは、よっと、全部わかるぜ」
会話だけ聴くとまるで真っ最中だが、彼のマッサージがプロ級なのは上坂家と織斑家の人間くらいしか知らないのだから、彼女達はお年頃の桃色脳内で映像を補完しているのだろう。
ふと、廊下の向こうからもう1人の足音。今度は隠すつもりの無い物だ。
「鈴さん、箒さん。それに上坂先生まで、そこで一体ーー」
「静かに」
「「ん! む〜〜!!」」
案の定現れたセシリアを静かにさせ、私の存在に今まで気づかなかった2人の口を塞ぐ。
私が「このままもう少し見ていたいでしょ?」と聞けば黙って頷いたので、口から手を離すと鈴がすごい勢いで扉の反対側に音もなく飛びのいた。なかなか器用だ。
「上坂先生、いつの間に居たんですか?」
「最初から。ほら、お楽しみお楽しみ」
静かに聞く箒ちゃんを適当に流して4人で聞き耳をたてる。
「んあっ! そこは…… ダメっ!」
「なんだよ千冬姉、ココそんなに弱かったか? んじゃ、もうちょっと志向を変えて…… こんなんでどう?」
「あぁっ!」
中で行われる謎の行為にセシリアも桃色脳内を発動させたのか、顔を赤くしながら小声で聞いてきた。
「これは一体、なんですの……?」
だが、ある決心を持って出たであろう彼女の言葉には誰も返すことなく、私は意味深な笑み(自己評価)を浮かべて、箒ちゃんと鈴はさっきと何一つ変わらない顔でひたすら戸に耳を付けている。
「んじゃ、次は……」
「ちょっと待て」
「ん? なんだよ」
近づく足音。これは部屋の中からだ。
3人には悪いがそっと1歩引くと丁度「バン!」といい音を立てて扉が開き、3人を吹き飛ばした。
相変わらず人外な千冬を目の前に、3人は少し手が震えているように見えた。
「何をしているか、馬鹿者どもが」
「こ、こんばんは、先生……」
「さ、さようならっ!」
そしてその場から逃げ出すべく腰を上げた瞬間、セシリアは浴衣の裾を踏まれ、箒ちゃんと鈴は襟首を掴まれ、そして私のところにはせんべいがとんでもない勢いで飛んできて額に当たった。
「フゴッ!?」
「「エグっ!」」
「んなぁっ!?」
その結果、セシリアは転び、箒ちゃんと鈴は足だけ先に逃げたために尻もち。私はそのまま地に伏せた。、
「盗み聞きとは感心しないな。それも杏音まで…… 中で何をしてるか知った上で楽しんでるからタチが悪い。ま、丁度いい機会だ。篠ノ之、凰、オルコット、来い。杏音はあの駄兎の相手でもしてろ」
「ちーちゃんのいけず」
「冗談も休み休み言え、いや、十分休んでから言ってるか……?」
踵を返して束を探して夜の砂浜をふらふらと歩いていると、案の定突き刺さるにんじんの近くに束は居た。
黙っていれば不思議の国の住人が夜空に思いをはせる姿は悪くない。だが、口を開くと一気に残念になるのが問題だけど……
うさぎは寂しいと死んでしまう、なんて言うが、あのうさぎは図太く生きそう、と言って千冬と笑った事があったが、今の束は本当に儚げで、放っておいたらそのままふわりと消えて無くなりそうだ。
「束」
「あーちゃん……」
普段の束とは真逆とも言える負の色が見え隠れする表情はなんとも言い難い。無理やり言葉にするなら"らしくない"と言ったところか。
「どうしたの。取って食べたりしないよ」
「ふふっ。あーちゃんになら食べられてもいいけど、今はまだダメ」
「何にそんなに悩んでるの? 違うな、不安、恐怖と言い換えた方がいいかな?」
「やっぱりあーちゃんにはお見通しなんだね。うん、怖いんだ。私の不器用な愛情表情が」
「箒ちゃんか……」
聞けば原作通り、束は紅椿を作って持ってきたそうだ。それも、箒ちゃんからのお願いで。
ただ、勢いで作ったは良いが、よく考えると箒ちゃんには明らかな焦り、不安があるように感じた。録音した電話を何度も聞き直して確信したらしい。電話を録音してるあたり束らしいな、と思うが、それは置いておこう。
そして、不安になったのだ。箒ちゃんの願いを叶えてあげたい。現に叶えるだけの物は手元にある。ただ、それが本当に箒ちゃんのためになるのか。
その話を聴くとやはり、というべきか、箒ちゃんは一夏くんを囲む専用機持ち達にライバル心を持ち、そして何よりも"専用機"というキーアイテムの有無で差をつけられて来たのだろう。
だから願った。自身の自信になるモノを。それも、今までつけられたアドバンテージを補ってひっくり返せる程のものを。そして気づいた。それが出来る
「なるほどねぇ。ソレ、私に預けてみない?」
「あーちゃんに?」
「明日渡すつもりだったんでしょ? 明日、それに私が乗る。その時の箒ちゃんの反応を見てみれば良いよ。後から渡すにしても『調整が間に合わなかった』とか適当に言い訳すれば良いし」
「ふぅん……」
しょぼくれた犬みたいな声を出してからその手のひらに紅椿の待機形態である織物のブレスレットを出すと、それを目の前に投げた。
一瞬で展開したソレは一次移行を終えていない、ただ鈍く光る赤いISだった。
あちこちに展開装甲を奢り、束が出来る限りを尽くしました、と言わんばかりのISだ。
「紅椿って言うの。いっくんの白式と対になる、紅」
「本当に派手にやったねぇ……」
「そんなことないよ。中身には大きな制約を後から掛けたからね。箒ちゃんが邪な気持ちでISに向き合うなら、ずっと足枷になり続ける」
「意外だね。リミッター掛けたんだ」
「足りなければ進化するしね。ソレがISだよ? 悩んだ末に出した時間稼ぎ、かな」