ラウラの惨状を見てから数ヶ月、黒うさぎ隊の面々に普段のトレーニングと並行して脳機能のトレーニングメニューも行わせたところ、目を含めて情報処理能力が10%〜30%向上した。具体的になにをさせたかと言うと……
「はい、今日は少しレベルを上げて18番。左右の手で音量差が出ないように」
私が今いるのは音楽室。そこに並んだ数台の電子ピアノ。もちろん演奏者がそれぞれにいるのは言うまでも無い。
これは私がマルチタスクのトレーニングに使っていた項目の一つ。ピアノだ。右手と左手が別の仕事をする上、足まで使わないとならない。さらに音楽性を追求すれば左右の手で音量、リズムのズレがあってはならないのは当然だし、意図的にズラせるようにもならないといけない。これが想像以上に頭に効くのだ。小学生の頃から続けた私は今では脳ミソ30個相当が同時に動かせるし、ピアノもソコソコ上手くなった。さすがに超絶技巧練習曲は無理だけど。
それを数ヶ月続けたところ、案の定効果が出た。
ーーまぁ、問題のラウラは最短クラス、もって3分だが…
そして、私の予想外のところでは、戦闘訓練においてのスコアアップだ。どうも戦いの中にリズムを見いだす事を覚えたようで、千冬もそれには驚いていた。千冬の言だが、古武術などでリズムは大きなウェイトを占める要素だそうだ。そのためにリズムを意図的にズラした技もあるとかなんとか。
ラウラはソッチに適性があった(のか千冬が扱いているのが効いたのか……)のか、戦闘訓練においてはぶっちぎりのビリが中の上から上の下あたりまで上り詰めている。だがその一方……
「ボーデヴィッヒ、最近凄い伸びてない? これも全部織斑教官のおかげ? 同じメニューこなしてるはずなのにおかしくない?」
「こっそり特訓でもしてるんじゃないの? 私たちは週に3時間くらいなのにさ」
とまぁ、言いたい放題な現実も浮き彫りに。ちなみにこの会話をした張本人は私が後で特別講習を受けさせてあげた。泣いて喜んでくれて何よりだった。
昼食を取ってから整備棟でIS開発講座を開く傍、もう一つの頭でラウラの事を考える。原作通りに行けば千冬の影響を色濃く受けて「ドイツの冷氷」なんて呼ばれるような冷たい子になってしまうはずだ。今のところはその気配はなく、小動物的かわいさ溢れるちみっこいままだ。
おそらく彼女の性格を形作るきっかけは千冬が一夏くんに関する事を話す事だろう。そして彼女は千冬に陶酔するがあまり怒りの矛先を一夏くんに向けるはずだ。
ここで変に手を出して原作の流れを変えるのも後々ヤバイかもしれないと思う反面、あんな歪んだ性格のまま成長させるのも忍びない。
もともとあんなに純粋な子だから簡単に染まってしまうのかもしれないし、純粋なままにしたいならガラスケースに
「失礼します、上坂教官、いまよろしいでしょうか?」
「見ての通り講義中ですが、何かありましたか?」
スクリーンに投影したISの関節部分の拡大図に指し棒を当てたところで真っ黒いISスーツに身を包んだ黒うさぎ隊の子が部屋にやってきた。
「織斑教官がお呼びです。要件は聞いておりませんが、急ぎでは無いそうなので断りを入れましょうか?」
「いえ、後20分で行くと伝えてください。あと少しで終わりますから」
「わかりました。いつものグラウンドにおりますので」
そして約束どおりにグラウンドに行くと、千冬が黒うさぎ隊の子たちを一人ずつ順番に相手をさせ100人斬り状態だった。一人斬られれば即交代して後ろで次の人に機体を渡す。その間にもう一機を相手にしているのでひっきりなしだ。
千冬がこちらに気づくと相手をしていた子を斬り伏せ「ここまで」と言って降りてきた。
「急に呼び出してすまないな」
そこで急に私の耳元に顔を寄せるとそっと要件を耳打ちした。
「ラウラの事だ。どうも私を神格視してる嫌いがあってな…それで…」
「まさか一夏くんの事話したりしてないよね?」
「そのまさかだ。私が一夏の事を話したら目に見えて表情が変わってな。正直、私も予想外だったよ」
それは千冬が一夏くんの事を話すときにデレデレな顔をしてたからだよ、なんて口が裂けても言えないので適当に相槌を打って誤魔化した。幸いというべきか、千冬も分かってて呼んだのだろうがこの時間の訓練班にラウラは居ない。では私が動くとしよう。先んずるはハルフォーフさんに連絡をしてラウラを呼び出す事にした。時間は夕飯時、私の部屋に。
そして時は過ぎ、6時半に私が自室で今日の整備録を確認していると扉がノックされた。どうぞ、と返せばドアを開けて銀色の髪が見えた。
「ボーデヴィッヒです。上坂教官、御用とは?」
「この際だからはっきりさせたいんだけど、千冬をどう思ってる?」
「織斑教官を、ですか…… ブリュンヒルデとして確かな実力を持ち、そして私たちを高みへ導いてくれる存在です、かね」
答えだけ聞くと私はひとまずラウラに席を勧め、ココアで良いか、と聞いた。
「お構い無く。それで、僭越ながらお伺いしますが、上坂教官はどうして私にそんな質問を?」
「君が千冬に依存してるから、かな?」
「私が織斑教官に依存……?」
「自覚は無い、と」
本人も指摘されて初めて気づいた、と言わんばかりの顔をしている。先の自分の中の千冬像が彼女が求めるものを如実に示しているにもかかわらず、だ。
