一夏くんが毎日箒ちゃんにボコられて1週間。軟弱者は弱者くらいにはなれたそうだ。そして無事に満員御礼のアリーナに来ている。向こうには千冬に山田先生、箒ちゃんが居るし、セシリアにだけ誰も付いてないのは不公平なので彼女のピットに向かった。
ブツブツ呟きながら画面に流れる文字を眺め、時々ホロキーボードを叩く金髪女子に後ろからそっと近づき、「そこの数値をあと0.73上げてみな」と呟くと「わかりました。17.28……っと。ありがとうございます、上坂博士」と普通に返されてしまった。
「ありゃ、バレてたかい?」
「いえ、声をかけられるまでわかりませんでした。ただ、声の感じとアドバイスの内容から博士でないかと」
「うーん、驚かせ甲斐がないねぇ。まぁいい、それで、織斑君をどう見る?」
限りなく集中しているセシリアをからかい続けて彼女のメンタルを乱しても申し訳ないので少し真面目な話に移る。
画面を流れる文字の羅列が終わると、彼女もまた真剣な表情でさらりと「相手にならない。だが不確定要素が多い」そう言った。
「なるほど。実力はたかが知れてるけど周囲の人が人だからねぇ」
「ええ、ブリュンヒルデに元候補生、剣道有段者。それらに刺激を受けて変わった可能性も捨て切れませんわ。私の事が筒抜けである事も考えられますし、対策を打ってくる事も考えられます。不確定要素が多すぎて正確な戦力診断はできませんわね」
「んじゃ、私から新情報だ。機体は最新型の近距離格闘メイン。多分彼の事だから最初は機体に振り回されると思う。ただ、彼のセンスはピカイチだ」
一般的に知られている候補生と同程度の情報をリークする。彼の機体開発には私も束も噛んでる訳で、もっと言えるが彼女のプライドが許さないし、それは逆に一夏くんに対して不公平と言える。
それだけ言うとセシリアは「なるほど」と一言言ってから機体に身を預けた。
「わたくしもこの半年遊んでいた訳ではありませんわ。相手が素人に付け焼き刃の経験を重ねた程度であっても、全力で行かせていただきます。貴方のように」
「そうかい。私みたいに遊ぶのも結構だけど、あまり遊びすぎると痛い目を見るから程々にね」
「ええ。もちろん。では、セシリア・オルコット、参りますわ!」
青い装甲を纏いピットを飛び出した彼女を送り出してからモニターでの観戦に切り替える。
装備無しの無手で立つ彼女がふと顔を上げると、向かいのピットから銀色の機体に乗られた一夏くんが飛び出してきた。おやまぁ、思ったより乗れるかね?
「逃げずに来ましたのね」
「ああ。勝負から逃げるなんてカッコ悪い真似出来ねえからな」
「ふふっ。最後のチャンスを差し上げます」
クルリとワザとらしく回ると一瞬でその手にスターライトMk.Ⅲを展開。夏に見たMk.Ⅱより少し銃身が長くなって放出エネルギー量が増えたマイナーチェンジ版だ。それを一夏くんが駆る白式に向け、不敵に笑う。
「チャンス?」
「わたくしが勝利を上げるのは自明の理。ですから、無様な敗北を晒す前にここでわたくしに謝罪するなら、許しを差しあげますわ」
「そう言うのはチャンスって言わないと思うぜ」
「そう。交渉は決裂ですわね。ではーー」
フィナーレですわ。
彼女の口がそう動いた様に見えた時には一夏くんを赤い光が貫いていた。正確に一夏くんの頭を貫いた閃光はダメージを与えるだけでなく操縦者の視力も奪った様で、一夏くんの動きには若干のラグが見られる様になった。
操縦者の視力を奪ったところで相手がある程度の経験者ーー最低数十時間の搭乗と学園1学年修了程度の知識があるのなら。操縦者の視力が無くなったところでハイパーセンサーで視覚情報を補完できるため大した影響はない。だが、相手がISに乗って数十分、まだIS自体に慣れていない人間が相手ならばどうだろう? 操縦者保護がなければ間違いなく失明どころか頭が丸ごと蒸発するような高出力のレーザーを浴びて動揺しない人間がいるならばお伺いしたいところだ。
「クソッ」
「ふふっ。まだ武装の展開すらできない方を一方的に甚振るのは趣味が良いとは言えませんが……」
