亡国機業の施設に軟禁されて2週間、スコールのIS「ゴールデン・ドーン」の3割完成を持って私の仕事は終わり、IS作ってスコールとオータムと夜を過ごして飯食ってIS作る、なんて生活も終わりを迎えようとしていた。
思い出して少しゾクリとするが、意識を切り替えて作業に取り掛かる。振り返ると、まずは設計図を起こすことから。なに、私の手にかかれば3時間で終わった。それからメインフレーム。これは少し大仕事で、今までにない尻尾やなにやらをつける関係上、普通の人型ではあり得ないところに力が掛かったりするわけだったからそれを綺麗なデザインに収めるのに苦心した。
そこに熱線を用いたアーマーのモジュールを仕込んでから尻尾を作り、フレームに取り付けてからシステムを書き上げる。これには少し手間取って3日かけてしまった。ここまで12日。そして思いつく限りの追加パッケージを設計図に起こして残さなければならない。時折覗きに来たスコールからの評価は概ね良好で、完成が楽しみとの言も貰った。
「時間よ、杏音」
今日の朝からずっと居るスコールが数時間ぶりに声を出した。
あぁ、そうだ。あの日以来スコールとオータムは私の事を名前で呼ぶようになった。敵とこんなに仲良くしちゃっていいのかね? 肉体関係まで持つことになるなんて思わなかったよ。
「えぇ、もう? 結局マドカとは話すことも無かったし…… まぁ良いか」
「本当に何をしに来たのかわからないわね。2週間何をしてたの?」
「2人と寝て、風呂入って飯食ってIS作って2人と寝て風呂入って飯食う、みたいな?」
「あながち間違いとも言えないのが悲しいわね」
数日に一度くらいの割合で2人と夜を過ごした訳だが、私にはどうもSっ気があったようで、スコールと2人がかりでオータムで遊んでは私も時々スコールに遊ばれるというのが殆どだった。女同士なんて初めてなんだから仕方ないじゃん? 転生してからは彼氏もいなかったから処女なわけだし。
まぁ、オータムも私も満足だしこれで良かったんだと思う。さりげなく2人の髪の毛と唾液も頂戴して、身元調査にさらなる発展が見られるだろう。
「さ、部屋に戻って荷物を纏めて」
「気絶させなくて良いの?」
「ええ。貴方が帰ればこの施設は放棄するし、もう見せない理由が無いもの」
「んじゃ最初から意識奪うなんてやめてよ……」
「貴方が逃げる可能性がゼロじゃ無かったからダメだったの。朝食の最後に薬の入ったジュースを飲ませるのも心苦しいのよ?」
嘘吐け、とも思ったが、顔を見る限り本当にそう思ってるらしい。やったね、スコールとの友好度が上がった!
無機質なエレベーターで地下に潜るとまるでホテルの廊下のような絨毯敷きの廊下があった。
こんな立派な施設を使い捨てとは…… もったいない。
「施設を捨てるなんてもったいないとか考えてるでしょう? 使えるものは持って出るから大丈夫よ。流石に家具は使い捨てだけど、IS関連は高くつくし、足もつきやすいから」
「なるほど。後で私の家に送ってもらえる? 殺風景でさ」
「え? 構わないけど、面白いこと言うのね」
普段は職員寮なので自宅マンションはモデルルームのような生活感ゼロの部屋なのだ。
スコールが慣れた手つきでカードキーを開けてドアを開くと夜にお世話になった大きなベッドが目に入った。流石にこれ
「良い? じゃ、久しぶりに外に出ましょうか。上でオータムが待ってるわ。パソコンや携帯もそこで返すから」
無機質なエレベーターで今度は上に。作業場よりも地上は近いようで、あっという間に着いた。
今度は少しボロいコンクリート打ちっ放しの廊下が出迎えてくれる。廊下の先に太陽の光が見えるがそれだけでも眩しい。
「久しぶりの太陽は辛そうね。サングラス要る?」
「お願い」
スコールからどこぞの金持ちが使ってそうなレンズが大きいサングラスを受け取ってかけると幾分かマシになった。
廊下を進み、外に出るといつぞやの白い高級車と、今日はシャツにスラックスを着たオータムが車に寄りかかって待っていた。
「おう、来たな。まずは携帯とパソコン、時計だ。結局全部解析出来なかったな」
「そりゃ、私のだからね。でも、見られて困るデータなんて特に無いんだけどさ。これで仕事しないし」
「なんだよ……」
