よくある転生モノを書きたかった!   作:卯月ゆう

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長い長い夏休みだよ 前編

 私の夏休みは長い。いや、正確に言うと貰っている休日の日数としては他の先生方とそう変わらない。ただ、中身の濃さが全然違うだけだ。

 まず、夏休み入る前の夜に仕事を終えた足で空港に向かい、ドイツに直行。第3世代機、レーゲン型の最終チェックに立ち会う。今までデータは散々見てきたが、実機を見るのは初めてだ。そしてそのままイギリスへ、こちらでも第3世代のBT試験機を見てその日の夜にアメリカへ。やっと取り付けたコンタクトを頼りにロサンゼルスで亡国機業の一派をまとめるミスミューゼルとお話(意味深)の予定だ。その後の予定は……彼女次第と言ったところだろうか。

 楯無がちゃんと仕事をするように布仏さんに監視を頼んだし、その他の仕事はキチンと終わらせてから座り心地の良いシートに身を委ねている。

 軽くワインを1杯飲んでから一眠りすると窓の外は未だに闇。まぁ、時間を逆行するように飛んでいるのだから当然と言えば当然。漸くヨーロッパに入ったか、と言うあたりで軽食を取ってからクラリッサにメールを打っておいた。

 フランクフルトに着いたのは深夜とも朝とも言い難い午前4時。コーヒーとブロートヒェンを食べながら時間を潰し、早朝にもかかわらず迎えに来てくれた軍の車に飛び乗った。

 

「お久しぶりです。上坂教官」

「もう教官じゃないよ。クラリッサ」

「それもそうですね。時差が辛いかもしれませんが、こちらへ」

 

 

 ケルンにある基地に着いたのは午前7時前。車を降りるとクラリッサが出迎えてくれた。ちょうど朝食の時間だったらしく、隊舎の前を通ると騒がしい声が聞こえた。

 そのまま代わり映えのしない基地の中を少し歩いて懐かしいハンガーに入ると知っている顔ぶれに囲まれるレーゲンが居た。

 

「上坂博士が到着した、予定通りテストを行う!」

 

 

 着くなり敬礼で迎えられ、少しこそばゆい感じもするが、ほぼ反射的に軽く頭を下げた。俗に言う10度の礼という奴だ。

 私が顔を上げるとほぼ同時に手を下す整備隊の面々。私が日本に帰ってから来たと思しき子も多く、私が去年出した卒業生も居た。嬉しいことだ。

 

 

「お久しぶりの方はお久しぶり、初めましての方は初めまして。そして、軍に採用決まったとは聞いてたけど、ここで会えるなんて嬉しいよ。何はともあれ、ドイツ連邦の技術の結晶でもあるISですから、イグニッション・プランでの採用を勝ち取れる物と確信しています。最後の総仕上げです。気を緩めず、ボルトの1本まで目を光らせて素晴らしい結果をもたらしましょう」

 

 この手の挨拶にも慣れた。束と一緒になってどこに飛んでいくかわからないブースターを背負っていた私が、気がつけばブースターを背負わせる側になっていた。

 正直言えば、学園で教えている瞬間が一番面白いかもしれない。自分の手を動かしているから。

 指先だけで作り出すISよりも、指先から手のひら、腕、身体と全てを動かして作るISの方が何倍も楽しい。

 

「上坂先輩、朝食はお済みですか?」

「飛行機で軽く食べたけど、もう少し胃に入れようかな。この調子だと今日いっぱいかかりそうだし。それに黒うさぎの子にも会いたいからね」

 

 

 来た道を戻り、隊舎に入ると一昨年と変わらない恰幅の良いおじさんが厨房で鍋をかき回している。慣れた動作でトレーを取ってからカウンターの前を通ればおかず(私の感覚ではおかず。ただ、こっちでは主食だ)が大量に盛られたプレートを置かれる。ちらりと私の顔を見た食事係が驚いた顔をしておかずをもう一品付けてくれた。

 そしてわざと気配を消してシレッと黒うさぎ隊の面々が集まるテーブルに着くと何事も無かったかのように食事を始めた。

 クラリッサも苦笑いしながら私をテーブルの対角上から見ている。

 

 

「それでな、この前中尉がシャワーで石鹸踏んで転んでてさぁ!」

 

 そんな感じのドウデモイイ話聞きながら黙々と食す中、不意に「それは中尉も不注意だったな」とさりげなくドイツ語で相槌を打ってやると「でもそのあとに涙目で打ったおでこをさすってるのがめちゃくちゃ可愛くて……え?」と謎の声の主を探して一団の視線がこちらに向いた。

 

 