「ーーっ!?」
「たまには羽目を外しても怒られはしませんよね?」
原作の流れと大きく異なり、セシリアは最初から全力で一夏くんで遊びにかかっている。それは慢心からくる余裕ではなく、絶対的な強さからくる余裕。彼女の言う「貴方の様に」とは私みたく実力差を見せつけて相手のメンタルを抉りにかかるバトルスタイルを指していた様だ。薄々感づいてはいたけど、正直良いものじゃない。特に学生のうちは。友達なくすよ? 私みたいに……
一部の実力に惚れ込んでくれた人と、生徒会長補正があってある程度の交流はあったものの、大概成績の振るわない子(身も蓋もない言い方をするなら弱い子)にはあまり良い顔をされなかったし……
まだビットは出さずにスターライトをバカスカ撃ってはめちゃくちゃな機動で逃げまどう一夏くんを追い詰め、ダメージを与え、余裕を奪っていく。多分一夏くんは最早打つ手なしで余裕なんてないと思うし。
「あらあら、大層な事を言う割には逃げてばかりでありませんの? まさか、武装の展開ができないなんて言いませんよね?」
「それくらい、男を舐めるなっ!」
一夏くんが刀を展開し、正面切ってセシリアに迫る。この一瞬であの距離を詰めるという事は…… まさか
セシリアは突然の自体にも関わらずスターライトで一夏くんが振り下ろした刀を受けると不敵に笑って
「わたくしの手はコレだけでは無くってよ?」
ビット4機を一瞬で展開し、一斉射撃を始めた。おお、エグいエグい。たまらず後退する一夏くんを増えた手数でさらに追う。よく見ればビットを動かしながら自身も少しではあるが動いているではないか。流石に全力の戦闘機動をしながらビット制御をするレベルには至っていない様だが、半年でここまでとは。彼女の努力が伺える。
一夏くんのシールドエネルギーが残り2桁を割り、止めと言うところでそれは起こった。
「はぁ、やっとですの?」
「何が……?」
突然光に覆われた白式。セシリアはわかっていたと言わんばかりに手を止めてその様子を眺めている。
歓声が湧いていたスタンドも静寂に包まれ、光のベールを脱いだ白式が現れるまで静まり返っていた。
「雪片……? 千冬姉の剣じゃねぇか。全く、良い姉さんを持ったぜ、俺は」
「やっとファーストシフトですの? 待ちくたびれましたわ。ですが、武装は変わらずその刀のみとお見受けします。そう時間はかかりませんわね」
「わからないぜ? 俺には
先ほどと同じように瞬時加速で一気に距離を詰める。先ほどまでと比べ物にならない速度での接近に流石のセシリアも反応が遅れ、一太刀浴びる。
「浅い!」
「博士の言葉通り。本当にISに乗って数十分ですの? この試合中に瞬時加速まで可能にするなんて……」
「何を言ってるかわかんねぇが、俺のターンだな」
もう一度反転、一撃離脱に活路を見出した一夏くんはそれに賭ける事にしたようだ。再び瞬時加速ですれ違いざまに横薙ぎに胴を狙う。
相手は候補生とは言えプロ、同じ手がなんども通じる訳もない。セシリアは一夏くんが反転したとわかるとその手にブルーティアーズの数少ない物理攻撃装備の一つである西洋刀、インターセプターを展開。迫り来る刃に当て、太刀筋を逸らした。
「同じ手はなんども通じなくてよ?」
「そうかい。残念だ」
舌戦を交わしながらも一夏くんが通り過ぎればビットからの弾幕が襲う。スターライト使用時よりも思考に余裕があるようで機体の動きにもキレが増した。
「次だ」
「は?」
「次で決める」
「突然何をおっしゃるかと思えば勝利宣言ですの? 笑えませんわ」
「俺は、この剣を持った以上千冬姉の名を守らなきゃならねぇ。千冬姉が世界一になったこの剣で」
「その雄姿、プライド、センス、確かに賞賛に値しますわ。素晴らしい物をお持ちです。ですが、わたくしにも国家と言う守るべきものがありますの。結構、次の一撃、それで決めましょう」
「正真正銘の一騎打ちって訳だ。良いぜ」
「「行くぞ(参ります)!!」」