確かにこのままいけば彼女は確実に実力をつけ、その力で黒うさぎ隊隊長の座にまで上り詰めるだろう。だが、それでは彼女の人格形成において大きな問題を残したままになりかねない。第3世代が開発されるまで私が監視するわけにもいかないし、そもそもそんなつもりもない。だから今彼女に打てる手を打っておきたいと思うのだ。
「ラウラ」
唐突にファーストネームで彼女を呼ぶとうんうんと唸りながら十面相に変わる顔がパッと驚きに染まってから私に向いた。
「は、はい?」
「軍人としての君では無く、個人としての君に聞くけど、力や強さってなんだと思う?」
「個人として、ですか? 軍人としてのソレとどう違うのでしょう…?」
私はあえてここで原作では彼女が一夏くんを恨むきっかけ、千冬に対するイメージの変化をもたらす話をもう一度することにした。
「そうだね。例えば、千冬はIS乗りとしての技量や戦術理論、その他もろもろ戦うための知識や何やらがあるのはわかるよね? それはもちろん軍人としての力に分類されると私は思う。でも、織斑千冬としての力や強さっていうのは私や周囲の人間、そして一番大事な弟くんの存在だったりすると思うんだ」
「しかしそれはーー」
なんと無く彼女の言いたいことが予想できたのであえてそれを制するように私は続けた。
「確かに、個人の力ではないよ。でも、すべてを一人でやりきることはできない。現に千冬もそうだったしね」
「前回のモンドグロッソ、ですか?」
私は黙って頷いた。
「あの後の千冬は酷かったよ。もう二度とISなんて乗らない、とまで言ってた。まぁ、さすがに今は仕事だから乗ってるけど、多分日本に帰ったら本当に乗らなくなると思う。それは織斑千冬としての力が足りなかったことをとっても悔やんでるからだと思うし、織斑千冬の力が足りなければその上に成り立つ織斑二尉の力も大したことない、ってことになっちゃうしね」
「ですが、織斑教官は今なお世界トップの実力があるかと思います。それは側にいた上坂教官が一番良くご存知なのではないのですか?」
ラウラは少しだけ語気を強めた。思わず面食らってしまったが、すぐに表情を戻して続けた。
「ま、それは否定しないけど、前より千冬は弱くなった。確実にね。それは彼女の力の根源である弟という存在が脅かされたからに他ならない。だから今の千冬は君と同じように我武者羅に力を求めてるんだ」
「そんな…… たかが人間一人の存在でそこまで変わると仰るのですか?」
「その言葉の証明は君が自分でしているじゃん。現に千冬を精神的支柱とすることで確実に実力を伸ばしている。千冬にとってのソレが弟くんなだけだよ。理解はした?」
私は自分のマグに入れた紅茶を啜るともう一度ラウラを見た。幼げな顔に似合わない真剣な表情で必死に自分の頭の中を整理しようとしているようだ。
もう一度マグに口をつけるとラウラが消えそうな声でつぶやいた。
「私には家族がいない……」
もちろんそれを聞き逃すほど耳は悪くない。だが、下手に手を出すポイントでないのもまた事実。
私も私で困ったな、と思い始めたところで今度ははっきりした声が聞こえた。
「上坂教官の個人としての強さの源は何処なのですか?」
「え、私?」
唐突な質問に思わず声が裏返る。ラウラはそんな私を見てクスリと笑ってから「失礼しました」と言った。
「私かぁ…… そうだなぁ」
「上坂教官はご兄弟はいないのですか?」
「一人っ子だね。親も私の好きな道を歩みなさい、って人だったしなぁ。私個人の強さねぇ……」
この世界に転生して20年余り、ずっと人のため、原作のために動いてきた私は改めてこの世界に生きる『上坂杏音』としての存在意義を問われた気がした。今まで考えてもなかったことだ。
「そうだね、私は私の好きな人たち、出会った人たちが大切だから、なんて言うんだろうね。その人たちの為って訳じゃないけど、私の好きな人たちと一緒に過ごし、出会った人たちを忘れない事が私の幸せだから、それを守るために頑張ることかな? なんとも曖昧でごめんね」
「いえ、とても参考になります。私には家族と言える存在がありません。ですが上坂教官のように私の好きな人のために頑張ってみようかと思います。まずは私を気にかけてくださる教官2人のために、夏の隊内選抜を頑張ろうと思います」
「うん、そう思ってくれて良かった。選抜試験の監督官は私だからね。しっかりと訓練して万全の体制で挑んでよ。ところで、夕飯は食べた?」
「いえ、まだですが」
「気が付いたらもう8時だし、私が何か作るから一緒に食べよ。ラウラちゃん」
「ラウラちゃん……!?」
赤くした顔を手で隠しながらパタパタと足を動かすラウラを私の心のメモリーに永久保存すると、あまりの可愛さに破顔するのをポリマーのハートで押さえ込み、ラウラを後ろから抱きかかえてキッチンに向かった。
ギリギリセーフですかね?
Chrome for iOSのアプデかけたら高機能フォームが使えるようになりました。字下げもできてるかと思います。
さらに、原作読み返すと千冬がドイツに居たのは半年な上に、1ヶ月でラウラを落ちこぼれからトップに特筆すべき訓練無しで引きずり上げたって書いてありましてね。流石に今更治せないのでドイツ赴任は1年、ラウラの特訓ありで半年で候補生入りです。