「ま、杏音らしいわ。仕事用は簡単に取り出せない場所にあるんでしょう」
その通り。マジで見られて困るものはファウストの拡張領域内に量子化して収めてある。どこでも取り出せて、私と束以外の誰にも取り出せない。最高の保管庫という訳だ。
車のトランクにスーツケースを収めると、やたらと大きいケースが2つと小さいのが2つ、先に入っている。
「私たちも撤収なのよ。さ、行きましょ。もう携帯を見て構わないわ」
そういえば、時計や全てを奪われていたために日付感覚が無くなっていた。車の後部座席に乗ると携帯の電源を入れ、まずは日付を確認。ちゃんと2週間、今日は8月29日だ。
そして恐る恐る通知を見ると……
「うわぁ……」
「どうしたの? ラブコールでも溜まってた?」
笑いながら言うスコールに携帯の画面を突きつけると、見事に黙った。
それもそのはず、通知は見事に束と千冬からのメールや着信に埋め尽くされ、総数を確認すると500を超えていた。それもメールの件名が最新のもので、千冬からの『無事か?』で、その次は束の『大丈夫? 生きてる? まだーー』だ。
流石に2週間も音信不通だと千冬も束も焦るか……
「ちょっと電話を…… 束に」
「構わないわ」
束に電話をかけるとワンコールで出た。爆音に備えてダイヤル直後に携帯を耳から離して置いたのが功を奏したようだ。
「あーちゃん! 大丈夫!? どこの男にヤられたの!? 安心して、あーちゃんの純潔を散らしたクソ野郎は束さんが素粒子一つ残さずこの世から消し去るから!!」
「束? 落ち着いて聞いてほしいんだけど…… 私が寝たのは女となんだ」
「は?」
「うん、そういう反応になるよね? 一応まだ膜はあると思うから安心して? まぁ、私がどこの誰と寝ようと私の勝手なんだけどさ」
「え? いや、うん? つまり、あーちゃんの夏休みに時々検知された強烈なホルモンの分泌やら気絶やらは全部その女のせい?」
「うーん。まぁ、そうかな? でも、本当にそれ以外は問題ないから、ね?」
隣に張本人が居たりするが、束の知るところでは無いはずだ。だって私の体内のエクステンションでわかるのは私の生体機能と位置情報くらいなのだから。
「その女って今あーちゃんの隣にいる奴?」
「は?」
スコールにも漏れ聞こえていたのか、ピクリと動いて私に顔を向けた。私は私で真上を見上げて中指を立ててやった。
「やっぱりそっか! 外に出てきた時から見てたけど、仲良さそうだし、消し去りはしないよ。あー、良かったー。もしあーちゃんがレイプされてたりしたら束さんはちーちゃんと一緒に相手の一族皆殺しにするところだったからね」
「うん。同意の上だから安心して? なんだかお母さんに言い訳してるみたいでヤダなぁ」
「あははは! でも、今度から"そういう"お友達と遊ぶ時は連絡がほしいなぁ。やっぱり私もちーちゃんも心配だから」
最後の一言だけは素の束だった。声が大分落ち着いて相手に入り込むような声色。私は好きだけど、気がつくと今の束でいることの方が多くなっていたと思う。
「ごめんね。今日帰るから、明日には日本に着くよ」
「うん、わかった。後でちーちゃんにも電話しな? すごく心配してたから」
「わかった。またね、今度は会えるといいな」
「そのうち行くよ」
通話が終わると肺の空気を全て押し出すように吐き出した。やっぱり束には敵わないようだ。だけどまぁ、久しぶりの会話がコレとは、わからないもんだなぁ。
「今のが、篠ノ之束?」
「そうだよ。世界が求める大天才。私にとっては大天災だけどね」
「最初と最後でまるで別人のようだったけど、最後が彼女の"素"かしら?」
「そうだね。多分私と千冬以外見られない束だよ。アレだけは昔から変わらない」
優しくて、心配性で、不器用で。束は本来そういう性格だ。今の束を作り上げたのは私や千冬ではなく、ISを求めた世界だと思う。だから束は道化を演じ続けている。あんなキチガイみたいな明るいキャラを。
私はそのまま履歴から千冬を選んでコール。束と違い、少ししてから出た。
「杏音か? 無事か?」
「うん。今空港に向かってるところ」
「束から杏音が襲われたかも、なんて聞いて心配したぞ。本当に何もないのか?」