「「「「う、上坂教官!!」」」」

 

 朝食の最中だというのに突然立ち上がって敬礼。私は少し肩をすくめてから手を横に振って席に着かせる。

 チラリとクラリッサを見ると目で「それは日本語じゃないと笑えないネタですね」と語っていた。要は少し呆れた目で見られてた。

 

 

「教官! どうしてここに? 到着は今日…今日!?」

「よし、一度落ち着こう。私は今日の4時にはフランクフルトに着いたんだ。日本を夜に出るとこっちは早朝でね」

「そうでしたか。てっきりお昼前後に着くとのかと」

「クラリッサには前から言ってたんだけど……」

 

 クラリッサに目を……向けられなかった。さっきまで座っていたところはもぬけの殻。少しあたりを見回すと後輩はどうやら部隊のマスコットにちょっかいをかけているようだ。

 同じくクラリッサを見つけたテーブルの面々も一様に同じく表情を浮かべている「またか……」ってやつだ。

 

 

「ラウラぁ〜今日はこれ着てみようか! せっかく上坂先輩も来てくれたし……グヘヘ」

「オイ、煩悩が丸出しだ」

 

 どこからともなくハリセンを取り出して大きく後頭部に振り抜いた。ドイツでは耳馴れぬ素晴らしい快音を朝の賑やかな食堂に響かせると賑やかな雰囲気は一転、静寂に包まれた。誰かがボソリと「Feind nach unten(enemy down)」と呟くと誰からともなく笑い出し、食堂は再び賑やかさを取り戻した。

 

 

「ラウラ、久しぶりだね。少し大きくなったかな?」

 

 クラリッサに渡されたと思しき、IS学園の制服を持ったまま呆然と立つラウラの頭を撫でながら正面にしゃがみ込む。

 背中に生暖かい視線を感じるがスルーして目を細めて頬を赤く染めるラウラを愛でる。

 

 

「き、教官! 止めてください、私も子供ではありません!」

「んー、まだまだ。レアルシューレ(Realschule)も出てないうちは子供さ」

「むー!」

 

 頬を膨らませるラウラ。ちっちゃかわいい。うん。

 少し解説ではないが、補足をしておくと、Realschuleというのは日本でいう中学(というと少し語弊があるが…)に当たる教育機関だ。気になる人はウィキペディアの「ドイツの教育」という項目を参照してほしい。

 だいたい身長160cmの私より頭ひとつ低い背丈。幼さの残る丸みを帯びた顔立ち。そして何よりもそんな上目遣いで子供じゃないアピールをしているうちはまだまだ子供さ……ふふふ

 

 

「お前らも何か言ってやれ! 上官命令だっ!」

「いくら隊長の命令でも従えません!」

「う、裏切ったな! 後でクラリッサに言いつけてやる!」

(((((子供だ……)))))

 

 先ほどよりさらに生温い視線を一身に浴びていることに気づいたのか、ぷいっ、とそっぽを向いて拗ねるラウラ。うん、かわいい。

 携帯で写真を撮ってから千冬に送り、それから時間を見るとレーゲンの稼働試験まで30分を切っていることに気づいた。

 

 

「8時だ! 総員予定通り8時半にハンガー前に集合! 遅刻はアシストなしで滑走路往復! 解散!」

 

 慌てて私が拗ねた隊長の代わりに指示を出すと揃って「ヤバい!」という顔をしてから駆け足で食堂を後にした。

 私もハンガーに走って戻り、荷物の中からISスーツを取り出して着替えると、その上から白衣を羽織るという誰か(篝火)さんのような格好でレーゲンの最終調整に入った。

 と言っても殆どの仕事を優秀な整備隊の面々が終わらせているために私の仕事は本当に流れる数値を眺めるだけだった。

 

 さて、時間も限られている事だし結果だけ端折って説明するとレーゲンは実機でもシミュレーション通りのスペックを叩き出し、第3世代兵器であるAIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)も理屈通りに動いた。

 ただ、使用するのにとんでもなく集中力を必要とする上にその性能の程が操縦者によって変わりすぎる欠陥兵器だ。

 簡単に言ってしまえば、ラウラがAICを使うとその対象に意識を向け続けなければ(まぁ、周りを見るくらいはできるだろう)AICの効果圏内に止める事が出来ないが、千冬や束レベルのバケモノなら同時に5つの目標を止めることも容易い。そんな具合だ。

 一日中レーゲンの様々なテストに費やし、日が暮れると私はまた荷物をまとめてイギリスに発った。

 ラウラで遊びすぎたかもしれないからささやかながらお土産を置いてきた。気に入ってくれるといいけど……

 


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