初めてセシリアが激しく動いた。インターセプターを手に一夏くんに対して真っ直ぐにぶつかる。対する一夏くんも刀身を青白く輝かせ、瞬時加速で一気にすれ違った。
刃物同士がぶつかったとは思えない爆音と煙。
それが晴れ、2人の姿が見えると、地面に膝をついて空を見上げる一夏くんと、折れたインターセプターを捨て、空中で量子化して収納するセシリアが身を翻し、一夏くんを見下ろしていた。
「勝負あり、ですわね。ですが、最後の一撃はわたくしもヒヤリとさせられましたわ。お見事です」
一夏くんが最後に放った必殺の零落白夜はエネルギーを対消滅させるISに対して最強の矛だ。それはセシリアのインターセプターを叩き折り、鋒を機体に掠めて大きくシールドエネルギーを削り取ったが、0にするには至らなかった。
対してセシリアはビットの一斉射はもちろん、腰部に装備されたミサイルも射出して残り少なかったシールドエネルギーを削りながら迫る白式にとどめを刺した。
惚けて天を仰ぐ一夏くんを置いてピットに戻ってきたセシリアを出迎える。彼女の顔はなかなか良い顔をしていて、さっきまでの勝負が満足たるものだったと言外に語っていた。
「お疲れ様。なかなか良い試合しちゃったね」
「ええ。最初に一方的勝利を掲げながら成し遂げられませんでしたわ」
「けど、良い顔だ。一夏くんはなかなか見所がありそうだろう?」
「そうですね。一瞬をものにするセンスは姉譲り、蛮勇とも言える気概は男性らしく、少々愚直すぎるところは少年ですわ。ですが、素敵な方です」
「そうかい。それで、勝ったからクラス代表をやるんだろ?」
「それですが、辞退しようと思います。彼は磨けば光る。わたくしは未熟ながらにそう思いました。チャンスは多い方が良い」
「なるほど。君がそう思うならいいんじゃない?」
悩めよ。君は自由だ。私みたいに強制的に生徒会長をやる羽目になる訳でもなく、国家の犬にされることから逃れるために足掻く必要もない。自身の立場を磐石なものにするために悩め。思春期の特権だ。
「それで、先生のクラスの代表は何方でして?」
「うん? 出席番号27番、前田さん。クジ引きで決まったよ」
「そ、そんな簡単に?」
「クラス代表って言ってもそんなに大仰なものじゃないし、クラスリーグマッチくらいしかIS絡みで大変なイベントないからね。適当でいいんだよ」
「教師の言葉とは思えませんわ……」
どうもセシリアの中ではわたしは中々の超人らしい。圧倒的な戦力差で蹂躙し、言葉で拘束し、心を壊してフィニッシュ。なんてえげつないコンボを「博士のように」と形容する時点で察しだ。
学園に素晴らしいイメージを持っていたようだが、実際にはこんなもんだ。私は、まぁ、ずぼらな方だとは思うが、結構ベターな決め方だったと思う。
「ここはどんな立場の人間も平等に戦える場所だからね。一般生徒の下剋上も今まで何回もあったし」
「彼のように才能ある方を見つける場でもある、と……」
「その通り。代表候補だろうとIS適正がSだろうとここでは関係無いんだ。あまり驕らないようにね」
「肝に銘じておきますわ。今回はわたくしも感情的になってしまいましたし、彼に謝っておかないといけませんわね。クラスの皆さんにも」
後日、彼女は自身の態度を謝罪し、一夏くんをクラス代表に推薦。1組の代表は無事、織斑一夏に決定したそうだ。
私は私で突然代表候補をねじ込んできた隣の大国の管理官にひたすら小言をグチグチと呟いていた。
「ねぇ、突然代表候補を入れて、なんてふざけたこと言っちゃってさ。どれだけ大変なのかわからないんでしょう? マジであんたらのお偉いさんは小学校の道徳でもやらせた方がいいんじゃない? いっそ民主化革命でも起こしてよ。マジで」
「それは本当に申し訳なく思っている。だが革命なんて…… 口に出しただけで恐ろしい。私のような立場なら尚更な」
電話越しに私の愚痴を聞くのは中国で代表候補生の管理官をしている
何はともあれ、彼女に愚痴ったところで仕方ないのだが、単純に腹の虫の居所が悪かった。