「本当に何もないよ。そもそも私はそこら辺の男より強いつもりだし」
「わかってはいるが、なぁ? もしもの事がないとも限らないだろう」
「ホント、私の幼馴染はどうしてこうも心配性なのかねぇ? 杏音さんは世紀の大天才と肩を並べる天才だよ?」
束の真似をするとクスリと笑う声がしてから「それなら安心だ」という声が聞こえると斜め前からマドカの手が私の首に伸び、スコールがそれを抑えようとする光景が目に飛び込んできた。
「姉さんは私の物だッ!!」
「やめなさい、エム!」
「くっ!」
見事に私の首を捉えたマドカの腕。どんどん力が加わり、締め付けてくる。
「杏音! 何があった! その声は誰だ!」
「大丈夫、ではないけど問題ないよ。おたくの"妹さん"が嫉妬しちゃって……」
「妹…… マドカ、か?」
車内は大騒ぎで、オータムが慌てて車を路肩に止めて私からマドカを引き剥がそうとする。
私は仕方なくファウストの操縦者保護機能をフル活用して窒息死や脳死を免れている訳だが、種明かしが面倒くさいなぁ……
「止めろ! わたしは、姉さんを奪うものを許さない! 貴様も! 織斑一夏もだ!」
「エム! 止めろ! 杏音が死んじまう!」
「千冬、ちょっと待ってて」
電話をドアポケットに入れ、マドカの顔面を掴むとキリキリと力を入れて引き離す。左手で首に食い込む指を一本ずつ離していった。
流石に3人掛かりではマドカも敵わず、ダッシュボードに叩きつけられて沈黙した。
再び携帯電話を拾い上げ、耳に当てる。
「お待たせ。帰ったら、ちゃんと教えてくれるよね?」
「ああ、約束しよう。マドカに、代わってくれないか?」
「うん、いいよ。マドカ、千冬が」
犬の威嚇が如くこちらを上目に睨みつけるマドカに携帯を投げ渡すとおとなしくそれを受け取った。
さっきまでの殺気は何処へやら(笑うとこだよ?)悲しそうな顔でボソボソと話すマドカを眺めながら跡一つない首筋を撫でてから革張りのシートに深く寄りかかった。
「災難ね。さっきのトリックは聞かないでおくわ。あなたも聞かないでおいてくれたことがたくさんあるしね」
「そうしてくれると助かるよ。あー、死ぬかと思った」
「その割に余裕そうに見えたけど?」
「身体は科学で補強出来るけど、メンタルだけはどうしようもないからね」
身体を機械で置き換えてるあんたならわかるだろ? とは言えない。オータムはこの時点で知ってるのだろうか? 原作9巻では知りつつも心配してるような描写だった記憶があるが……
スコールの手が横から伸びてきて、エクステンションが埋め込まれた辺りの鎖骨をなぞり、そのまま首、耳、髪と続く。その手つきが慣れててさらに気持ちいい。拒絶する事なくなすがままにされているとやけに近い顔から衝撃的な言葉をかけられた。
「やっぱり貴方が欲しいわ、杏音。こっちに来ない?」
「……ダメだよ。それをやったら束と千冬を敵に回しちゃうからね。今の仕事も気に入ってるから」
「断られるとは思っていたけど、少し間があったわね。諦めずにアタックさせてもらうわ」
「そうしてよ。束や千冬を置いていける理由が出来たら行ってもいいと思うから」
「自分の事なのに妙に他人事っぽく言うのね。貴方の人生は貴方のもの。他人の為に生きると自己が消えてしまうわよ?」
「前にも千冬に似た事を言われたよ。でも、私はーー」
「ん……」
終わったらしく、マドカが携帯を差し出してきた。それを受け取ってポケットにしまうと、オータムがこっちを覗き込んできたのでスコールと揃って頷くと車は再びゆっくりと走り出した。
砂漠のど真ん中、みたいな道路を走ること数十分。現在地を確認したところで意味はないのでぼけーっと窓の外を眺めているとやっと小さなハンガーや管制塔が見えてきた。
車は普通にゲートを通ると駐機場に入り、銀色のプライベートジェットの側に止まった。
「プライベートジェット……」
「これでロサンゼルスに出るわ。そこでお別れね」
半袖シャツに短パン、サングラスのガタイの良い男たちが慣れた手つきで機内に荷物を運び入れるとスコールに一言告げてから私たちが乗ってきた車に乗り込んで去っていった。
プライベートジェットは中に座席が6つしかなく、それもマッサージチェアより大きいのではないか、と言うものだった。
スコールの向かいにオータムが座り、通路を挟んで隣に私。そして離れたところにマドカが座ると操縦士がドアをロック、エンジンがかかった。
「そうだ、ロスから東京までのチケット。取ってないんでしょう? はい、コレ」
「ありがたやありがたや。うそ、なにこれ。Fって書いてあるんだけど、良いの?」
「もちろん。機体開発の対価という対価を払っていないし、これ位は当然よ」
スコールから受け取ったチケットは日本のエアラインの航空券。しかもファーストクラスの。東京〜フランクフルトとロンドン〜サンフランシスコはビジネスだったが、それでも結構高いなぁ、とか考えていたところでファーストクラスだ。VIP待遇すぎる……
「ファーストクラスなんてビジネスとそう変わんねぇよ。バッサバサの飯とはお別れできるな」
「私みたいな庶民とは無縁だからねぇ……」
「都内の高級マンションを空き家同然にしておいてよく庶民、だなんて言えるわね。少なくとも私たちより貰ってるはずよ?」
正直に言ってしまうと特許を多数取得した私は多数のライセンス契約を抱えているわけで、規模の大きいIS産業なんかは特に稼ぎ頭でもある。その収入だけで月に数千万を超える金額が入ってくる。その他細かい医療や化学関連特許で月に数百万を稼いでるのだから正確には大金持ちの部類に入るかもしれない。その金をどこに使ってるのかと言われれば、どこにも使ってない。多少両親に流してはいるが、税金の掛からない範囲だし、ほとんど貯金だ。まぁ、現金で貯めているのはその中の数%に過ぎないが。
「人のお財布事情まで知ってるとか怖い」
「私たちの諜報部は優秀なの。貴方みたいなのは成り上がりに時々いるパターンよ。今まで普通な生活をしてきたからあまり大きくそれることができない。せいぜい少し良い家を買ったり車を買ったりする程度ね。杏音はその典型」
「た、確かに……」
言われてみれば、ちょっと勇気を出して6000万でマンションを買い、1200万のスポーツカーを買ったは良いが、服は殆どショッピングモールの適当な店で買い揃えた物だし、家具に至っては某北欧の格安家具店だ。家にいるときの食事はスーパーで食材を買って自炊。外食なんて面倒な時にファミレスに行く程度。1人では高いレストランなんて行かないし行けない。
「普段は学園で過ごすから毎月の光熱費はほぼゼロ。食事も学食で安く済ませられるし、不労所得以外にも倉持の研究員としての収入もあるし、教員としての収入もある。なんて安定した人生なんでしょうね?」
「スコールの言葉に棘が……」
「言ってやるな。スコールも昔からこうだったわけじゃないらしいしな」
「へぇ、意外。てっきり良いとこのお嬢様かとばかり」
「まぁ、そうね。少しばかり歴史のある家だったけど、それだけよ」
大人組で下世話な話で盛り上がりつつ、1時間足らずでロサンゼルスに到着するとファーストクラスラウンジへ。3人は次に中東に向かうらしい。なんともお疲れ様、だ。
殆ど人のいないラウンジでスパークリングワインが入ったグラスを傾ける日が来るとは思わなかったが、ここ数日そう言う生活に慣れてしまったせいか、貧乏性を発揮せずに済んでいる。
「んじゃ、そろそろ搭乗時間だし行くよ。また何かあったら電話して」
「ええ、そうするわ」
「オータムも、私が居なくてもちゃんとスコールに相手してもらえよ?」
「うっせぇ! 別にお前が消えたところで変わりゃしねぇよ!」
その割に顔赤いぜ、姉御。ツンデレ乙、ってやつか。
マドカには私が持っている千冬の連絡先をメモってテーブルの上にそっと置いたが、後ろで紙を破く音がしたから彼女なりに思うところがあったらしい。失敗かな?
それから夏休み何度目かの飛行機で太陽と反対に飛んで12時間。とっても広いシートで殆ど寝て過ごしたから機内のことなんて食事や軽食美味しかったくらいしか覚えてないが、現地を昼に出て日本にはその日の夕方に到着。
懐かしい日本のラッシュアワーに揉まれながらやっとの思いで帰宅すると既に19時を過ぎていた。
「まずは寝よう。うん」
今日くらいは許されるはずだ。明後日からは学園での仕事が待っている。今のうちに疲れを抜かねば…… 久しぶりの安いベッドとマットレスの感覚。すこし埃っぽい感じ。我が家だ。ぐう……