「しっかしさぁ、入れるなら入れるで前もって言ってくれればこっちだって対応出来るんだよ。突然ねじ込んだりするから私がこうして関係のない姐さんに愚痴ったりしてるわけでさ? ドイツを見ならいなよ。前もって入れたいから入試だけ受けさせてよ、機体用意したら編入でいいから。ってやってくれればこっちもやりやすいわけよ」
ちなみに姐さんと言うのはあだ名だ。彼女が年上であり、なおかつ面倒見が良かったから気がついたらみんな姐さんと呼んでいた。
「上にも一応言葉は伝えておく。上坂博士がお怒りだった、とな。物分りがいい奴がいない訳でもないし、聞くだけ聞いてくれるだろう。私もこの国に思うところがない訳でもない。諸外国で学ぶと尚更な。実際、学のある富裕層を中心に政権への不満も高まっているし、軍部でも私のような留学経験者が増えてからはなんどもクーデターの恐れとかで査察を増やして警戒してる」
「IS部隊中心でやっちゃったら? 一晩で民主化できるよ、やったね」
「洒落にならん。それで、要件があるんだろう? わざわざ愚痴のためだけに私に連絡をよこした訳でもないだろうに」
「いや? マジで愚痴だけだよ? 凰さんだっけ? 彼女が中国からっていうし、彼女の編入で色々忙しかったところで携帯見て「そういや姐さん中国で軍に入ったな」とか思ってさ」
電話越しでもよく聞こえる大きなため息を貰い、もっと何かないのか、と言われたので千冬の学園での先生ぶりを話すと「あの織斑がなぁ……」と感慨深げに呟いていた。信じられないよねぇ。人に教えるとか教わるのが壊滅的に苦手な千冬が先生だよ。よく2年も持ったと思うもん。
「織斑はまだISに乗ってるのか?」
「いや。自衛官やめてからは一度も。ドイツでの千冬なんて見てられなかったよ。ISに乗るのが苦痛とまで言ったからね。そういう意味では良かったのかも」
「だがその弟くんも学園に入学したのだろう? 大変だな。色々と」
「思うところはあるんじゃないかな。でも、千冬はそんなに弱くないって信じてるし」
「お前や篠ノ之博士が居れば織斑も安心だろう。しっかり支えてやれ。私が言えた義理でもないがな」
「いんや、年長者の言葉としてーー」
「すまん、切るぞ」
唐突に通話が切れた。後ろでよくわからないふがふがした言語で呼びかけられていたから多分仕事絡みだろう。クーデターの恐れとかでピリピリしてるところで外国語で話していれば怪しくも思われるか。姐さんも大変だ。
とりあえず終わった書類の束をファイルに入れると机の引き出しに仕舞ってから鍵を閉める。湯のみに残った冷めたお茶を一口で飲みきるとすっかり夜も深くなり、窓の外にはすこし雲がかかった月が見えていた。
「お疲れのようだな」
「んー。千冬はなんでここに?」
「愚弟が穴だらけの書類を出してくれたから、その修正だ。ほれ」
いつの間にか背後に立っていた千冬からコーラの缶を受け取るとプルタブを引く。プシュッと気持ちのいい音を立てた缶を一気に煽って人工甘味料の汁を流し込む。
私は定番のコ○コーラよりもチ○リオやなんかの甘さが好きだ。殆ど見かけないのが残念だが、学園の自販機にはソレがある。流石だ。
「さっきまで姐さんと電話してたんだけど、アッチも大変そうだったよ」
「姐さん……? あぁ、楊か。編入する生徒は中国からだったな、それ関係か」
「いや、面倒起こしやがってどうしてくれる。って愚痴ってただけ。でもクーデターとか民主化運動とかでピリピリしてるっぽいよ。私と話しててもいきなり切れちゃったし」
「はぁ、すこしは相手を考えてやれ。いきなり掛かってきて愚痴られても困るだろ」
「ちゃんと最後には同級生らしい会話もしたからセーフセーフ」
何がセーフだ、と持っていたファイルで軽く叩かれた。2つ隣の千冬の机を覗くと結構雑多に物が置かれた中で一夏くんの書いた専用機関連の書類があちこち違う筆跡で修正されてあるのが見えた。
なんだかんだで弟には甘い。ブラコンめ。まだ一夏くんに負い目があるのだろうか?
「ねぇ、千冬はモンドグロッソの事、気にしてる?」
「ーーーー」
「そう……」
誤字報告ありがとうございます